第9話 慶喜、政府広報に出演する

 スタジオの隅に小さなステージが設えてあった。眼鏡を掛け、西洋婦人の正装風の衣裳をつけた、明治政府の広報官にスポットが当たる。喇叭手が短いテーマソングを奏でた。


「それでは、ここで大日本帝国政府からの広報の時間です。」


 少しだけ、頭を下げた。


「皆様、もうご存知のように、明日からEDO時代ではなく明治時代になります。ただ、時代の名前が変わると思っていらっしゃる方、おられますか?そ・れ・は・大間違いのコンコンチキでございます。実に様々な事が、根本から変わる、大変革がやって来ます。神社と仏閣の扱い、廃藩置県、身分制度の廃止、警察制度の創設、年貢から税金へ、小判から銀行券へ、などなど、その概要は、先日、各世帯にお届けいたしました、この解説書をお読み頂けましたら、判りやすく詳しく載っております。とても短い時間では、説明出来ませんので、ここでは、最も大きな相違点をお知らせ致します。」


 パネルが立てられた。


「これまで、二百数十年の長きにわたって、国民の皆様は、この日本を統治しているのが、江戸の徳川家、江戸城に居た将軍様だと思っておられたのではないでしょうか?」


 と、指し棒で、徳川家康から、代々の将軍の図像を示した。最後の慶喜の処で強調するように顔を叩く……。


「それが、大変な間違いであった事を、ある方に語って頂きましょう。」


 拍手と共にコーナーへ登場したのは、洋服姿の人品卑しからぬ紳士、用意されたソファーに腰を下ろす。


「皆様、ご紹介いたしましょう……元・第15代征夷大将軍、徳川慶喜公です。」

「どうも。」

「よくいらして下さいました。あなたが先日まで江戸城にいらっしゃった、あの、将軍・徳川慶喜公で間違いありませんよね?」

「え、ええ……間違いありません。私が慶喜です。」

「あの江戸城にいらしていた間、慶喜公は、この日ノ本で、一番偉い方、権力者だったのでしょうか?きっと、御覧の皆様は、そう思われていたんじゃないかと、思うんですが……」


 慶喜は頭を掻きながら弁明した……


「そう、皆様に思わせていた……と、するなら、それは全く、わが徳川家代々の不徳の致すところでございます。」

「では、もっと偉い方がいらっしゃった、と、いうことですね?」

「おっしゃる通りです。」

「それは、どなたでしょうか?」

「京都の御所にいらっしゃった帝、天皇陛下でございます。」

「では征夷大将軍というのは、どういう意味合いの地位、位だったのですか?」

「元々は、征夷というのは蝦夷を征伐するということで、京都のミカドの御命を受け、その役目を負った将軍、軍勢の指揮をする大将である……という意味の役職です。」

「それが、一体何で、この日本列島を治める、高貴な、支配者の様に思われていたのでしょう?」

「家康公がEDOに幕府を開かれたというのは、かつて源頼朝公が、鎌倉に幕府を開いて世を治めた故事に習っております。元々は天皇、皇族を守るために誕生したはずの武士たちが、軍事力を整備し、それを使って我欲のままに領地を広げんとするなど、国が乱れましたので、これを実力でまとめ、統率する役職が必要だったのです。力を蓄えた東国の武士勢力を束ねるために、現地に幕府、幕府というのは、布の幕で仕切って拵えた『仮庁舎』というような意味ですな。現地に仮庁舎をこさえ、一時的に、天皇の代理として、其処ら辺りの武士たちを統治する……そういう意味合いですが、各地で、それぞれの地の戦国大名に治められていた人たちにとっては、帝は縁遠い存在ですし、大名を従えている将軍が一番偉い……と、単純に考えるのも無理は無いでしょうな。将軍が、自分たちの上には帝が、天皇陛下がいらっしゃることを、ちゃんと人々に知らせ、認知させるる努力を怠り、むしろ、自らも半ば忘れかけていたのではないか……そこが大いなる反省点です。」

「この度の『大政奉還』について、教えて頂けますか?」

「この徳川を中心とするEDO幕府の政治を止めて、今後は直接、天皇陛下中心に政治の形を創っていただくようお願いした……そういうことです。徳川家が、まあ、一番偉そうな顔をして、この日ノ本を治めていたEDO時代は、今日限り。明日からは、本来、この国を治めておられる天皇陛下に、直接……まあ、とは申しましても、補佐する役目の方々も沢山いらっしゃいますが、やって下さいと、お願いしたということです。」

「徳川幕府の方々、譜代、外様の大名の方々も、納得されたということですね。」

「そこが、若干、難しいところで……徳川に繋がる大名や家中の方々には、明治の新政府に反旗を翻していた者も、居るには居りました。長年の慣習を変えようとする時には、抵抗感を持つということは、ままある事です。ですが、将軍である私が、無事に新時代へと橋渡しをしたい、と、そう思っているということを、広く皆様に知って頂きたい。そういう思いで、本日、こちらに参りました。」

「お気持ち、大変よく分かりました。画面の向こうの皆様にも慶喜公の、本当の想いが、しっかり伝わったのでは無いでしょうか。最後に、この度の、この大改革が一部の人間の利益の為ではないかとか、水面下で、メリケン、エゲレス、フランスなど欧米列強が操っているのでは無いか、などとの、根も葉もない陰謀論が巷に流布されているという状況がございますが、この様な見方について、一言頂けますか?」

「当事者として申します。その様な事実は、断じてありません。」

「有難うございました。力強いお答えを頂きました。皆様、安心して新時代をお迎えください。……本日の政治広報は、ゲストに、元将軍・徳川慶喜公をお迎えしてお送り致しました。それでは、引き続き、ドラマをお楽しみ下さい。」


 お辞儀をする二人に、喇叭手の吹くエンディング・テーマが重なり、スポットライト、背景幕と暗くなっていった。

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