第19話 歳三、急いで口を吸う
「土方さん……だって無駄ですよ。今の人は……」
「何が無駄だ……!じゃあ、お前が坂本を逃がしたのも、そんなことは無駄だ、何の意味も無いと、そう思ったからか?」
「……土方さん、もう、なんだかわからんのですよ。最近、勤王の志士を斬るより仲間の隊士を粛正する方が多いし……土方さんだって、昔はそんな人じゃなかったじゃないですか。もっと、やさしい眼をしていた。今は、なんだか……ワザとピリピリして怒鳴りつけてばかりで……」
「ジョニーさんを……近藤さんだけを悪者にしちゃあいかんからな。ああ見えて、この新選組のやった事、全ての責任を、ジョニーさんは一人で両の肩にがっしり受け止めてくれている。本当に凄い人なんだよ。」
「だからって土方さんは、"鬼の副長"と呼ばれて、バカみたいに厳しい隊規を作って、違反者を切腹させたり斬りまくって、一体何が楽しいんですか!そんな時に、何でいつでも、にこにこ笑ってられるんですか!」
声を荒げた総司に向かって、土方は逆に静かな顔になった。低いトーンで語り始める。
「総司、俺達はな、昔の侍とは違う。元の身分だってバラバラだ。おおむね、社会の底辺からやって来ている。大名と家来とか、決まった主従関係、上下関係が隊の中にあるわけじゃない。だが我々は、京都を守護する会津藩から、金をもらって治安維持をやっているプロだ。この新選組を、プロの戦闘集団にしてゆくには、仲良く楽しく……ではやってゆけぬのだ。振り返れば安楽な茶の間、蜜柑の載った掘りごたつと、赤ん坊を産んでくれる女子が待っているような状態で、誰が刃の下に飛び込んでゆける?俺達下賎の者が、腐りきった今の武士どもに、本当の武士道を教えてやるのだ」
「どこに、本当の武士がいるんですか?薩摩だって長州だって、先頭きって攻めてくるのは農兵、やくざ者、奇兵隊なんかの『諸隊=その他』ですよ、エトセトラたちですよ。幕府だって、旗本は銃なんて持てるかって使えないんですよ!農民をかき集めてるんですよ!この時代に、戦う根性があるのは、俺達庶民だけですよ!300年えらそーにふんぞりかえってた武士たちじゃありませんよ!」
「だからこそ、俺達が新しい武士になる、いや、もうなってるんだよ。近藤さんは京都の守護職、所司代にだって堂々と意見している。京の帝だって、江戸の将軍慶喜公だって、近藤勇の名前を、新選組の事をご存知だ。元はと言えば、日野の奴隷百姓の小せがれの名前をだよ!この先、若年寄にも、老中にも、幕府の大幹部になろうって勢いだ!凄いじゃないか!俺達は凄いことをしてるんだよ!徳川300年の身分制度を実力で変えちまったんだよ!」
次第に熱が籠って来た土方の言葉を聞きながら、今度は総司が、妙に力の抜けた暗い顔になった。
「幕府のお偉いさんたちが……自分たちの手を汚さないために、騙して使っている素人侍たち、金のためなら親兄弟でも平気で斬る……血に飢えた"人斬り狼"の群れ……私たちは……世の中から、そう、思われてるんですよ。」
「何だと!総司、本気か!本気でそう思うのか!」
瞬時に詰め寄った土方の速度に総司はたじろいだ。斬り合いなら命が無い。ここが副長の本当の恐さだ。
「いや、あの、私がじゃなく、二番目寄書とかで……そう言われてると……」
「もし、俺達が、言われる通りの"人斬り狼"でしかないと……総司!お前が……お前が本気で言うのなら!俺はこの場で腹を斬る!総司!!……介錯しろ!!」
しまった……総司は唇をかんで即座に膝をつく。
「ごめんなさい……土方さん……言い過ぎました。」
「何だと!薄汚ねえ人斬り狼の首など、斬れねえって言うのか!この首は、お前に介錯してもらうだけの値打ちもねえって、そう言いたいのか!え、総司!!」
総司は土下座して土間に額を摩り付けた。
「この通りです。許してください!」
「聞こえねえな……俺は人斬り狼だ!そんな人間の言葉は聞こえねえな!」
「土方さん……どうすればいいんですか?……違います……違うんですよ。ただ、私は、私自身が本当に……ただの人斬り狼になってしまったような気がして……」
「言葉は聞こえねえって言ったろ!総司、三べん回ってワンと鳴いてみろ!」
総司は間髪おかずに従った。必要以上に可愛い声で鳴いてみる。
「お前は犬か!狼じゃねえのか!……舐めな。」
わらじを突きつけられ、総司は丁寧に舌先で舐めた。
「土方さんが、しろという事なら……何でもします。私は土方さんを、尊敬してます。一目見た時から、ああ、この人だ、この人が本当の漢だって……惚れぬいてるんですよ!そう、土方さんのために……私は毎日、人を斬ってるんですよお!」
「毎晩……ジョニー近藤に抱かれながらな…!」
神の速度で土方の唇が沖田の唇を捕らえる。
舌が口を割り侵入して総司の舌を絡めとり、
痛いほど吸いあげる。
一瞬の……無限の時間が過ぎて総司が眼を開くと、
土方の眼が真っ直ぐに見つめていた。
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