第11話 お茶会
さて、王さまと王妃さまが、わたしに対する好感度チェックを終えて出て行くと、アルアが場の空気をリセットするためにこほんと咳払いをした。
「皆さま、お茶をお持ちします。どうぞお席にお付き下さい」
わたしたちがテーブルに着くと、お茶とお菓子が運ばれてきた。お茶の器は淡いブルーの奇麗な陶器だった。王家で使う食器を専門で作る窯がいくつかあるらしい。
「どうぞ、お召し上がりください」
お姫さまが優しく微笑み、お茶を勧めてくれた。できるだけ、お行儀よく振舞いながらお茶を一口飲んだ。何せ、こういうかしこまったお茶の時間は初めてなので、カップを持つ手がちょっと震える。
「あ。美味しい……!」
「よかった……!」
わたしが素直にお茶の味に美味しいと声を漏らすと、お姫さまが嬉しそうに笑った。あどけない、純粋無垢な笑顔だと思った。
お姫さまが、アルアにも微笑みを見せた。お姫さまの側に立って控えているアルアが、
「お茶もお菓子もデューワ王国の物でございます。日本の素晴らしいお菓子には及ばないかも知れませんが、お茶の方は負けない美味しさかと存じます」
と、静かに言った。お姫さまも、安堵したようで、
「わたくしは、皆さまのお口になじんだ日本の物を用意した方が良いのではないかと思ったのですが、アルアがデューワの魅力を知ってもらうためには、デューワの物を、と言うものですから。実はお口に合わなかったらどうしようかと不安だったんです……」
と言った。出されたお菓子は焼き菓子で、パウンドケーキのような食感だったが、上に乗せられたナッツのような物は、香ばしくてカリカリして美味しかった。
「どちらも美味しいですよ」
さて、その後はまったりとした時間とともに、予想外に会話が弾んだ。お姫さまから、闘病中のことや、どうしてわたしの作品に出会ったかも、直筆の手紙であらかた知ってはいたものの、改めて聞くことができた。
病を治すためとはいえ、異界の国を訪れ、自分は祖国に帰れるのか本当に怖くて仕方なかった日々。
病院の医師、看護師は大変良くしてくれて、とても感謝はしているが、不安や寂しさは心から消えることは無かったという。
そんな中、眠れぬ夜に、病室のテレビを付けた。
日本語は、まだよく分からなかった。それでも、不安が紛れればと思ったらしい。
しかし、テレビに映し出された不思議な映像に、心を奪われた。
今まで、テレビを見たことは何度かあった。だが、不思議なものだとは思ったが、心が動くことはなかったという。
しかし、その時は違った。絵が動いている。絵で描かれたものから声が、音が聞こえる。
最初、これが何なのか全く分からなかった。翌日必死になって看護師の女性に、昨日の不思議なものは何なのかと尋ねた。
看護師が調べてくれて、それがわたしの作品『白き姫君と剣の少年』をアニメ化したものだと分かったという。
お姫さまが、初めて日本の物に興味を抱いたと感じた看護師は、手を尽くし、今まで放送された二話分を録画したものを手に入れて見せてくれたらしい。優しい看護師さんである。
さらに、原作の本、アニメ雑誌やアニメのグッズを買ってきてくれた。
枕元には、主人公二人のぬいぐるみを置いていたらしい。
お姫さまは一気にわたしの作品に引き込まれ、より深くわたしの作品を知るために日本語を覚え、アニメを毎週楽しみにし、録画してもらったものを繰り返して見直したのだという。
病のために不安だった毎日が、わたしの作品に出会えたことで楽しい毎日に変わったと、お姫さまは言ってくれた。
「とても感謝しています」
招待状にも書かれていたが、お姫さまは改めてわたしにそう言った。
実を言うと、ファンレターを通して、感想を伝えてくれるファンはいても、こうやって面と向かって直接感想と感謝の言葉を伝えられるのは初めてだ。すごく照れくさい。
「ぼくの作品を好きだと言ってくれて、ぼくの作品、アニメに関わってくれた全ての人を代表して、感謝いたします。本当にありがとうございます」
わたしは、お姫さまに向かって深々と頭を下げた。ちまりと春風も続いてぺこりと頭を下げる。
続いて話はわたしがデューワを見て回り、あわよくば旅行記を書こうと考えている件になった。
「良い機会をいただけたので、色々見て回ろうと考えています」
「デューワの旅のご無事をお祈りいたしております。素晴らしい旅になりますように」
「ありがとうございます」
「わたくしにできることがございましたら、遠慮なく仰ってください。
お姫さまの言葉にわたしはまた頭を下げた。
「とりあえず、王都に数日滞在した後に、ジョーガ湖の方へ行ってみようと思っています」
「それはいいですね。ジョーガ湖に浮かぶ島には、我が王家の別荘があるんですよ。今度はそちらに遊びに来てくださいね。いいわよね、アルア」
「はい。それは、よろしゅうございますね」
「島に別荘?」
ジョーガ湖にはいくつか島があり、そのうちの一つにはガータ王家の別荘が建てられているとのことだった。その話に春風が飛びつく。
「泳げるかな?」
「ええ。泳げるとは思いますが」
「わたし、水着持ってきたんだよね」
「だから、まだ早いですって」
と、ちまりは言うが、春風はもう、泳ぐ気満々である。こいつならば、水温など気にせずに泳ぐかもしれないと、わたしは思った。
「だから、もうちょっと温かくなったらだよ、ちまりん。お姫さまも泳ぎましょ?」
「ええ?わ、わたし、泳ぎはちょっと……。それに、水着も持っていませんし……」
お姫さまがどぎまぎしている。お城の中で静かに暮らしているお姫さまにとって、春風のように、ぐいぐいくる積極的なタイプは初めてであろう。フォローすべきなのだろうが、見ていてちょっと面白いと思うのもまた事実。
「大丈夫!わたし、サイズさえ教えてくれれば、わたし買ってくるから!」
と、春風はちらりとわたしの方を見てから、またお姫さまに向かって、
「いい感じのやつ!」
と言い、親指をぐっと立てた!お姫さまがちょっとわたしを見た後、顔を真っ赤にした。おそらく、わたしの前で水着になった自分を想像してしまったのだと思う。
あわあわ焦るお姫さまの次は、清楚な侍女が餌食になる番だった。
「アルアさんの分も買ってくるね」
「ええっ!?わ、わたくしですか!?」
「アルアさん、実はすごくスタイルいいでしょ。セクシーなやつ、似合うと思うなあ」
「そ、そんな、わたくしなんて……!」
春風は、アルアの上から下までチェックした後、呟く。
「……、G?」
「何で分かるんですか!」
アルアがびっくりして胸を押さえた。ナイスだ春風。しかし、ここでわたしが女性のデリケートな話に入っていくのはとても危険。傍観することを許してほしい。ああ、お茶が美味しい。
「あ、あの、ハルちゃん?お姫さまを前に、そういう話は……、はにゃ――――――っ!」
ちまりが春風をたしなめようとしたところ、春風がちまりの胸を鷲摑みにした。素っ頓狂な悲鳴あげるちまり。馬鹿め。不用意に春風の話に割って入るからだ。いじってくださいと言うようなものだというのに。それにしても流石だ我が妹よ。異世界だろうが、高貴な方の前だろうが、自分のキャラを崩さないとは。
「ちまりん、また胸おっきくなったべ」
「んにゃあっ!ひぃいん!な、何ですか突然……!」
「もったいないよねえ、このおっぱいがありながら、何で彼氏ができないかなあ?こっちで探してみる?」
「ほ、放っておいて、ください、や、や、やあああんんん……!」
お姫さまの前ではずかしめを受けるちまり。動画に撮ってやろうかとも思ったが、ここは我関せずを貫いた方がよろしい。ターゲットがわたしに変更されても厄介だ。
お姫さまが、アルアが、いいんですか?助けなくても、というような表情をわたしに向けているが、それでもわたしは動かない。どうぞ、弄り回されるちまりの姿をご堪能あれ。
ああ、お茶が美味しい。
「ぷ……っ!」
ん?
「あははははは……っ!」
お姫さまが耐え切れずに笑い出した。アルアも顔をそむけ、肩を震わせている。
お姫さまと、我々の距離がぐっと近づいたような気がした。これは春風と、身を投げ出して笑いを取ったちまりの手柄であろう。
ああ、ますますお茶が美味しい。
お姫さまは、おそらく人見知りするたちなのではないだろうか。最初、我々を迎えた立場でありながら、表情がやや硬く緊張を隠せない様子だったが、話が弾むにつれて(春風の大胆な行動の甲斐もあり)笑顔や笑い声が自然に出るようになっていた。
こちらもお堅いお茶会では、どんな話をしてよいものやら、頭を悩まされるところだったが、大分砕けた感じのお茶の時間となり、肩の力を抜いてお姫さまと話すことができた。
お姫さまは、わたしの家族や住んでいる町の話、春風の学校の話など、何気ない日常の話題を楽しそうに聞いてくれた。
特に春風の話に興味津々だった。
アルアが、後ほどわたしたちに教えてくれた話によると、お姫さまには年の近い親しい友人がほとんどいないのだという。やはり、次に玉座につかれるお方と馴れ馴れしく接する者などそうそういるものではない。公式な場で挨拶をしに来る高貴な家柄の子女たちも、皆恭しく振舞い、気軽に接してくることなど無い。と、いうか、そんな家柄の者だからこそ、王家に対して粗相があってはいけないと、畏まった態度をとってくるのだろう。
お姫さまも、王家に生まれた者として、次期女王としての威厳を示さなくてはならなかっただろう。
そんな両者の距離が近くなるわけがない。
頂に立つ者は皆孤独だ。お姫さまもその孤独と向き合っていたのかも知れない。
春風は、そんなお姫さまの持つ事情など知ったことではない。何故なら、天真爛漫で無邪気、人見知りなどしない、自分のペースで全ての物事に対処する、ある意味大物、ある意味でおバカだからだ。
場の空気は読む。やってはいけないことはしない。だが、イケる!と直感すれば相手が誰であろうとぐいぐい行く。
お姫さまの周りには絶対に存在しないタイプの女だ。
そんな春風に王族の威厳など無意味。お姫さまという立場も関係なし。
だって、今は楽しいお茶の時間でしょ?とばかりに春風はスマートフォンを取り出すと、ちょっとごめんなさい、と一言軽く断ったうえで、お姫さまの隣に座り、中に撮り貯めた画像や動画を直に見せながら、色々な話を聞かせ始めた。
春風はアウトドア派ではあるが、実はかなりオタク系の知識も持ち合わせている。
アニメや漫画、ゲームも大好きなのだ。『楽しい物は全て楽しむ』がモットー。それはすなわち、お姫さまの好む話も余裕でいけるということである。春風は、わたしでさえ参加しなかった『白き姫君と剣の少年』のアニメイベントにも、客として遊びに行っている。
アニメのイベントの話がお姫さまとの距離をさらにぐぐっと近付けた。
そんな二人の会話を見て、こいつを連れてきたのは正解だったと、思った。
「ハルちゃんて、無敵っすね」
ちまりも感心していた。こいつは春風とは逆で結構人見知りをするし、人間関係に悩むタイプだ。こいつとは中学時代からの付き合いになるが、その頃はさらに人見知りがひどく、出会ってからわたしの目を見てちゃんと話せるようになるまで大分時間がかかった。
もしかすると、ちまりは春風が羨ましいのかも知れない。
わたしは、アルアにそれとなく、すいませんねえうちの妹がとばかりに視線を送ったのち頭を下げた。アルアは首を振る。そしてお姫さまの、楽しそうな様子を微笑ましそうに見ていた。
「楽しい時間をありがとうございます」
楽しいお茶の時間は過ぎ、別れの時間。わたしは、お姫さまにお礼を述べた。
「わたくしこそ、本当にありがとうございます。とても楽しかったです」
玄関ホールまでわたしたちを見送りに出てきたお姫さまは、そう言った後、少しもじもじし始めた。
そんなもじもじ姫にアルアがさっと助け舟を出した。
「姫さまが、霞ヶ城さまにお願いがあるそうです」
「はい?」
「あ、あの、これを……」
お姫さまが、わたしに封筒を差し出した。
「手紙?ラブレター!」
春風がすかさず言う。お姫さまがあわあわしだす。
「ええっ?い、いえ、そんな。そうではなくって……、あのあの」
「はい」
「ぜひ、お手紙のやり取りを……、していただきたいと……」
春風がさらに言う。
「おお、文通!」
わたしは、封筒を受け取る。中には、宛名をどうすればこの館に住むお姫さまに手紙が届くか書かれているらしい。
「はい。喜んで」
「ありがとうございます、あと、あと、メールアドレスの交換を!」
お姫さまが取り出したのは、ぴかぴかの新しいスマートフォンだった。
「は?」
「すごいね、今年になって出た最新のスマホだ」
「ヘルゲンや王都周辺ではメールと電話が使えます。今後、少しずつ使える地域を拡大していくそうです」
と、アルアが補足説明をしてくれた。確かに、日本の関係者が多い地域でスマホなどの連絡手段が使えないのはかなり不便だ。とはいえ、ここは異世界である。どうやってスマホなどの通信網を敷いているのかは全く分からないが、日本の技術者は異世界でも頑張ってんなあと思いながら、わたしはスマホを取り出した。
「じゃあ、アドレスを……」
「あ、わたしも交換したいです!」
「はい、春風さんも是非」
「あの、アルアさんはスマホを持っていないのですか?」
「え?はい、持っております」
わたしはすかさずスマホを前に出して、できるだけ爽やかに言った。下心など無い。決して。
「では是非アドレスを」
「あ、はあ」
「あのう、わたしだけ交換しないのは淋しいです、お願いします」
ちまりもスマホを取り出して、連絡先の交換会に参加した。
「お姫さまがスマホ持ってるなら、もう一回写真撮ろうよ」
春風が言った。そして、わたしをお姫さまの隣に立たせ、お姫さまのスマホを借りると、
「撮りまーっす!お兄ちゃん、もうちょっと右!はい、いっくよー!」
と、てきぱき写真を撮り始め、今度は写真の撮影会が始まる。先ほどの記念撮影とはまた違って、打ち解けたお姫さまの笑顔は柔らかくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます