第25話 土方歳三の献身

 イゾーは刑吏に促され、スタジオ奥に下がってゆく舞台を追うように姿を消した。あの子の次の出番は、もうクライマックスだけか……と、甚五郎は何だか、この生ドラマが終わってゆくのが、惜しい様な気持ちになった。レンズの向こうのあの子を、岡田イゾーを、もっとずっと、いつまでも見ていたい……いつしか、そんな気持ちになっていた。


 EDOの夕暮れの情景がスタジオにセットされた。千駄ヶ谷の、植木職人の家の離れで、肺を病んで床についている沖田総司を、土方歳三が甲斐甲斐しく看病している。


 玄関で声がした。あの声は近藤さんと斎藤さんだ……総司は眼を閉じたまま、そう思った。なぜかここの処ずっと、ナース服を着ている土方さんが、立って二人を出迎える足音がした。


「これは近藤さん。斎藤さんも……いよいよ、甲府へ出発ですか?」

「まだなのよ。鳥羽伏見の戦で負けて、このEDOまで逃げてきたけど、今じゃ新選組も30人くらいでしょ。老中格にしてもらうのに、これじゃいくら何でも格好がつかないからさ。これから浅草の弾左衛門ちゃんに会って、お金と人数を用意してもらうの。ダンちゃんは、関東地方一帯の長吏や貧人を束ねている大親分なの。あたしが現役でステージに立ってたころに随分援助してもらってた人なのよ。結局、こんな時に頼れるのは昔の知り合いくらいね……それより、総司はどんな具合なの?少しは良くなった?」

「お医者さんは、ちっとも良い事を言ってくれませんが、私は信じてます。こうやって毎日真心を込めて看病していれば、必ず……いや……必ず、私、土方歳三が命を懸けてでも、沖田総司の病を治して見せます。安心してお預けください。」

「まあ、あんたなら一生懸命看病するでしょうね……ちょっと……厠を貸してもらおうかしら。何処?」

「はい。こちらです。」


 土方さんが先に立って、局長を案内する。障子が閉まる音で総司は目を開けた。


「斎藤さん、お久しぶりです。」

「総司、目が覚めたか。近藤さんも来ている。今、厠だ。」

「はい。聞いてました。いよいよ出発ですか?」

「いや、だがもうすぐだ。……正直困っている。」

「え……?」

「総司は病気だ。これは、仕方ない。だがな……問題は土方さんだ……総司の看病が有るから此処に残ると言ってきかない。近藤さんも匙を投げてるんだ。」

「……僕は行ってくださいと言ってるんですが……僕には、『近藤さんも総司を頼むと言ってくれた』と……」

「近藤さんは負傷が癒えてないし、俺が指揮をする事になる……それが困るのだ。土方さんは、あれで結構人望がある。熱い男だ。そこが良い。俺はな、心では燃えてても顔に出ない。指揮者には向かぬのだ。その点、土方さんは……」


 土方さんが帰って来た。総司が目覚めているのを見て、満面の笑顔になる。


「おお総司、眼が覚めたかい?近藤さんも来ている。じきに夕飯にしよう、今日は魚屋から新鮮な鯨が手に入った。今、盥で泳がせてる。」

「クジラ?」


 常識人の斎藤さんは思わず眉をひそめたが、土方さんはお構いなしだ。


「時々、ぴゅーっ、ぴゅーっと、潮を吹くんだ。活きが良いぞ。あれはきっと美味いぞ!EDOの海で獲れるのは珍しいと、魚屋の太助が言っていた。まあ値は張ったが、何しろ縁起物だ。」

「土方さん、お話があります。」

「何だよ総司、改まっちゃって……俺とお前の仲じゃないか。」

「土方さんに看病してもらってる間、本当に幸せでした。」

「でした……って、なんだ、その過去形は。すぐに死ぬような事言うなよ!」

「死にません、僕はまだ死ぬわけにはいかんのです。」

「そうだ!その意気だ!きっと治る。」

「僕はいいんです。でも、土方さんはそれでいいのでしょうか?」

「いいとも!俺は好きで世話してるんだ。お前と同じように、俺だって今が最高に幸せなんだ!」


 土方さんの眼を真直ぐ見つめて5秒待った。この人ならきっと理解できるはずだ。息を吸って話し始める。


「土方さんを待ってる人がいます……新選組の仲間たちです。EDO、東北、会津、甲州の……例え朝敵になってでも、薩摩、長州と、新政府軍と戦おうという、何の得にもなりそうにない事に命を懸けようという兵士たちが、土方さんを待っているじゃないですか。土方さんが行かないばかりに死んでしまう仲間が、何人いるか知れません。ご自分の好き勝手な幸せの為に、土方さんを頼りにしてる仲間を裏切って見殺しにする……土方さんは武士、決してそんなことの出来る人じゃないですよね。僕の、沖田総司の大好きな土方歳三は……心の底まで『武士』ですよね。」

「………総司………」

「次に会う時は冥土です。僕が行くまで門を潜らずに、必ず入り口の外で待っていて下さい。それまで、二度と逢いません。僕の好きな土方さんに、本当の『武士』でいてもらう為に……僕は命がけで我慢します。」


 土方さんは、ふらりと立ち上がり、履物も履かぬまま、言葉にならない声で絶叫しながら、どこかへ駆け去って行った。


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