マヤ・ファンタジー 九の巻

三坂淳一

マヤ・ファンタジー 九の巻

九の巻


 四人はウツコレルと別れ、草原の道を歩いた。

 ウツコレルは風のようだと竜王丸は想った。芳しく爽やかな、春の風だ。


 南国の熱い太陽が照り付けていたが、防御服を着ている竜王丸たちは汗をかかず、快適な旅を続けた。


 途中、小さな部落を幾つか通り過ぎた。村人の好奇の目には曝されたものの、水を飲ませて貰いながら、周辺の様子を知ることも出来た。

村人は、直接頭の中に響いて来る竜王丸たちの声に違和感を持ちながらも、立ち居振る舞いの優雅さ、礼儀正しさを見て、安心していろいろなことを話してくれた。


 深い洞窟の奥には、メトナル(或いは、シバルバ)という地底の世界があり、そこは死者と魑魅魍魎の世界だと云う。迷い込んで行った者は帰って来ない。

永遠に、そこに閉じ込められ、地底の世界を彷徨い歩く。


 平和に暮らしていた村があった。

ある時、一つ目の蛮族が村を襲い、村の人を殺し、若い娘をさらっていった。

娘は蛮族の慰み者にされ、死んだ。

その娘には恋人が居た。

勇敢な戦士だったが、蛮族の襲撃の際、娘を助けることが出来なかった。

娘はいつも死んだら、空の星になって、戦士を見守ると言っていた。

その若者は悲しみのあまり、気が狂ってしまった。

毎晩、矢をたくさん持って、小高い丘に登り、星に向かって矢を射った。

ある晩、矢を放った瞬間、流れ星があり、それは川に落ちた。

若者はその星を捕まえようと、岸壁から川に飛び込んだ。川は浅く、川床の岩で頭を砕かれた。


 二人の美しい若い娘が居た。

二人は双子のように顔が似ていたが、性格は反対だった。

一人の娘は気立てがよく、村を訪れる旅人に親切だった。

宿が無ければ、自分の家に泊めてもてなした。

村人からは、売春婦と呼ばれ、相手にされなくなった。

娘は病人がいると聞けば、遠くでも行って看病していた。

寒そうにしていれば、自分の大切な着物を脱いで、その病人に与えた。

しかし、このことは誰にも話さなかった。

村人は、娘が居ない時は、他のところで売春をしているのだと噂し合った。

もう一人の娘は清く、正しく、美しく暮らしていた。

しかし、心は冷たく、貧しい人、病人に冷淡だったが表面には出さなかった。

村人はその娘を純潔を守る清い乙女だと尊敬した。

売春婦だと噂されていた娘が死んだ。

村人は娘の家に入り、驚いた。

死んだ娘は腐らずに芳香を発していた。

娘の亡骸の周りには鹿を始めとする森の動物たち、鳥たちが囲んでいた。

そして、葬られた墓には見たことの無い綺麗な花が咲き誇り、鳥が舞っていた。

品行方正で村人から尊敬されていた娘はこれを見て、村人に言った。

私が死んだら、私の亡骸はこの売春婦より、ずっと良い香りを発する、と。

村人は信じた。

時が過ぎ、その娘が死んだ。

村人はその娘の家に入って、驚いた。

娘の死体はすぐ腐り、ひどい腐臭を放っていた。

村人は腐臭に鼻をつまみながら、あわてて娘の家を出た。

その娘の墓には汚い花が咲き、嫌な臭いを発した。


 竜王丸たちは、いろいろな獣、いろいろな鳥を眺めながら、草原、密林を歩いた。

 鹿もよく見かけた。竜王丸たちが近づいても、恐れる様子も無く、悠然と草を食んでいた。矢をつがえ、放とうとしたが、止めた。鹿が顔を上げ、竜王丸を見た。

それから、関心をなくしたように、また元のように草を食みだした。

気高い、ホルポルとその戦士たちのようだと竜王丸は思った。


 ククルカンの館の入口に着いた。教えられた呪文を唱えるまでも無く、そこにはククルカンが出迎えてくれていた。ククルカンは両手を広げ、微笑みを浮かべて迎えてくれた。


 館の中に入り、白い椅子に腰をかけて、この一月ほどの旅の話をした。

 竜王丸の話をじっと聴いていたククルカンは少し不満そうな表情を浮かべた。

 “竜王丸。お前はまだ正直には話してはおらぬ”

 竜王丸は驚いた。竜王丸としては、事実を事実として全て話しているつもりだったのだ。

 ククルカンは少し微笑んで言った。

 “お前の話の中に、ウツコレルという娘が出てこないのはおかしい”

 竜王丸は、ククルカンが人の心まで読むのを忘れていた。ウツコレルのことは話す必要はないと思い、わざと省いていたのをすっかり読まれていたのだ。

 “竜王丸。お前はまだ若く、ウツコレルとの恋は話すべきではないと思ったのであろうが、竜王丸、お前は間違えている。もっと、自分に正直になれ、自分を偽る者は他人に感動を与えない。他人を動かすものは、人の心だ。人の心は、言葉にも現れる、態度にも現れる、ひいては、その人の生き方にも如実に現れるものだ。さて、ウツコレルのことを聴こう”

 竜王丸は素直にこれまでのウツコレルのことをククルカンに話した。義清たちも頷きながら竜王丸の話に耳を傾けた。ククルカンは微笑みを湛えて、じっと聴いた。

 “竜王丸。お前は素直になった。お前はこれからの人生で何人かの女性を知るだろう。ウツコレルもその一人に過ぎないだろう。お前は今、少し嫌そうな顔をしたが、これは仕方がないことだ。お前の高貴な生まれがウツコレル一人だけを妻にすることを許さないのだ。しかし、ウツコレルは良い娘のように思える。大事にすべき娘かも知れない。いつか、ウツコレルをここに連れて来なさい。私が見て、値する娘であったら、その娘に特別な能力を与えてあげよう”

 

 竜王丸たちは、疲労回復と自分たちで名付けた部屋に入り、生き生きとした顔で出てきた。ククルカンから武器を見せるよう求められたので、太刀、刀、槍を見せた。ククルカンは刃

先を仔細に診ていたが、やがて満足したような顔をして、竜王丸たちに返した。

 あまり、硬いものは斬っていないようだ、まだ大丈夫だ、と呟いた。

 兵糧丸は、どうだ、美味しいものだろうと冗談を言いながら、また三十粒ほど袋に入れて竜王丸たちに呉れた。


 今度は北西の方に行き、海を見ながら南下するのも良かろうというククルカンの薦めもあり、竜王丸たちはククルカンの館を後にして、また旅に出た。


 密林を歩く旅だった。また、多くの獣、鳥、虫を見た。密林の中は薄暗かったが、時々は巨木が倒れているところがあり、そこだけポッカリ明るく、青い空が見えた。

 洞窟もあり、中に泉を湛えている洞窟もあった。また、ゾノト(セノーテ)と呼ばれる周囲が切り立った天然の大きな井戸もあった。川は相変わらず無かったが、水には困らなかった。


 海が見えるところに出た。

 竜王丸たちが暮らしていたところには海が無かった。琵琶湖はあったが、海では無かった。竜王丸は初めて、異国の地ではあったが、海というものを観た。美しい眺めだった。知らずと、心がのびやかに広がっていくのを覚えた。竜王丸たちは浜辺に下り立ち、暫く海を眺めた。砂浜はあったが、砂は白くなく、むしろ褐色の砂であったがさらさらとしていた。遠くに、丸木舟が見えた。漕いでいる男たちが見えた。男たちも竜王丸たちに気付いたらしく、立ち上がって、もの珍しく見ていた。

 砂に寝そべって、空を見詰めた。蒼い空が目の前に広がり、雲はひとつも無かった。竜王丸は空に、ウツコレルの顔を描いた。甘酸っぱい感傷が心に忍び込んできた。竜王丸は十七、ウツコレルは十四の出会いだった。それは、竜王丸の初恋となった。


 海を左に眺めながら、竜王丸たちは浜辺に沿って歩いた。浜辺がきれると、岬が聳え立っていた。小高い丘を登り、岬を越え、再び浜辺に下り立った。

 夕方になった。夕陽が西に煌めきながら落ちていく。竜王丸たちは振り返りながら夕陽を見て歩いた。

 夜は、椰子の木陰に四人固まって寝た。弥平次がいろんな話をして呉れた。弥平次はかつて商人の姿をして各地を回り、情報を仕入れ、その情報を必要とする大名に売るという生業をしていた。城に忍び入って、建物の様子を探ったこともあり、なかなか面白い話が多かった。


 朝となった。四人はククルカンから貰った兵糧丸を呑み、また浜辺に沿って歩き始めた。地

形はククルカンの不思議な箱の画面で見ていたので、ある程度の把握は出来ていた。

 画面によれば、ククルカンの館は、東西に飛び出た大きな半島の中央より北にあり、竜王丸

たちはそこから北東に出て、北の海に今出て、その浜辺を歩いているのだった。

このまま歩いて、東の海岸を経て、南の海を見てから、内陸を北上して帰るという旅であっ

た。


 ククルカンの館を出て、三日ほど経った時のことである。


 小さな部落があった。浜辺から海の水を汲んで、砂浜の畠みたいなところにその海の水を掛

けている光景にぶつかった。その畠は広大で延々と続いていた。乾ききった畠には白い結晶が

陽光に煌めいていた。


 「塩、でござるよ。天日に干して、塩を作っているのでござる」

 弥平次が感心したように言った。竜王丸たちが見ていると、椰子の林から一人の白い外国人

が現われ、竜王丸たちに鋭い一瞥を呉れたが何も言わず、畠に居る村人に話しかけた。


 聞いていると、その白い外国人は塩を買いたいとのことだった。やがて、大きな袋に入った

塩を背負い、なにがしかの金を払って、また椰子の林に消えていった。


 「ここにも、白い外国人が居るのでござるな」

 義清が思いがけないようなものを見たような顔をして言った。

 「北部からこの半島にメシーカ族と共に南下する者と今見たようにここの周辺に暮らしてい

る者と二つの群れがあるようでござるな」

 弥兵衛も驚いたように語った。

 「あの外国人が行ったあたりに、何があるか調べてみよう」

 竜王丸が言い、四人は歩いて椰子の林を抜けた。


 石造りの家が数軒並んでいた。家の窓から見ていたらしく、竜王丸たちが現われた時には男

が三人ほど剣を片手に睨んで立っていた。

 「お前たちは何者だ」

 中央の髭だらけの男が叫ぶように言った。

 幸い、言葉は分かった。ククルカンの発明した言語翻訳器は素晴らしいと思った。

 「私たちは決して怪しい者ではない。また、危害を加えるつもりもない」

 「おお、俺たちの言葉が分かるのか。お前たちはどこの国の者だ」

 「日本という国の者だ」

 「ニホン、知らないがアジアの国か?」

 「中国の東に浮かぶ島の国だ」

 「それなら、ハポンだ。俺たちは、エスパニョルだ」

 「貴殿たちと同じような肌をした人を西の地域で見た。メシーカ族と一緒だった」

 「メシーカ族だって。ああ、アステカの残党か。一緒に居たって。あの欲張り共が」

 「同じ国の仲間か」

 「ああ、同じエスパニョル(スペイン人)だ。前は、一緒の仲間だったが、今はあいつらと

は手を切った。あいつらは征服者であり、俺たちは植民者だ」


 話してみると、外国人同士ということで好意を示した。家に入れ、と言う。入ると、酒を勧

められた。ヴィノ・ロッホ(赤ワイン)という赤い酒だった。義清と弥兵衛は勧められるまま

に飲んだ。竜王丸たちは船が難破した日本の船員ということにした。彼らの話を通して、今ま

で分からなかったことがほとんど全て分かった。


 この国の北方には、メシーカ族のアステカという帝国があったが、スペイン人に一五二一年に滅ぼされたこと、今は一五三二年(日本は天文元年)であること、この半島はマヤと呼ばれる民族が支配しているが、アステカ帝国のような強力な帝国を作ってはいないこと、北部には既にスペインからの植民者が大勢入っており、国の名前もヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)という名で呼ばれ始めていること、このマヤの地域はまだまだスペインの統治下にはなっていないこと、などが分かった。


 更に、ウツコレルの両親と思われる話も噂として聞いたとのことであった。

 「何でも、昔一五一〇年代の初め頃にここいらの浜辺に漂着したスペイン人の船員たちがここのマヤの女と結婚し、内陸の方に移り住んでいたが、仲間割れが起こり、その内の一人が妻と一緒に殺されたとか云う話を聞いたことがある。俺たちがここに来るずっと前の話だがね。殺されたのは船長で立派な紳士だったらしいが、持っていた金貨とか宝石が狙われたらしいんだ。もっとも、殺した仲間の方はもっと奥地に逃げたらしいが、現地人に捕まって生贄にされたらしい。喰われちゃったかも知れないな。馬鹿な話だ。ここの連中は金や宝石よりも翡翠の方がありがたがるっていうのに。ここで、金とか宝石を持っていても、何にもならない。価値観が違うのだ」

 そう言って、この髭だらけの男は、机の中から、カカオの実とか翡翠の玉を見せてくれた。これだけで、一年は暮らせるのだ、と自慢した。


 また、鉄砲も見せてくれた。短い鉄砲もあった。短筒とでも言えば良いのか、とにかく短く、片手で持てた。竜王丸たちは、鉄砲自体は弥平次が手に入れてくれたので、十分知ってはいたが、弾と火薬は見ていなかった。弾は鉛で出来ており、球形であった。こうやって使うんだ、ということで火薬を込め、それから弾を入れ、空に向かって撃ってくれた。 

凄い轟音がした。周りに、雷鳴のように轟いた。砂浜の村人がびっくりしてこちらを見た。この鉄砲に関する知識は、竜王丸たちには大変な収穫であった。

 竜王丸たちは感謝をして、そのエスパニョルの家を去った。


 その後も、東から南に向かって、旅を続けた。

 ところどころに廃却されたマヤの遺跡があった。密林を焼いて、焼畑の農業を営むが、一度焼いた畑は、収穫後は相当な年数を経ない限り、地味は回復しない。どうにも、回復しなくなった時、その畑は放棄される。放棄される畑が多くなった時、その地域は全体的に放棄され、人々は他の地域に移動して行かざるを得なくなる。人が住まなくなった時、かつての壮麗さを誇ったピラミッド都市は放棄され、忘却の彼方に沈み、都市は密林の中に埋もれていくのだ。 

栄枯盛衰はつきものであるか、竜王丸はふと東郷金明から学んだ平家物語の一節を思い浮かべた。おごれるもの、久しからず、・・・。

 海に突き出た遺跡の立ち、竜王丸たちは白い遺跡と蒼い海、白い雲と青い空を眺めた。


 海の色が変わっていた。


 北の海は蒼かったが、東から南の海は淡い緑の海だった。

 竜王丸たちは淡く緑の海を眺め、陶然としていた。

 日本の海を見ている義清たちも、このような色の海は初めてでござる、と言い、飽かず前方に広がる海を眺めていた。


 夕方になると、海は更に驚くべき景観を呈した。


 夕陽を受けて、海は七色の虹の光を発した。竜王丸たちは半ば茫然と海の変化を眺めた。

 このような海は日本にはござらぬ、と弥平次も目を丸くしていた。


 七色に輝く海を丸木舟がゆっくりと通って行く。一日の漁が済んで、妻子の待つ家に帰るところであろう。一日を精一杯働き、日が暮れたら家族のもとに帰り、働いて疲れた体を休めながら、今日起こったことを妻子に話してやる、平凡なことながら、人にはこれが一番必要なことなのだろう、と竜王丸は海を見詰めながら思った。

そのような人々の暮らしを私は守ってやりたいとも思った。


 翌日も、緑の海を左に見ながら歩いた。沖に小さな島が見えた。ククルカンから言われていたことを思い出した。緑の海で、沖に小さな島が見えたら、旅を止めて、北西の内陸を通って帰って来い、というククルカンの言葉であった。竜王丸たちは見納めとばかり、小高い丘に座り、海を眺めた。

 「ホルポル殿たちは、このような海を見たことがござろうかな?」

 弥兵衛がぽつりと言った。

 「おそらく、見てはござるまい。あの部落は内陸の部落ゆえ」

 義清が言った。


 ウツコレルも見てはいないだろう、と竜王丸は思った。ウツコレルにも見せてやりたい海じゃ、とも思った。ウツコレルはどんなにか、喜ぶことだろう、ウツコレルの喜ぶ顔が見たいものだ。竜王丸は知らず微笑んだ。弥平次は竜王丸の微笑を見て、心が温かく満たされていくのを感じた。竜王丸さまの微笑は、それがしには堪らない、このお方のためならば、いつでも死ねると思った。竜王丸から貰った短刀は肌身離さず、持っている弥平次であった。


 浜辺を離れ、北西の内陸への道を辿った。内陸の道は厚い密林の道だった。時々、マヤの戦士に会った。誰か、と問われ、ククルカンの戦士と答えると、一様に尊敬の目で竜王丸たちを見た。メシーカとの戦闘での活躍も、或いはこの地の部族にも伝わっていたのかも知れない。


 途中の道で、大きな遺跡を見た。大きなピラミッドが目を惹いた。チチェン・イッツァという遺跡であった。マヤパンの前に半島マヤ族の盟主を務めた都市国家であったが、もう数世紀も前に没落し、今は見る影もなく落ちぶれていた。都市は放棄され、草叢の中に寂しく建っていた。近くに、大きなゾノト(セノーテ)があった。断崖絶壁に囲まれた井戸で、上に立つと遥か下の水面に吸い込まれそうな感じがした。水練の不得意な義清は、早く立ち去りましょうとやや震え声で言い、皆の笑いをかった。


 “竜王丸、どうであったか? 東の浜辺の旅は?”

 「私はまだ海を見たことがありませんでした。海を見て、心が広がる思いを致しました。とりわけ、南の海は義清たちの話によれば、我が国の海には無い緑の海で、それは素晴らしい海でございました」

 “おお、その海よ。わしも、その海が未練でなかなかこの地を離れられんのだ。このような海は他にはどこにも無い海だ”


 「それと、鉄砲という武器の使い方、火薬込めから発射までの手順を偶然の機会から見ることが出来ました。これも大きな収穫でございました」

 “そうか。竜王丸たちの国には未だ鉄砲が伝わっていなかったのだな”

 「鉄砲の威力は凄いものです。恐らく、これまでの戦さの仕方を根本的に変えるものであると思っています。我が国に伝わってきた暁にどう対処していくのか、今考えております」

 “お前の国で、鉄砲を使った戦争が始まれば、鉄砲ゆえ、死者は増えることは必定じゃ”

 「ククルカン殿。お訊ねするのを忘れておりました」

 竜王丸がククルカンに訊ねた。

 「この防御の服は鉄砲にも大丈夫でござるか?」

 “大丈夫じゃ。少し、弾が衝突する時、痛いだけじゃ。貫通はしない。安心して宜しい”

 この言葉を聞いて、義清たちも安堵した。気になっていたことであった。


 翌日、竜王丸たち四人はククルカンの館を出て、ウツコレルの待つ部落へ向かった。


 竜王丸の足がいつもより速いのに気付き、弥平次はにこりと笑った。義清、弥兵衛は未だ気付いていないようだ。弥平次は竜王丸がウツコレルを何とか日本に連れて帰り、奥方にする日が来れば良い、と思っていた。奥方が無理ならば、側妾にでも、と思った。そのためには、ウツコレルは我が国の言葉を修得しなければならない。女言葉を教えるのは、春日さましかいない。春日さまが目を白黒させながら、ウツコレルに字を教える姿を思い浮かべ、一人ニヤニヤとしていた。存外、頭の良い娘だから、早く言葉にも慣れ、習慣にも慣れるかも知れない。竜王丸さま、ウツコレル、美男美女の組み合わせだ、早うその姿を見てみたいものぞ。


 夕方には、ウツコレルと別れたヤシュチェー(セイバ)の樹のところまで着いた。

 竜王丸が立ち止まり、弥平次を呼んだ。

 「弥平次、すまぬが、村の様子を見て来て欲しい。どうも、妙な胸騒ぎがするのだ」

 弥平次は恋する竜王丸の気後れかと思ったが、竜王丸の顔は暗く、真剣であった。

 「畏まってござる。皆さま、暫くお待ちを」

 弥平次は音も無く、走り去った。


 正面の城門から入らず、側面の柵の上を飛び越えて入った。

 入って、驚いた。村はひっそりと、と言うよりは、むしろ陰鬱に静まり返っていた。何か、良くないことが起こったのか、と思い、村人に見つからないように、屋根から屋根へ飛び移り、ホルカッブの家に来た。家の中を窺ったが、無人の家となっていた。大分前から無人の家となっている様子であった。次は、ホルカンの家に行った。ここも、ホルカッブの家と同じで、誰も住んでいる様子が無かった。ホルポルの館も窺った。やはり、無人の家と化していた。サーシルエークの家に行った。ここは、人が住んでいる様子であった。少し、灯りが点いていた。中を覗き込んだ。ウツコレルが縫い物をしていた。シュタバイは織物をしていた。ここは、無事であったが、雰囲気は前とは異なり、暗さを漂わせていた。


 弥平次は竜王丸たちに部落の様子を話した。

 竜王丸は腑に落ちたという顔をしていた。

 「どうも、ヤシュチェーの樹まで来て、変な胸騒ぎがしたのだ。義清、弥兵衛、すまぬがここで待っていて欲しい。私は弥平次と共に、ウツコレルの家に行って、ウツコレルから様子を訊いて来る」

 竜王丸、弥平次共に、音も無く、村に向かって走り去った。


 ウツコレルは縫い物の手を休めて、ぼんやりと蝋燭の炎を見ていた。炎が少し揺れた。

ふと、溜息を吐いた。

 「溜息は吐いた分だけ、不幸せになると申す」

 懐かしい竜王丸の声だった。思わず、後ろを振り向いた。

 壁の近くに、竜王丸が座っていた。

 竜王丸は自分の唇に人差し指を立てた。話すな、という仕草であった。

 部屋に、弥平次がサーシルエーク、イシュタブ、シュタバイの三人を連れて来た。

 部屋の窓を閉め、声を潜めて、竜王丸たちが去った後の村の様子を訊いた。


 「ホルポルさまが殺されました」

 「何と! ホルポル殿が! 一体、誰に?」

 「アーキンマイさまが勝利の祝宴と称して、部落の重臣を神殿に集めました」

 「その席上、ホルポルさまと同じ心を持った方が全員毒殺されたのです」

 「いつ?」

 「竜王丸さまたちがお立ちになった、数日後でございます」

 「同時に、戦士の長の皆さまの家にも、暗殺者の群れが行きました」

 「ホルカンさま、ホルカッブさまはお逃げになりましたが、ほとんどの方は無残にも殺され

てしまいました」

 「長を失って、戦士もてんでばらばらに森に隠れました」

 「今、村を守っている戦士は?」

 「誰も居りません。村の実権はナチンとナチンが集めた暗殺者の集団が握っています」

 「アーキンマイは?」

 「ホルポルさまの祟りで、俄かに病気になってしまい、今は神殿の奥の部屋で寝たきりにな

っております」

 「ナチンは落ち着いたところで、メシーカ族に使いを出し、和睦の交渉を始めるとのことで

す」

 「暗殺者の集団と申したが、数はいかほどであるか?」

 「二百人ばかりですが、鉄砲を持っています」

 「鉄砲の数は?」

 「十丁ばかり、持っています」

 「戦士は無抵抗で逃げたのか?」

 「武器庫は事前に抑えられており、武器は持っていませんでしたので」

 「スキア殿は?」

 「洞窟の石牢に閉じ込められています」

 「ホルカッブ殿、ホルカン殿は今いずこに潜伏しておられるのか?」

 「洞窟に潜んでおります。時折り、私が食料を持って行っております」

 「シュタバイ殿。良ければ、今夜、案内願いたいが」

 「分かりました。ご案内します」


 村の城門は、正面の城門も、裏門も全て、ナチンが連れて来た暗殺者の兵士で厳重に警戒さ

れていた。側面の柵から出ることとした。弥平次が刀で柵を斬り倒した。

 

暫くして、竜王丸たち四人とシュタバイ、ウツコレルの姉妹がホルカッブ、ホルカンが隠れているという洞窟に着いた。入口は小さく目立たなかったが、中は広い洞窟だった。  

泉も湧いていた。

シュタバイが合図の口笛を吹いた。


奥から、ホルカッブ、ホルカン、それに戦士が十人ばかり、用心しながら出てきた。

竜王丸たちの姿を見ると皆、駆け寄って来て、手を取り合って再会を喜んだ。

感動のあまり、戦士としては珍しく、泣き出す者も居た。

ホルカッブ、ホルカンも涙を滲ませて、竜王丸たちを見た。


「竜王丸さま、申し訳ございません。ホルポルさまをむざむざ死なせてしまい。竜王丸さまに会わせる顔がございません」

「ホルカッブ殿、ホルカン殿、ご自分を責めるのはお止め下さい。ご自分を責めたとて、ホルポル殿は喜びませんぞ。力を合わせて、仇を討つこと、ホルポル殿のご無念を晴らすことこそ、ホルポル殿が喜ぶことでござる。まして、誇り高きマヤの戦士は涙を見せてはなりませぬ。敵を見事に討った時まで、涙はお残し下さい」

竜王丸に言われて、二人は溢れる涙を拭いて、竜王丸たちを力強く見詰めた。


その夜は、皆と久しぶりに語らいながら、洞窟で過ごした。


朝になった。竜王丸は森に散らばった戦士を集められる限り、集めるよう、洞窟の戦士に命じた。戦士たちの顔は生き生きとしていた。

どの顔もマヤの戦士の顔になっていた。

闘える顔になっている、と義清たちは思った。

戦士たちは洞窟を飛び出し、思い思いに心当たりのあるところに向かった。



九の巻 終わり

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マヤ・ファンタジー 九の巻 三坂淳一 @masashis2003

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