第8話 出逢いの曲
「……土方さん、この先に美味しいぜんざい屋ができたんですよ!ほら早く!」
総司が取り繕うように話題を変えた。土方の袖を引っ張る。
「ん……ああ。」
総司が子犬のように駆け出していった。土方が近藤に一礼してから後を追う。
土煙を風が運び去って行く。
「まったく近頃のヤングは判んないわ……」
「……ヤング……?」
「何よ。一ちゃん、何かいった?」
慌てて斎藤が言葉を探す。
「いえ。……鬼の副長も、総司には甘いですね。」
「あれで、本当はセンチでロマンチストだからね。総司の病気が病気だから、限り有る月日を精いっぱい生きさせてやりたいとか、そんな事考えてんのよ。あたしなんか、普通が一番だと思うのにね。本人が気兼ねしちゃうでしょ。」
「そんな時には剣術の稽古が一番です。何もかも忘れて刀と一体になる。世界が透き通って音楽が聞こえてくる……」
「あら、一ちゃんも兜虫のファン?」
「いえ、私はクラシックが。」
まず足音が。
そして血相を変えて土方が駈け戻って来るのが見えた。
息が荒い。
「人斬りです。尊皇攘夷派を騙って私腹を肥やしていた越後浪士の本間精一郎が斬られました。犯人は二人、一人は薩摩の田中新兵衛、もう一人は土佐の岡田以蔵、あるいは"天狗面"と名乗ったそうです。」
「テングメン?……何それ?」
「……総司は?」
斎藤があたりを見回す。
「ちょっと、気分が悪くなったらしい。後から来るだろう。近藤さん、とにかく行きましょう。」
土方と近藤が駆け出して行った。斎藤は首を回して総司の姿を探し、あきらめて後を追った。三人の足音が遠ざかるのを、総司は路地の用水桶の陰で聞いていた。口を拭った手の甲を桶の水でゆすぐ。
「くそ……病気なんかに……」
血の味が喉の奥からせり上がる。
「くそ……」
しゃがみこみ、せき込んでいると、同じように目の前にしゃがみこんでいる子供の背中を見つけた。
……泣いているようだ。
総司はためらいがちに子供の背中に掌を置いた。びっくりして振り返った子供の頭の上には天狗の面があった。
「どうしたの?何で泣いてるの。」
「今……今そこで、ひ、人斬りを……」
「見たのか!それは怖かったろうなあ。もう大丈夫だよ。僕がいるからね。」
「グスン……おっ父は……あいつらは宇宙人だから、血は緑色で、斬られたら、フラッシュみたいに光って、消えるって……そう言ったのに……」
「ん……?特撮物のロケか、何かだと思ったのかな?」
「両手を斬ったら、赤い血がピューっと出て"痛い!痛い!"って叫んだ……おら、びっくりして……そうしたら、新兵衛のにいちゃんが"後はおいどんが!"って、そしたら……そしたら……」
少年のくりくりっとした両目からぽろぽろと涙の粒がこぼれた。総司の隊服、山形の袖がイゾーをやさしく包み、しなやかな腕が頭を胸に抱きしめる。イゾーは故郷の野で春の陽を浴びているようなやさしさを感じた。
『……やはり、敵は田中新兵衛ともう一人……テングメン……』
総司はイゾーを抱きながらも考えていた。
『新兵衛の名を知ってるからには薩摩とつながりのある子供なんだろうか?』
それにしては話しぶりが無防備すぎる。
「坊や、家は?」
イゾーに聞いてみる。
「そんなもん、ねえ……でも、おっ父がもうすぐ来る。」
「おっ父はいるのか……僕は家の無い孤児だったんだ。父も母もいなくてね。」
「かわいそう……おにいちゃん、さみしかったねえ。」
「でも、今はたくさんの仲間や、父代わり、兄代わりになってくれる人がいるから大丈夫なんだ。」
イゾーの丸い眼に涙が浮かんでいた。そこに近藤さんや土方さん、斎藤さんの顔を重ねて総司は言ったのだ。山形模様の袖で涙を拭いてやる。
「……そうそう、良いものがある。」
総司は『ポケモノ』(ポケット"物の怪"シリーズ=京の子供たちに大人気!)の一種である、狐家鴨の絵柄の金太郎飴キャンディーを袂から取り出し、イゾーの手に握らせた。
「これを舐めながら、おっ父を待っててごらん。お兄ちゃんはもう行かないとね。美味しい?」
「うん。甘~い♪……ありがとう……お兄ちゃんの名前は?」
「名乗るほどじゃないけど……」
と、いいながら、総司はTVの特撮ヒーローのポーズのような動きを始めた。洒落者の原田左之介が『子供に受けるぞ!』といいながら、一月程前に非番を潰してまで振り付けてくれたものだ。結構気に入っていた。
「壬生浪士隊改め"新選組"一番隊隊長"沖田総司"……略して総司です。」
「かっこいいー!」
イゾーが眼を輝かせて拍手する。都の人たちは何てハラショーなんだ!
「局長の近藤さんがいつも僕らにいうんだ。新選組は只強いだけじゃいけない、カッコよく美しく、無残な浪士たちの死体が横たわる斬り合いの現場にも、薔薇の花の二つ、三つ散らして帰るくらいの美学が必要だ……また、田舎だけど、壬生の屯所にでも遊びに来てね。」
「うん!」
「じゃあ。あ、君の名は?」
「イゾー!」
「じゃあまた……!イゾー君!」
「ありがと、総司!」
手を振って別れ、反対方向に二、三歩歩いた所で二人の足が止まった。
「しんせん…ぐみ?」
「以蔵?天狗面?」
『まさかね……』二人は心の中のほんわかとしたものを信じる事にした。
再び歩き出した二人は偶然にも同じ曲をハミングしていた。
”倖せHAPPY”という歌だった。
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