第7話 ジョニーはバイオレンスの夢を見た

「総司、早くして。出番に間に合わないわよ!」


 なつかしい近藤さんの声で総司は我に帰った。着替えている途中で、モニターに映るイゾーの姿に釘付けになってしまったようだ。いかんいかん……


「ごめんなさい!すぐ着替えます。」


 近藤は既に、浅黄に白の山形を袖口に染めぬいた、懐かしい新選組の羽織を着ていた。この色がやがて、返り血を目立たせない深紅の色に変わる前、まだ血の匂いが薄い頃の隊服だ。


 土方さんも、斎藤さんもいる。あの頃へ帰って行くんだ……甘酸っぱい思いがあふれ深呼吸をした肺に、オゾンの匂いがするスタジオの空気が流れ込む。


「新選組の方、御願いします!」


 イゾーは椅子から立ちあがった。

 スタジオの入り口にいかつい近藤さんと、一段と白い顔の総司が見えた。

 思わず名を呼んで手を振ろうかと思った。

 生放送だと思い出し喉で止める。

 視線を感じてくれないかな。

 眼が合わない。

 緊張してるのかな?……それも総司らしいと思う。

 頑張って!

 頑張って総司!

 大道具さんたちが手際良く京都の街並みをカメラの視界内に押し出す。

 イゾー、斎藤、近藤、土方……何人もの祈りの中で総司はフレームインした。


「ねえ、近藤さん、僕なんかでも…近藤さんの育てた兜虫社中みたいな時代のスターになれますか?僕、剣術しかできませんよ。」

「なれるわよ……兜虫社中を始め幾多のスター・時代のアイドルを送り出してきた、このジョニーズ事務所社長=ジョニー近藤の眼と鼻を信じなさい。間違いなく総司は大スターの器だわ。但し、これからの時代はもう、浄瑠璃(ろっく)だの囃子方(みゅーじしゃん)だのの時代じゃないのよ……これからの時代はね、バイオレンスよ!バイオレンス・アクション!……」


 モニターに映る画面が切り変わる。


 近藤たちの歩いている五条大路の裏通りで、二人の人間が、激しく交錯した。刀を構えたままの手首二つが宙を飛び、鮮血が追い掛けるように空に真っ赤な虹を掛けた。


 斬った方の驚く顔が見えた……イゾーだ。


 横丁から飛び出した男がイゾーに囁くと、後を受けて、両手を斬られた男に斬りつけた。トンボと呼ばれる高い構えから、鋭い踏み込みと共に放たれた刀は、大根を斬るように袈裟掛けに身体を真っ二つにした。死体は刈られた草のように折り重なり、べっとりと赤黒いケチャップソースのような血が、通りの砂の上にゆっくり広がっていった。


だが、血の匂いは近藤の鼻には届かなかった。


「……バイオレンス・ヒーローの時代なのよ!沖田総司=危険な香りのするオ・ト・コ……の時代が来たのよ。」

「はあ……」

「はあ……じゃないでしょ!何のためにあたしが美少年ばっかり集めたの?何で、あたしたちがこうしてワザワザ目立つ衣装で刃物ぶらさげて、この日本一危険な都市……眼を血走らせた勤王の志士が、刀を光らせてあたしたち幕府の犬を叩っ斬ろうと待ち伏せしている京都……尊皇攘夷の嵐吹く、帝の都の町並みをそぞろ歩いてると思ってるの。あたしたちナンパでもしに来たの?こうしてるうちにも今、そこらの角から、薩摩の田中新兵衛なんて凄腕の人斬りが現れるかも知れないのよ。」


 言葉通り、仏具屋の角から返り血を浴びた田中新兵衛が血刀をさげて現れた。


「新兵衛…!」


 局長の背中越し、すたすたと歩いてくる新兵衛に土方と斎藤が気付いた時には、示現流の最初の一跳びで近藤を斬れる距離まで新兵衛は近づいていた。能面のようなその眼から放たれる氷のような殺気に、二人の足は凍りついた。


『死神が歩いてくる……』


 総司には悪い冗談のように思えた。今、ぴくりとでも動けば新兵衛の血刀は間違い無く近藤局長を袈裟掛けに斬り倒す……総司もまた動けなかった。近藤に気付いた様子は無い。


「人の話聞きなさいよ。田中新兵衛なんか薩摩示現流の達人なんだから、ぼんやりしてたら袈裟懸けにバッサリ、首と身体が泣き別れよ。」

「ちぇすとお!」

「ぶぁっくしょん!」


 新兵衛が気合と共にトンボに構えた刀を振り降ろした瞬間、近藤は身体を二つに折り、示現流の烈迫の気合に勝るとも劣らぬ豪快なクシャミをした。血刀が隊服をかすめ、薩摩の人斬りは思わぬ空振りに体勢を崩しかけた。


 近藤は鼻をすすり上げながら続ける。


「示現流は最初の一撃が一番怖いんだから、本当に気を付けなさいよ!」

「ちぇすとお!」

「ぶぁっくしょーん!!」


 新兵衛魂身の二撃目も同じ結果となった。これには総司たちと同じく新兵衛の目も丸くなった。流石に薄気味悪くなったのか……田中新兵衛は刀を担いで踵を返し、首をかしげながら去っていった。


「どこ見てるのよ!ほら、もし後ろから新兵衛が来てたら、あんたたち、とっくに微塵切りにされてるわよ!」


 アルマーニのハンカチで鼻を拭きながら注意する近藤の背後を、三人は必死に指さしていたが、近藤が振りかえった時には新兵衛は角を曲がっていた。三人の剣客は、これを呆然と見送るしかなかったのだ。


「何よ?どしたの?わざわざ、私を振り返らせるなんて、アラン・ドロンでも歩いてたの?」


 近藤さん……あなたは本当に気付いてないのか!?

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