第3話 可愛いあの娘は超機生命体!?

俺は戦っていた。

舞台は宇宙。守るは地球。迫る相手は無数の敵。

ありとあらゆる敵がいた。宇宙怪獣、宇宙恐竜、悪の宇宙人、異次元人、生物兵器に巨大メカに復活の邪神……しかも敵が多すぎて宇宙が見えない。敵が七分に宇宙が三分ってぐらいだ。

俺は全力で戦った。パンチとかキックとか飛び蹴りとか正拳突きとか頭突きとか噛み付きとか毒霧とか凶器攻撃とか必殺ビームとか地球破壊爆弾とか、とにかく色んな攻撃方法で戦った。戦って戦って戦い抜いた。

だが、敵は無限だった。次々と現れる増援。増援。増援。増援。増援――……。

もうとにかくゲームバランスがおかしいんじゃないかってぐらい敵が無制限に湧いてきて、やがて俺の体力も気力も限界に達しようとしていた。

「こんなところで負けてたまるか……っ!」

俺の後ろには地球がある――そのことを思い出して気力を振り絞ると、目の前の宇宙円盤を殴り飛ばして再生怪獣を蹴り飛ばす。

だがそこへ、止めとばかりに巨大な隕石が襲い掛かってきた。しかも二つも。

あんなものが落ちたら地球は終わりだ……!! 咄嗟に俺はそれを受け止めた。けど、疲れきった身体には殴り返すだけのパワーは無く、俺は二つの隕石に挟まれたまま地球の大気圏へと落ちていった。

「た、たかが石ころ二つ、押し返してやる……!!」

などと必死に叫んでは見るものの、その質量は圧倒的。やがて大気が灼熱を帯び、俺は一筋の流星となって地上へと落下して――巨大な爆発が地球を襲った。それは環境の激変を引き起こし、やがて人類は地球と宇宙に分かれて戦争を――。

「――って、幾つのアニメをパクってんだよ、おい!?」



その自分自身の突っ込みで俺は目を覚ました。視界には見慣れた自分の家の天井が見える。どうやら、いつの間にかリビングのソファーで眠っていたらしい。

「ゆ、夢……? ――むぐっ!?」

ほっとした瞬間、何か柔らかいものが二つ顔面に押し付けられた。それは俺の顔を挟み込むと窒息させる勢いでさらに圧し掛かってくる。くそ、さっきの変な夢はこいつのせいか!

「邪魔……だっ!」

息の根を止められる前にそれらを押し返すと、その向こうに人の顔が見えた。どうやら誰かが俺の顔に覆い被さっていたらしい。

ったく、誰だこの女は。満足そうな寝顔で涎を垂らしながら人の顔にでかい胸を乗せやがって――。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

思いっきり鷲掴みにしていたモノの正体に気付いた瞬間、俺は胸ごと謎の少女をぶん投げた。ぽーんと宙を飛んでどすんころころと床を転がった少女は「はう……?」と眠たげに目をこすると、何事も無かったかのように起き上がる。

「あ、徹さん……おはようございます~……」

「お、おおおおおまっ、お前っ!?」

「すいません。どうも融合した影響か徹さんが眠ると私も眠たくなってしまいまして……」

眠たげに目を擦りながら少女がふわあ、と可愛らしく欠伸をする。向こうは大変落ち着いてらっしゃるようだが、俺ははっきり言って大パニックだ。家にまったく知らない人間がいたこともそうなんだが……目の前にいたのは、はっきり言って物凄い美少女だった。

年齢は多分、俺と同じぐらい。けどその顔は俺と違って芸術みたいに整っていて、そのくせどこか幼さとあどけなさを残していた。ポニーテールにまとめられた綺麗な髪は陽光を受けて真っ白に輝き、おでこの上には一本のアホ毛がびょんとはねている。

見るからに知り合いでも日本人でも普通の人間でもない。コイツは一体――!?

「いやー、それにしても徹さんが変身を解いた瞬間に気を失って倒れてしまった時は驚きました。何度か身体検査をしましたが、どうやら変身酔いを起こしてしまったみたいですね。元々人間には無い感覚器官とかも使用しているので無理も無いのですが、ちょっと配慮が足りませんでした。すみません。ですがこうしてお元気になったようでよかったです。お借りした鍵はテーブルの上に置いてありますし、スーパーの袋は回収して冷蔵庫に入れておきました。あ、そうです。アンパンを冷やしてありますが食べますか?」

まるでマシンガンの如くまくし立てた少女はうきうきとした足取りで冷蔵庫に向かうと、勝手知ったる人の家といった風情でアンパンを二つ取り出した。

「やはり、正義の味方はアンパンですよね! はい、どうぞ!」

屈託の無い笑顔でアンパンが差し出される。何となく受け取ると、少女は呆然とする俺の前でちょこんと正座してよく冷えたアンパンを頬張り「ああ……アニメで食事シーンが出てくるのはこういう感じなんですね……この自然な甘さにパンのしっとり感、そして程よい冷たさ……ハーモニーって言うのでしょうか。私、半分は有機生命体でよかったです……」などと何やら感動していた。

「…………お」

「お――がす?」

「お前、誰だ!?」

アンパンを握り潰しながら俺は叫んだ。少女はきょとんとした顔で俺を見つめると、右を見て左を見て上を見て下を見て、そしてようやく自分自身を指差した。

「私ですか?」

「お前以外に誰がいる!」

「はて、徹さんはよくご存知のはずですが」

もぐもぐとアンパンを詰め込んで頬を膨らませながら少女が首を傾げた。くそう、小動物みたいで可愛いな!

「昨日も二人であんなに熱い戦いをしたじゃないですか」

「お、俺が!?」

あっさりと告げられたその衝撃的事実に、俺の頭が真っ白になった。

いや、ちょっと待て竜ヶ崎徹。これはどういう意味だ? 冷静に、冷静に考えろ。

まず、俺はいつの間にか眠っていた。

そこにこの少女が一緒にいた。

そして二人で『熱い戦い』を過ごした。

さぁ、ここから導き出される結論は――!?

「お、俺は知らないうちになんて取り返しのつかないことを……! しかも覚えていないとか勿体無さ過ぎるだろ! せめて、せめて記憶があれば……っ!!」

「記憶……ああ、そうでした。あの後、徹さんは気絶されたんでしたね」

「気絶するほど激しかったのか!? 初めてだったのに!?」

人生最大の記念すべきメモリアルを逃して滂沱と悔し涙を流す俺の前で少女はもぐもぐごくんとアンパンを食べきると、何かを納得したようにぽんと手を叩いた。

「そう言えば、この身体を作ったことをご報告していませんでしたね。徹さんとは一つになっているものですから、どうにも説明した気になっていました」

「やっぱり一つに!? うおおお、思い出せ俺!! せめてその断片だけでも!!」

ごろごろと床を転げ回り悶絶する俺に少女は「いやー、うっかりしていました」などと朗らかに笑うと、口元にあんこをつけながらこう述べた。


「私、ブラスです」


「…………………………は?」

その名前が一瞬、脳内で結びつかなかった。

「銀河連邦所属、外宇宙警備用がいうちゅうけいびよう自律型じりつがた超機生命体にして地球の平和を守る正義のヒーロー、超機英雄ブラストールの頭脳と機能を司る方のブラスです!」

「ぶらすと……ってまさか、あの光の球か!?」

「はい」

指を突きつけて叫ぶ俺に、目の前の少女――ブラスはあっさりと頷いた。

「お前、よく分からない光の球じゃなかったのか!?」

「あれは徹さんとの対話用に作り出した、いわゆるイメージ映像です」

「なら……こっちが本当の姿なのか?」

「それも違います。これは分離した私の意識を収めるための有機生命体モジュールです。平たく言うと、人間の身体ですね」

そう言うとブラスは立ち上がってくるりと回転した。屈託の無い笑顔も、日の光を浴びて輝く白い髪も、日本人離れしたかなりメリハリのある身体つきも、まさしく人間の少女そのものだ。十人に聞けば百人が絶世の、と付けるだろうが。

「私の本当の姿は金属質のアメーバ的群体生物です。見た目だけですと水銀が一番近いでしょうか? もちろん、アメーバとは全然違う極めて高度な生命体なのですが」

「想像がつくようなつかないような……」

「まぁ、本当の姿と言っても実際はイメージできるどんな姿にも変わることが出来ます。昨日の変身した姿――惑星防衛用わくせいぼうえいよう特殊戦闘型とくしゅせんとうがた超機生命体モジュール〈超機英雄ブラストール〉もその一つです」

そう言って再びちょこんと正座したブラスに、俺は暫く考えた後に答えた。

「…………ようするに、なんでもアリってことか」

「はい、そうですね」

「もしかして、さっきの変な夢もお前の仕業か?」

「はい、睡眠学習です! せっかくなので眠っている間に徹さんを天才ヒーローにしようと思いまして! 無敵な鋼人の家族も使った由緒正しい方法です!!」

「勝手に人の夢に侵入するな!! それに全然変わったようには思えないぞ」

「はて、そんなはずは……あ」

こめかみに指を当ててぐりぐりしたブラスは、何かに気が付いて困った顔をした。

「……睡眠学習と間違えて、私の古今東西熱血ヒーローセレクション・超激闘ファイト編を放映していました」

「おい」

「ですが、やはりピンチを覆す姿はいつ見ても胸が熱くなりますね! あれ? でも、隕石は一つの筈なのですがどうして二つになったのでしょう?」

不思議そうに首を傾げるブラスに、俺は思わずその下にある部分を見てしまった。巨大な隕石に間違えるほどの質量と大きさがそこにある。

……いやいや。ちょっと待て、騙されるな竜ヶ崎徹。見た目が絶世の美少女でも中身は得体の知れない宇宙生命体だぞ。しかもヒーローマニアで常識知らずで、ついでに人の事をうっかりで殺しかけた奴で…………ん?

「そういやお前、女だったのか?」

「いえ、自己分裂が可能な超機生命体(わたしたち)には性別という概念はありません。いつでも分身(こども)を作ることが可能ですから、まぁ女性と言えなくもないですが」

「なら、その姿はどういうことだ?」

「これは徹さんの深層心理にあった理想の姿を元に構築してみました。どうでしょう、気に入っていただけましたか?」

「なんだと!?」

そのとんでもない発言に俺は愕然とする。確かに神秘的な白い髪も、綺麗に纏められたポニーテールも、凹凸のはっきりした体も、少し幼さを残す顔つきも、全てがはっきり言って好みにどストライクだ。これがグラビアアイドルとかだったら全財産はたいても雑誌を買い占めて家宝にする自信がある。あるんだが……。

「深層心理を覗いた……だと?」

「パートナーとしてやっていくからにはお互いの好みなども知っておかなければなりませんからね。それに外見程度で徹さんに嫌われても仕方ありませんし、ここは手っ取り早く深層心理を覗いて理想の姿を作って見ました。そう、こうしてお互いを理解することにより好感度が上昇し、その絆の力によって新たな力を得るフラグが立つのです!」

「そうか。ちなみに俺の中でお前への好感度はだだ下がりだぞ。フラグも全部へし折れたし、絆も消えた」

「何故に!? 覗いたのは深層心理だけで、記憶には一切触れてません!」

「どっちだろうが性質が悪いことには違いねぇよ!! いいか、二度と人の記憶を覗くな! 深層心理だろうが何だろうが全部だ! そもそも、お前は俺と融合しているんじゃなかったのか!?」

「してますよ」

そう言うとブラスは俺の胸を指差した。

「私の本体は現在も徹さんと素粒子レベルで融合しています。ですが一つの身体に二つの意識が混在していると色々と不便がありますからね。人にはプライバシーというものがありますし、私はその辺りにも配慮できる優秀な超機生命体なのです!」

「プライバシー以前に常識に配慮しろよ。しかもなんで人間なんだ?」

「目立たないようにです!」

えっへん、と大きな胸を張る絶世の美少女。

「お前は目立たないという言葉を辞書で引いてこい」

「何故ですか!?」

がーん、という書き文字が見える気がするほどブラスが驚愕する。なんで目的は間違っていないのに大事なところが全部間違ってるんだよ、このトンデモ生命体は。

「ったく……焦った俺が馬鹿みたいじゃねぇか」

十八歳未満お断りな妄想を繰り広げていたさっきまでの自分を殴ってやりたい衝動に駆られつつ、俺はソファーから立ち上がった。そしてふと自分の身体を見下ろす。

どうやら治療はうまくいったらしい。痛みも怪我の痕も無いし、変わったところは一つも無い…………できるならついでに顔も直してもらえばよかったか……?

「徹さん、それは整形という分野に入りますし、それ以上怖くすると銀河連邦法に引っかかる恐れもありますので……」

「だから勝手に人の心を読むんじゃねぇ! あと誰の顔が法律違反だ!?」

吼えてやるとブラスが「ひぃ!」と怯えた顔でソファーの後ろに隠れた。

俺の顔は宇宙基準で見ても凶悪なのか……。

「はぁ……まぁ、お前が本当は宇宙人だろうが機械だろうがアメーバだろうがそれはどうでもいい。俺の体も治ったみたいだし、後は俺の関係無いところでやってくれ」

「そうはいきません。何故なら、敵の狙いはこの玉鋼市なのですから」

「は?」

聞き返す俺に、ブラスは立ち上がると拳を握り締めて力説した。

「軌道計算、非ノイマン的推論法、悪魔による未来予測(ラプラスデモンフューチャリング)、その他諸々の検証と私の勘の結果、敵の狙いはこの玉鋼市だということが判明しました」

「なんでだ?」

「分かりません!」

「おい」

力強く叫ぶ馬鹿を半眼で睨む。だが、ブラスはくじけずにさらに説明を続けた。

「ですが巨鋼獣がこの地に現れたのが何よりの証拠! 私は地球の人々を守るために戦わなければならないのです! それに!」

拳を握り締めて瞳の中に正義の炎を燃やしていたブラスはこちらを振り返った。

「私と徹さんは素粒子レベルで融合していますのですぐには分離できません。それなりに時間がかかります」

「どのぐらいだ?」

「この星の時間で言うと三千二百万秒ほどです」

「………………………………日本語で頼む」

「全て日本語なのですが……平たく言うと一年ほどですね」

「い、一年!?」

思いがけない数字に俺は一瞬気が遠くなった。その間、ずっとこの不可思議生命体が付きまとってくるのかよ!?

「そういうわけで、徹さんには引き続きご協力をお願いします!」

「拒否権無いだろうが……」

その面倒と大変さを考えた俺はぐったりとソファーに倒れこむ。

と、その瞬間、ブラスの体内からやけに熱血的な音楽が聞こえた。

「な、なんだ? また敵か!?」

「いえ、タイマーです。そろそろ『風神(ふうじん)顕現(けんげん)フウライガー』が始まる時間ですね!」

こいつ、腹からタイマーを鳴らすのか……などと理想の美少女像がみるみる崩壊していく俺を尻目に、ブラスは嬉しそうな顔でテレビの電源をつけた。

しかしお目当てのヒーローアニメには若干早く、その前にやっているニュースが映った。その中でお馴染みのニュースキャスターのお姉さんが、いつものように淡々と今日のニュースを並べていく。衛星放送用の人工衛星が消失……軌道上で激しく動く光を目撃……突然現れた巨大隕石にカルガモの赤ちゃんが生まれたなどと様々なニュースが並べられる中、今日一番の注目ニュースが表示された。

『では、次のニュースです』

ニュースキャスターなのに淡々とした喋りと冷たい表情で一部からマニアックな人気を得ているお姉さんが原稿を読み上げると、画面にテロップが浮かぶ。

内容は『宇宙人の侵略か!? 街中に突然現れた巨大ヒーロー!?』……って、まさか!?

「おおっ! 私たち、結構映りがいいじゃないですか♪」

嫌な予感がした瞬間、画面一杯にブラストールの姿が映し出された。きゃっきゃと喜ぶブラスとは対照的に俺の顔はどんどんと青ざめていき、やがてニュースキャスターのお姉さんがやはり淡々とニュースを読み上げた。

『昨日の午後、玉鋼市内に現れた謎の巨人は奇怪な叫び声を上げると、突然姿を消しました。こちらがその叫び声の映像です』

「まさか……」


『超機英雄――ブラストオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォルッ!!』


「おーっ♪」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

拳を振り上げて可愛く喜ぶブラスの後ろでこの世の終わりみたいな悲鳴を上げた俺は、リモコンを取り上げると反射的にテレビの電源を切った。

「あ、何をするんですか!?」

「やかましい!! こんな全国レベルで俺の恥辱が……ううう」

「あの姿を見て徹さんだと分かるのは私以外にいないと思いますが」

「気分の問題だ!」

そう言うと俺は床に崩れ落ちた。多分、自分の黒歴史を全国放送されたらこんな気分になるんだろうな……。

「ううむ、どうにも徹さんにストレスがかかっているようですね」

「誰のせいだ、誰の」

「ですがご安心を。これからは私が二十四時間いつでもサポートいたしますので!」

「お前はそんなに俺の胃袋に穴を開けたいのか……二十四時間?」

今日何度目かの嫌な予感に恐る恐る聞き返すと、ブラスは再びえっへんと胸を張った。

「私は完徹もオーケーな超機生命体ですから、いつでもどこでも何度でも徹さんをサポート致します! もちろん掃除洗濯、料理もお任せです。どれも実戦は初めてですが!」

「その言葉のどこに安心があるのか詳しく説明してみろよ」

「そんなわけで今日からご厄介になります。よろしくお願いします!」

「本当にお前は人の話を聞かねぇな……今日から家に住むとかそんなことはどうでもいいから常識を――――って、んなわけねぇだろ!? 何言ってんだお前!?」

思わずノリ突っ込みした俺に、ブラスは当然だと言わんばかりに頷いた。

「ブラストールに変身するためには私と徹さんが一緒にいないといけません。なので私が一緒の家に住むのは当然です!」

「どこの何が当然だ! そんなこと認められるか!!」

「何故でしょうか?」

「な、何故って……」

「私たちは悪の宇宙人から地球を守ることができる唯一無二の正義のヒーローです。そんな私たちが一緒にいることはごく自然であり、当然の帰結では無いでしょうか?」

心底不思議そうな顔でずいっとブラスが迫る。見た目だけなら絶世とも呼べるその顔が俺を覗き込み、脳髄に響くような甘い香りが鼻をくすぐる。なんだこれ……何かやばい粒子でも放出してんのか……!?

「ま、待て! いいか、お前は変な宇宙人でも女だし、俺は男だぞ!?」

「宇宙人では無く超機生命体です。それに、この星では男女が一緒に生活するのは生物学的にも歴史的にも法律的にも現在社会を見てもおかしくはないと思うのですが」

「い、いや、それはだな……」

詰め寄るブラスに俺はしどろもどろな言葉を返す。確かに男女が一緒に暮らすことは何もおかしくない。だが、この状況は明らかにおかしい。というかヤバイ。

ここではっきり言っておくが……実は俺は女子とロクに会話したことが無い。理由は当然、この顔と噂のせいだ。そもそも昔から寄って来るのは俺を倒して名を上げようとする不良かヤクザかたまに警官で、そうでなかったら鬼龍院みたいな変人だけだ。

けど、俺だって一人の男子高校生だ。

枯れてるわけでも不能でも男が好きなんてことも無く、女子にモテたいとか付き合ってみたいとかマジで彼女欲しいとか考えたことは何度もある。

そんな俺のところにこいつが住む? 常識も羞恥心も何も無いようなこのアホ美少女生命体が? それはつまり色々と起こり得るってことで、例えば青春漫画的なあれとか、恋愛漫画的なそれとか、二次元ドリーム的なあんなこととか……待て、竜ヶ崎徹。それ以上はいけない!

俺は年齢制限がある書物や映像記録やその他色々から集めた思春期真っ盛りの妄想を振り払うと、気合を入れなおして目の前のブラスに向き直った。

「お、親父とお袋にどう説明するんだよ!」

「地球の平和を守る正義のヒーローですと言えば」

「俺の平和が壊れる!」

「私達はもう取り返しのつかない肉体関係と言えば」

「家族の平和が粉々だ!」

「徹さんと私は唯一無二のパートナーだと言えば」

「それならあの両親は喜んで協力を……って、親公認にしてたまるか!」

「これでも駄目ですか……困りましたね」

むう、とアホ毛を揺らしてブラスが考え込む。その時、ふとブラスは何かに気付いたようにリビングを見渡した。

「そういえば、そのご両親はどちらにおいでなのですか?」

「二人っきりで長期の海外旅行だよ。今はハワイにでもいるんじゃないのか」

もう二週間ほど音沙汰の無い両親を思い出して息をつく。生活費は預かってるし家事は無理矢理叩き込まれたから特に困ることも無いんだが、いきなり「臨時収入が出来たので二人で青春を取り戻してくる!」とか言ってそのまま出て行った時は流石に驚いたな。

「凄いご両親ですね……はて、どうして徹さんは付いて行かれなかったのですか?」

「二人きりで行きたがってたバカップルだしな。それに家には……って、まずい!」

その言葉にはっと気付いた瞬間、がちゃりと玄関の扉が開いた。続いて聞こえてくる足音に俺は背筋を震わせると、慌ててブラスに振り返る。

「おい、ブラス! 早くどこかに隠れろ!」

「い、いきなりどうしたのですか?」

「宇宙忍法でも変身でもワープでもなんでもいいから姿を隠せ! こんなところを見つかったら俺は――!!」


「あら、徹ちゃん。お客様?」


取りあえずブラスを庭先にでも放り出そうとした瞬間--俺の願いも虚しく、扉の向こうから招かざる災厄が姿を現した。

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