第20話 最後の人斬り
「土方さん……!」
「俺達は間違ってなんかねえ!そうでなけりゃ、俺のやってきたことはどうなるんだ!夜ごと、近藤さんに責められるお前の切な声に、耳を塞ぐ事もできず壁につけて聞いていた俺の、この気持ちはよお!大体、声が大きいんだよ!おめえはよお!手ぬぐい詰めるとか何とかあるだろうに、このタコ!」
総司の顔を足蹴にする。土方の言葉に魂を抜かれた刺客は土間に転がった。ここまでのいきさつを柱の影で見守っていた斎藤が、無表情のまま、聞えない程の声でつぶやく。
「やれやれ、所詮は、痴話喧嘩か。政(まつりごと)も、惚れたはれたには勝てぬ……犬も食わん。」
斎藤は気配を消したまま去った。
顔を上げた総司の眼が壊れている。
「……すみません!近藤さんが……もっと大きな声を出せって」
「うるせえ!誰が寝屋のノロケ話をしろっていったよ!……お前……隊に入った時、歓迎コンパの席で言っただろ?"僕、土方さんみたいな人がタイプです。"って、確かそう言ったろ?」
「……はい……」
「初めての剣術の稽古の後で言ったろ?"僕、強くてクールで、人を斬った後でもニッコリ笑えるような人が好きです。"そう言ったろ!」
「言いました……」
「俺はな、お前らに隠れて、寝る間も惜しんで剣術の稽古をしたよ。人の何倍もな!『クールって何だろうな』って鏡と半日にらめっこしたよ。人を斬った後で、飛び切りの笑顔も作って来たよ……みんな、みんな、お前に言われた事だからな!何でもしてきたんだよ!、それを、それを、人斬り狼たあ……総司!俺はな……」
抜いた刀を眼前に突き付けられても、総司はただ、泣き出しそうな土方の顔を見ていた。
「畜生!大好きなんだよお!」
土方の腕が、大胸筋が、総司のあばらを折る勢いで抱きしめる。
求める心と同じくらいの強さで総司を突き放し、副長は牢外へ走り去った。
「土方さん……」
一瞬おいて、総司が激しく咳込んだ。かがみ込み血を吐き続ける。
暗い拷問部屋の床いっぱいに、総司の非情な運命がゆっくりと広がって行く。
速度を合わせた照明の溶暗で、拷問部屋がすっかり暗くなっても、総司は動けなかった。演出助手のお篠がそっと声を掛けるのが、ファインダーを外した眼に入った。美術の剛保が肩を貸して、控室まで連れて行った……甚五郎は、傍らのお七と視線を合わせた。
『奴さん、最後まで持つのかな……』
『さあ……』
もちろん生ドラマなので、最早どうしようもない。
場面は切り替わっている。
武市が好む尺八のヒーリング・ミュージックが流れているアジトで、イゾーが、全身布団にくるまっている。
武市が布団をめくって、濡れ手ぬぐいを額にのせてやると、イゾーが間髪を入れずに遠くへ放り投げる。黙ってそれを拾いに行き、洗面器に浸して絞り、イゾーの布団をめくって額に載せる武市……それを3度繰り返してから、イゾーが布団を翻して立った。
「寒い!寒いよ……!」
『あなたの何もかもが…』と、聞こえた。イゾーの、切ないほど真剣な視線を、武市が冷静に受け止め、二人は見つめ合う形になった。
「本当のことを言おう。お前に嘘をついた。お前は人を斬ってきた。あれは全部、宇宙人なんかじゃない。本当にすまん、この通りだ。」
武市が土下座したのを見て、イゾーは再び布団を被る。
「お前を人斬りにしたのは訳がある。時代が変わる。これはもう避けることが出来ない。その為には大掃除が必要だった。だが、誰も引き受けようというものがいなかった……だがこれで時代は変わる。全て、お前のお陰だ。お前が時代を変えた。お前が、この国に住む人を幸せに変えて行くのだ……」
ゆっくり布団を剥ぐとイゾーは座り込んで泣いていた。
武市の大きな手が、そっとイゾーの頭を撫でる。
「さあ、もう斬らなくてもいいよ。これが最後の人斬りだ。明日、一緒にあの丘に帰ろう。あの田舎道を逆にたどって……さあ、ここに刀がある。この一振りで全てが終わる。イゾー……頑張ったな。よくやった……これで本当に終わりだ。」
イゾーの小さな手が、備前長船をとって、夢遊病者のように立ち上がった。
「丑三つ、二条、寺町……紅い傘をさして行け。」
「……終わりだ…終わったんだね……」
襖も開け放ったまま、幽霊のようなイゾーは出て行った。
ニッコリ笑って見送る半平太を、左右から伸びた幾本もの腕が捕まえ、ねじ伏せて押さえつけた。たちまち、縛りあげられる……
「土佐藩浪士・武市半平太、家老・吉田東洋暗殺の罪により逮捕する。」
「……なんだとお!!」
武市の声の残響を残して、アジトのセットは、すっぱりと暗転した。
京の街路を模したセットに霧雨が降る。見る見る姿を変える嵐の中の雲のような形の照明効果が、背景幕に映し出されている。MTHKの誇るメリケン渡りの最新機器だ。大江戸が使ってきた、回り灯篭の原理を応用した昔ながらの回転効果灯では、どう組み合わせても、こうは出来ない。悔しいが次の場面にはよく合っている……と甚五郎は思う。
その背景の前に、浪士らしき姿の黒いシルエットが立った。
ベールの如く空間を満たす霧雨の中で、
誰かを待っているように……彼は何を待っていたのか?
来るべき時代……日本の夜明けか?
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