第2話 ニューヒーローの初陣!
「やっぱり攻撃が効きません! ニューナンブじゃ絶対無理ですよ!!」
「ええい、情けない! こうなったら内閣に核を要請しろ!!」
「ウチの国にそんなもんはねぇよ! いいから戦え!!」
駄目な先輩と上司に叫びながら後輩警官が必死に拳銃を撃つ。だが巨大狼は蚊に刺されたほども感じないのか、攻撃を無視しながらそのまま進んでいく。
そして誰も何もできないままその巨体は住宅街に侵入し、ついにその足を一戸建て住宅に振り上げて――。
「な、なんだ!?」
その瞬間、突然空の彼方から巨大な光の球が飛んできた。それは巨大狼に向かって突撃すると、その巨体を何も無い空き地に向かって吹っ飛ばした。轟音と地響きが響く中、静かに着地した光の球は眩しく輝き――巨大な人影へと変身した。
「巨大……ヒーロー……!?」
先輩警官が呆然と呟く。確かにそれは、まるでアニメのヒーローのような巨人だった。
その巨体は光を固めたように白く、金属質な表面には深紅のラインが炎のように走っている。上半身と四肢にはエメラルドパーツがはめ込まれた装甲を鎧のように纏い、そして頭部には仮面のような兜を被っていた。
誰もが呆然とその姿を見上げる中、巨大ヒーローは巨大狼を掴みあげた。そして胸のエメラルドパーツを輝かせた瞬間――その姿が巨大狼ごと消え失せた。
「な……なんですかあれは!? 宇宙から来た光の巨人!?」
「いや、地球の意志が人の形を取ったものに違いない!! 南から飛んで来るんだよ!!」
「宇宙のヒーローです!!」
「地球のヒーローだ!!」
「黙れこのオタク共!! いいからさっさと怪我人の捜索と救助をしやがれ!!」
「な、何が起きたんだ……?」
俺は気がつくと再び妙な場所にいた。
目の前の光景は見慣れた玉鋼市……なんだが、そこには何故か色が無かった。真夏の青空も大きな川も、見慣れたビルも住宅街も。公園の木々でさえ全てが灰色だ。
『これは〈
「……………………日本語で頼む」
『ここでどんなに暴れても被害は一切出ません! 凄いでしょう!』
えっへん、と声が聞こえてきそうなほど自慢げなブラスの声が脳裏に響く。
「なるほどな。おい、ブラス」
『なんでしょう? お褒めの言葉なら二十四時間いつでも受け付けています!』
「そんな便利な機能があるなら最初から使え! お前は必殺技と最強フォームを使わない番組序盤のヒーローか!」
『あ、あれー!?』
褒められるとでも思ってたのか、ブラスが驚く。んなわけあるか。
「そうすりゃ、俺はこんな巨大化しなくてすんだのによ……………………巨大化?」
ふと自分の言葉に俺は身体を見渡して――そして、絶叫した。
「な、なんだこりゃああああああああああああっ!?」
気がつけば俺は巨大ヒーローになっていた。
身体はなんかテカテカになってるし、その上から変な鎧は着てるし、身長が高すぎて他の街並みがミニチュアみたいに見えるし、しかもこの状態でも違和感は無いし、全身が自由自在に動く。正直、すげぇ気持ち悪い。
『これぞ、徹さんと超機生命体である私が融合した正義のヒーロー!! その名も〈超機英雄ブラストール〉です!!』
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
『基本は有機素材を遺伝子段階から強化した超細胞を使用! これにより無限の再生能力と超回復、あと美肌と健康とアンチエイジングを実現しました! さらに無機素材を融合させることで生物の瞬発力と金属の耐久力を兼ね備えたハイブリッド構造を作り出しており、普通のロボットや巨人などよりも遥かに高い俊敏性と瞬発力、防御力と耐久力、ついでに超感覚に超生存能力に超環境適応性に恒星と同じぐらいの超出力を兼ね備えています! もちろん装甲も中性子星を加工したオリジナル装甲、名づけて
「…………………………………………日本語で頼む」
『…………超なまら凄いヒーローになったんです!!』
何故か北海道弁を交えながらヤケクソ気味にブラスが叫んだ。
仕方ねぇだろ、そんな専門用語を並べられたってわからねぇよ。
「つうかちょっと待て、さっきからお前はどこにいるんだ?」
『徹さんの中です。さぁ、悪の侵略者を倒して共に地球を守りましょう!』
「俺の中!? しかも俺が戦うのかよ!」
『私自身はこの身体の制御に集中しなければいけませんので、運動系その他は徹さんにお任せします!』
「しますとか力強く言われてもな……大体なんだ、そのぶらすとおるってのは?」
『ブラストールです! 私の名前と徹さんを組み合わせてブラストール。他にも正義の爆発という意味を込めての『ブラスト』や雷神の如き力と巨体で『トール』、そして悪に己の最後を告げる『ラスト』という意味も入れてあります!』
「無駄に設定を込めんな。最後のはもうこじつけだろ……って、うわっ!?」
そんな馬鹿なやり取りをしていると、一緒にこの空間に連れてきたらしい巨大狼がいつの間にか飛び掛ってきた。金属っぽいくせにやけに滑らかな動きで一気に距離を詰めると、本物さながらの鋭い牙と爪で襲い掛かってくる。
「ウォォォォォォォォォォォォォン!!」
「お前、さっきまで無言だったろうが!?」
『うんうん、やはり敵には叫び声が必要ですよね!』
「言ってる場合か!」
変なところに感心するブラスを余所に、俺は慌ててその場を飛び退いた。だが、その拍子に近くにあったビルや家を盛大に壊してしまう。
「うわぁぁぁぁぁっ!? べ、弁償なんてできねぇぞ!」
『大丈夫です、現実世界には影響ありません! それよりもまた来ますよ!』
その言葉に正面を向くと、巨大狼が再び大地を蹴って飛びかかってきた。何とか身体を捻ってその攻撃を回避すると、今度はその横っ面を思いっきり殴りつける。
ガァン!! と金属を殴った時の重い感触と音が響き、巨大狼が吹っ飛んだ。自分の身体とは思えないその力に驚くも、大して効いていないのか巨大狼はくるりと回転して見事な着地を決めると、唸り声を上げてまた襲い掛かってくる。
「くそ、速い上に固いな、こいつ!」
『私たちと同じような有機と無機の複合構造ですからね。持久力も防御力もかなりのものです。そうですね、筋肉の詰まった鋼鉄の箱と言えばよろしいでしょうか』
「気持ち悪いこと言うな!」
思わず想像した俺は慌てて手を引っ込めた。だが巨大狼はその隙に大きくジャンプすると、身体を丸めて背中の剣山を突き立てようとした。俺はそれを腕の装甲で受け止めて――その弾みで、足元にあった築二十二年の愛しい我が家をあっさりと踏み潰した。
「うわあああああああああっ!? あ、姉貴――――――っ!!」
『ですからこれは本物ではありません! ノープロブレムです!』
ブラスが必死にフォローしてくれるが、何かすげぇいたたまれない。
俺は何とか体当たりを弾き返すと、反転して襲い掛かろうとする巨大狼に向かって拳を振り上げた。
「食らえ、俺の家の仇!!」
だが、怒りと八つ当たりを込めたその一撃は直前でジャンプされてあっさりと空を切った。そして巨大狼はそのまま俺に飛び掛って地面に押し倒すと、その巨大な牙で噛み付いてくる。
「うおおおっ!?」
悲鳴を上げつつ、俺は咄嗟に装甲に覆われた左腕をその口に突っ込んだ。まるでごつい手袋越しに噛み付かせているような嫌な感覚が腕から伝わってくる。
『ふふふ、どうですか。某鉄の城が持つ超合金よりも固い英雄装甲の強さは!』
「おい、その凄い装甲がなんか嫌な音を立ててるぞ!?」
巨大狼の口の中で装甲がバリバリと音を立てて砕け散っていく。発泡スチロールよりも脆いんじゃねぇのか、これ!?
「くそ、何か武器とか無いのか!?」
『もちろんあります! 金色に光る破壊神的決戦兵器です!』
その瞬間、脳裏に何かの映像が浮かんだ。それはオレンジ色で左右に蛇腹構造のついた巨大な金槌――。
「って、ピコピ●ハンマーじゃねぇか!! こんな時にふざけるな!!」
『ええー……重力場を相手に叩きつけて光に変換してしまう超兵器なのですが』
「信用できるか!! 他には無いのかよ!?」
『ではこちらはどうでしょうか。無限に伸びる光の刀身を持つ必殺剣です!』
「おお、いいじゃねぇか!」
『ただし、伸ばしすぎると決闘空間すら切り裂いて現実の地球までも一刀両断ですが』
「ふざけてんのか? いや、ふざけてんだなお前は!」
『ううう、見た目は凄くかっこいいのですが……』
ブラスが脳内でしゅんと項垂れる。そしてそんな馬鹿漫才を繰り広げている間にも、巨大狼は装甲のほとんどを食い破ろうとしていた。ダンボール一枚隔てたところに牙が突き立てられる嫌な感触に、俺は咄嗟に腕を振り回して巨大狼を地面に叩きつけた。
「離しやがれ、この野郎!」
クレーターを刻むほど何度も何度も地面に叩き付けると、巨大狼はようやく牙を離して距離を取った。グルルルルル……という腹の底まで響きそうな唸り声が風に乗って聞こえてくる。
「もう武器はいい! 素手であいつをどうにかできないのか?」
『もちろん可能です! 別の宇宙から取り出した無限熱量で渇かず飢えず無に還してしまいましょう!』
「……それも副作用があるのか?」
『はい! 結界の展開に失敗するとこの空間ごと全て消滅します! 多分、我々は生き残るとは思うのですが!』
「よし、お前この戦いが終わったら正座で説教な。ついでに殴る」
『何故ですか!?』
「その意味が分からねぇからだよ、馬鹿野郎!!」
思いっきり怒鳴りつけると、俺は一度深呼吸をして息を整えた。そして、むやみやたらに絡んでくる不良たちに普段言い聞かせているような丁寧で優しい声で言った。
「いいか、次にふざけたら殴る。徹底的に殴る」
『ひいいっ!? 凄くドスが利いていて悪魔を連想させます! で、でも融合している私をどうやって……あっ、痛い痛い痛い! 本当にどうやってやってるんですか!?』
「気合だ」
『そんな理不尽な!?』
「お前にだけは言われたくねぇよ! いいからさっさと暴走とかやりすぎとかの危険が無いものをよこせ!」
『ええー……せっかくのデビュー戦なのですからもっと華々しいほうが……あっ、すいません! ちゃんとやりますから殴らないで下さい! 拳に空間を圧縮して乗せれば、どんな敵の装甲でも貫けます! 制御も手ごろで暴走の心配はありません!』
慌てるブラスの声と共に、脳裏に新しい攻撃方法のイメージが現れた。ぱっと見た感じ、確かに扱いは簡単そうだし副作用なんかも見当たらない。
「ったく、最初からこれを出しておけよ」
『これは微妙に地味な技だったので、まだ正式な名前をつけていないんです』
「名前なんてどうでもいいだろうが」
『そんなことありません! かっこいい名前は重要です! 本来であれば三日三晩考え抜いた後に、次の話でメインタイトルにするんですが!』
「いいから早く準備しろ!!」
テンション高く反論するブラスを叱り付けると、俺は襲いかかってきた巨大狼を回し蹴りで迎撃した。さっきから正面攻撃しかしてこないから助かってるが、いつ迎撃をミスするとも限らない。
『仕方ありません……では、仮名ではありますが叫んでください。
「………………………………は?」
その呪文みたいな名前の羅列に、俺は一瞬動きを止めた。
「……じくー……いちげき……なんだって?」
『時空収束強制展開空間歪曲一撃内部粉砕連続崩壊必殺攻撃です!』
ご丁寧にブラスがもう一度言い直した瞬間、右腕の装甲が変化した。エメラルドパーツを中心に継ぎ目が展開し、その割れ目から溢れた金色の輝きが拳を包み込む。
『さぁ、徹さん。今です! 名前を叫びながら相手に拳を叩きこんでください!』
「えっと……じ、じくーしゅうしょく……」
『違います! 時空、収束、強制、展開――』
かつて無いほどの真剣な剣幕でブラスが一句ずつ区切る。
だが、動きを止めた俺たちの姿に巨大狼は「なんだ、こけおどしか」とでも言いたげな顔で瞳を明滅させると、こっちに向かって一気に駆け出してきた。
「い、いちげき……ええい、やってられるか!」
迫る巨大狼の姿に、俺は腕を後ろに引いて構えた。そして相手が飛び掛ってきた瞬間にタイミングを合わせると、輝く拳を全力で叩き込む。
「一撃……必殺っ!!」
『ああっ、そんなに略して!』
ブラスの悲鳴と共に拳が巨大狼に突き刺さった。輝く右手はまるで厚紙でも破るように金属の身体を突き破ると、相手の内部でその輝きを開放する。
巨大狼からあふれ出るその金色の輝きになんかやばいものを感じた俺は、拳を引き抜くと変身して強化されてる脚力で一気に街の外まで跳んだ。次の瞬間――巨大狼が街そのものを巻き込んで大爆発を起こした。
「………………マジですげぇな、これ……」
綺麗さっぱり灰色の玉鋼市を消し飛ばしたその威力に俺が驚いていると、しくしくと脳内から泣き声が聞こえてきた。
『ううう……デビュー戦なのに……必殺技の初お披露目なのに……』
「勝ったんだからいいだろうが。ほら、とっとと変身解除しろ」
『いいえ、まだです……まだ、やるべきことが残っています……!』
ずびっと鼻を啜りながらブラスが呟く。その真剣な声音に俺は思わず息を飲んだ。
「まさか、敵がまだ残って――」
『さぁ、今こそ勝利のポーズと名乗りを上げるのです! それでデビュー戦は完璧……って、はぅあ!? 意識の拳がクリーンヒットを! これがサイコヒットというやつですか!?』
「ふざけてないで、とっとと元に戻しやがれ」
ドスを利かせながらもう一度意識の拳を振り上げる。だがブラスは珍しく食い下がってきた。
『で、ですが正義のヒーローには勝利の名乗りとかっこいいポーズが必要不可欠なんです! 夢にまで見た一度きりのチャンスなんです!! お願いします! せめて……せめてこれだけはぁぁぁっ!!』
そして脳内で号泣する。がんがんと頭に響く泣き声に俺は頭を抱えると……やがて観念してその右手を空に掲げた。
「ぶ、ぶらすとーる……」
『声が小さい! もっと雄雄しく、力強く! さぁ、もう一度!!』
「ぶ、ブラストール!」
『恥ずかしさが残ってます! そんなことでは合格点はあげられませんよ! さぁ、ワンモアセット! そして名乗りは超機英雄ブラストールです!!』
「調子に乗るなよ、お前……」
しかし一度盛り上がったブラスは『ハリィ、ハリィ、ハリィ!!』と脳内で叫び続けている。うざい事この上ないが、これも早く帰るためだと自分に言い聞かせると、俺はぐっと力を込めて拳を雄雄しく突き上げ、そして腹の底から思いっきり叫んだ。
「超機英雄――ブラストオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォルッ!!」
――いつの間にか、周囲が色を取り戻しているのにも気付かずに。
「………………へっ?」
『どうやら〈決闘空間〉が無事に解除されたようですね』
さらりとブラスが告げる。
自由の女神みたいなポーズで固まった俺は、いつの間にか戻ってきた現実の玉鋼市に視線向けた。大勢の人々が見守る中、変身したことで何百倍にも強化された視覚と聴覚が俺を見上げるいたいけな幼稚園児の姿を捉え――。
「……………………………………………………………………………………ださ」
「う……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
その忌憚無きご意見に、俺はその場から逃走した。
『と、徹さん、一体どちらへ!? 徹さ―――――――――――ん!?』
慌てるブラスも無視して足元を破壊しないように注意しながら、俺は山の中へと逃げ込んでいった。残された人々はぽかんとしてその姿を見送る。
――こうして、地球に現れた新しい巨大ヒーロー・ブラストールの初陣は終わりを告げた。
俺の心に、決して消えない傷跡を残して。
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