第10話 お姫さまとご対面

 デューワ王国にやって来て二日目。ついに、王女さまに会う日がやって来た。

 再び着慣れぬスーツに身を包み、落ち着かないままホテルのロビーで待っていると、東海林勝道とうかいりんまさみちと石田が迎えにやって来た。

「おはよーさん。おお、馬子にも衣裳って感じだな」

 制服姿の勝道が手を挙げて我々に挨拶した。

「まさみっちー、おはよー」

 姉の結婚式のときにも着ていたワンピースを着た春風は、いつもと変わらぬ元気な様子だった。基本的に、緊張などしないタイプだ。その反面、珍しくちょっといい服を着たちまりは、目が少し赤い。春風とは逆で緊張で眠れなかったらしい。

「あれ?」

 石田の後ろに、以前見た麗しいお顔があった。お姫さまの侍女アルアだった。

「おはようございます。お迎えに上がりました」

 ホテルを出ると、黒塗りのやたらでかい車が二台と、自衛隊のトラックが用意されていた。

 沢山の荷物は自衛隊のトラックに詰め込んで(春風が何故か自衛隊のトラックに乗りたそうにうずうずしていた)、王都ガーティンにいざ出発である。

 東海林たちが、我々の荷物を積み込んでくれている間、石田がわたしに訊いてきた。

「いかがでしたか?資料を読んでみて」

「あり得ないですね」

 わたしが率直に言った。石田も頷いた。

「私もそう思いました。本来なら、あり得ないですよね」

「はい。あまりにぼく等の世界と同じすぎる。大気とか海の成分、地軸の傾きとか、自転の早さとか、地球が偶然に獲得した特性や、生物のDNAまで、何もかも同じって……」

「私も、見て驚きを通り越して呆気にとられて、言葉も出ませんでしたよ」

が、意図をもってどちらかの世界を作ったとしか思えないんですよねえ……」

「『何か』、ではなく、『誰か』ですか」

 石田が笑った。まあ、当然だ。誰かが文字通り『世界』を作る。ファンタジーを通り越している。だが、わたしは思った。

「こんな偶然はあり得ない。地球と同じような星が生まれた事だけならまだ、まだね、ぎりぎり納得しましょう。でも、偶然が重なりすぎている。ぼくは、文系の人間ですから、科学の素人ですけどね、素人でも判る。こんな偶然はあり得ない」

「私も文系ですよ。同感です」

「だからこそ、『誰か』が手を加えて、ぼくたちの世界と、デューワがある世界、どちらかをどちらかの真似をして作った。そうでも考えないと、説明がつかないかなあって……」

 地球とデューワがあるこの天体が、どれほど離れているのかは分からないが、その距離をゼロにできてしまうほどのとんでもない『聖竜さま』という存在が、こちら側にはいる。ならば、そんな途方もない事をやらかす人物がいてもおかしくは無い。というのは、飛躍しすぎだろうか。

「まだ、データが出そろっていないので何とも言えませんが、こっちの世界の方が地球よりも若いようですね。数億年ほどですが。真似をしたというのなら、デューワ側の世界が地球を真似をしたんですかねえ……」

「数億年若い……」

 地球が誕生して46億年と言われている。わたしは、地球の歴史、46億年の中で生命が誕生し知的生命体にまで進化したスピードも、あり得ないほど劇的に速いと考えている。デューワ存在するこの天体が、もし地球よりも数億年若い星だというのなら、その天体に生命が誕生し、そして知的生命体まで進化するスピードが、地球よりも速いということになる。

 生命が、ここまで多様性を持ち、その中から高度な文明まで築く知的生命体、つまり人間が生まれたのは、数多くの大いなる偶然が重なった結果だ。

「あり得ないことばかりだなあ……。でも、目の前にあるこの世界は、ちゃんと実際にここにあるんですもんねえ……」

「さっき『誰か』とおっしゃいましたね」

「はい」

「私の友人も霞ヶ城かすみがしろさんのように『誰か』の存在を示唆しましたよ。そう考えた方が説明がついて納得しやすい、と。今度、機会があったら紹介しますよ」

 石田が笑って言った。石田と会話をしているうちに、荷物が積み終わった。

「あの酒瓶、鈴木ンとこのだべ!?バカじゃねえのあいつ!何本あんだよ!」

 勝道がむかついた様子で言った。だべ?と、わたしは笑って返事を返した。


 先頭の車には石田とヴァンドルフ、リリミアが乗り込み、二台目にわたし、ちまり、春風、そしてアルアが乗り込んだ。わたしが乗った車の運転手は、左沢陸曹。助手席に勝道が乗った。わたしは運転席のすぐ後ろ。その隣にユウリが乗り、後部座席にちまりと春風、そしてアルアが乗った。本当は、アルアにはわたしの隣に座ってほしかったのだが、ここは我慢だ。

 王都までは街道を東に真っすぐ30㎞。大した距離ではない。王都に向かう道すがら、西へと歩くデューワの人や、荷物を積んだ馬車などとすれ違った。

 街道の両脇には畑や果樹園、牧場などが見えた。果樹園ではリンゴやブドウなどが育てられているそうだ。また、道の脇に、太い土管のようなものがずっと伸びている。中には、電力などのライフラインが通されているそうだ。

「車という乗り物には本当に驚かされます。王都まであっという間に着いてしまうのですから」

 アルアが窓の外を眺めながら言った。

「アルアさんは、どれくらい日本にいたんですか?」

「姫さまが療養中はずっとあちらにおりました」

「大変だったでしょう?」

 わたしが訊くと、アルアは首を横に振って、

「姫さまのことはほとんど日本のお医者さまや看護師さまに任せきりでしたから。わたくしたち王国の者は苦労ということはありませんでした。日本の皆さまには大変良くしていただいて、感謝しております」

 としみじみと言った。そんなアルアに、春風が訊く。

「日本での食べ物、どうでした?気に入ったのはあった?」

 アルアは、春風の質問にじっくり考えてから、呟くように言った。

「たまご」

「たまご?」

「玉子かけごはん、玉子焼き、玉子サンド、オムライス、あと、煮たお肉に卵を絡めただけなのに、どうしてあんなに美味しくなるのでしょう……」

「すき焼き?」

「日本の看護師さまにお店に連れて行っていただきまして。実は、姫さまには申し訳ないのですが……、日本での食べ物が美味しくて、ちょっと太ってしまいました」

 アルアは懐かしそうに思い出しながら笑って言った。よほど、日本の玉子料理の数々が気に入った様子だった。春風が、アルアの思い出話に興味を持ったようで、質問を続けた。

「日本で、驚いたことは?」

「あちらでの生活は全て驚きでございます。こちらでは見ないほど大きな建物が立ち並び、車が列をなして道を走り、翼の生えた大きな鉄の塊が空を飛び……。人があれだけたくさんいるのに食べ物は豊富で。でも、一番驚いたのはテレビでしょうか」

 アルアの答えに一同がああ、と納得した。すると、アルアがやや頬を赤らめて、

「あの、夜、ホテルに帰りますと、ドラマを……。こちらではない刺激的な内容で……」

「刺激的?」

 はて、そんな激しい内容のドラマをやっていただろうか。3年くらい前の話になる筈だが、ちょっと記憶にない。すると、アルアがますます赤くなり、もじもじし始める。

「その、殿方と、女の方が、手と手を……。そればかりか、く、口づけ……。ああ、わたくし何を言ってるんでしょう、失礼いたしました……!」

 車中の皆が、アルアのその様子に『初心だなあ』と言わんばかりのにやけた表情をした。

 ユウリとはまた違ったこの初心さも良い。


 30分ほどすると、窓の外の景色に少しずつ建物が増え始めた。

「あと少しで着く」

 勝道が言った。わたしは、石田にもらった資料の中に入っていた王都とその周辺の地図を確認していた。王都ガーティン。100年前にガータ家がデューワを統一して以来、ここが王都となった。

 近くに大きな川や湖があり、南に少し行けば海にもぶつかる。物流拠点としてみただけでも相当優秀な都市である。地図を見ると、水路も王都中に張り巡らされている。これは、船で物資を運びやすくするだけでなく、火災の時の水の確保にも役立つことだろう。

 地図には王都の北側に大きな城が記されている。お姫さまが住むガーティン城だ。地図で見ると相当大きい。

 我々が乗った車が、王都の中に入った。大きな通りは石畳で舗装されている。

「お城はすぐ見えるか?」

「いや、城の塔の先が見えるくらいだ。まずは王家の客人が宿泊する館へ向かう」

 我々は王都では、日本から来た客人が過ごせるように王家が建てた館に滞在することになっている。

 王都の、南西側に通称『日本街』と呼ばれる区画が作られている。我々はそこに向かっていた。

 日本の政治家や、役人、企業関係者などが宿泊する施設、必要な物を買い揃えるためのショッピングセンターやレストランなどが立ち並ぶ、王都に新しく作り足された区画である。

 それらの建物は日本が作ったので、わたしが想像していたファンタジー世界にありがちな数百年前の西洋風の街並みは見られない。

 しかし、行き交う人々はデューワの国の人々が多い。

「おお?」

 うさぎ耳の女性が歩いていく。作り物の耳ではなく、ホンモノの耳を揺らしていた。うさぎ耳は初めて見た。

 町を行く人たちの衣装にもさまざまあり、丸首シャツにズボン姿の男性、長いスカートにすっぽり頭をスカーフで覆った女性、鮮やかでゆったりとした布でできた民族衣装風の恰好をした親子。意外と露出度の高い服を着た女性も多い。

「うわ、セクシー!」

 ミニスカで、へそ出しTシャツルックの女の子がいた。また、日本の着物風の衣装を着た女の子もいる。日本人ではない。頭の上に猫耳がくっついている。

「日本のファッション要素を学んで独自に服を作る者が増えているようです」

 と、アルアが教えてくれた。どうやら、デューワはファッションでも多様性豊かのようだ。ちょっとでも良いなと思うと、すぐに自分の物に取り入れてしまうらしい。

「お兄ちゃん!あれ!」

 春風が指差した場所に、数名の人物が立っている。鎧を着込み兜をかぶり、剣や槍を手にしている。さらに、ひらひらした衣装に身を包み、頭にフードをかぶった魔法使い風の者もいる。さながらゲームの登場キャラクターのようだが、彼らが立っているのは日本のコンビニの前だった。そんな彼らの姿に、素直に驚いた我々に、

「彼らは冒険者です」

 と、アルアが言った。即座に春風が反応する。やばい。春風を刺激するようなワードだ。

「冒険!」

「日本街の近くに、冒険者に仕事を紹介する斡旋所がございます。おそらくはそこに出入りしている者たちかと。コンビニで、食料や飲み物を調達しに来たのでしょう」

「冒険て、何するんですか!」

 と、春風が一気にテンションを上げて訊く。アルアの代わりにユウリが答えた。

「春になると、危険な生き物が活発に動き出すんです。多分それを駆除しに行くんだと思います」

「危険な生き物?」

 ぱっと頭に浮かぶのは、RPGに出てくる恐ろしくも愛嬌もある魔物たちであるが、いるのか?まあ、ドラゴンがいるんだし、いや、しかしまさか、とか考えていると、ユウリが言った。

「この季節はポグポグデオーが一番厄介かも知れません」

「なんじゃそりゃ」

 ユウリの説明によると、『ポグポグデオー』はイノシシらしい。巨大な牙を持ち、敵とみると容赦なく巨体を突進させてくるそうだ。中にはやたら巨大化した個体もおり、それらは畑を荒らすだけでなく人も襲うために農家を悩ませるらしい。この巨大ポグポグデオーを倒せるかどうかが冒険者としての第一歩とのことで、つまり、RPGでいうところの冒険初心者が立ち向かう序盤に登場する魔物みたいなものだろう。見た目は巨大イノシシでも、スライム扱いなのだろうか。

「魔物ではないんだよね」

「はい。魔物は、この辺には出ません」

「この辺じゃなきゃいるの!?」

 ユウリはあっさり言ったが、魔物が存在するとは、流石異世界。びっくりである。石田の資料にも書いていなかった。わたしは助手席の勝道に言った。

「おい、いるらしいぞ」

「ドラゴンの動画見た後でそんなもんにビビんなって。デューワの人たちが言う魔物っていうのは都市伝説レベルだ。大陸の方にはでかい人食い牛がいるとか、夜の海には人を引きずり込む化け物がいるとか、そんな感じで、実際見た奴がいないんだよな。熊とかオオカミみたいな猛獣レベルだったら、俺たちの手にかかりゃ楽勝だし、問題無いべした」

 確かに。昨日見た巨大龍に比べれば熊くらいなら、いや待て、熊も十分怖い。ここにきて初めて勝道のことを頼もしく思えてきた。

 車は坂道を登る。日本街の端の高台に、我々が滞在する屋敷があった。大きな門を通り、さらに進むと、真っ白で大きな館が見えてきた。まさしく、中世ヨーロッパの王族貴族が住んでいそうな、立派なカントリー・ハウス風の建物だった。とても素晴らしい――、素晴らしいお屋敷ではあったが、わたしはあくまでごくごく平凡な庶民の出である。

「ちょっと待った。ぼくらこんなに立派なお屋敷で過ごすのか?」

「お前ら三人と、デューワから付けられた警護役の三人はな」

 勝道たちは近くの宿舎に泊まるらしい。ぼくはそっちの方が落ち着きそうでいいなあと言いたかったが、ちまりと春風は目を輝かせていて、この二人のテンションの上がり具合を見ると、水を差してしまいそうだったのでやめた。

「すご、すごすぎですよぉおおお……!!」

「すごいね、ちまりん!夢みたいだよ!」

 車から降りたわたしは、去年末に完成したばかりだという、豪華すぎる屋敷を見上げた。わたしのような小市民からすると、全てがぴかぴかに輝いて見えて、とても眩しい。

 玄関前でわたしたちを出迎えの、執事やメイドさんたちがわたしたちに深々と頭を下げた。そんな彼らを見て、春風、ちまりコンビはますます興奮している。ちまりは、スマホを取り出してリアル執事とメイドに「お写真良いですか!」などと鼻息荒く言っていた。

「ここ、今まで誰が泊まったんだろう……」

 わたしの問いにアルアが、さらりと言った。

「日本の外務大臣閣下でございます」

「かっか!?」

 おいおい。『閣下』クラスと同じ扱いかよ。

「いいのかなあ……」

 我々を出迎えた使用人の方々が、わたしたちの荷物をてきぱきと屋敷内に運ぶ。勝道たちは、お姫さまに渡すための荷物を車から降ろしていた。

 すると、ぱかぱか音が近づいてきた。

 ニ頭立ての立派な装飾を施した馬車であった。さらにその後ろから、前の馬車よりやや地味な馬車が続く。後ろの馬車に、勝道が鈴木から預かってきた酒が入った箱など、土産として持ってきた荷物を積んでいく。

「はい?」

「ん?いや、お前たちはそっちの馬車に乗り換えて城に向かうんだよ。お姫さまに会いに行くのに、馬車は必須アイテムだべ?」

 勝道がいたずらっぽく言った。

「マジでー!!」

 春風のテンションがますます上がり、ちまりは顔を真っ赤に染めて興奮しながら、馬車の写真を撮っている。いかん、何だかくらくらしてきた。庶民には付いて行けない世界だ。わたしは、ふとお城の方角を見た。

 高台からだと城がよく見える。城下町の奥、堀と高い城壁に囲まれ、その中に、ひときわ大きな建造物がそびえている。

「ゲームだと、ああいう立派な城に勇者が王様に呼び出されて、魔王討伐を命じられるんだよな」

 ガーティン城。デューワを統べるガータ王家の居城である。

 わたしは地図を手に実際の城の位置関係を再び確認した。

「なあ、勝道っちゃん。お前、もし戦国武将だったとして、あの城どう攻める」

 わたしは、横に立って城を眺めていた勝道に言った。すると勝道は、腕組みをしながらじっくりと考えた後、

「1万や2万の兵では無理だな。相手次第だが、30万は兵力が欲しいところだ」

 と答えた。すると、ちまりが横に来て、遠くにそびえる城の写真を撮りながら、

「へえ?そんなにすごいんですか?きれいなお城じゃないですか。戦争とは無縁に思えますけど」

「いや。あれは、秀吉や家康でも落とすのは至難の業だな」

 勝道は、もはや自分が戦国きっての名将にでもなったかのような口ぶりで言う。

「あれは、100年以上前に建てられた城だそうだ。その頃この国はばりばりの乱世だ。あれはその頃の激戦にも耐えうる造りになっている難攻不落の名城と見た」

 ふと後ろを見ると、ヴァンドルフたちデューワトリオが興味深そうに聞いている。

「うん。ぼくもそう思う。この王都にたどり着くまで、主要な道にはいくつかの城があって、それらを馬鹿正直に落とさないと、王都にはたどり着かない。たどり着いても、王都の周辺には土塁や防壁があって、それを越えたとして、あの城の北と東には大きな川が流れ、それが天然の堀となっている。南に広がる城下町にも水路がたくさん引かれ、いざとなったらこれもまた堀代わりだ」

 石田からもらった地図には、きっちり土塁や防壁も書かれている。

「それらを越えても城が台地の上に作られているから、崖を登らんといかん。城につながる道が西側に作られているが、その西側が一番大変だ。西側の城につながる道の両脇には丘があって、その丘の上に砦が作られている。真っ正直に、西側から進軍すればこの両砦から出てきた兵にけちょんけちょんにされる」

 勝道はそう言った後、

「無理。俺が天下に名を轟かす名将だったとしても、正攻法で落とすのは絶対無理」

 と、断言した。ヴァンドルフがうんうんと頷いている。

 戦いにおいて城には、戦の拠点としての力と、抑止力としての能力が求められる。勝てない戦を仕掛けるほど、空しい話はない。城が、巨大で攻め落とすのが難しく作られていればいるほど、攻め手側からすると、戦を仕掛けにくくなる。これ程の城を作る力がこちらにはあるのだと、見せつけることができれば、『こんな城、敵に回すのはムリゲー』とばかりに敵勢力は戦う意思を捨て、軍門に降る可能性も高くなる。現にこの百年、この国で戦争は起こっていない。

 その意味で、このガーティン城は戦わずして勝つという、最も理想的な戦い方で勝ちまくってきたことになる。この城の持つ抑止力のレベルは抜群に高い。

「この城を落とすには、遠距離からの砲撃がカギだな……。この国の戦では魔法でドカンとやったんだべか。興味深い」

 勝道が、あごに手を当て思案をしながら言った。確かに、堀や高い壁を飛び越えて、砲撃を食らわせることができれば、話は少し変わってくる。わたしは、後ろに立っているユウリに「どうなの?」と訊いた。するとユウリは、

「はい、その通りです。ドカンとやりました。でも、攻城戦で城に大きな損害を与えることができる魔法の使い手は限られますので、大体が大砲を用いました」

 と説明してくれた。やっぱり、ドカンといける魔法使いはいたのだと思った。しかし、ガーティン城の一番外側の堀のさらに外側から大砲を撃って、城の内側に果たして届くだろうか。

「大砲かあ……。でも、射程距離の問題があるでしょう?」

「そういう時は、魔法の玉を大砲で撃つんです。相当距離が稼げますが、ガーティン城を攻めるにはちょっと物足りないかも知れません」

「魔法の玉か。すごいね、そんなのもあるんだ」

 わたしが感心すると、びしっと春風が手を挙げてから言った。

「はい!魔法でぴゅーっと飛んで城壁を超えちゃうとか、上空から爆弾を落とすとかしたらいいと思います!」

 おお。その手があった。確かに、それなら大砲の射程距離は関係ない。

「飛ぶための魔法はなかなか難しくて、使える者はそんなに多くはありません。迎撃用の手段も色々ありますし。もし城壁を超えても、魔法使いは大抵腕力が無いので、地面に降り立った瞬間に討ち取られてしまいます。爆弾も、それほどたくさん持って飛べません」

 春風が、ありゃ、と拍子抜けした様子で言う。そうなると、大した打撃にはならないかも知れない。魔法も使いどころが難しい。


 さて、出発の準備は整った。馬車に乗り込もうとする我々に、勝道が言った。

「じゃ、行ってこい」

「勝道っちゃんは来ないのか?」

「いやいや、お姫さまとの素敵な出会いに、俺たちが付いてっちゃ無粋だろ?警護役なら、デューワ側から立派な人たちが付いてるべした」

 我々が三人とアルアが立派な装飾の馬車に、デューワトリオが後ろの馬車に乗り込むと、御者が出発しますと我々に告げ、馬に出発の合図を出す。ぱかぱかと蹄が音を立て、馬が馬車を引っ張り出す。ゆっくりと馬車が進む。

 ここから城まではのんびり進み、30分ほどだという。

 馬車は、城下町の細い道を迂回し大通りを北へと進む。衣服、装飾品の店、刀剣や鎧などの武具を取り扱う店、レストランなどが並ぶ。アルアの説明だと、この通りとその東隣りの通りは、王家御用達の店など一流の店が数多く並ぶ通りだという。銀座みたいなものか?

「兄ちゃん!あれ!」

 春風が窓の外を指差した。

「おお……っ!」

 見ると、大きな荷台を引く大きな物体があった。それは、四本足で歩くドラゴンだった。

「でっか……!」

 大きさは3mほどだろうか。大きな頭にくちばしのような口、ずんぐりとした太い胴体にサイのような立派な足。尻尾は少し短く感じた。のしのしと、しっかりとした足取りで荷台を引く。荷台と荷物の大きさから考えると、相当馬力はあるようだった。わたしは、恐竜のプロトケラトプスに似ていると思った。

「やっぱり、恐竜に似てるな」

 石田からもらった資料には、ドラゴンについても少し書かれていた。その資料に載っていた写真に、今目の前を歩くドラゴンの姿もあった。

『パゴフ』と呼ばれる、ドラゴンである。

「可愛い顔だねー」

 春風が言った。確かに怖いという印象は受けない愛嬌のある顔立ちをしている。

 資料には、3種のドラゴンについて書かれていた。その中にはDNAに関することも書かれており、わたしの予想通り、鳥とかなり近いDNAを持つことが書かれていた。ドラゴンと鳥、断定できないが近縁種なのだろう。

 恐竜の子孫が鳥であることは、ほぼ間違いない。その鳥と近縁種のドラゴン。恐竜と似ていても不思議ではない。

「触りたい」

 つい、言葉が漏れてしまった。ちまりが、「食べられちゃいませんか?」と言ったが、パゴフは草食である。性格も温和なように見えた。だからこそ牛のように荷車を引く仕事をさせることができるのだろう。

 馬車はぱかぱか、がらがらと音を立てて進む。雄大な城が近付いてきた。

 馬車は、左折して大きくカーブした道をぐるりと回り、堀の上に掛けられた橋を渡り、大きな城門の前に。門扉は木製、その周りは石で作られていた。相当高く、ビル3、4階分くらいはある。城門の前には槍を持った衛兵が立っていた。

 衛兵はわたしたちに頭を下げる。わたしも、つられて頭を下げた。

「あの人と写真撮りたいですねえ」

 ちまりが言った。確かに、お城の門の前で衛兵と記念撮影というのは良いかも知れない。

 馬車は門の中へ。すると道が二手に分かれ、馬車は右の道へと進む。

「姫さまは、南の館にお住まいですので、そちらへと向かいます」

 アルアが説明してくれた。南の館は、王位継承権第一位の王族が住む館らしい。春風が言う。

「王様たちとは違う場所で暮らしてるんだ」

「はい。とはいえ、国王陛下がお住まいになるお城は御覧のようにすぐ目の前。会いに行こうと思えばすぐでございます。実際、三日に一度はお会いになっておられます。正確に言えば国王陛下が、何かと理由を作って姫さまに会うためにお越しになられるのですが」

「だったら、一緒に住んじゃえばいいのに……」

 春風がちょっと呆れた様子で言ったが、高貴な者のしきたりというやつだろうとわたしは思った。それに、常に王族が同じ場所で過ごすことにはリスクも伴う。敵対勢力が襲撃して来た場合に、最悪、ともに命を落としてしまいかねない。それは、国の頂に立ち、国民を統べる王族としてはまずい。わたしがそう説明したが、春風は、

「でも、しょっちゅう来てたら、意味ないじゃん」

 とばっさりだった。

 馬車は、三つの門をくぐった。門をくぐるたびに道は屈曲する。まさしく『喰違虎口』だ。日本の城と同様に、敵が進軍して来た場合に、勢いに任せて直進できないようにするための工夫だ。門を突破してもすぐ道は直角に曲がる。すると、道沿いに作った壁が目の前と横にそびえ、その上から鉄砲や弓で攻撃が可能になる。さらに曲がった先に兵を配置することも可能で、攻め手側は道を曲がろうとすると、いきなり現れた守り手の兵に襲い掛かられ、大きく足止めされることになってしまう。道の脇の壁を見れば、穴が小さくあけられている。日本でいうところの『狭間』と呼ばれる工夫だ。壁の向こうから、この穴を通して飛び道具を撃ち、敵を射殺するための穴なのだ。やはりここは戦うことを大きく意識した造りになっている。

 最後の門をくぐると、視界が広がった。

 

 館の玄関前に、我々を出迎えるための侍従や侍女が並んで立っている。まずい。緊張してきた。馬車が停止すると、侍従が馬車の扉を開け、足元に、降りやすいように台を置いてくれた。まず、アルアが降り、わたしに「どうぞ」と声をかけ下りるように促す。一気に緊張が高まる。わたしは、自分の足が軽く震えていることに気付いたので、太ももをばんばん叩き、ちょっと気合を入れてから降りた。

 馬車を降り、南の館を見上げる。我々が滞在する屋敷よりもさらに何倍か大きく、豪華さというよりは、重厚な歴史を感じさせる、石とれんが造りの三階建ての巨大な館だった。

 正面玄関前の庭もきれいに手入れが施されている。館の両端に、石造りの塔がそびえたっている。『南の館』というから、しゃれた洋館のようなものを想像していたが、城と呼んだ方がしっくりとくる。つまり城壁の中に、王が住まう本城があり、その南側に王位継承権第一位の王族が住まう第二の城があるのだ。これだけ、立派な館という名の城に、お姫さまが一人住んでいる。箱入り娘ならぬ、城入り娘である。これだけの城に大事に守られているお姫さまに失礼なことはできない。失礼な事をしでかしたところで、よもや首を刎ねられるようなことは無いだろうが気を付けよう、と自分に言い聞かせた。

「はわあああああ……っ!」

 春風とちまりも、その壮大さに声を漏らした。遊園地にあるような城とは違う。おとぎの国から飛び出したかのような、ホンモノのお姫さまが住むお城である。圧倒されても無理はない。わたしがアルアに訊いた。

「王様が住むお城は、この南の館よりも、大きいんですよね?」

「はい。この『南の館』の他に、東側に、『東の館』もございます。そちらには、皇太后さまがお住まいです。ティオリーナ姫さまのおばあさまです」

 つまり、第三の城か。ここはどんだけでかいんだ。庶民のスケール感では計り切れない。

 侍従、侍女たちが、わたしたちが持ってきた土産の品を後ろの馬車から降ろしていた。

 いよいよ、お姫さまとのご対面の時が近付いてきた。わたしは背筋を伸ばし、ネクタイを直して、よし、と気持ちを改めて引き締める。

 城の外観、庭、侍従たちなどを写真に一通りおさめたちまりが、こちらに向かって、

「さあ、いよいよですね」

と、珍しくきりっとした表情をして言った。

「ちまりでも、ちゃんと顔を引き締めることができるんだな。胸はだらしないままだが」

「はあ!?だらしなくないですーっだ!張りのあるいいオッパイですーっ!!」

 アルアが、頬を赤らめながら、わたしをたしなめようとする。

「あ、あの、霞ヶ城さま……」

「ああ、お気になさらずに。緊張をほぐすための儀式のようなものですので」

「そ、そうですか、では、参りましょう」

 アルアが、扉前に立つ侍従に向かって頷いた。それを合図に侍従が、ドラゴンの彫刻が施された大きな扉を開ける。アルアが先に館へと入り、扉の脇に立ち少し頭を下げ、

「ようこそいらっしゃいませ。霞ヶ城さま」

と、改めて言った。わたしは、あ、ども、と頭をちょんと下げて屋敷の中へと入る。その後に、春風とちまりが続く。その後ろに、我々の荷物を持ってくれている侍従たちが続いた。


「ようこそおいでくださいました!!」


 広い玄関ホール。扉の正面に大きな階段があり、ホールの両脇に大きな扉があった。その、階段の上から、可愛らしくもよく通る声が聞こえたのだった。

 はっとして上を向くと、階段の中ほどに、白いドレス姿の少女が立っていた。

 銀色がかった長い髪、ブルーの瞳、白く透き通るような肌。

 少女は、少し興奮したかのように、息を弾ませていた。

 アルアがそんな少女を見上げてから、少し首を横に振った後に言った。

「霞ヶ城さま、――本来でしたら皆さまを客間にご案内してから、お呼びするはずだったのですが、あのお方がティオリーナ姫さまでございます」

「や、やっぱりですか……」

 そう。以前テレビで見たことのある、少女。あのとき見た姿よりも、大人びてきているが、まだ、あどけなさも残る、大人の階段を上り始めた印象を抱かせる顔立ち。テレビの向こう側にいたあの少女は、たくさんのマスコミを前に不安げな表情をしていたが、今目の前にいる少女は、興奮を隠すのに少し忙しそうだった。

「姫さま、わたくしが呼びに参るまで、お部屋でお待ちくださいと申し上げたではありませんか」

「ご、ごめんなさい、アルア。待ちきれなくって……」

 少女、ティオリーナ姫はたたたっと階段を降りると、わたしの前に立ち、息を整えると、日本風に静かにゆっくりと頭を上げ、そして姿勢を戻す。

「改めて、ようこそお越しくださいました。初めまして霞ヶ城さま。わたくしが、デューワ王国王女、ティオリーナ・ガータでございます」

「あ、はい。初めまして……、あの、霞ヶ城雪鷹かすみがしろゆきたかです。本日は、お招きありがとうございます……」

 お姫さまの丁寧な挨拶に、どぎまぎしながらわたしは挨拶を返した。

「姫さま、こちらは霞ヶ城さまの妹、春風さまでございます。そのお隣が、霞ヶ城さまの担当編集者を務められております、山寺ちまりさまでございます」

「霞ヶ城春風さま、山寺ちまりさまも、ようこそ。ティオリーナでございます」

 お姫さまが、再び頭を下げ、二人も緊張を隠せないまま頭を下げて挨拶をした。

 わたしは、そっとアルアに訊いた。

「あ、あの、お土産の品は、いつお渡ししたら……」

「色々と段取りを飛ばしてしまいましたが、お部屋にご案内いたしますので、そこで。姫さま、参りましょう」

 アルアが言うと、侍女たちがホール左側にある扉を開けた。

「どうぞ、霞ヶ城さま」

 お姫さまがわたしたちを招き入れた。

 広い客間だった。大きなテーブル真っ白なテーブルクロスがかけられ、壁には立派な城の絵が飾られている。湖のそばに城が建っているところを見ると、このガータ城ではない。

 暖炉があり、その上に小さなドラゴンの彫刻の置物が置いてある。

 天井からは、美しいガラス製のシャンデリアが吊り下げられていた。窓からは立派な中庭が見える。

 ちまりが、その部屋の部屋の隅々まで写真に収めたさそうにうずうずしていた。そして、挙動がおかしい人物がもう一人。誰あろう、ティオリーナ姫であった。お姫さまは、何だか言いたそうにもじもじしている。そんなお姫さまの様子を見て、わたしはようやく気付く。お姫さまの着ている衣装である。

「あの……、もしかしてそのドレスは……」

 お姫さまがぱあっと表情を輝かせた。

「お気付きですか!?あの、これは、霞ヶ城さまの作品『白き姫君と剣の少年』のシャルリーザ姫が来ていた衣装をイメージして作っていただいたものです」

 確かに。わたしの作品『白き姫君と剣の少年』のヒロイン、シャルリーゼの着ていたドレスによく似ている。白いドレスを着たシャルリーゼの姿が小説の第一巻の表紙にも描かれているが、胸元のデザインがやや異なる。シャルリーゼの着ているドレスは、ラノベ的読者サービスのために胸元が大胆に開いているが、目の前にいるお姫さまの着ているドレスはそこまで大胆ではない。流石に、本物のお姫さまにはあのデザインは王国NGが出たのであろう。

「秋葉原の専門のお店でデザインしていただき、こちらで仕立てました」

「アキバの専門店っすか!」

 ちまりが興奮して言う。まさかアキバのコスプレ専門店で本物のお姫さまのドレスをデザインする日が来ようとは。最近益々何でもありな感じのアキバもびっくりであろう。

 ところで、これはやはり、褒めた方が良いのであろうか、とわたしは思った。いや、社交辞令ではなく、しっかりばっちり似合っているのだからここは素直に言うべきなのだろう。ここは、自分の素直な感想を述べるべき、とわたしの心の声が言っている。

「大変良くお似合いです。シャルリーゼを超える美しさだと思います」 

 できる限りの爽やかスマイルで、わたしが言う。

「あ、あ、ありがとうございます……!」

 お姫さまが赤面して、軽くうつむいてしまった。初心い!リリミアやユウリと違って、恐れ多くていじれないのが実に惜しい……!

 いじれない分、そのもじもじする可愛らしい姿をできるだけ堪能しよう。と思っていると、わたしの袖をくいくいとちまりが引っ張った。

「先輩、先輩。お土産をお渡ししないと……」

 おお。そうであった。この段階では、ほぼ緊張が消えていたわたしではあったが、気を抜きすぎて土産のことを忘れていた。

「そうだ。お渡ししたいものがございます。どうかお受け取り下さい」

 わたしは、ちまりが持っていた紙の袋を前に差し出す。中には、『白き姫君と剣の少年』のブルーレイボックスシャルリーゼフィギュア付きと、アニメに出てくるマスコットキャラのぬいぐるみなどのアニメ関連グッズ、アニメに出演した声優のサイン色紙などが入っている。 

 さらに、「それから、このような物をお渡しして良いのかどうか、分かりませんが」と付け加えたうえで、山形県と市から渡された、山形の名産品、ちまりが預かって来た高級スリッパなどを渡し、最後にわたしの友人鈴木に託された酒、近所の菓子店に頼まれたお菓子などを渡す。

 それらが、テーブルにずらりと並べられる。

「ありがとうございます。大変ありがたく思います」

 と、お姫さまは言ってくれたが、ちらりとテーブルを見るとお菓子はともかく、年頃の女の子に米や酒の土産はないだろ、と今更ながら思ってしまう。

 しかし、ああ、肩の荷が下りた。

 その後、写真撮影の許可をいただき、お姫さまと記念撮影。ちまりはその後も部屋の様子を撮影していた。

 すると、ふと、何かじとっとした視線に気付いた。

「……?」

 客間の扉が少し開いていて、その隙間からこちらを覗き見ている者がいた。

「……。あの……」

 わたしがアルアに扉を見るように指を差した。アルアも扉を見る。すると、ふうっと嘆息した後に声を漏らす。

「陛下……」

 へいか?へいか!?国王陛下!?

「お姫さまのお父さん!?」

「お父さま!?」

 お姫さまが扉に向かって声を上げる。すると、ゆっくりと扉が開き、ばつが悪そうな感じで立派な身なりの五十代くらいに見える男性が入って来た。

「デューワ王国国王、ジェイガン国王陛下でございます」

 アルアが王さまを我々に紹介すると、王さまは、おほんと咳払いをした。

「ジェイガン、である」

「あ、えっと、霞ヶ城雪鷹でございます。その、お会いできて、光栄です……」

「うむ、話は聞いておりますぞ。霞ヶ城殿、それから山寺殿と申したか。おほん。我が国に、ようこそお越しくださった」

「あの、お父さま、本日はどうしてこちらに?」

 お姫さまが訊くと、王さまはさらにばつが悪そうに、うん、ええっと、その、と口ごもる。

 そんな王さまの王さまらしい威厳の全く感じさせない様子を見て、ちまりが、

「何だか、娘が初めて連れてきた彼氏の様子が気になって仕方がない、父親みたいですね」

と呟いた。まさしく、そんな感じだ。箱入り娘のさらに上を行く城入り娘のお姫さまである。そんなお姫さまが、客人とはいえ男を招いたのである。そりゃ、気になるのも無理はない。

「ええっと、その、本日ここに来たのはだな、うん、その、たまたま通りかかったのでだなあ……」

 王さまは苦しい言い訳をしながらも、たまにこちらの様子をうかがう。品定めをされているようで、すごく気になる。

「兄ちゃん、あれあれ」

 わたしの耳元で春風が囁きながら、ある物を指差した。鈴木酒造の酒である。おお、ナイスアシスト、春風。

「あの国王陛下」

 わたしは、鈴木から持たされた日本酒の入った箱をおずおずと差し出した。

「わたしの友人の酒蔵で作った日本酒です。友人が是非、国王陛下に召し上がっていただきたいということで、お持ちいたしました」

 王さまがこちらを見る。その顔が緩んでいる。わたしから酒を受け取った王さまは、

「ぬ?ほうほう?酒か!これは、ほほう?余は酒に目が無くてな、これはありがたい」

と嬉しそうに言う。これは予想以上の好感触。ちょっと場の空気が和んだ、次の瞬間。

「あなた!」

 扉が勢い良く開け放たれると、一人の貴婦人が入ってきた。王さまがびくっとする。アルアが、またかというように再び嘆息した。お姫さまが言う。

「お母さま!」

「おかあさまですと!?」

 お姫さまがお母さまと呼ぶということは、デューワ王国の国王の奥様。王妃さまであろう。

「あなた!ティオリーナが大事なお客様をお迎えしているのに、邪魔をしない!」

「いや、お前。邪魔しようなどということは……、ないぞ」

「全く、娘に恥をかかせて!……。霞ヶ城殿ですね?わたくし、ティオリーナの母、マルティーアです。娘と仲良くしてやってくださいね。さあ!行きますよあなた!」

「う、うむ」

 場の流れに付いていけなかったわたしだったが、はっとする。テーブルの上の紙袋を手にして王妃さまの前に歩み出た。

「あ、あの。これ、わたくしの住む町の菓子店のお菓子です。たくさんお持ちいたしました。お口に合いますかどうか、分かりませんがどうぞ、お召し上がりください」

「まあ。ありがとう。お菓子は大好きです。ご無礼お許しくださいね。さあ、あなた行きますよ。霞ヶ城殿、ごきげんよう。ティオリーナも、またね」

「う、うむ、霞ヶ城殿、またの」

 王さまは、王妃さまに引っ張られて出て行った。

「どこの世界も、娘を持つ親って変わんないっすねえ……」

 ちまりのつぶやきに、全くだと強く感じたわたしだった。 


 ところで、後日談ではあるが、この時王妃さまに渡した袋の中身にはカステラとどら焼きが入っていた。カステラはともかく、豆を甘く煮た『あんこ』を苦手とする外国人は多いと聞く。気に入ってもらえないかも知れないと思っていたのだが、王妃さまはどちらも大変気に入り、和菓子を学ばせるために城お抱えの菓子職人を『八兵衛』に修行に出した。

 和菓子店八兵衛で修業した菓子職人がデューワで作った、カステラ、どら焼き、さらに大福やまんじゅうなどの菓子は、王妃さまを大変喜ばせ、さらにデューワに空前のカステラ&あんこブームを巻き起こすきっかけになるのだった。

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