第18話 三味が泣いている
斎藤が裸のおりょうを引っ立てて、土方の後ろから覗く。
「副長、押し入れに女がいました。」
「よし、屯所で尋問だ。……総司!帰るぞ。」
土方と斎藤がおりょうと階段に消えた後、総司は、もう一度、イゾーたちの去った方を振り向いた。
「悪い夢のようだ……」
空には青白い満月がかかり、音もなく古都の屋根屋根を光らせている。
……場面は半平太のアジトへと変わった。
「おりょー!!!!」
スタジオを破壊せんばかりに坂本竜馬の大声が響いた。
音声調整卓で、耳当てを当てて聴いていた音声の松っちゃんが、声にならぬ呻きをもらす。それを見て、効果の辰っちゃんが顔だけで大笑いしている。流石、"世界の坂本"は、何もかも凡人とはスケールが違うと、甚五郎は感心しながらカメラの照準に目を戻す。
ジョンの声とともに、その姿がスポットに浮かび上がってくる。
指定通りピントをゆっくりめに送り、ぼやけた像から、毛穴が見えるくらいのクローズアップで、くっきりと映し出す。顔を伏せていたジョンが、甚五郎のカメラをにらみ返すように眼を見開く。これは……あれだな。箱滑監督の名作『からくり林檎』の一場面みたいだな……
「それでは、京都の坂本竜馬さんのリクエストです。ジョージ・ハリス作詞・作曲による佳曲……兜虫社中で"三味が泣いている"……」
哀愁を帯びた西洋三味線の前奏が流れ出す……
♪両の まぶた 閉じりゃ 今でも
あの娘の三味が 聞こえる
涙 流れ 頬を 濡らす
あの娘の三味も 泣いてる
若い二人の 奇麗な恋を
移る 時世が 裂いた
観音様で 来世を誓い
右と左に 別れた まま
歌のバックで、無声映画のアクション・コメディのような場面が始まった。おりょうを救う為に、新選組の屯所に殴り込もうとする坂本を、無謀な事はやめろと必死で止める武市という場面である。竜馬はついに武市に縛り上げられて泣き出す。次に武市は、布団に隠れたイゾーを引きずり出そうとするが、イゾーは両腕を引っ張られながら、いやいやをして泣く。武市、大いに困る……
両の まぶた 閉じりゃ いつでも
あの娘の三味が 聞こえる
風が 唄い 雲が 踊る
あの娘の三味が 泣いてる
(EDO著作権協会承認:ほの三十番)
ギターソロに移り、曲がフェードアウトしてゆく。
厳しい竹刀の音、くぐもった悲鳴……
だが、照明のフェードインと共に、明らかになった光景の中では、おりょーは、蜻蛉模様の浴衣を着せられ、座布団の上に正座して……お茶を啜っていた。縛り上げられ……ているのは沖田総司、いや、自分で菱縛りに縛ったものか?器用に、自分の尻を竹刀で叩いている。
「さあ白状しろ!」
「誰が壬生狼なんかに……うっ!……ああ!」
すべて総司の一人芝居である。
おりょーが、忍び足で入ってくる土方と近藤に気付いて目礼をした。総司は気付かぬまま熱演を続けている。
「なんと、しぶといおなごよ!」
「こ、これが……うちの……坂本様への……愛……いやあっ!」
「ふっふっふ……そのように申しても、ほれ、ここはもう……」
土方が総司の肩を後からぽんと叩いた。振り返った総司の顔が、とまどいから天使の笑顔へとモーフィングする。これにいつも誑かされるのだと思いながら、土方は、和泉守兼定を抜いておりょーの喉元に突き付けた。
「女……どうあっても喋らぬというなら、この刃で、その白魚のような指を一本づつ切り落としてやろうか?その気になるかも知れん。」
近藤が情景を想像してしまったのか……気持ちが悪くなったようで、丸くなってえづき始める。総司が、近藤の背中を撫でながら、涼しい顔で土方を見た。
「土方さん、無理ですよ。この人は竜馬の為なら笑って死んでゆける人です。うらやましいなあ……坂本さんは人を殺した事が無いし、桂小五郎なんて人は刀を抜いた事も無いそうじゃないですか。僕らとは大違いだ。きっと、ああいう人たちが新政府の偉い人になるんでしょうね。ねえ、娘さん、その時になっても坂本さんは、あんたみたいな身分のひとを、相手にしてくれるでしょうか?どう思う?助けにも来ないしさ。」
おりょーは、刃が喉に触れていることも感じないかのように茶を飲み終わると、澄んだ瞳を優しい拷問係に向けた。
「坂本様は……うちの太陽どす。どこにいたってうちに光の届かん事は有らしまへん。西洋の学問では夜空のお月はんも、あれはお日さんの光を受けて光ってはるて聞きました。たとえ、どんな暗い夜でも、あの人の姿が隠れてても、坂本様の光は……うちを照らしてます。」
「本当に、幸せな人なんだ……うらやましいな。」
「うち、幸せどす。ほんまに、怖いくらいに……」
「あー、やめよ!やめやめ!もう、あんた帰んなさい。」
汚した口元を拭いながら近藤が牢の扉を開く。おりょーは軽く会釈をして小走りで出て行った。
「あー馬鹿らしい。歳ちゃん、飲みに行こ!まったく……やってらんないわ。」
近藤が去っても、土方は憮然とした顔で立ちつづけていた。やおら、総司が胴体に巻いていた縄を解くと、思いっきり地面に叩き付けて叫んだ。
「やる気あんのか、みんな!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます