第15話 鞭と涙

 『しまった……やり過ぎた……』


 半平太の目から暗い炎が消え、ゆっくりと、いつもの冷静な光りが戻った。

 そっと、イゾーの肩に手を置くと、ビクッと強張る。

 その震える肩を優しく撫でながら、半平太は心を作った……


「イゾー……泣くな。歯を食いしばって我慢するんだ。男は泣いちゃあいかん。おっ父が悪かったな。まだ、お前には難しすぎる話だった。だがな、お前が大きくなったら、きっと、おっ父がなぜ殴ったか、何がどうなってるのか……わかる日がきっと来る。今はわからなくてもな。どうした?……ほら、おっ父の目を見るんだ。そこに映ってるのは誰だ?」

「……おらだ。おらが……映ってる……」

「そうだ……お前だ。お前はテングメンだ。正義のヒーローだ。お前には、使命があったろ?……みんなが幸せに暮らせるように。みんなが笑って暮らしていけるように。この世から、哀しみを無くして行くために働くんだろ?これは、この広い世の中で、たった一人、お前にしか出来ない事だと分かってるだろ?……わかるな。お前は男だ、勤王の志士だ。お前は、おっ父の誇りだ。おっ父は、お前が大好きだ……一回や二回の失敗で、ちょっと怒られたからって、そんな事を気にしなくてもいい……なあ、イゾー……笑ってみろ。ほら、おっ父も笑うから……な、元気を出せ。ほーら、もう元気になった、もうお前は元気だ。ほら、もう、すっかり、いつものイゾーに戻った……な。」


 涙の筋が光る頬に引き攣った笑いを浮かべたイゾーを、半平太は抱きあげた。笑顔を見せて、ぎゅーっと、抱きしめる。


「……おっ父は…おらが好きか……嫌いになったんじゃねえのか?」

「イゾーが大好きだからこそ、腹が立つこともある……わかるな?」

「おら……おっ父のこと、好きでいて……いいんだな。」


 イゾーの眼からポロポロと、また涙の粒がこぼれだす。


「いいとも。もちろんだ……じゃあ、イゾーの大好きなおっ父の頼みを、聞いてくれるか?」


 半平太は、頷くイゾーの頭を撫でながら、少し難しい顔をして声をひそめた。


「今度の指令は今までより難しい、秘密指令だ。失敗は許されない。」

「大丈夫、おらはテングメンだ!……必ずやり遂げるよ。」

「その意気だ。イゾー……よく聞くんだ。ある公家に化けた宇宙人の手先を斬ってもらう。そして、その公家の刀を使って、護衛の武士にとどめをさす。今回は"天誅"のせりふは無しだ。テングメンとも、岡田以蔵とも、名乗るな。いいな。忘れるなよ。真っ先に提灯を斬って、全部、暗闇の中でやれ。今夜は新月、月の出ない夜だ。覆面をして誰にも見られないように……半時後、猿が辻……護衛も今までの相手以上の凄腕だ。決してぬかるんじゃないぞ。」

「わかったよ!全部、言われた通りにする……行ってきます!」


 刀を提げて出てゆくイゾーを見送って……武市半平太の頬がゆるんだ。


「さて、次は誰についたものか……三条実美、いや岩倉具視か?いっそグラヴァーに声を掛けてみるか……まあ、テングメンの名前さえ知っていれば、誰でも雇ってくれるだろう。それもこれも、イゾー!イゾー様々だ。はっはっはっはっはっはっ……!」


 スポットライトに浮かんだ半平太から、カメラがパン(横移動)すると、闇の中に提灯の明かりが移動するのが見える。


 何か秘密の会合でもあったものか、公家と護衛の侍が、人目を避けるように御所から出てきた所だ。待ち伏せた刺客が飛び出し提灯を斬った。半分になった蝋燭の頭が堀の中へと弧を描き、小さな水音を立てる。新兵衛が舌打ちをして刀を構えた。


「刺客か!」


 闇に慣れぬ眼がうらめしい。瞬時に全身の感覚を研ぎ澄ました田中新兵衛は、黒い風が傍らをすりぬけたのを感じた。


「何者じゃ!マロを姉小路公知と知っての……」


 しゃべりながら姉小路公知の身体が斜めにずれて行く、すでに斬られていたのだ……あばらの断面を見せた上体が地面に転がる。下半身が逆側にばたりと倒れた。


「しもうた!」


 言うより早く新兵衛の足は地を蹴っていた。刺客の尋常ならぬ速さについて行くには、場を踏んだおのれの判断の速さに賭けるしかない。待てば勝機はないと、新兵衛のゴーストが囁いている……斬り込む。


 ぬ?この速さ……こんな刺客は、この世にただ一人しか居らぬはず……


「待てぇ!この太刀筋、お前は……」


 刺客の刀が、言葉が届く前に新兵衛を通過した。肋骨ごと肺に及ぶ深手を、田中新兵衛は熱さとして感じた。刺客は姉小路の脇差しを抜き、それを構えて新兵衛に近づく。心臓を貫く鋭い突きを、間一髪さばいて腕を押さえ、新兵衛はもう一方の手で袂から懐中電灯を取り出し、刺客の顔を照らした。やはり……


「イゾー……岡田以蔵だな。判っとるのか。おいだ……田中新兵衛だ。」

「……!!」

「何だそりゃ、お公家さんの脇差しか……?下らん。武市の猿知恵か。おいが、公家なんぞと刺し違えるわけがないぞ。おいならな……」


 新兵衛は無造作に自分の刀を腹に突き立てて一文字に斬った。血まみれの腸が飛び出して地面で跳ねた音がした。

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