第2話 蒼血天使の襲撃
「
ヴァルアリスの掌より無数の光線が迸った。
それはあらゆる魔法障壁を貫き、神聖な加護を受けた盾も甲冑も砕き、転移してこの戦場から退避した者さえも逃さず焼き尽くす。
この魔法は発動したら最後、効果範囲内に居るものは因果を縛られて確実な死を迎える。
発動に先がけ、あえて前陣の一部が崩れたかのように見せて敵の戦力をそこへ集中させた。敵は誘い出しの策にまんまと嵌った形である。
魔界への侵攻を企てた蒼血天使の軍勢は、総数の三割を失い早くも総崩れになり始めていた。
さしたる感慨も見せず、自らが生んだ
単純な戦力を考えれば。ヴァルアリス一人居れば、この魔界に何がどれだけ攻めてこようと全く問題にならない。しかし、それでは軍という組織が立ち行かない。
故に、戦況を決定づける一手を打ち、後は配下の者に任せる。これがヴァルアリスが指揮する戦の常であった。
「少し休む。誰も部屋へ入らぬように」
「心得ました」
人界より帰還してからヴァルアリスの様子がおかしい事に、ウェリゴースは気がついている。
人の世界で何があったのか、直ちに執り行われるはずであった
自分程度には及びもつかない深い思慮があるに違いない。だが、それは一体何か。
ウェリゴースの額にある
「ウェリゴース様! これより敵将の首を獲って参ります!」
部下の弾んだ声に、ウェリゴースは思考の中断を余儀なくされた。九節馬に跨る
「浮き足立つな!」
雷鳴のような一喝に、グレミアの顔から血の気が引く。無関係な周囲の兵達も思わず竦み上がった。
「……十の武勲、これが一つ目と心得よ」
その言葉にグレミアの目に再び活気が漲った。先ほどまでの、戦場の勢いに呑まれた安い情熱ではない。戦士としての誇りに満ちた眼差しだ。
戦の大詰めが始まろうとしていた。これは
その先陣を切るべく、グレミアは吼えた。
自室に籠もったヴァルアリスは、魔界最上級の素材である紫藍綿のベッドで枕に顔を埋めていた。
誰も咎めはしないが、自分自身が許せなかった。完全に人間の世界を滅ぼす感じで転移したはずのヴァルアリスは、特に何もせず帰還したのだ。
出立の直前、自分は何と言ったか?そう。『瞼の上に塵が舞っているのを、黙って眺めている理由がない。払えば良いのだ』
「アーッ! アアアアアーッ!」
思わず脚をバタつかせる。あんな台詞言わなければよかった。
忌まわしき敗北の記憶を思い返すたび、ヴァルアリスの口中には涎が溢れる。
許し難い。口惜しい。また食べたい……様々な感情が綯交ぜとなり、その心は千々に乱れる。
敗因は明確であった。
ヴァルアリスは誇り高き王族の一員でありながら、現実的な戦士の感覚を持ち合わせている。
無策、無防備で敵地へと飛び込んだ自分が軽率だったと認めざるを得ない。いかに人間が魔力を持たない矮小な存在とはいえ、最大限の警戒をもって臨むべきだったのだ。
「そう……備えが必要だった!」
意を決してベッドから起き上がり、机の上に資料を広げる。過ぎたことを悔やんでいても何も変わらない。失敗とは次なる挑戦に成功をもたらす礎、前向きに行こう。
あの日から、彼女は人の世界について入念な下調べを行なっていた。
何もあの、メンチカツという人類最強の存在を攻略する必要はない。かの世界で最も広く愛好されている食事、それこそ人の文化を象徴するものと言えよう。
その価値を見極め、保存し、しかる後に人類を絶滅させればよい!
「私はもう、二度と負けん……!」
虚空を睨み不敵に笑うヴァルアリスには、油断も慢心もない。
だが、忘れてはならない。
この物語の題名は、
そう、これは魔界の頂点にして至宝、戯れに竜をも屠る、絶対無敵、最強不敗の
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