第9話 ついに異世界の王国へ

 バスがキューブを出ると、目の前に再び鉄の扉があった。バスが進むと扉はやはり左右に開閉していく。扉をくぐると、数台のバスが停車していた。

「到着しました。扉を開けまーす。どうぞ、お気をつけてー」

 バスが止まり、運転手がそう言ってバスのドアを開ける。スーツ姿の男たちはすたすた降りて行った。わたしたちも後に続く。

 運転手や係員が、バスの下部の荷物を入れるトランクから我々の荷物を降ろしてくれた。

 それらをカートに乗せて入国ゲートをくぐる。海外旅行と一緒だ。

 手荷物検査を受け、入国審査へ。

 入国審査のカウンターにいたスタッフの一人が、犬の耳をぴくぴく動かしている。犬系獣人族の男だ。おお。猫耳の女の子は見たことあったが、犬耳の男は見たことがなかった。ちょっと感動。

「ようこそデューワ王国へ」

 犬耳のスタッフが日本語でわたしたちに声をかけ、こちらへ来るように手招きしている。犬耳スタッフへと歩きながら、あたりを見回す。基本的に、山形側の施設と変わりなく、白い壁、白い天井、内装も実に質素だ。急いで作られた施設のため、凝ったデザインにする余裕が無かったものと思われる。デューワ王国との繋がりがもっと密なものになり、様々な企業が関わるようになれば、内装もおしゃれなものになっていくのだろう。

 犬耳スタッフにパスポートを見せた。わたしの顔と、パスポートの顔を見比べる。

「お仕事ですか?」

「半分は」

「半分?」

「ええ……。こちらに招かれまして」

「へえ。お知り合いがこちらに?」

「ええ。まあ、そんなようなもんで」

 ボン、と大きなスタンプをパスポートに押し、

「あっちへ進んでくださいね」

 言われた通りに進む。すると、ゲートの向こうで、手を振っている者がいた。

 外務省の石田だ。彼は、デューワ王国に作られた日本の大使館職員である。

 その隣に何人かいる。自衛隊の制服を着た者が二人。その隣にはデューワの国民とみられる人物が三人。それらの人の中に見慣れた顔があった。自衛隊の制服姿のその男は――。

「あれ!まさみっちーだ!」

「おお?お前春風はるかぜか?でっかくなったなあ。色んなとこが。ちょっと前までランドセル背負ってたっけのに」

 春風が男を指差し、男が答える。

勝道まさみっちゃん」

 ゲートをくぐり、無事デューワ王国へと入国したわたしがそう呼んだ自衛官は、わたしの小中高校と同じだった東海林勝道とうかいりんまさみちである。

「うぃっす。久しぶり」

「何でいんの?こっちに配属されたんだっけ?」

 東海林勝道は、文武両道を行く男であった。春風と同じ、ドンちゃんの伯父さんがやっている空手道場に通い、勉強もできた方である。

 高校を卒業すると、防衛大学校に進んだ。

「俺は、自衛隊に入るんだ」

 高校に入ると同時に、彼はそう宣言した。きっかけは小学生時代。わたしの家で一緒に見た特撮怪獣映画である。怪獣に蹂躙される街で逃げ惑う市民を助け、怪獣に戦いを挑む自衛隊の姿に、まだ小学生だった勝道少年は一気に心を奪われたのだった。

 本当は、中学卒業と同時に自衛隊に入隊したかったらしいのだが、担任がお前は頭が良いのだから、高校へ進み、その後防衛大学校へ進学しろと勧めた。親もそうしてくれと言う。で、彼はその通りに、防衛大学校へと進んだのである。知っての通り、防衛大学校に入学するのは、なかなかの狭き門を潜り抜けねばならない。しかし彼は一発で合格したのだから、自衛隊を目指した最初の動機は子供っぽいものだが、かなりの秀才である。

「東海林二等陸尉は、あなた達の護衛を務めてくれることになりました」

 石田が言った。

「は?護衛?」

「そうだ。ありがたく思え。あ、こっちが左沢唯菜あてらざわゆいな三等陸曹だ。同じくお前たちの面倒を見る」

 勝道の隣にいた短い髪の女性が頭を下げた。

「デューワ方面派遣部隊、左沢二等陸曹です!」

「えー、まさみっちーも一緒に行ってくれんのー?」

 春風が無邪気に喜ぶ。ちまりが、誰ですか?とわたしに行った。

「そうか。お前は知らんか。ぼくの同級生だ。小学校から高校まで一緒だった。見ての通り、自衛隊だが、護衛って……」

 わたしが怪訝な顔をする。

「おかしくね?」

 そう。おかしい。海外で旅する日本人を自衛隊が警護するなど、聞いたことがない。

「別におかしくはないべ。ここは何が起こるか分からん世界なんだぞ」

「いや。だからって民間人が自己責任であっちこっち見て回るのに、自衛隊が動くわけがない。正直に言え」

 わたしは、眼を細くしてじーっと東海林勝道の目を見る。勝道の目が、やや泳いでいる気がする。勝道がさっと、顔をそむけた。

「ほらやっぱり!」

「隠してねえって、ありがたく警護されろよ!」

 次にわたしは石田を見る。石田も少し顔をそむける。

「おい、治部。何を隠してる」

「治部!?」

 ちなみに治部は治部少輔の略。戦国武将、石田三成の官職名である。石田の名前とかけているわけだ。

「いや、別に私は。デューワ王国側からも、霞ヶ城かすみがしろさんの警護に人員を割いてくれているわけですから、こちらも出すのが筋かなあって話になりまして……」

「だから俺が来たんだ」

「だとしてもおかしい。お前、防衛大出のバリバリのエリート幹部候補生ではないか。そんなエリート様が、こんな面倒くさい仕事を受けるか?」

「く……。お前はどうしてそう疑り深いんだず」

「さては貴様、ババを引いたな?」

「ババとか言うなよ!」

 我々は場所を変え、ロビーのベンチに腰掛け話す。そして改めて勝道を尋問する。

「さあ、正直にすべてを話せ。悪いことは言わん」

「俺は犯罪者か」

「さあ」

「……。いや、だから、上にお前と同級生だったことが、バレてだなあ。じゃ、東海林お前が面倒見て頂戴ってことになったんだって」

「ババ引いたんだな」

「だからババとか言うな!」

「じゃあなぜエリートがぼくらの旅に付き合う」

「こっちは何か起こるか分からないんだから、その都度臨機応変に対応できるようにそれなりの階級の者が付いた方がいいだろが」

 ここで、わたしはカマをかけた。

「お前ら、ぼくをに何か企んでないか?」

 勝道と左沢三等陸曹が『やっべ、こいつカン鋭すぎ!』という表情を見せる。そのやや後ろで、石田もできるだけ平静を装っているように見えるが、おかしい。笑顔がわざとらしい。

「あーもう、分かったよ!ダシだダシ!!お前、色々見て回るんだろ!?じゃあ、警護にかこつけて、ちょいと東海林お前も色々見て来いってことだ」

「ああ。成程」

 つまりはこういうことである。

 現在、日本はデューワ王国王都ガーティンに大使館を置き、そこを中心に外交を行っている。さらに、ガーティンから西に離れること約30kmの地、デューワ王国側のキューブが作られた場所ヘルゲン。そして、他に地方都市がいくつか。日本が把握している場所はこんなところだ。

 日本は人員を各地に送り、デューワ王国を調べつくそうとしている。その為には地図が必要で、正確な地図を作るためのチームを複数編成、東西南北に散らばらせている。そのチームの中には案内役の人員がデューワから、警護役には自衛隊員が付いている。自分たちより優れた技術を持っている日本が地図を作ってくれるというのであるならば、ありがたいということだ。国の隅々までを知られるというリスクを冒してまでも、欲しいのだろう。

 ところがデューワは広い。国土面積は日本のおよそ2倍。山岳地域、森林地域など、なかなか足を踏み入れるのが難しい場所も多い。地図作製は遅々として進んでいない。

 飛行機やヘリを飛ばしたところで上空から見て回れる範囲などたかが知れている。何せ、それらに航空機に対して補給を行える場所も限られているのだ。下手に遠くまで行ってしまえば、燃料が無くなって帰って来られなくなってしまう。

 どんなところにどんな町や村があるのか、デューワが作った地図はあるものの、正確さには欠ける。さらにはどんな人々が暮らし、その場でどういった生活をしているのか、どんな文化を持っているのか、あまりに情報が不足していた。とにかく情報が欲しい。

 そんな折、日本の作家がデューワ国内を色々見て回るという。VIP待遇で警護役もデューワからも付けられ、国内を自由に見て回っても良いとお墨付きまでもらっている。

 もしかしたら、日本政府が把握していないところに向かうかも知れない。ならば、自衛隊からも警護役という名目で人員を付けよう。情報収集のチャンスだ。

 と、まあ、こんなところである。

「最初から素直に言えば、協力してやることも、やぶさかではないものを」

 ベンチに腰掛け腕組みしながらわたしが言う。

「自衛隊が国民をダシに情報収集しようとしているなんて、素直に言えるか」

「で、勝道っちゃんが選ばれた、と」

「ああ。お前と同級生だったとバレてな。じゃあ、ちょうどいい、お前が適役ってなっちまった」 

「ふうん。まあいいや。こちらもそうならそうで色々利用させてもらうさ。で?自衛隊からはお前とそちらの左沢さんの二人?」

「いや。あと数人」

「……、情報収集と言う事は、ある意味立派な偵察部隊だよな?少なくね?カエル型宇宙人が編成している部隊とほぼ同じって……」

「仕方ねえべした!こっちもてんやわんやで人手不足なんだず!文句言うな!デューワからだって人が来てるんだ、充分だべした!」

 そこで、わたしは改めてデューワ側からわたしたちの警護役に付いてくれるという三人に目をやる。

 大男が一人、華奢な少年が一人、背の低い少女が一人。

 こんなことを言うのはあれだが、ぱっと見、いざというとき危険から守ってくれそうなのは大男だけだ。大男が一歩前に歩み出て、御挨拶よろしいか?と言うので、はいと頷いた。

「ヴァンドルフ・メルフと申します。ティオリーナ殿下の命にて、まかりこしました」

 大男が名乗った。身長は190cmはある。屈強な体つきで、いかにも歴戦の戦士という風格を持った男だ。腰にでかい剣を提げている。次いで、少女が凛とした声を発し名乗った。

「リリミア・アルドーラと申します。同じく、姫さまの命を受けてまいりました」

 たなびく髪は金色で童顔、身長は150cm弱。小さい。全てが小さい。大変申し訳ないが一見中学生くらいに見える。アキバ系が見たらロリっ娘だと興奮した事だろう。しかし、腰には似つかわしくない剣を差している。見た目とは裏腹に、もしかしてめちゃくちゃ腕が立つ剣士なのだろうか。それに……、色々な判断に迷っていると、少年が深々と頭を下げて名乗った。

「ユウリ・マスモと申します。同じく、殿下の命にて、警護役を仰せつかりました。よろしくお願いいたします」

「魔法使い?」

 春風がそのいでたちを見て言った。少年はいかにも魔法使いが身に着けそうな、ゆったりとしたフード付きのローブを着込んでいる。ゲームの中でこんな格好をしているのは魔法使いと相場は決まっている。栗色の髪はさらさらで、顔だちはとても可愛らしい。これは女子が『守ってあげたい!』と声を上げそうなくらいの美少年だ。アイドルグループにいてもおかしくない。

「え?あ、はい。王立ハルバルシン魔法学校を出ました」

 何?魔法学校とな!?わたしが石田を見ると、石田は、

「ハルバルシン魔法学校は由緒正しい名門の学校です。ユウリ君はそこを飛び級で卒業した優秀な人物だそうです」

 と、補足説明をしてくれた。何と素晴らしい。本物の魔法使いか。ちまりも驚いている。

「魔法使い、初めて見ました」

「すごーい!よろしくね!」

 春風が感動してユウリの手をつかみ、握手をした。突然、手を握られたユウリはどぎまぎしていた。なかなかに初心うぶい反応だ。さては、女子に免疫がないな?益々女の母性本能をくすぐるタイプだ。と、そこでわたしはハッとする。わたしの自己紹介がまだであった。これはしたり。

霞ヶ城雪鷹かすみがしろゆきたかです。この度はわざわざ、ぼくのような者のために来てくださってありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 わたしが立ち上がって頭を下げ、挨拶をすると、三人も同じく頭を下げた。勝道は、俺たちとは扱いが違うぞ、俺たちにも頭を下げろと言わんばかりの顔をしていた。

「ところで……」

 わたしは、今まで触れたくてうずうずしていたこと、それに触れることにした。見れば、春風もうずうずしている。

 リリミアの頭の上と、腰の下から揺れて動くものに視線を送る。

 耳と尻尾。そう、彼女は獣人系種族である。

「いぬ?」

 リリミアの頭にある耳は、コーギーのようなぴんと立った大きな耳。尻尾は、ふさふさでゆさゆさ揺れている。

「ちょっと失礼。よろしいですか?仲の良い獣人族と交わす挨拶の儀式のようなものです」

「は?」

 わたしは、リリミアの頭の上の犬耳を両手で、もふもふもふっと優しくつかんだ。

「わひゃあっ……!!あっ、あふぅ……っ!!」

 おお、温かく、ふんわりとした、手触り。

 良い。良いぞ、この感触。

「あ、あの、あのぉ……!」

「挨拶のようなものなので」

 嘘ではない。行きつけの喫茶店の猫耳娘とは、仲良くなってから触らせてもらっている。店を出るとき、挨拶がてら触らせてもらう。あちらの方から、頭を差し出してくれるのだ。仲が良いから、できることだ。

「わふぅあ!!」

 リリミアがまた素っ頓狂な声を上げる。春風が、我慢できすにリリミアの尻尾を撫でまわしている。春風は、頬を染め、

「ああ、もふもふ……」

と、尻尾の感触にうっとりしている。リリミアは、上と下から不意を突かれ、恥ずかしそうにうろたえる。

「あ、あん、あふ・・・…、きゃふうううううううんんんんんっ!」

 リアクションも良い。これはリリミアといい、ユウリといい、なかなか素晴らしい人材を付けてくれた。ジーゴ氏の人選だろうか?いじりがい、もとい、コミュニケーションの取りがいがある。

 旅の楽しみが増えた。いや、ほんと。

 

 挨拶を済ませると、わたしたちはデューワ王国の出入国センターを出る。

 目の前に、広がる緑。爽やかな春の風。

 センターは、ヘルゲンの平野に作られている。キューブがそこに作られたからだ。勝道たちが現在勤めている自衛隊の駐屯地が、センターに隣接して作られている。その周辺には日本政府の関連施設、宿泊施設、食事や買い物ができる店、色々ならんでいる。慌てて作られたものばかりのはずだが、なかなかどうして、立派なものである。

 また、道もきちんと整備されていて、東には王都ガーティンに向かう道、西と、北に向かう道が見える。もともとここには、デューワ王国の街道が通されていた場所らしい。

 だが、わたしが一番目を引かれたのは、東側の丘に作られている建物だった。

「砦だな」

 わたしが言うと、勝道が答えた。

「ああ。あそこだけ、中世の世界感たっぷりだろ?」

 距離があるので、そのスケールがいまいちつかめないが、おそらく、キューブよりは横幅はある。高さも、ビル3、4階くらいの高さはあるんじゃないだろうか。おそらく、正面は石で作られている。門らしきものも見える。きっと、いざ戦となれば門が開かれ目の前の敵めがけて兵や馬が丘を駆け下りてくるのだろう。

「ここは、王都と30kmしか離れていないんだよな?」

「ああ」

 わたしは後ろを振り返り、センターの奥にあるキューブを思い起こす。

「よくもまあ、こんな近くにキューブを作ったもんだね」

「全くだ」

 勝道が頷く。しかし、ちまりはぴんと来なかったようで、

「ええ?結構遠いじゃないですか」

「いや。かなり近い。デューワ王国は、相当の覚悟でここにキューブを作ったんだ」


 わたしたち一行は、石田の案内でホテルへと移動した。センターから歩いて十分ほど歩いた場所にある日本が作った宿泊施設だ。とはいえ、荷物がやたら多いので、車で運んでもらった。チェックインの手続きを済ませ荷物を部屋に置くと、我々は一階に作られたカフェにてお茶の時間を兼ね、これからのことを話し合う事にした。その前にちまりにキューブが王都近くに作られたということがどういうことか説明する。テーブルに、王都周辺の地図が広げられている。

「いいか、ちまり。ここが王都で、キューブがここ。な?」

「はい」

「ああ、少しお待ちを」

 石田が制した。少年魔法使いユウリがわたしたちの前に出てきて、

「言葉の精霊魔法をかけさせていただきます」

 と言った。

「何、それ」

 ユウリが失礼しますと言ってから、人差し指をわたしの耳に近付けて、ぶつぶつと呟いた。

 指先が、ぽうっと淡い光を放つ。

「は?」

「これで、霞ヶ城さんもデューワの言葉が聞き取れるようになったはずです」

「……!マジで!?」

 ユウリの説明によると、この魔法を使うと、言葉をつかさどる精霊の力を借りることができて、違う言語を話すもの同士でも、会話ができるようになるという。

「日本で使ったら、英語の授業とか、いらなくなるじゃん!」

 春風が驚いて言った。確かに、これが普及すれば外国語を教える教室の類は軒並みぶっつぶれてしまうかも知れない。

「と、言っても、日常会話だけです。デューワの言葉に触れれば触れるほど、より難解な言葉も理解できるようになるはずです」

「日本でも、これを使ってデューワの人たちは日本語で会話してたの?」

「最初のうちはそうです。ですが、どういうわけか、あちらでは精霊の力が弱くなってしまって、たどたどしくなってしまいます。ですからあちらに最初に渡った使節団の方たちは、魔法の力だけでなく、自分でも勉強したようです。ジーゴ様はあんまり勉強なさらなかったので、今でもおかしな日本語ですが」

「ああ。成程、確かに」

 わたしは、ジーゴの言葉のおかしさを思い出して言った。ユウリは、ちまり、春風にも魔法を使った。春風は、さっそくカフェの店員に話しかける。

 少し会話をした後、戻ってきて、びっくりした顔で「マジだった」と言葉を漏らした。

 さて、話を戻す。

「お前、全く知らない人に助けを求めなくちゃいけないとき、怖いとか、不安だとか感じないか?」

「はあ……」

「助けを求めた相手が、悪人ということだってあり得るだろ?」

「そうですねえ、ありますねえ」

「デューワが日本にうちのお姫さま助けてください!って日本に言ってきたけどさ、日本が悪い国だったらどうする?」

「え?」

 ちまりが考えた。その発想がなかったようだ。お人好しめ。だからぼくにいじられるのだ。

「日本が『なに?異世界だって?よし、侵略だ!ゲーロゲロゲロゲロゲロリ、植民地にしてしまうであります!』って、戦争を仕掛けてくるかも知れないだろ?」

「いや、日本は戦争なんてそんなことしないでしょ」

 益々もってお人好しめ。日本が戦争を放棄したのは戦争に負けたからだ。もし、8、90年前の軍が政治の中枢にいた時代の日本だったら、充分あり得る話ではないか。

 いや、あの当時の日本ならば、確実に食い物にしようとしたと思う。

「異世界の住人に、どうしてそんな事が分かる?デューワ王国サイドが、どのくらい日本のことを理解してコンタクトを取ってきたかは分かんないけどね、万が一のことを想定するのは当然だろう?」

「はあ」

「もし、万が一戦う事になった場合、王都にいきなり日本と直結した道を通すと、あっさり城を陥落させられちゃうだろうが」

「あ」

 やっと分かったようだ。デューワ王国は、万が一日本と戦う事になった場合を考えて、ここヘルゲンを防衛線にするつもりだったのだろうとわたしは考える。だからこそ、ヘルゲンの平原を見下ろせる場所に砦を作ったのだ。もしかしたら、砦があったからこそ、ここにキューブを作ったのだろうか。勝道が言った。

「ここは、昔大きな戦があった古戦場なんだってよ。砦は、その時代の物を急ごしらえで改築したみたいだな」

 やっぱりか。

「とはいえ、日本相手じゃ大した時間稼ぎもできないだろうけど、最悪の場合は想定してたんだろ」

 勝道の言葉に、ちまりが、しみじみ言った。

「賭けだったんですねえ。よっぽどお姫さまが大事だったんですね」

「まあ、ここが防衛線なのは日本も同じだろうけど」

 わたしが言うと、ちまりは再び、は?と間抜けな顔を晒す。デューワ三人衆も、不思議そうな顔をする。

「日本と、デューワが戦争する事になったとして、日本が近代兵器を使用して圧倒すると思うだろ?」

 ちまりが頷く。ヴァンドルフはやや複雑そうだったが、認めざるを得ないという顔付きだ。

 日本は戦争を放棄している。とはいえ、国防力という名の戦力はしっかりと保有している。

 悲しいことに、国と国とのやり取りにおいて力無き国が語る言葉に聞く耳を持つ者は少ない。外交相手が、武力に訴える事の無いように、戦力を保有することは重要なことだ。

 そして、その日本が持つ戦力は、かなり優秀だ。

 しかし。

「デューワは『魔法』を持っている。そう簡単に圧倒できるかどうかは未知数だ。そして、日本とデューワが戦争状態に陥った時、ここヘルゲンと、山形が日本にとっての最重要防衛線になる。だからほら、すぐ側に自衛隊が駐屯地作ったし、山形にも新しく自衛隊の施設が作られただろ?」

 ちまりと春風が、あっと声を上げた。

「ただし、キューブが自由自在、どこにでも作れるのであれば、防衛線の意味がなくなるよね。その辺どうなの?」

 わたしが、デューワ側の三人に訊いてみた。ヴァンドルフが首を横に振って言う。

「さあ、我々にもその辺のことはとんと分かりかねます」


「『せいりゅうさま』?だっけ。キューブを作ったって人は」


 わたしの問いに三人が頷く。

 聖竜さま。そう呼ばれるキューブを作ったと言われている存在。しかしその詳細はほぼ分かっていない。

 ジーゴたちが日本に初めて来たとき、その名を口にしたが、その後『聖竜さま』について報道されることはなかった。わたしがちらりと石田に視線を送るが、石田も首を横に振る。

「残念ながら、我々もその方について情報を持ってはいません。今住んでいるという場所は分かっていますが。『聖竜殿せいりゅうでん』と呼ばれる場所ですが……、接触を拒まれていまして」

「人見知りなのかな?」

 春風が言った。

「ヴァンドルフさんたちは何か知ってる?」

 わたしの問いに、またも首を横に振るだけの三人。

「我々などがおいそれと会えるようなお方ではありません」

 リリミアが言った。

 本当に、知らないのか、デューワがひた隠しにしているのか。まだ判断は下せない。

「まあ、いいや。もしも、キューブが自由自在に作れるとして、まあ、そう考えて対策を打つのが普通だと思うけど、デューワはね、『こっちはいつでもそっちの重要な場所に攻撃できちゃうんだから、分かってるよね♪』って暗に言ってるわけ。だから、『デューワをひどい目に合わせるような事はナシよ』ってことさ」

 ちまりと春風がははあ……、と声を漏らす。

「魔法もあるんですもんね」

「魔法は、正直どう対処していいか、判断が難しい」

 勝道が腕を組みながら言った。魔法は自衛隊にとっても想定外中の想定外。戦力としての『魔法』がどれほどのものなのかを推し量りたくても、日本に魔法使いなど存在しない。データが無い。データがあったとして、それをどの基準で量っていいのか分からない。我々が持っているデータを量る力は『科学』の力だ。科学で魔法を量って、正しい情報が得られるのかどうか。悩ましいところであろう。

「そうだよねえ……。でもジーゴってでかいおっさんも、ちょっと前に認めたでしょう?自衛隊に対して、『魔法』は有効な力だって」


 事件は半年前に起こった。

 日本はデューワの主要な町、街道沿いに自衛隊の補給拠点を作った。車両で移動していてガス欠になったら立ち往生してしまう。そこで、車両に燃料補給や簡単な整備ができ、物資を補充できる簡易基地のような場所を作り、そこに数名の自衛隊員を詰めさせた。

 そこが襲撃されたのだ。

 襲ったのは、デューワの盗賊の集団だった。

 自衛隊の武器弾薬、食料のなどの物資は貴重で高く売れる。それを狙って、闇夜に乗じて盗賊団十数名が襲ってきたのだ。補給基地にいた5名の自衛隊は銃器で応戦し撃退、盗賊側2名死亡、8名重軽傷。自衛隊側にも3名が重軽傷を負う被害が出た。

 盗賊団は自衛隊の抵抗により、結局何も奪えなかったが、ここからが問題である。

 自衛隊が、武装して襲ってきた盗賊団とはいえ、他国の国民を殺傷した事は正当な行為だったのか、と野党が政府を追及し始めたのである。

 どう考えても自衛隊員の正当防衛である。しかも、敵は闇夜に紛れ有無も言わさず襲ってきた集団。敵の人数も正体も分からなかったというのに、どのような対応が『正当な行為』に当たるというのか。わたしだって、銃を手にぶっ放すとは思うが、自衛隊は兵力を有しながらも、戦わないことを是とした国の組織である。戦ってしまっては色々とまずいのだ。

 と、いう理屈は分かる。だが襲われた自衛隊員としてはたまったものではない。襲われて、負傷者まで出して、責められる。多分、めっちゃくちゃ怖かったと思う。そんな彼らが何とも哀れに思うのは、わたしだけではあるまい。

 野党だって、分かってはいるのだと思う。もしも野党側が政権を取った側ならば、自衛隊の行為を責めたりはしなかっただろう。しかし政府内閣を糾弾するためならば、野党はこれを問題にしてくる。政治とは、こういう物なのだ。野党の政治家たちが、腕まくりをし、さあ、やるぞ!政府内閣覚悟しろ!と息巻いた途端、その勢いをそいだ者がいた。

 誰あろう、デューワ王国のジガント・ジーゴである。

 ジガント・ジーゴは、盗賊団とはいえ、自国デューワの国民が自衛隊を襲い、負傷させるという事件が起こってしまったことは誠に遺憾であり、日本と自衛隊に対して深く陳謝するとした上で、こうも述べたのである。

「盗賊団に魔法を使う者がいたというのに、自衛隊に死者が出なかったことは、運が良かったとしか言いようが無い」

 と。そう。武装した盗賊団の中に、魔法使いが一人いたのだ。重傷を負った自衛隊員は全てこの魔法使いにやられた。

 マスコミにコメントを求められたジーゴは、カメラが回るその前ではっきりと認めたのである。

「もし、盗賊団の中にいた魔法使いが、しっかりと修業を積んだ魔法使いであったならば、いや、レベルの低い魔法使いだったとしても、あと数名いたならば、襲われた自衛隊員の命は無かったであろう」

 これは、ジーゴが『魔法』を武器として使用した場合、例え銃器で武装した自衛隊であっても、打ち倒せると明言した瞬間であった。

「今後、同じように武装した者に襲われたならば、遠慮なく応戦するべきである。魔法使いは、見た目では判断できない。武器を持たず素手であっても、強力な魔法を使えるのだから」

 この発言によって、野党の勢いは待ったをかけられ、振り上げたこぶしをそっと下ろすしかなかった。

 ジーゴは、マスコミを通して自衛隊の応戦を正当だったと擁護したが、これには、もう一つの意味があったとわたしは考えている。

 異世界をデューワを、文明が遅れた劣った存在だと甘く見て、食い物にしようとする者がいたならば、対抗する力を我々は有している。デューワに害を与えようとする者には、一発ぎゃふんと言わすぞ!と警告を発したのだ。

 日本が、デューワを食い物にするかどうかは分からない。だが、日本『』はどうか。しないという保証はなく、むしろ、危機感を持っていて当然である。

 ジーゴはそれとなくその存在に、楔を打ったのだ。

 この点について、どう思うか石田に訊いてみたが、

「さあ、私には何とも言えません」

 と、はぐらかされた。

 負傷した自衛隊員たちは、急きょ帰国、山形の病院に担ぎ込まれた。うち一人は、命も危ういほどだった。

 ここで、デューワは再び日本を驚かせる。デューワ王国から、山形の病院に魔法使いが派遣されたのだ。魔法使いは『回復』『治癒』などの魔法を得意とする、ゲームなどで言うところの、後方からの支援を担当するタイプの魔法使いだった。魔法使いは、重傷を負った自衛官に手をかざし、ぶつぶつ呪文を唱えた。すると、魔法陣と呼ばれるサークルが現れたという。その中には複雑な記号や文字のようなものも同時に描かれ、そして淡い光が自衛官を包み込む。

 すると、意識を失っていた自衛隊員は目を覚まし、危険な状態を脱したのだった。

 その後も、魔法使いは数度、同じような魔法での治療行為を行い、自衛隊員は現在職場復帰を果たしている。

 じゃあ、お姫さまも魔法で『回復』させればよかったじゃん。

 と、このニュースをテレビで見て思ったのだが、魔法も万能ではないらしい。その点については、魔法使いが『王女さまの病は私の魔法では治せませんでした』と言っている。

 魔法が効く効かないについては、我々には分からない条件があるのか。

 とにかく、一連の出来事で、我々は改めて感じたのだ。

 魔法は甘く見てはいけない。

 魔法、やべえ。

 魔法、マジ半端ねえ。


「デューワは、何で山形にキューブを作ったの?」

 突然春風が言った。デューワが万が一の時に王都を守れるぎりぎりの所にキューブを作ったことは明らかだ。だが、二つの世界をつなぐもう一方の出入り口を、何故山形に作ったか。日本と交渉をするならば、東京もしくはその近郊が便利なのは間違いない。

「お兄ちゃんにも分からん。何で?」

 石田の方に質問をパスしてみた。しかし、

「ですから、その辺のことを聖竜さまに訊きたいんですがねえ……。ジーゴ氏も納得のいく答えをくれませんでした」

 と、困った様子。そこで、賢そうなユウリに視線を向けてみたところ、

「分かりません。無知ですいません」

 と返された。どうやら、ここに分かる者はいないらしい。

「聖竜殿っていう場所はどこ?」

「行く気ですか?行っても、立派な神殿のような建物は見れますが、『聖竜さま』には会えませんよ」

「あれ?建物には立ち入れるの?」

 石田が言うには、建物は信仰の対象らしく、参拝者は多いらしい。中には、大きな竜の石像があって、皆お供えをして祈りをささげていくのだという。大仏みたいなものか?

「へー。パワースポットなんですかねえ」

 ちまりが言った。こちらの人にとってはありがたい場所なのだろう。御利益もあるのかも知れない。石田は、ええっと、と言いながら地図を見る。そして、赤いペンで印を付けてくれた。

「この辺ですね。王都ガーティンから、北西50㎞くらいの町にあります。参拝客相手の宿屋や土産物屋があるそうです。で、町の一番奥に聖竜殿があって、結構にぎわっているそうですよ」

 ほう。観光地化されているのか。

「でも、聖竜さまには会えないんですね」

「王族の方々も敬って丁重に接しているようですので、無理に会わせろとは言えません」

 会えなくとも、旅の目的地は欲しい。

「一応、旅の目的地として、リストに加えておくか」

「そこなら、車で行けるぞ」

 勝道が言った。自衛隊も、日本政府の関係者を聖竜殿まで送っていったことがあるらしい。道は広く作られているので、充分車で行けるとのこと。距離的に見ても余裕で往復できる。

「他に、面白そうな場所は……」

 地図を見ていたわたしに、春風が指差して言う。

「でっかい湖がある!」

 そう、ここはわたしも気になっていた。王都ガーティンの北。巨大な湖があるのだ。

「ジョーガ湖。琵琶湖級の湖です。王都から20㎞くらいですかねえ」

 さらに、その湖の西にも、琵琶湖級の湖の半分弱の大きさの湖が、二つ並んであった。

「水源が豊富ですねえ……」

「ええ。王都周辺で、水不足になったことは無いという話ですね」

 さらに地図を見ると、ジョーガ湖の南端に町がある。

「この町は街道沿いにあるんですね?」

「ジョーガバーズです」

 ユウリが言った。王都から、北に向かい街道が伸びている。そして、湖に突き当たり、湖沿いをさらに北に延びる道と、東へと曲がる道が伸びている。その道の分かれる場所に、ジョーガバーズの町はあった。

「ここは、物流の拠点?」

「ええ。湖の上をやってきた船が物資を運び込んできます。それが、ほらここ、水路があって、湖からそのまま王都に運んでやって来れるんです」

 ジョーガ湖から王都まで、一本川がある。これはかつてもっと東に曲がって伸びていたらしいのだが、これを王都側に真っすぐ伸ばしたのだという。

「ここもすぐ行けるぞ。日本の施設もあるし」

「泳げるかな!わたし水着も持ってきたんだよね!」

 春風がウキウキしながら言った。

「妹よ、そのナイスバディを披露したい気持ちは分かるが、まだ季節的に早いだろう」

 こちらの季節も日本と同じ、春なのだ。春風は、つまらなそうだったが、

「湖、見てみたいなあ」

「ですねえ」

 わたしの意見に、ちまりが乗った。王都をじっくり見たらここに行くのは悪くない。車で行けるのもありがたい。

「王都を見たら、ここ、行ってみるか。何か、色々なものが集まってくるみたいだし。車って、どの辺まで行けるの?」

 勝道に訊くと、

「結構遠くまで。街道沿いや、町には自衛隊の補給ポイントがあるし、無い場所には補充分の燃料持って行きゃあいいだけの話だ。でも、道幅が狭い場所は難しいけど」

 との返事。成程、そうなると、行ける場所は思っていたよりも遠くても大丈夫なわけだ。

「まあ、今回はそんな道の無いとこに行かないよ。多分」

「そうですよ、そんな、道の無い山奥とかに行っちゃったら、危ない生き物とか出てきちゃいますよ、きっと」

「出てくんの?」

 わたしたちの視線が勝道に向けられる。

「出る」

「げ」

 ちまりがカエルみたいな声を出した。勝道の話によると、アメリカからやって来たマスコミクルーが、デューワのガイドの言うことを聞かず、ずんずん森の中へ入り、ドラゴンに襲われたのだという。食われたのかと訊くと、勝道は首を横に振った。

「尻尾で弾き飛ばされただけ。でも、一人は肋骨が折れたんだと」

「食べないんですかね、人間」

 ちまりの質問に、ユウリが答えた。襲ってきたのは、オーボンという種類のドラゴンで、ずんぐりとした体形で黒い羽毛に覆われていて四つ足で歩くらしい。ドラゴンに羽毛があるとは驚きだが、雑食性でどちらかと言えば植物食を好むらしく、人を捕食目的で襲うことはほぼ無いらしい。ほぼ、ということは空腹に耐えかねた場合、襲って食うということではないのか?

「大きさは?」

 わたしが訊くと勝道が答えた。

「頭から尻尾まででヒグマの2倍くらいかな?見た目もクマっぽいし」

「4、5mってとこか。自衛隊の持ってる武器で、倒せるの?」

 勝道がぐっと親指を立てた。

「このヒグマドラゴンは威嚇発砲すりゃ逃げていくよ、ただ、これ見ろ」

 勝道が、タブレットを出して画像をわたしに見せた。山が写されている。その上を、何かが飛んでいる。

「おおおお……っ!!」

 わたし、ちまり、春風が一斉に声を上げた。覗き込む石田も、絶句する。

 山の上を飛んでいたものは、『龍』だった。

 西洋風の長い首、長い尾、太い胴体、太い脚。頭には角が生え、背中には巨大な翼を持ったドラゴン、ではなく、いわゆる東洋風の蛇のように長い身体に、短い手足を持った龍。十二支の一つ、辰である。何だか、願い事を言えば一つ叶えてくれるあの龍を思い起こさせる。

 身体は、赤かった。大きさは30mくらいあるだろうか。

「な、何じゃこりゃ……。どこで見た!」

「ヘルゲンから、西にちょっと行ったとこ。20㎞と離れてねえよ」

「すぐ近くじゃないすか!」

「カッコいー!!」

「画像だけか?」

 わたしが言うと、勝道は動画もあると、見せてくれた。おお、素晴らしい。赤い龍が、悠々と大空を舞っている。

「格好いい。格好いいけど、これは……、また奇怪な」

「ん?やっぱそう思う?」

 勝道が言った。そう。わたしはすぐに気が付いた。

「どうやって飛んでんの?」

 わたしは怪獣特撮映画が大好きだ。怪獣映画の中には、翼を持って空を自由に飛び回る怪獣も出てくる。空を飛ぶ怪獣は巨大な体で大空を飛び回るが、それは、フィクションだからである。怪獣たちは、人間の力をはるかに凌駕する絶大な能力を持って、人間の前に立ちはだからねばならない。それが怪獣たちの宿命であり、その力をいかんなく発揮する姿はロマンである。そう。怪獣はロマンで空を飛ぶのだ。しかし、この龍は怪獣映画のキャラクターではない。

「翼、無いよね。いや、あったとしても、やっぱ、おかしいね。こんだけでかいのに、体が浮くって。こいつ、体重どのくらいかな」

 どんなに軽量化された体だったとしても、少なくとも数十tはあろう。何せ、クジラ並みにでかいのだ。飛ぶことに関しては大変素晴らしい能力を持つ鳥でさえ、苦労して飛んでいる。体をできる限り軽量化させ、翼を羽ばたかせて空気を下方向へと押し込むことで体を浮かせる。体が重くなれば、それだけ大きな翼と、それを羽ばたかせるための筋肉の量が必要になるが、筋肉を増やしすぎては体重が重くなってしまう。その為、鳥は体重が20kgを超えると飛ぶことが困難になる。空を飛ぶためにはその辺が限界で、空を飛ぶバカでかい鳥がいないのはそのためだ。翼があったつぃても、巨大な体で空中を飛ぶのは至難の技なのだ。

「プテラノドンは飛ぶじゃん」

 春風が言う。翼竜プテラノドンも翼を広げるとおよそ8mほどになるが、体重はやはり20㎏くらいと軽量だったと言われている。

「あいつらも、軽いんだよ」

 見れば見るほど不思議だ。こんな巨大な生き物が、翼も無いのに自由に空を舞っている。

「飛ぶための揚力とか、空気抵抗とか、ぼくらの常識をやっぱりガン無視してるね」

「だべ?」

 勝道が言った。訳が分からん、訳が分からんから、こんなもんに襲われたらどうして良いのかもわからんのだ、と。

「地元の人間に聞いたんだけどよ、この季節、これとは違うタイプの、でかい、いわゆる西洋風のバカでかいドラゴンもよく飛んでるのを見かけるって。西の大陸から東の大陸に向かって渡りを行うらしいんだな。デューワはその通り道らしいんだわ」

「人は襲わないのか?」

「このあたりじゃ、襲われたって話は聞いたことが無いって」

 わたしは、そこでふと、思い付いた言葉を口に出す。

「魔法……?」

 皆がはっとする。勝道は、にっと笑った。

「かもな」

「魔法で、飛んでいると?人間以外が、魔法を使いますか?」

 石田がわたしに訊いた。

「でも、それ以外考えられなくないすか?」

「まあ、確かに……、この大きさと体付きで飛べるのは生物学的にも、空気力学的にも不思議です」

 そう、ここは異世界。我々の常識が通用しない世界。

 異世界、やべえ。

 異世界、マジ半端ねえ。


 さて、とりあえずの方針は決まった。王都を見て回った後、ジョーガバーズだ。

 そこまで決めると、本日は解散となった。自衛隊の二人は駐屯地に戻り、我々の護衛役のデューワトリオはこのホテルに部屋を取って、我々の面倒も見てくれることになっていた。石田は王都に宿舎があるのだという。別れ際に、石田が大きな紙袋をわたしに差し出した。

「霞ヶ城さんに、頼まれていた物です」

「何ですか?」

 ちまりが訊いてきたので、袋の中身を確認しながら答えた。

「異世界についての資料。歴史とか、文化とか、あと、科学的なデータとか」

 以前、異世界について、デューワについて、どれくらい分かっているのか、知りたいと石田に言うと、石田が詳細な資料をくれると言うので、楽しみにしていた。

「これは、本に書いて公開してもいいの?まずいなら、先に言っておいてくださいね」

「ああ。大丈夫です。まだあまり公にされていないというだけで、隠すようなデータではありませんから。では、また明日」

 そう言うと石田は帰って行った。

 わたしは、夕食の時間までホテルの自室でその資料を読みふけった。

 ホテルの部屋はわたしたちの世界にあるホテルと違いの無い作りだった。ただ、テレビが無い。近く、テレビを設置して見られるようにするとのことだったが、どうやるんだろう。窓からは、ヘルゲンの景色があの山の上の砦も含め良く見える。春風とちまりは、デューワトリオと遅めの昼食をとった後、部屋でゆったりと過ごしたようだった。

 夕食は、ホテルのレストランでいただいた。デューワの、『ぺジア』という米を使った料理である。玉ねぎと鶏肉をやや辛みのある香辛料とともに炒めた、デューワ風ピラフといったところか。おいしかった。

「こっちでも米、食べるんだね、米が主食?」

 わたしが訊くと、リリミアが、

「いえ。どちらかと言えば小麦ですね。王都周辺は水が豊かなので色々な作物が取れます」

 と答えてくれた。

「水田があるらしいです」

 と、ちまりが言った。

「は?マジで?日本みたいに水を引いた田んぼ?」

「はい。全く同じみたいですよ」

 ちまりは、パスタ料理をずるずる食べている。麺はやや幅広で、スープの中に浸されている。まるで、ラーメンみたいだった。こちらも、鶏肉が入っている。

「やっぱり、こっちの世界と日本と、何か繋がりがあったんですかねえ」

「田んぼも、見る候補リストに加えておくか」

 夕食後、再び石田からの資料を読む。資料を確認すると田んぼについて記してあった。

 また、資料を読んでも分からないこともあったので、賢いユウリをとっ捕まえて、色々質問攻めにした。流石いい学校を出ている子は違う。ちゃんと分かり易く答えてくれた。


 さて、ここで、異世界とデューワについて、石田の資料に書かれていたことを少し記そう。

 まず、異世界はどこにあるのか。わたしは、異世界は地球とは異なる他の天体にあるのではないかと考えている。それが、地球がある我々が知る宇宙のどこかにあるのか、それとも、多元宇宙論などで語られるような、我々の住む宇宙とは全く違う宇宙にあるのかは分からない。

 石田資料にもその点について触れられていたが、流石に専門家にも分からないという。無理もない。異世界については、地球とあまりにも類似点が多い。

 まず、わたしが異世界に来て確認したことは、体がどういう感覚を得るか、であった。息苦しくないかとか、体が重く感じたり、軽く感じたりしないかである。しかし、違和感は全く覚えなかった。それもそのはず。重力は、地球と同じだった。

 大気の成分も、地球と全く同じというデータが書いてあった。つまり、窒素、酸素、アルゴン、二酸化炭素などだが、その割合も地球と同じである。

 海を構成する成分も同じく水があって、その中に塩素、ナトリウム、マグネシウム、イオウ、カルシウムなどが含まれ、地球と全く同じであった。

 また、デューワの地層から堆積物を採取、他にも鉱物をいくつか採取し、地球の物と比較したが、これも地球の存在するものと同じだった。

 このこと等から、断定はできないものの異世界のある天体は地球と同じような形成過程を経て、同じような歴史をたどって来たと推察される。

 さらに、異世界にも太陽に当たる恒星や、月に当たる衛星が存在する。

 異世界のある天体と、太陽、月の距離は、地球と太陽、月の距離とほぼ同じ。

 異世界のある天体の自転、公転の周期も同じ。地軸の傾きも同じと思われる。

 のちに夜、満月の日にわたしも見上げて目を凝らして確認したところ、我々の世界の月とは明らかに表面の模様が異なっているように見えた。我々から見て、左上に広範囲に暗い部分があり、その陰の右下に二つの小さな影が見える。その暗い部分が作る模様はウサギにはとても見えない。

 このことからも、やはり異世界のある世界は違う天体にあるのではないかと改めて思う。


 デューワの生物についても、王都周辺で採集した生物だけではあるが、DNAを採取、調べた結果が書かれていた。その結果、多くの生物で我々の地球の生物と同じ、または大きな類似点が認められた。

 資料の中にはデューワの人たちにDNAを提供してもらい、調べた結果も書いてあった。

 デューワのヒト種は、我々と全く同じDNAを持っていた。つまり、生物として我々と同じ種という事である。

 獣人族、ジーゴらオーガニ族や、エルフの一族などのDNAを調べたところ、約99.9%が我々と同じという結果が出た。人間のDNAの個人差は0.1%というから、それと同じくらいしか違いが無いということになる。


 デューワは日本同様島国である。国土面積は日本の約2.2倍。王都がある最も大きな島マールが、日本の本州の2倍近くもある。マール島の北に大きな島ホルルード島、マール島の西南にトルル島がある。トルル島の東に三つの島がありパローマ三島と呼ばれている。

 気候についてだが、これはデューワ周辺のデータしかなかった。

 春夏秋冬がはっきりしている点では日本と同じ。しかし、平均気温は日本よりやや低い。温暖湿潤気候の地域と、亜寒帯湿潤気候の地域があるようだが、気候や気象に関するデータを収集する施設が乏しいため、詳しいことは資料に書いてはいなかった。

 ちなみにジーゴ氏によると、彼の生まれ故郷は日本の北国と同様、かなりの豪雪地帯であるという。

「雪が積もったら、拙者の背丈よりも高く積もるでゴザル!」

 と言っていたから、3mくらいは平気で積もるようだ。

 デューワの最も高い山は、王都ガーティンから北西に約100㎞のライゾン山で、王都からもよく見える。標高は約3600mで、富士山よりも少し低い。富士山はきれいな独立峰だが、ライゾン山はその東側に1500mほどのリトリ山がくっついている。

 最も大きな湖は、琵琶湖とほぼ同じ大きさのジョーガ湖かと思ったが、デューワの西に、さらに巨大な湖があるという。大きさは琵琶湖の約1.5倍。

 河川は、ちゃんと長さを計ったデータはまだ無かったが、少なくとも300㎞級の長い川が王都周辺で二つ、流れている。王都周辺はとにかく水が豊富なのだ。

 デューワは海を挟んで東と西に大陸があり、デューワの歴史を紐解くと、200年ほど前に西の大陸の大国から一度侵略を受けたが、激戦の上どうにか跳ね返したようだ。大国はその後内戦に陥り分断、デューワを攻める余裕はなくなり、その後は外国との戦争は無い。東側の大陸の国とは、交易はあっても戦争をしたという記述は資料の中には無かった。

 デューワは多民族国家ならぬ、『他種族国家』である。我々と同じような、ヒト種の他にもはや見慣れた感のある、犬耳、猫耳を持った獣人系種族。何とオオカミに変身する能力を持つという人狼族、ジーゴたち巨躯に頭に角を生やしたオーガニ族、エルフ族、ドワーフ族などなど、いまだに日本関係者が接触していない種族もいるようだ。

 こんなに様々な種族が一つの国にいれば、軋轢が生まれそれが争いに繋がりそうなものだが、皆上手くやっているようである。

 デューワの歴史は、1500年位前に王朝ができたところから始まる。

 王は、聖竜殿の聖竜さまを守る守護者の地位を確立し、周辺の小国を従えた。しかし、王は権力におぼれがちである。すると、王朝に対する不満が高まり、実力のある豪族は結集し王朝を倒そうとする。争いの末に王朝は倒されて新たな中央政権が生まれるが、今度はその内部で権力闘争が生まれる。そして再び国は乱れる。というようなことが繰り返されてきた。どこの国でも、似たようなものである。しかし、特筆すべきは、デューワでの大きな戦争は全て国の覇権を掴み取らんと起こされたもので、異なる民族、異なる宗教同士の争いは無かったというところである。

 それはデューワにとって、絶対の存在が『聖竜さま』だからである。皆が争って聖竜さまの守護者の座を狙い争っている。守護者は、聖竜さまの権威を借りて政を行うことができる。日本において、戦国武将が朝廷の権威を利用して他の国主たちを従わせようとした構図に似る。

 キューブを作ってしまうほどのとんでもないお方である。さぞかしすごい存在なのであろう。残念ながら、資料には聖竜さまについての記述がほとんど無かった。とはいえ、1500年前の『聖竜さま』と現在の『聖竜さま』が同じ人物というのはあり得ない。おそらく、日本の皇室のように代々その血筋が尊ばれてきたのだろうと思われる。

 そして、100年前に群雄割拠の乱世の時代が終わる。

 現デューワ王国の王家、ガータ家がデューワを統一するのだ。デューワ版徳川家康が現れたのだ。当時、有力な権力者が三人いた。ガータ家当主もその一人だった。ガータ家当主は権力者二人のうちの一人ファンファルドを味方に付けて、残りの一人コルトラに決戦を挑む。天下分け目の大決戦が起こった。ガータ家当主はその戦に勝利し国を統一、めでたく王の座に……、とはいかなかった。

 味方に引き入れたはずの権力者ファンファルドが反旗を翻してガータに宣戦布告したのだ。関ヶ原の戦いの直後に、大坂の陣がやって来たようなものであろう。ガータはぼろぼろの状態ではあったがこれに勝利し、ようやくデューワは一つの国としてまとまったのだ。

 以後100年の間、大きな内乱は起こっていない。平和な時代が続いているのだ。

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