第16話 無宿人
「新兵衛!」
イゾーが叫ぶ。
「おいが姉小路を斬ったとしたならな、その後で、おいは切腹する……この方が、おいにとっては自然だ。……船頭あがりの人斬りが、磔にもならずに、腹を斬って死ねたなら……本望というものよ……イゾー、忠告しておこう。武市半平太とは手を切れ……ろくな事にはならんぞ。おいは、ずっと前に気がついとった。おいたちは只の人斬り包丁たい。斬って斬って、斬りまくって、刃こぼれでもしたなら、さっさと捨てられる。只の道具だ……血まみれの人斬り包丁にすぎん……騙されて、よかように、利用されとる……だけだぞ……人を斬らねば……どこにも、居場所すら無い……」
紅潮していた新兵衛の顔が、
みるみる真っ青になって動かなくなった。
必死に踏ん張っていた足がゆらりと揺れて、
新兵衛のたくましい身体が頭から大地に激突した。
懐中電灯が、カラカラと地面で回り、
死に顔を照らして止まった。
赤い血がゆっくりと広がってゆく。
声も無く、イゾーは脇差しを投げ捨てて、走った。
胸にたまった何かが破裂してしまいそうで、ただ走った。
やがて猿が辻には朝日が射し込み……通行人の通報で、わらわらと現れた新選組が立ち入り禁止のだんだらの紐を張り巡らして、現場検証を始めた。
「田中新兵衛が何でこんなことをするんでしょう?……しかも、その場で切腹するなんて……」
首をひねった総司を眺めて、土方が鼻で笑った。
「判らないのか?……これはな……”天狗面”の仕業だ。」
「ええっ?!」
「新兵衛の斬られた傷は、姉小路の脇差しで出来た傷にしちゃあ……大きすぎる。大体、脇差しには脂もついてねえ。しかも、この切り口の鮮やかさ。こんなに奇麗な傷がつけられるのは……テングメン、あいつしかいねえだろ。あいつの人斬りが芸術の域だとすると、俺たちゃまだまだ、夜店の飴細工だな。ただ、もし俺たちの中で、あいつに勝てるとしたら……」
「斎藤さんですか?」
聞くともなしに聞いていた近藤が口を挟む。
「馬鹿ね。総司ちゃんよ。」
近藤の微笑に出会って、総司の顔が赤くなった。
スタジオは暗転した。
闇の中で竜馬とイゾーが白々と、それぞれの位置でスポットに浮かび上がる。どちらも右手に白木の林檎印携帯を持っていた。
「気にしすぎじゃ……そもそも薩摩が新兵衛と組ませたのも、手柄は横取りして、都合の悪いことはみーんなおまんのせいにするためじゃき、おまん、悪魔のように言われちょるぜよ。京に人を斬る鬼が二人おる、新選組の沖田総司と、土佐勤王党の岡田以蔵じゃゆーてな、えらい評判じゃ。半平太なんざ、おまんの名を出しただけでタダになるゆーてな、もう何ヶ月も飲み代払うちょらんきに、なあ……ええ気なもんじゃ。はっはっはっ……新兵衛も、おまんに斬られて喜んじょる!まあ、そう気にせんと、飯でも食いに来んか。おりょうも逢いたがっちょるぜよ。」
竜馬のスポットが消えて、反対側に総司が浮かび上がる。心無しか顔が青い。
左手に安土楽土の携帯を握り、右手にはぬらりと光る血刀を下げている。知らぬげにイゾーが電話の向こうから尋ねる。
「総司は、みんなに悪魔のように言われてても、気にならないの?」
「いいんですよ。僕は近藤さんや、土方さんが大好きです。新選組を愛してます。あの人たちの夢のためなら僕は……」
咳込んだ。総司の病は思わしくないらしい。
だが、今のイゾーは、それさえも気づけない。
「おら……誰かを愛せてるのかなあ……?」
総司の顔に切ない微笑が浮かび、
優しい声が携帯の向こうから伸びて、
イゾーの心を優しく撫でた。
「イゾー君はきっと、みんなに愛されてますよ。もう、心配しないで。」
「うん……ありがとう……それじゃあね……」
「元気でね。」
電話を切り、総司の周りが明るくなると、あたり一面に粛正された新選組隊士の死体が転がっている……総司は、血刀を懐紙で拭うと鞘に収めた。懐から取り出した薔薇の花びらを散らし、花吹雪を死体に手向ける。
「総司、早く来い!何をぐずぐずしている。規律を破ったものにそんな情けは無用だ。夜が明けてしまうぞ!」
「……はい!」
土方の厳しい声音が、むしろ今の総司には心地好かった……
暗闇にジョンの声が聞こえる。
「僕には愛する人がいません。愛してくれる人もいません。そう……思えるのです……」
イゾーが現れた。
「……僕にはもう、どこにも居場所が無いように思えます。僕は何のために生きてるんでしょう。もう、何もかも、わからないんです。」
再びジョンが引き継ぐ。
「……と、悩んでいる岡田以蔵君、12才からのリクエストです。兜虫社中のスマッシュ・ヒット、"無宿人"」
アカペラのハーモニーで曲が始まる。イゾーの心はぐるぐると回り続ける。
天地(あめつち)の間に
行き場がないのさ
僕は無宿人になった
誰かの愛さえ
信じられずに
固く心を閉ざして
*
無宿渡世
つらい時世
お前の愛だけを
棲み家にしたい
*
(EDO著作権協会承認:はの十一番)
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