第4話 負われてみたのは、斉藤さんの背中

 TV画面が暗闇に沈み、中央に輝く星が現れた。


 星の中から炎の尾を曳いて、タイトル文字が一字ずつ流れ出し、決められた位置を占めて行く。文字が揃うとキラリと光りながら、金属的な質感のタイトルに変わっていった……


 『幕末人斬り伝』


 徳川300年の平和が培った技、EDOの木版職人=彫り師・摺り師たちの、技術の結晶だ。


 重い銅鑼の音に続いて、壮麗なオルケスタが奏でるメイン・テーマ……作曲は『坂本竜馬』と出る……ああ、流石は『世界の坂本』だ……坂本さんはいろんな才能を持っていらした……僕には刀だけだったなあ……と思うと、うっすら涙が浮かんだ。


 ……植木屋の源さん一家も、近所の神社で開かれている明治時代到来祝賀祭典に出かけ、家には総司が一人きりだった。灯りを消して観ていると、ブラウン管の放つ光が障子や襖を赤や青に染めてゆらめく。


 そういえば、孤児院のまかないのお婆さんが占い好きで、僕が院を出る時に、手相を観てくれた。お婆さんは、顔の皺を深くして溜め息をつき、僕を見つめて言ったっけ。


「……総司、耳にやさしい嘘と、厳しい本当と、どちらを聞きたい?」

「どんな事でも本当の方を聞かせて。」

「お前は20歳にはならない。美しいまま此の世からいなくなる……そして、お前の名前は、後の世まで語り継がれることだろう。」

「それが、僕の運命なんだね?」

「そうさ。短いけど、お前は精一杯生きて行く。ぼんやりしている暇はないよ。」


 わかったよ、ありがとう……と、その時の総司は答え、ぴょこんとお辞儀をして、まだ明けやらぬ峠の一本道を去って行った。


 柱時計が(午後10時)を告げる。明日は20才の誕生日……ああ、そうか、僕は今日の内に死んでしまうのだ……


「おーい、総司。寝てるのか。」


 追想は、斎藤さんの明るい声で中断された……縁側から聞こえてくる。


「……はい。」


 障子を明けると斎藤さんがいた。月代を綺麗に剃り上げ、浅黄に白のだんだら模様、新選組の隊服に身を包んだ新選組三番隊隊長、斎藤一その人がいた。


 何もかも昔のままだ。


「何してる。ぼちぼち行くぞ支度しろ。総司の出番まではまだあるが、いろいろ用意もある。」

「どこへ行くんですか?」

「寝ぼけてるのか?イゾーに会いに行くんだろ。」

「……!……はい!」

「寝巻きで外に出る訳にもいくまい、隊服は局にある。」


 斎藤さんは冗談のいえる人ではない。

 そうか……こんな大事な事を忘れるなんて!


 大急ぎで寝巻きの紐を解き、着物に着替えようとする沖田総司の裸の上半身が薄暗くなった部屋の隅で、あくまでも白く燐光を放つが如くにぼうっと浮きあがった。熱がひどいのだろうか、ゆらゆらと陽炎の如く、総司の身体から立ち昇るものを感じて、斎藤は目を細めた。


 美しい。


 最後まで美しくいられる事は、この少年にとって幸せな事なのだろうか?


「出来ました。」


 着替え終わった総司の呼吸に僅な乱れを感じた斎藤は、くるりと玄関を向いて腰を屈める。


「乗れ。」

「え?」

「いいから、乗れ。急ぐ。」


 総司が、おずおずと体重を預けてくる。

 その軽さに先程から溜まっていた涙が頬を伝った。

 その熱さに心臓の鼓動が速くなった。


「行くぞ。……しっかり掴まっていろ。」


 わざとぶっきらぼうに言い放つや、獲物を追う狼のように斎藤は駆け出した。胸のうちにたぎる叫びを堪え、その眼から滝のように流れる涙が、背中の総司に気付かれぬ事を祈りながら、大晦日のような賑わいを見せる夜の街を、渋谷の放送局目指してひた走る。


 ……小さいながら手入れの行き届いた庭に静けさが戻り、布団ばかりが残された離れに、電源の入ったままのTVからジョン万次郎の声が響いていた。


 生放送特有の緊張感がスタジオに張り詰めている。これから前代未聞の三元中継の2時間大河生ドラマが始まる。しかも登場人物は全て本物を使う。いくら本物といっても素人だ、放送や演技の決まり事も知らない。さらに、ここ渋谷の大江戸TV第1スタジオに集結した裏方たちの半分は50年の伝統を誇る大江戸TVの生えぬき達ではなく、明日から、正確にはこの番組のクライマックスあたり、午前0時からこのスタジオの主となる、明治帝国放送協会=MTHKの長州人たちだ。


 2階の調整室で煎茶をすすっている桂小五郎MTHK会長の視線を伺いながら、脚本書きの綾ちゃんが、心配そうな顔を向ける。甚五郎はヤタガラスのマークの入った熊野エレキテル・インダストリー製のTV撮像機をぽんぽんと指先で叩き、にっこり笑ってみせた。


"このカメラと俺のカメラさばきが、あんたを裏切った事があるかい、大丈夫、大船に乗ったつもりで俺に任せな。"


 そう言ったつもりだ。


「十秒前!」


 時計係のお七っちゃんが素っ頓狂な声を出す。

 落ち着け、落ち着け……。

 甚五郎の覗いた照準器の中心に、ジョン万次郎の顔が収まった。


「七(なな)、六(むう)、五(いつ)・・・」


 三から一までは指の数で示して、お七っちゃんの指がジョンの顔を指した。

 ジョンは、まっすぐにカメラを見つめて話し始めた。

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