第4話 最強の生き物――それは姉!?
「人間の……幼態?」
荷物のように小脇に抱えられたブラスが首を傾げる。確かに、顔を出したのはどう見ても小学生ぐらいにしか見えないちんまりとした少女だった。背丈は俺の腰ぐらいまでしか無いし、発育も顔立ちもその辺の小学生にしか見えない。しかし――。
「は、早かったな……」
「駅前のデパート、巨大怪獣が壊したとかで閉店してたの。でも、おかげで面白いものが見られたわ」
ブラスを抱える俺の姿に幼女はうふふ、と見た目に似つかわしくない微笑みを浮かべると、よいしょと背を延ばして荷物をテーブルの上に置いた。
「でも、あんまり女の子を誘拐してきちゃ駄目よ。幾ら彼女が出来ないからって、ねぇ?」
「違ぇよ!? しかも俺が常時誘拐しているかのように言うんじゃねぇ! あと、彼女が出来ない主な原因はあんただ!!」
「ええと、こちらの方は? 見た感じですと人間の幼体に見えるのですが」
「あら、若いだなんてそんな」
「いや、これは突然変異の若作り――げふぁぁぁぁぁぁっ!?」
俺が言い終わらないうちに、どこをどう移動したのかまったく見えない歩法で近づいてきた幼女が俺を投げ飛ばした。体重が二倍どころか三倍近く違う俺をどう投げたのか、もう何万回も投げられているがさっぱり分からない。
ぐるんと一回転して床に叩き付けられた俺は、何とか起き上がるといつの間にかブラスを回収してソファーに座らせていた見た目は幼女、中身は怪物に向かって叫んだ。
「だから、何も言わずに投げんなって言ってんだろうが、姉貴っ!!」
「え!? 徹さんの……お姉さん!?」
「
うふふと微笑む幼女に、ブラスはソファーから飛び上がると「こ、こちらこそよろしくお願いします!」と正確な斜め四十五度の角度でお辞儀をした。
「はー……これが徹さんのお姉さんですか………………人間の姉弟というものは遺伝子的に相似だと聞いていたのですが」
「私の身長や発育は全部徹ちゃんに取られちゃったの。でも、代わりに私は徹ちゃんから顔の良さを貰ったのよ」
「なるほど、それでこのような無残な結果に」
「おう、ちょっとこっちこいや宇宙人」
俺はブラスを抱えてリビングの隅に移動すると、懇切丁寧にこの星の礼儀を説明した。
やがて「すいませんごめんなさい反省しますのでどうか許してあっ痛い痛い痛い!」という真に喜ばしい答えが返ってくる。肉体言語ってのはどこの問題児にも効くんだな。
「うふふ、本当に徹ちゃんのお友達なら歓迎しなくちゃいけないわね」
「違う。誰が友達だ」
「そうです! 私たちは地球を守る正義のヒーローです!!」
「よし、もう一回こっちにこい」
もう一度宇宙生命体に地球の常識と礼儀を頭から物理的に叩き込んでいると、姉貴がうふふと楽しそうに笑った。
「こんなに騒がしいのは久しぶりね。徹ちゃんが不良になっちゃってから、誰も来なくて退屈だったし」
「……俺が不良呼ばわりされたのは誰が原因だと思ってんだ」
「だぁってぇ、あのロリコンがしつこかったんだもん♪」
怨念を込めて睨む俺に、とろけるようなロリ声で姉貴が答える。
そう、俺が不良扱いされたそもそもの元凶は、実はこの姉貴だった。俺がまだ中学生になりたての頃、頭のどこかがイカれてたのか姉貴を彼女にしようとした不良がいた。そいつは近所じゃ有名な奴だったんだが、姉貴は何をどうやったのかそいつを完膚なきまでに叩きのめしてしまいやがった。けど、姉貴はこんな見た目だ。当然、誰も信じてくれず、たまたま傍にいた俺がやったことにされてしまったのだ。
「俺じゃないって言っても誰も信じないし、俺を倒してやるって不良とか鬼龍院とか変な奴は寄ってくるし、おまけに姉貴まで面白がって俺のせいにしやがるし……!」
「だってお姉ちゃん、徹ちゃんをいじめるとぞくぞくしちゃうんだもん……」
「このど変態が!!」
外見に似つかわしくない発情した顔ではぁはぁと身体を震わせると、姉貴は実に楽しそうな顔でブラスに振り返った。
「ところで、あなたは徹ちゃんとはどんなご関係なの? 無理矢理連れ込まれた通りすがり? 街中でナンパされた世間知らずの外国の子? それとも肉奴隷?」
「なんで全部俺が無理矢理連れてきたのが前提なんだよ!?」
「あの、にくどれいとはなんでしょうか? 聞きなれない単語なのですが」
「聞くな覚えるなさっさと忘れろ! 姉貴も、うっかり誰かの耳に入れば国家権力を呼ばれそうな言葉を吹き込むんじゃねぇ!」
「だってぇ、徹ちゃんがモテるなんてことがあるわけないじゃない。クラスで未だにお友達の一人もできないんだし。ね、このぼっち野郎♪」
「ぐはっ!?」
ロリコン垂涎の笑顔で繰り出されたその致命的な一言に、俺は胸を押さえてのた打ち回る。くそ、いつもいつも人の心を単刀直入に抉りやがって……!
「お、俺だってな、ちゃんと努力してるんだよ!」
「どんな風に?」
「この前、昼飯に誘った! 何故か買ったばかりのパンを押し付けられたけどな!!」
「カツアゲね」
「体育のバスケの時に頑張って得点を取った! 後から考えると味方どころか敵からもパスを貰ってたけどな!!」
「裏工作ね」
「校舎裏に連れ込まれた奴を助け出した! なぜか不良たちの前に立って『こ、これ以上は止めてください! 彼らだって反省しているんです!』とか言われたけどな!!」
「悪の帝王ね」
うふふと笑う小学生顔の悪魔によって見事撃墜された俺はその場に崩れ落ちた。しかも昼飯の時は『こ、これで好きなものを買ってよ!』と言われて財布まで押し付けられたから完全犯罪が成立だ。
「ううう……間違ってる……俺の青春ラブコメはきっと間違ってるんだ……」
「ああ……打ちひしがれている徹ちゃんって素敵……♪」
半泣きでうずくまる俺を見て変態がはぁはぁと息を荒げる。その異様な光景にブラスが「あのー……」と手を上げた。
「もしかして、お姉さんは徹さんのことがお嫌いなんですか……?」
「そんなことないわよ。たった一人の弟ですもの」
「では、好きであると?」
「ええ、もちろん」
そう言ってにっこり笑う姉貴に、俺は思わず顔を上げた。そして何となく気恥ずかしくなって頬を掻く。……そういや、昔はよく姉貴に面倒を見てもらってたな。なんだかんだでずっと俺の味方でいてくれたし、ガキの頃は戦闘民族みたいなその強さに憧れもした。
そうだ、今もこうして俺を周到な手段で弄りはするものの、それも愛情表現の一つと考えりゃ多少は我慢も――。
「徹ちゃんのことは大好きよ。童貞を無理矢理にでも奪いたいぐらいに♪」
「アウトォ――――――――――――――ッ!!」
美しい思い出を根こそぎ全部ぶち壊しにしてくれた馬鹿姉貴を捕まえると、俺は慌ててその口を塞いだ。
「いきなりなんて冗談かましてんだ、この一親等!!」
「あら、冗談じゃないわよ。いつだって徹ちゃんを監禁して私だけのものにしたいとか、徹ちゃんの手足を折って部屋に閉じ込めたいとか、そろそろ既成事実を作ろうかしらとか、現在の法案を改正したいとか思ってるもの♪」
「頼むから冗談だと言え! むしろ冗談だと言ってくださいお姉様!」
「あの、ドーテーってなんでしょうか? 響きからしてなんかスーパーヒーローっぽいのですが!」
「聞くな! しかもなんでそこに食いついた!?」
「それを三十歳まで守ると魔法が使えるようになるのよ」
「魔法が!? 凄いです、徹さん! 私も徹さんのドーテーが欲しいです!!」
「やめろ、連呼するな! ご近所さんに聞かれてたらどうする! 交番はここから五分の所にあるんだぞ! あいつらうちの住所暗記してるんだぞ!!」
ご近所に通報されそうな大声で叫ぶ俺の姿に、姉貴は「ああ、恥辱に震える徹ちゃん可愛い……! お姉ちゃん排卵しちゃう……」などと発情した顔で身体を震わせると、やがて満足したのかころっと態度を変えてブラスに問いかけた。
「ところで一体何のお話をしていたの?」
「実はこの家に置いて頂きたいのですが、徹さんに反対されていまして」
「あ、おい!」
ブラスが素直に説明する。しかし、幾ら破天荒で変態な姉貴だっていきなりこんなことを言われりゃ――。
「この家に? いいわよ♪」
「やっぱりそう言うと思ったけどな!」
予想通りの展開だよ、ちくしょう!
ゼロコンマ数秒で決定を下した我が家の女王にして独裁者の姉は、絶望に沈む俺の姿をうっとりとした顔で眺めた。
「両親の留守中に女の子を勝手に家に上げて、しかもお泊りまでしたなんて知ったらお父さんたちからどんな制裁を受けるのかしら……ああ、この想像だけで一週間は夜のオカズには困らないわ……」
「もう嫌だ、こんな姉! 俺の姉がこんなに変態なわけがない! あのな、マジで親父たちが帰ってきたらどう説明するんだよ!?」
「もう取り返しのつかない肉体関係とかどう?」
「そのネタはさっきやった! そして俺が取り返しのつかないバッドエンド行きだ!!」
「じゃあもっと簡単に徹ちゃんの恋人とか」
「人外……いや、外人は射程外だ!」
「そう? この子、徹ちゃんの理想の彼女だと思うんだけど。ほら、机の引き出しの二重底の一番下に隠してあった『這い寄れ! 巨乳ちゃん』のヒロインに似てるし」
「ぶふおっ!? な、なんで知ってる!?」
「お姉ちゃんはなんでも知ってるのよ☆」
アニメみたいなロリ声で告げられた果てしなく恐ろしい宣言に、俺は愕然とした。
くそ、こんなことが無いように部屋どころか家の掃除はいつも全部俺がやってるのに!
「徹ちゃんって見た目と一緒で好みがマニアックよね」
「誰の顔がマニアックだ!?」
「徹さんの好み……あの、その話をもう少し詳しく」
「だから聞くな! ええい、とにかく駄目なもんは駄目だ!」
このままだと俺のプライベートどころかその裏の裏の裏まで根掘り葉掘り話しそうな姉貴からブラスを無理矢理ひっぺがす。すると、怒鳴られたブラスは暫く不思議そうな顔をしていたが――やがて顔を曇らせると、小さくため息をついた。
「いまいち理由が理解できませんが……徹さんがそこまで嫌がるのなら仕方ありません。私はここを退去いたします」
「…………え?」
「御用がありましたら、脳内で語りかけていただければ聞こえますので」
驚く俺の前でぺこりと頭を下げると、ブラスは何故かリビングの窓を開けて庭から出て行こうとする。がっくりと肩を落とすその背中には哀愁が漂っており、アホ毛も元気を無くしたようにへにょんと垂れ下がってしまっている。
「お、おい…………当てはあるのか?」
「いえ……ですが私は病気や空腹で死ぬことはありませんので、多分大丈夫かと」
「それって病気にかかったり空腹になるってことよね」
「ぐっ……」
何気ない姉貴の言葉が突き刺さる。
い、いや、ここで甘い顔を見せれば母屋を取られて俺の生活が……。
「あ、そうです。申し訳ありませんが庭にあるダンボールと新聞紙を少々頂いてもよろしいでしょうか? それだけあれば、きっと足りると思いますので」
「それで一体何が足りるんだよ!?」
「徹ちゃん、酷いことするわねぇ」
「し、仕方ないだろ。常識的に考えろよ」
何とか俺は反論する。だが姉貴はそんな俺を見つめると、はぁとこれ見よがしにため息をついた。
「でもね、徹ちゃん。こんなに可愛い女の子が……あら、この子の名前は?」
「普通は最初に聞くよな……ブラスだ」
「変わった名前ね。じゃあ、そのブラ子ちゃんが」
「いきなり変な渾名をつけるなよ。下着とかブラコンみたいだろうが」
「夜遅く一人でいたら、あんなことやこんなことをされちゃうと思わない?」
「え?」
思わず振り向くと、姉貴は荷馬車に乗せられて売られていく子牛を見るような顔でブラスを見つめていた。
「こんなアホ……いいえ、素直な子が夜の繁華街なんかにいたら、色々寄ってくるとお姉ちゃんは思うなぁ。それこそ常識的に考えて」
『ううう辛いです……地球の平和を守るのも楽ではありませんね……』
『おやおや、可愛いお嬢ちゃん。こんなところでダンボールと新聞紙にくるまってどうしたんだい。この優しいおじさんが助けてあげよう。げっへっへ』
『ああっ、なんと親切な方でしょう! ありがとうございます!』
『そうだよぉ、おじさんはとても親切なんだ。さぁ、おじさんと一緒にあのきらきらと看板が光ってるホテルへ行こう。とてもあったかいよぉ。お礼は身体で払ってくれればいいからねぇ。げっへっへ』
『肉体労働は得意です! わかりました、一緒に行きます!』
「行くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ふ、ふわいっ!?」
脳内で繰り広げられたピンクの妄想劇場に叫んだ俺に、ダンボールと新聞紙を漁っていたブラスがびくりと身を竦ませた。
「ど、どうしたのですか徹さん、敵の精神攻撃でも受けましたか!?」
「い、いや……」
心配そうなブラスから視線を逸らしつつ、俺は未成年は読んじゃいけない本から得た知識による妄想を必死に振り払う。
「信じて送り出したブラ子ちゃんが変態親父たちに見つかってあんなことやそんなことをされちゃうなんて……ねぇ」
「そのネタはもういい!」
耳元で囁く小悪魔を追い払うと、俺は暫く悩みに悩んで――。
「……おい、ブラス」
「な、なんでしょうか。別に見たいアニメが載っている新聞を選別していたわけでは!」
「それが目的か……」
がさがさと新聞紙を後ろ手に隠す姿に一瞬決意が鈍るが……やがて俺は崖から飛び降りるような心境で苦渋の決断を下した。
「………………………………………………………………うちにいてもいい」
「ほ、本当ですか!?」
その言葉にブラスの顔がぱぁぁぁぁぁっと輝いた。ついでに頭のアホ毛がまるで子犬の尻尾のようにぶんぶんと揺れる。
「あらあら、いいのかしら?」
「……仕方ねぇだろ」
はっきり言ってかなり不安だが、このままこいつを外に出してどっかで野垂れ死んだり、酷い目にあったり、むしろ他人に迷惑をかけたりしたらと考えると流石に後味が悪い。
それに、こいつ本人の性格や動機はどうあれ悪の宇宙人とやらに対抗するにはブラストールの力が必要だ。世のため人のためなんて言うつもりは無いが、俺の住んでる場所が破壊されちゃたまんないしな。
「ああ……そうやって理論武装で必死に自分を納得させる苦悩の表情がそそるわぁ……」
「だから人の心を読むな! とにかく、出て行かなくていい――」
「ありがとうございます、徹さんっ!」
やけくそ気味に叫んだ瞬間、ブラスが新聞紙とダンボールを投げ捨てていきなり抱きついてきた。本物の人間のように柔らかい身体と二つの隕石の如き質量攻撃が俺を襲う。
「だぁぁぁっ!? い、いきなりくっつくな!!」
「ですが、人間は親愛の情を表すときにはこうするものだと聞きました! あ、ハグではなくキスの方がよかったですか? 確か海外ドラマだとそうしていたのですが」
「きっ、きききキスだぁ!? するな! ここは日本だ! 時代劇を見ろ!!」
「おや、体温と心拍が急上昇しているようですが大丈夫ですか? はっ、これはもしや邪悪な風と書く病気、風邪では!?」
「大丈夫よブラ子ちゃん。徹ちゃんはちょっと欲情しただけだから」
「浴場? お風呂に入りたいのですか?」
「とにかく、だ!」
俺はブラスを引き剥がすと大きく深呼吸した。駄目だ、今のうちにきちんと釘を刺しとかないと地球よりも先に俺の理性が滅びる……!
「ここに置いてやる以上、俺の言うことはちゃんと聞けよ。あと、今みたいに抱きついたり人様に迷惑はかけるな。特に宇宙人とか変身とかの話は絶対に禁止だ、いいな」
「はい、了解しました! 大丈夫です、私は秘密が守れる超機生命体です!」
「ちょうきせいめいたいってなぁに?」
「それはですね、有機物と無機物が――」
「せめて一秒前に言った事ぐらい守れ、このアホ生命体!」
速攻で何もかもを台無しにしようとするアホの頭に拳骨を落とすと、俺はもう一つ重要な事を伝えた。
「あと、もし親父たちが帰ってきて出て行けと言ったら、その時は何がなんでも出て行ってもらうからな」
「大丈夫です。我々の正義の志はきっとご両親にも伝わります!」
「どこからくるんだよ、その自信は……」
さっきまでの凹みっぷりはどこへいったのか、ハイテンション気味に叫んだブラスはうきうきとした表情で呟いた。
「いやー、よかった。これで今日のフウライガーが見られます!」
「……一緒に住むって言い出したのはそれが理由か」
「…………あ」
しまったと言わんばかりに口元を押さえるボケ生命体の姿に今からでも商店街の裏路地に捨ててきたい衝動に駆られるが、それでさっきの妄想が現実になっても困る。
ああ、地球を守る使命ってのはこうも重いものなのか……なんて苦悩するヒーローみたいなことをぼんやりと考えていると、ふと姉貴がリビングの時計を見上げた。
「あら、もうこんな時間。ごめんね徹ちゃん、お姉ちゃんちょっと出かけてくるわね」
そう言っていそいそと準備して玄関に行くと、姉貴はふと俺を振り返った。
「帰りにうなぎでも買ってきてあげる。今ならぴったりよね」
「随分と奮発するな。暑いからいいけどさ」
「うふふ、この前の臨時収入の残りがまだあるのよ。それに今夜はブラスちゃんと頑張らないといけないでしょ? できればお姉ちゃんも入れて三人で――」
「言わせねぇよ!? さっさと行って来い、この変態姉貴がぁぁぁぁっ!!」
ご近所に聞かれたら一発で刑務所入りしそうな台詞を遮ると、俺は全力で姉貴を玄関の外へと投げ捨てた。
「居間でもお風呂場でも玄関でも自由に使っていいけど、使ったらちゃんと後始末しておいてね~」
「わかりました! けど、何に使うんですか?」
「それはもちろんナニに、よ。お姉ちゃん、二時間は戻ってこないから~」
「さっさと行け、ド変態!!」
「じゃあねぇ~」などと言って今度こそ出かけていった変態を見送ると、俺は速攻で玄関の鍵を閉めた。正直、このまま永遠に締め出してやりたい。
「徹さん、先ほどの言葉は一体どういう意味なのでしょうか?」
「気にするな、忘れろ。それよりも、だ」
何故か興味津々なブラスを一睨みで黙らせると、俺はリビングに戻ってソファーに座った。そして真面目な顔でブラスに向き直る。
「今、一体何が起きてるのか改めて聞かせろ」
「おおっ! 徹さんが遂に正義の志に目覚めてくれました!」
「とっとと問題を片付けて、お前に出て行ってもらうためだよ!」
それがよく考えた末の俺の結論。
結局、この問題を片付けるにはこいつの目的を達成させて宇宙に帰ってもらうのが一番手っ取り早い――そんな正義の味方とはかけ離れた俺の自己中心的な理由にブラスは感動すると、近くにあった座布団を持ってきてその上にちょこんと正座した。
「それでは、まずは背景的なところから――」
そしてブラスの説明が始まった――のだが、はっきり言って長い上にブラスが「どばーん!」だの「がきーん!」だの「その時、不思議な出来事が!」だの「恒久的平和維持活動を行う銀河系規模組織」だの「銀河連邦法第二十九条、許可無キ惑星干渉ハコレヲ禁ズ」だの、とにかく擬音と難しい言葉を交えて話すから分かり難いことこの上ない。
かろうじて理解できた範囲でまとめると、宇宙には銀河連邦っていう巨大な組織があって、それは色んな星の生命体とか文明とかを守るために日夜活動しているらしい。ようするに宇宙規模のお巡りさんって訳だ。
「――以上の理由により、銀河連邦はその星が抱えることが出来るレベルを超えた問題が発生したと判断した時、私のような守護者を派遣することがあるのです」
「その問題ってのが昨日の奴か」
「はい。正確には巨鋼獣を操っている宇宙人ということになりますね」
「目的はこの玉鋼市だって言ってよな……なんでこんな田舎を狙うんだ?」
自分で言うのも何だが、ここ玉鋼市ははっきり言って田舎だ。とても宇宙人が支配だとか観光だとか修学旅行だとかに来るような場所じゃない。
「それは分かりません。ですが、宇宙人の感覚は地球人とかけ離れたところもありますから、何か彼らにとって凄いものを見つけたのではないかと」
「感覚が……ああ、確かにな」
俺は目の前の感覚がぶっ飛んだ宇宙人の例を見ながら頷いた。
「で、その感覚がぶっ壊れた宇宙人は何を狙うんだ?」
「何故徹さんが激しく納得した顔で私を見つめるのかが不思議なのですが……そうですね、例えば地中に眠る新エネルギーとか、太古の地球人が残した遺産とか、あるいは古代の地球に降り立った宇宙生命体の残骸とか……あ、海中に封印された邪神とか、玉鋼市だけに生息する未知のウィルスとかもいいですね! 後は、何かの特異点があるとか、人々の集合的無意識が集まる場所だとか、大地の竜脈が集まる場所だとか!!」
「後半、お前の願望だろ」
爛々と瞳を輝かせて人の街に妙な設定を付け加えていくブラスはともかく、俺も色々と考えてみる。だが、そのどれもがまるでピンとこない。
「ああっ! 大事なことを忘れていました!」
「な、なんだ? やっぱりあったのか、宇宙人が狙うような何かが!?」
驚く俺に頷くと、ブラスはくるりと座布団ごと回転してテレビの電源を入れた。
「フウライガーが始まっています!」
「アニメかよ!? 思いっきり叫んだ俺が馬鹿みてぇじゃねぇか!」
「何を言うのですか! アニメや漫画、特撮などのエンターテイメントは地球が宇宙に誇ることが出来る一大産業ですよ!」
その瞬間、ブラスは座布団の上に立ち上がると猛烈な勢いで語りだした。燃える瞳で拳を振り上げ、一歩も引かない決意で俺に迫る。
「子供から老人、男性から女性、そして日本から世界まで! ありとあらゆるニーズに応え、夢や希望や友情や愛や努力や勝利の素晴らしさ、あるいは戦争の空しさや絶望の恐ろしさを学ぶことができる上に、ありえざる恐怖や戦いの悲惨さ、狂気までも楽しむことも出来るアニメ、いいえエンターテイメントに関するありとあらゆるものは非常に素晴らしいものなのです! 生きるだけなら単細胞生物にだってできますが、このような素晴らしいコンテンツを生み出せるのは地球に生きる人々だけなのです!! 特にジャパニィィィィィィィィィィィズッ!!」
「あ、ああ。わかった、俺が悪かった。ごめんなさい」
今にも掴みかかりかねない勢いでまくし立てるブラスに俺はとにかく謝った。どうやら天下のジャパニメーションはこんな未知の宇宙生命体にまで多大な影響を与えてしまったらしい。
「けど、お前宇宙人のくせに随分と地球の文化に詳しいな。考えてみりゃ流暢な日本語を話してるしよ」
「勉強しましたから! 私、実は任務は初めてなのですが、こんな素晴らしいものを作り上げる文明があったなんて本気で感動しました! あと、私は宇宙人ではなく超機生命体です! ……おっと、いけない。そろそろCMが明けますね」
すとんと座布団に正座しなおすと、ブラスは子供のような表情でアニメの再開を待つ。
だが、その瞬間――ブラスのアホ毛がびんと垂直にそそり立った。
「な、なんだ? 妖怪でも感知したのか?」
「ニュートリノを使用したセンサーです! どうやら敵が新しい巨鋼獣を送り込んできたようですね!」
「マジか! おい、場所はわかるか?」
「ええと……どうやら漁港沖三十キロぐらいのようですね」
ピコピコとアホ毛を動かしながらブラスが答える。玉鋼市で漁港といったら一つしかない、慌てて外に出ようとした俺をブラスが引き止めた。
「それでは間に合いません。ここで変身しましょう!」
「はぁ? 漁港まで行ってからでもいいだろ」
「何を言うのですか! 我々の変身が一分一秒遅れることで、被害が拡大するかもしれないのですよ!」
珍しくブラスが正論を述べる。いつも見当違いの方向にぶっとんではいるが、やっぱりこいつも宇宙のお巡りさんなだけあって地球の平和を守る意識を――。
「もうアニメは始まっているのに……許せません!」
「ああ、うん、そうか。後で俺の感動を返せよ」
急激に冷めていく俺の前でブラスが炎のように燃え上がる。
けどまぁ、ブラスの言葉に一理あるのも事実だ。ここからタクシーを拾っても漁港まで三十分は掛かるし、それでもし何かの被害が出たら後味が悪すぎる。
「仕方ねぇな……それで、どうやって変身するんだ?」
「まずは私の手を握ってください」
そう言って差し出されたブラスの手を取る。俺の手の半分ぐらいしかない小さな手は意外なほど柔らかく、そして人間のように暖かい。
「そして一緒に叫んでください。我ら二人の輝きが銀河を満たす! 右手に友情、左手に愛! 二つが交わり生まれるは新たなる
「それ本当に必要なのか?」
「いいえ、雰囲気です」
ごすっ。
「とっとと変身しろ」
「ううう……変身時の名乗りはお約束なのに……」
頭に拳骨を落とすと、ブラスは小声で抗議しながらも素直に変身することにした。やっぱり時間が無い時はこれに限るな。
「では、変ッ身!!」
今度はやけにあっさりとした叫びと共に、ブラスが空いている片手を空に掲げた。その瞬間、昨日見たような眩しい輝きが俺の視界を包み込み――気がつけば俺は変身した姿で近くの空き地に立っていた。
『その輝きは巨悪を砕いて正義を貫く! 我らの名は超機英雄――ブラストール!!』
「声が大きい! ご近所に聞かれたらどうする!」
ご近所どころか街中全てに響くような声で叫ぶブラスに抗議する。だが、ブラスは変身してテンションが上がっているのか、若干興奮した声で叫んだ。
『さぁ、行きましょう! 人々が正義を待っているのです! 漁港に向かって思いっきり跳んで下さい!』
「跳ぶって、ここから漁港までなんて跳べる筈が――って、うおおおおおおっ!?」
言われるまま軽く跳んだ瞬間、俺は物凄いスピードで空中に飛び出した。一瞬で街が遠くなり、そして地面が見る見るうちに近づいてくる。
「おいおいおい!! どうすんだこれ!?」
『問題ありません!
ブラスが叫んだ瞬間、着地地点に光の膜のようなものが現れた。それに着地した瞬間、俺はまるでトランポリンのように再び上空へと吹っ飛ばされる。
『これで目的地まであっという間です!』
「俺の意識があっという間に持っていかれそうだったけどな!」
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