第24話 おっ父と呼ばれた男の罪と罰

「あ。」


 武市は、思わず手を伸ばしかけて引っ込める。


「何だか変な味…なんだか、胸が苦しい……苦しいよ……おっ父…助けて、おっ父……」


 畳に倒れ、のた打ち回って苦しみ出したイゾーを見て、半平太は、ようやく太い息を吐いた……


「そうか…今すぐ、楽にしてやる…。」


 刀を抜き、両手で逆手に持ちかえ、イゾーの上で構える。


「さらば!」


 武市が刀を突きおろした……と、見るより早く、

 イゾーの抜き打ちが一閃、刀を弾いた!

 武市の南海太郎が鴨居に刺さってブルブル震えている。

 イゾーは、死んだ龍馬からもらっった肥前忠広を手に、ゆらり立ち上がった。

 武市半平太は、腰を抜かしてへたり込んだ。両手を合わせる。


「おれが悪かった!許してくれ…お願いだ。助けてください……この通りです。」


 そのまま頭を載せた両手を、畳に擦り付けて土下座した。


「おっ父………おらが怖いのか?おらが、嫌いなのか?………死んでしまえばいいと……思っているのか?」


 兜虫社中のバックに並んでいた十人の手風琴奏者が、大仰な時代劇的音楽を奏でる中、セットが割れ、左右に引っ込むと、そこは土佐藩の吟味方の中庭になっている。刑吏が二人駆け寄って、半平太を御白州に降ろし、後ろ手に縛った。流用された(EDO時代屈指の人気ドラマである)『大岡越前』の奉行所セットの奉行の位置にいる男が、声を張りあげた。


「土佐藩大監察、後藤象二郎である。無宿人岡田以蔵、面を上げい。

調べによるとその方は、土佐勤王党首領にして勤王の志士を騙る、

土佐藩浪士、武市半平太の手先となり、

京・大阪において次々と殺人を犯した。

ここに、殺された者たちの名前を上げる……


土佐藩下横目 井上佐一郎(いのうえ さいちろう)、

越後浪士 本間精一郎(ほんま せいいちろう)、

九条家家士 宇郷玄蕃(うごう げんば)、

幕府目明かし 猿の文吉(ましらのぶんきち)」

京都町奉行所与力 森孫六(もり まごろく)

同 大川原重蔵(おおかわら じゅうぞう)

同 渡辺金三郎(わたなべ きんさぶろう)

同 上田助之丞(うえだ すけのじょう)

儒学者 池内大学(いけうち だいがく)

千草家家士 賀川肇(かがわ はじめ)


……他、その数を知らず。これに相違無いか?」


 イゾーの方に顎をしゃくる。


「えーっと、両手・両足の指が3人分、くらいは、人を、斬りました。」

「……60人くらいを斬ったと……この武市半平太の指図によって……だな。」

「はい!全部、おっ父の指令で、斬りました。」

「お前は正直だな。」

「はい。」

「その正直者に聞きたい……武市半平太は以前、”土佐藩参政・吉田東洋の暗殺を自分が指図した”と、お前に話した事があるか?しかと答えよ。」

「ええっと、確か、ヨシダトーヨーは、土佐の宇宙人の大ボスだったから、おっ父が、勤王党に指令を出して退治させた、と聞きました。」

「そうか。良く答えた。どうじゃ……武市半平太、面を上げい。」


 刑吏が髪を引っ掴んで、武市の真っ青に血の気の引いた顔を上げさせた。


「申し渡す。武市半平太に切腹を申し付ける。武市の半平太の介錯人=首を斬る役目は、この、岡田以蔵に申し付ける。」

「はい!」


 真っすぐな声でイゾーが答える。


 白装束を着せられた武市の前に、三宝に載せられた脇差しが運ばれてきた。

 イゾーが、刑吏に渡された竜馬の肥前忠広を右上段に構え、

 武市の斜め後ろに立った。

 半平太が脇差に紙を巻きながら細い声で囁く。


「……なあ、今がチャンスだ。逃げよう。お前なら囲みを破るのも訳はない。」

「おっ父はおらを殺そうとした……」

「あれは何かの間違いだ。なあ、イゾー……」

「おらが、おっ父を殺そうとしたら……どうだろう?」

「違う!それは違うんだ!お前が死んでも、やることに代わりが居ない訳ではない。だが、俺が死んだらどうなる!明治新政府には、薩摩と長州しか残らんぞ!俺の命は俺だけのものでは無い。この武市半平太は、日本の未来の為に無くてはならない人間なのだ。なあ、頼むイゾー!助けてくれ…俺は、お前の」

「テンチュー!!!」


 武市の首が血煙を吹きながら、くるくると綺麗に回転して宙を飛んだ。

 イゾーの刀がもう一閃すると……

 それは断面を曝して、魚の開きの様にばったりと地に落ちた。


 人は死ぬと、動かなくなると、

 どんな野心を持っていても、どんなに貪欲でも、どんなに嘘が上手くても……

 ただの肉塊に、物体になってしまう。

 おらが愛していた、憎んでいたおっ父は、もういなくなった。

 イゾーの右目は泣いていなかったが、

 左目からは何か透明な物が流れ出て、

 頬は、その温度を感じていた。


 後藤象二郎が立ち上がる。


「見事な腕だ、岡田以蔵。お前は半平太のような武士では無く、無宿人ゆえ、斬首の上、獄門に処せられる……ただし、新政府の方から、岡田以蔵の処刑をEDO時代に別れを告げるアトラクションの中で行いたい、との依頼が来ている。依って、刑の執行は追って沙汰のあるまで延期する……以上で、裁きは終わりだ。一同、立ちませい!」

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