第二部:第二章 ラスボス再び!
「おーっほっほっほ! ここで会ったが百年目ですわ白髪娘! 今日こそワタクシが宿すワルの力の前に屈服させてみせてさしあげますわ!」
「それはこちらの台詞です! 今日こそその悪の魂を、私が宿す正義と情熱とあと物理的な力で叩き直してあげます!」
頭にキンキンと響く高笑いと自称正義の雄たけび。
昨日の戦いから一夜明けた翌日。いつものように登校した俺は、いつものように始まった史上最もどうでもいい正義とワルの戦いを前に深々とため息をついた。
「毎朝毎朝、よくも飽きないなお前らは……」
「おーっほっほっほ! いつの世もワルは不滅! そして今日こそは竜ヶ崎徹さんの中で眠るワルの魂を目覚めさせて見せますわ!」
「ねぇよ、そんなモン」
「そうです! 徹さんの中で眠るのは絶対不変の正義の魂! それは絶対的ピンチの時に目覚めて私との絆を糧に奇跡と感動の嵐を巻き起こすのです!」
「お前一人でピンチになってろ」
疲れた声で突っ込んでやるが、ヒートアップした正義馬鹿とワル馬鹿はまるで聞いちゃいない。そのまま睨み合った二人は「ひょー!」だの「くわー!」だのと叫ぶと、おおよそ人間には出来ないはずの曲芸を繰り広げながら教室でドッカンドッカンと派手にぶつかり合う。
「今日も派手だねー」
その様子にクラスメイトから呑気な声が上がる。
幾ら現実離れした光景だろうが、毎日繰り返されれば人は慣れてしまうものらしい。今じゃ鬼龍院がやってきた途端、机を自主的にどけてみんなで観戦モードに入る始末だ。
「ああ、鬼龍院さん。今日も美しい……」「今日はなんでぶつかってるんだっけ?」「前はお昼を一緒に食べるとかだったよね」「今日はどっちが一緒に竜ヶ崎と帰るかを決めるらしいぞ」「つまり竜ヶ崎が悪いと」「やっぱり庭に埋めるしか……」「濃硫酸ってどこで買えたっけ?」「なんでそうなるんだよ!?」
最後のは俺の悲鳴だ。
あまりにも理不尽なその結論に思わず教室の天井を仰ぐ。くそ、なんであのアホどもの激突で俺の評価が下がるんだ……!?
「おーっほっほっほ! これで止めですわ! お食らいなさい、鬼龍院古武術〈
「正義は絶対に負けません! いきますよ、超必殺ブラスパァァァァァァァァァァァァンチ!!」
「はぁい、みなさんおはようございます。今日はですねー、なんと驚いたことに新しい転校生が入って――って、ぴゃあああああああっ!? きょ、教室が世紀末に!?」
鬼龍院の謎の必殺技とブラス適当極まる超必殺技が激突し、互いにクロスカウンター気味に入ったその一撃でそれぞれ近くにいた生徒と机もろとも吹っ飛んだその時、扉を開いて先生が入ってきた。小柄で童顔な先生の瞳が一瞬で絶望に変わる。
「あ、あまちゃん。おはよー」
「おはようございます。……じゃ、ありませんよぉぉぉぉぉぉぉぉっ! ききき鬼龍院さん、りゅりゅ竜ヶ崎さん! お願いです、これ以上の破壊行為は止めてください! 先生が謝りますから! 全部先生が謝りますから! アメリカの西海岸から東海岸まで無一文でヒッチハイクしながら謝りますからぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「バラエティ番組でも見てたんですか先生?」
意外なあまちゃんの生活力に驚いていると、むくりと鬼龍院が起き上がった。鬼龍院は真っ赤に染めた長い髪をばさりと払うと、仕方無さそうな顔で告げる。
「ふん、邪魔が入りましたわね。仕方ありません、今日はこのぐらいにしておいて差し上げますわ。ですが、覚えておきなさい。ワルはいつの世も不滅、ワタクシは必ずまた現れますわ! そう……具体的には明日の始業前に!」
「二度と来るな」
万感の思いを込めて俺は訴えるが、もちろんこの不良お嬢様が聞くはずも無く。
鬼龍院は「おーっほっほっほ!」といつもの高笑いをあげると、戦いを傍で見ていた不良メイドの少女を引き連れて教室から去っていった。
「くっ、いい拳ですね。ですが、この程度で私の中に燃える正義の炎が消えることはなく、ここから華麗な大逆転劇が………………あれ?」
そして鬼龍院が扉を閉めた頃、ブラスが妄言を吐きながら起き上がった。そして既に片付けの始まった教室を見て目をぱちくりさせる。
「徹さん、悪は滅びたのですか?」
「本気で残念だが滅んでない。それよりも、お前もさっさと片付けに参加しろ」
「人種差別が起きるのも、人間が原罪を克服できないのも全部、全部先生が悪いんですぅぅぅぅぅぅぅぅっ! 救世主の皆さんごめんなさいぃぃぃぃぃっ!」
「じゃないとあまちゃんが戻ってこなさそうだからな」
なんかそのまま世界を救う旅にでも出てしまいそうなあまちゃんを見ながら、俺は大きなため息をついた。
「え、えっとですね……今日はこのクラスに転校生が来ます」
そうしてたっぷり十分後。
綺麗に片付いた教室の中、ようやくパニックから立ち直ったあまちゃんが、開口一番にそんなことを言った。
「前にブラスちゃんが来たのにまた転校生?」
「そうですね。なんでも今日の朝に急に決まったそうで、転校生さんに会ったのもさっきが初めてです。だから詳しいことは何も分かっていないんですが……でも」
そこまで言うと、あまちゃんは大きな眼鏡の向こうできっと決意を瞳に宿した。
「例え、どんな生徒さんでもわたしたちのクラスメイトです。私は彼女を全力で受け止め、素晴らしい学校生活を送れるようにサポートします!」
『おお~』
そしてきゅっと小さな拳を握るあまちゃんに、教室からぱちぱちと拍手があがる。その光景に気付いたあまちゃんははっと我に帰ると、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。
「素晴らしいです! いい話です! 感動的です! どんな相手でも覚悟を持って受け入れる……形は違いますが、これもまた一つの正義といえるでしょう!」
「ああ、そうだな。いい話だな、感動的だな。それで、だ。ブラス」
「はい、なんでしょうか?」
「隠してることがあるならさっさと吐け。自供した方が刑は軽いぞ」
「え、なんでいきなり私は尋問されているのですか!?」
苦虫を噛み潰したような顔で迫る俺の姿にブラスが驚いた声をあげる。
いや、どう考えてもおかしいだろうが。こんな時期に二人目の転校生。しかも二週間前に転校生がやってきたクラスにわざわざ、だ。
「そんなお約束をやらかすのはお前だけだろうが」
「なぜか徹さんの中で私への評価が大変不当な気もしますが……いえ、私は何も知りません」
「嘘をつくなよ。お前には立派な前科があるんだからな」
「いいえ、本当に知りません。仕込みもトリックもやらせも何にもありません」
ずいっと迫る俺に、しかしブラスはふるふると首とアホ毛を横に振った。
こいつの仕込じゃない? ってことは。
「今度こそマジな転校生ってことか? だったら心配は……」
「いいえ、そうとも言い切れません」
安堵しようとした俺の言葉を遮って、ブラスが首を横に振った。そしてやおら立ち上がると、驚く俺の前で堂々と叫ぶ。
「こんな時期にやってくる謎の転校生……それはきっと私たちのライバルです!」
「ねぇよ」
即座に突っ込んでやる。
なんだ、その飛躍しまくった発想は。
「いいえ、それこそが運命、そしてお約束! この場合、やってくるのはクールなライバルか、それか一見温厚そうで私たちと親友になろうとするスパイか……いいえ、意表を突いて敵のラスボスとか!」
「ラスボスはこの前倒しただろうが。今頃、家でせんべい齧ってる奴を」
「あれが最後のラスボスとは限りません! そう、例えば異次元の侵略者とか地底帝国の復活とか銀河連邦からの使者とか! あ、平行世界の自分という設定も捨てがたいですね!」
「捨てちまえ、そんな設定」
いつものように暴走し始めたブラスを放置すると、俺はあまちゃんに向き直った。
一通りクラスメイト達から称賛を受けたあまちゃんは、こほんと咳払いすると改めてみんなに向かって言う。
「では、遅くなりましたが転校生さんに入ってきてもらいましょう。はい、もう入ってきていいですよ」
「――失礼する」
あまちゃんがそう声をかけると、静かな声と共に教室の扉が開いた。そしてその向こうから件の転校生がその姿を現して――みんなからどよめきがあがる。
それほどに、彼女は美しかった。
陽光を受けて輝くツインテールの黒髪は鴉の濡れた羽のように艶めき、その美貌はまるで氷を削りだした彫刻のよう。そして学校指定の制服を押し上げるのはこれでもかというぐらいに見事なスタイル。誰もがその姿に揃って息を飲み、ブラスが「なるほど、こうきましたか」と妙に感心し、そして俺はと言えば――あまりの衝撃に机に突っ伏していた。
そんなカオスな空気が流れる中、そいつは手渡されたチョークで流れるように自らの名前を黒板に綴ると、くるりと振り向いて無表情のままこう告げた。
「竜ヶ崎ブラスタだ。よろしく頼む」
「何やってんだ、お前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます