マヤ・ファンタジー 八の巻

三坂淳一

マヤ・ファンタジー 八の巻

八の巻


 翌日から、戦さに備え、草原に対する大掛かりな土木工事が始まった。


 「前回も感じましたが、戦さは、ほとんど土木工事のようなものですな」

 ホルポルは竜王丸の思い切った作戦に感心したように話した。


 竜王丸は始まった草原改造工事を見ながら、ホルポルに語った。

 「敵を知ることは、敵の長所と短所を知ることでござる。そして、絶対的な長所は多くの場合、裏返せば、絶対的な短所にもなるのでござる。例えば、鉄砲は火薬が十分に使えてこそ、大変強力な武器になりまする。が、雨の日では全くの持ち腐れとなりまする。鉄の固まりのような重いものを持って闘うことは、それだけで兵士に取っては弱点となるのでござる。また、馬に乗って闘うということは、草原においてこそ、大変有利にはなりまするが、密林の中では馬では全く闘えない、むしろ邪魔になりまする。また、今からこの草原に造ろうとしている深い壕も十分に馬の侵入を妨げるものとなりまする。このように、事前に有利に闘える条件を作ること、簡単には負けない状況を作ることが大切なのでござる」


 村人は総出で、部落の入口正面の草原に、深い壕を掘った。

 その後は、持ち運び可能な馬防柵を作り、落とし穴を作ることとしていた。

 馬防柵は騎馬を落とし穴に誘導するために使われる。

勿論、落とし穴はぎりぎりの時点で造ることとし、場所は極秘とされた。


 義清たちは馬防柵用の樹の切り出しに精を出していた。

 義清が弥兵衛に訊ねた。

「もう、国を出て何日になろうか?」

 「二十日ばかりになってござるよ」

 弥平次が少しからかい気味に言った。

 「そろそろ、里心がつき申したか?」

 「里心? 里心と言えば、竜王丸さまは如何でござろうかの?」

 「お若い竜王丸さまの里心でござるか? はて?」

 「義清さま、弥兵衛さま、ご心配はご無用かと」

 「弥平次殿。無用とは?」

 「この国には、我が国にないものがござるによって」

 「はて、ますますもって、分からん」

 「義清さま。女性(にょしょう)でござるよ」

 「あッ、分かったでござる。ウツコレル殿でござるか」

 「さようでござる。ウツコレル殿が居りまする故、里心なぞはつき申さぬ」


 そこに、竜王丸が現われた。

 三人が笑っているのに気付き、竜王丸も微笑んで声をかけた。

 「方々、如何致した。何か、愉快なことでも?」

 「これは、竜王丸さま。何の、とりわけ申し上げる話でもござりませぬ」

 義清は未だ笑みを湛えた顔で答えながら、太い樹をさくっと斬り倒した。

 「しかし、義清。そなたの刀は良く斬れるの。まことに見事な斬れ味よ」

 「大和鍛冶の作でござる。が、それにも増して、ククルカン殿のあの細工が効いてござる」

 「時に、ウツコレル殿は見なかったか。確か、このあたりに居ると聞いたのだが。綿と称する布のことを聞きたいと思ったのじゃが」

 「綿。ああ、我が国では見たことのない、あの柔らかな手触りの布でござるか。絹、麻と違い、本当に暖かな布でござるな」

 弥平次が手を上げて、指を差しながら、竜王丸に言った。

 「竜王丸さま。あそこでござる。縄をなっておりまする」

 竜王丸は指さされた方を眺めた。そこに、ウツコレルが細い蔓を縒り合わせて縄をなっていた。


 竜王丸はウツコレルの方に歩き去った。義清たち三人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。


 「ウツコレル殿。少し、宜しいか?」

 ウツコレルが顔を上げると、そこに竜王丸が居た。ウツコレルの顔がパッと明るくなった。

 「何でございましょう?」

 「実は、私たちの衣服が大分ほころび始めておる。出来れば、綿とか云う布で新しく仕立てたいと思うておるのじゃ。仕立てをお願い出来る方を、どなたか、ご紹介戴けまいか?」

 「それなら、母のイシュタブが上手です。お任せ下さい。これから、母に話してみますから」

 ウツコレルが周りで作業をしている村人に、持ち場を離れる旨、断った上で、竜王丸に付き添った。

 「竜王丸さま。メシーカ族の動き、何か分かりました?」

 「ホルポル殿の話に依れば、メシーカ駐屯地の動きがこのところ慌しくなっているとのことじゃ。おそらく、あと数日もしたら、駐屯地を引き払い、ここに進軍してくるのではないか、と思うておる」

 「それまでに、この工事は間に合いますか?」

 「間に合うとも。大丈夫じゃ」

 「今度も勝って、昔のような平和が来れば、・・・」

 「そうじゃのう。平和が来れば、それに越したことはない。但し、・・・」

 「但し? 他に、何か?」

 但し、と言いかけて竜王丸は口を閉ざした。時代には流れがある、大きな流れを止めることは容易ではない、マヤは都市国家のままで独立している限り、大きな時代の潮流に呑み込まれてしまう、連合国家を作り、連合の軍隊が持てるかどうかが運命の別れ道であると言おうとしたが、止めた。マヤ連合軍の創設が出来れば、大きな時代の潮流をくい止めることは可能なのだが。

 竜王丸はウツコレルを見た。ウツコレルもそれ以上は言わず、ただにっこりと竜王丸を見詰めた。

 

 数日ほど経って、戦いの時が来た。


 メシーカ軍は二千人という大部隊を編成していた。

 草原の壕の前で、メシーカ軍は立ち止まった。

 壕は幅が三十尺(約9メートル)で深さが十尺(約3メートル)ほどあった。

 メシーカ軍としては、ひと揉みにするつもりで進軍してきたのであろうが、水を差されたような形で戸惑っていた。壕の両側は密林となっていた。密林に足を踏み入れて、驚いた。毒蛇だらけだったのだ。実に、大小さまざまな毒蛇で溢れていた。とても、歩けたものではない、と判断して密林の道は諦めざるを得なかった。


 壕を崩し、ならそうとした。一部分でも、傾斜を緩めれば、何とか行軍出来ると判断し、戦士の一部を工作部隊に廻すこととした。が、いざ作業が始まると、部落から矢が飛んで来た。計ったように、壕を飛び越えて、作業に取り掛かった戦士に突き刺さった。

 メシーカ軍は一時、壕から離れ、撤退した。

 部落の柵から、撤退を見ていたホルポルが竜王丸に言った。

 「遠矢の訓練の成果ですな。実に、よく当たっていますぞ」

 竜王丸は、村人に遠矢の訓練もさせていたのであった。壕を飛び越えて矢が到達する角度、引く長さを徹底して覚えこませたのである。矢は壕を飛び越えて、空から飛来し、敵の戦士に容赦なく降り注いだ。

 

 メシーカ軍は再度、攻撃態勢を整えて進軍して来た。今度は、大きな盾を頭の上に掲げ、工作部隊の頭上を守った。

 今度は、部落から火矢が飛んで来た。火矢が盾に刺さり、火矢を抜こうとして盾を頭上から外すと、火矢に紛れて、黒曜石の鋭い矢じりが付いた矢が飛来して来た。

 また、メシーカ軍は撤退せざるを得なかった。


 その内、夕方となり、一日目の攻撃は失敗に終わった。メシーカ軍は矢の届かないところまで退却し、野営となった。


 すると、野営している野原に、無数の毒蛇の群れが押し寄せてきた。

蛇に右往左往する光景が部落からも見てとれた。

スキアが密林から戻って来て、ホルポルに言った。

 「わしの可愛い蛇たちがメシーカの戦士を歓迎しておるわ」

 とても、眠れる雰囲気ではなく、メシーカの戦士たちはほとんど不眠のまま、朝を迎えざるを得なかった。


 二日目の攻撃は朝から始まった。


 メシーカ軍は壕の幅よりも長い橋を運んで来た。昨夜の間に、密林から樹を切り出し、作ったものと見えた。

その橋を狙って、また火矢が飛んで来た。損害を出しながらも、何とか橋を壕に架けることが出来た。


大勢の戦士が一度に渡ろうとした。橋は重みに耐えかねて折れてしまった。

壕に落ちた戦士に矢が飛来し、また犠牲者を出した。


昼になって、今度は前の橋より頑丈な作りの橋を持ち込んで来た。

橋を壕に架け、盾を持った戦士が恐る恐る橋を慎重に渡って来た。

矢による犠牲者を出しながらも、百名ほど渡り終えて、壕を背後にして整列し、部隊を整えた。


盾を頭上に構えて、突進して来た。しかし、部落と壕の間に落とし穴が待ち構えていた。

落とし穴の中には、鋭い穂先を持った杭と毒蛇が犠牲者を待ち受けていた。

落とし穴に落ちるのを免れた戦士には部落を囲む柵から矢の洗礼が浴びせかけられた。

ばたばたと倒れ、あっという間に、百人ほどの死傷者を出した。


第二陣が壕を越えて整列していた。

そこに、馬に乗った鎧騎士が橋を渡ろうとした。

馬に乗った騎士が壕の手前に現われた時、部落の中から、恐怖の声が挙がった。

「怪物が現われた。四足で手が二本ある怪物だ」

義清が大声で叫んだ。

「良く、見よ。あれは、馬と言う動物の背中に、鎧を着た人が乗っているだけじゃ。怪物ではないわ」


その馬に乗った騎士が橋の中央まで来た時だった。馬と騎士の重さに耐えかねて、橋はまた折れてしまった。馬も騎士も壕の中に落ちた。と、同時に、壕を渡った戦士たちが渡って帰るべき橋も無くなってしまった。戦士たちは前進を諦め、壕の中に滑り落ちて、退却した。壕から登って上がるのはひと苦労だった。その間、情け容赦無く、上から矢が落ちてきたのであった。

馬はあえなく、その壕の中で最期を遂げた。

騎士は重い鉄の鎧を脱ぎ捨て、壕から上がろうとしたところ、上から飛来した矢が数本背に刺さり、そのまま壕に転げ落ちた。


メシーカ軍は戦意を喪失して、再度撤退した。

矢の届かないところまで撤退した陣から、数名の異装の男たちが現われた。白い肌の外国人と思われた。


その男たちは何かを構えた。火が吐かれ、轟音と共に、城門に何かがぶつかった。城門の壁が少し崩れ落ちた。


竜王丸たちは緊張した。これが鉄砲かと思った。あんなに遠くから発射しても、これだけの破壊力がある。至近距離で撃たれたら、人の体はばらばらに四散してしまうに違いないと思われた。


恐ろしい破壊力を持った武器だ、どうする、竜王丸!、と竜王丸は思った。


夜が来て、二日目の戦闘は終わった。竜王丸たちに損害は出ていなかった。

「明日も凌げば、メシーカ軍は完全に撤退することとなる」

「どうしてですか?」

ホルカッブが竜王丸に訊ねた。

竜王丸は笑って答えた。


「兵糧でござる。昨夜、ここにいる弥平次が敵の陣中に忍び入って、兵糧を調べて参った。弥平次の話に依れば、メシーカ軍は二日程度の食料しか持参していないとのことであった。一日か二日で決着を付けるつもりで来たのであろう」

「明日は食料が尽きて、撤退するとのお考えでございますか?」

「さようでござる。仲間の無残な死体を見ながらの戦闘は戦意を失くすもの故、なおさらでござる」

「今夜も、スキアは毒蛇攻撃をすると申しておりました。スキアも食えない爺さんで、普段は葉巻ばかり吸っているだけですが、今回の闘いですっかり見直しました」

「しかし、凄い術じゃのう、あのスキア殿の蛇を操る術は。弥平次、どうじゃ、スキア殿から学んでみては」

「面白そうでござるが。魔術と忍術は異なりますれば、修得出来るものかどうか?」

「弥平次にしては、珍しいのう。弥平次にも難しいものはあるのか?」

竜王丸にそう言われて、弥平次は頭を掻いた。


戦いは三日目を迎えた。


昨日までは、部落の正面の草原からの攻撃であったが、三日目は、密林の中から部落の側面、裏門を全面的に攻撃して来た。


正面からは鉄砲で攻撃してきた。矢の届かないところから、正面の城門を目掛けて弾を撃ち込んで来た。しかし、これは部落に籠もる村人への恐怖戦術でしかなく、戦士を殺傷する攻撃にはならなかった。弾は轟音と共に飛来し、壁を徒に削り取るばかりであった。


部落の側面は、頑丈な柵で防御されており、樹の枝で覆い、柵というより、むしろ塀といった方が正確であった。塀の外から中は、ほとんど見えなかった。柵の内から矢が飛び出して来て、柵に取りつこうとするメシーカの戦士を次々に射抜いていった。五千人の部落で老人、婦女子、年少者を除く三千人が兵士であった。弓の訓練、槍の訓練は怠り無く、毎日行っていた。

一方、襲ってきたメシーカの戦士は、部落の戦士の十倍とは言え、二千人に過ぎない。

堅固に守られた城を落とすには、通常、攻城方は城方の三倍から五倍の兵を必要とすると云われている。

竜王丸とホルポルは村人三千人を兵士とした。

メシーカの戦士はその事実を知らずに攻撃していたのである。

メシーカにとって、勝てる要素は何も無かったと言ってよい。

 

攻撃は数回にわたったが、都度手ひどく反撃され、多くの死傷者を出すこととなった。

 攻撃はだんだん間隔が空くようになってきた。

メシーカの戦士に寝不足による疲労の色が濃くなってきた。

 

昼になり、側面及び裏門への攻撃が途絶えた。密林からぞくぞくとメシーカの戦士が草原の本隊の方に戻り始めた。

 正面からの鉄砲攻撃は相変わらず続いていたが、堅固に造られた城門を破壊するまでには至っていなかった。

 やがて、鉄砲攻撃も途絶えた。

 攻撃が途絶えて、暫くした頃、偶像を載せた輿が現われた。神官が何か叫んでいた。

 ホルポルが応えた。

戦いの終結宣言であった。

 

メシーカは敗北を認め、戦死者を回収して引き上げたいという。

ホルポルはアーキンマイに報告をして許可を得た。

承知する旨を告げた。

 武装を解いたメシーカの戦士が壕の中に入り戦死者を回収した。

壕を越えて、落とし穴で死んだ戦士たちも回収していった。

戦死した戦友を肩に掛けて泣きながら歩いていく戦士もいた。

 

 引き揚げに際して、突然、後方からメシーカの戦士の隊長が現われ、正面の城門近くまで歩み寄って、マヤ語を解する者を通じて、訊ねた。

 「前回、今回と我々を敗北させた将軍の名を知りたい」

 ホルポルが城門より進み出て、高らかに言った。

 「貴下に敗北を負わせた将軍は私ではなく、もっと高位のお方だ。名を竜王丸と言い、偉大なる神・ククルカンが我々に使わされた軍神である」

 メシーカの戦士隊長はククルカンと聞いて大いに驚いて言った。

 「ケツァル・コアトル(ククルカンのこと)は我々に味方せず、貴下についたのか。あい分かった。勝てる戦さでは無かったのだ」

 そう言い残して、メシーカの戦士隊長は悄然と肩を落として去った。


 その晩は少数の者を見張りに残し、村人は久しぶりの深い眠りについた。

 この三日間の戦いで、勝ったとは言え、全員が疲労困憊していた。


 「そろそろ、ここを去る時が来たようだ。メシーカももうここへは攻めては来まい」

 「ここまで、完璧に敗北すれば、この部落は鬼門であると諦めるでござるよ。そう言えば、ククルカン殿より貰った兵糧丸もそろそろ底を尽きまするな」

 「されば、義清、弥兵衛、弥平次。早晩、明日にでも、ここを立ち退き、ククルカン殿の館に戻ることと致そう」

 「竜王丸さまさえ、お宜しければ、我ら一同、異存はござりませぬが」

 と、義清は何か言いたそうな顔をした。

 「されば、明日にでもアーキンマイ殿、ホルポル殿に別れを告げて参ることとしよう」

 「本当に良いのでござるか? 竜王丸さま。心残りはないのでござるか?」

 「義清。別に、心残りは無いぞ。もう、この部落は安泰ぞ」

 「ならば、良いのでござるが、のう」

 

弥平次が思い出したように、竜王丸に進言した。

 「竜王丸さま。ひとつ、気がかりなことがござります」

 「何じゃ、弥平次。遠慮なく、申してみよ」

 「例の毒虫の件でござる」

 「神官の息子、ナチンのことじゃな」

 「さようでござる。ナチンはホルポル殿に仇をなす者にて候ほどに、この際、ナチン自身の言葉を借りれば、排除しておいた方が後顧の憂い無きかと」

 「弥平次の気持ちは分かるが、実際の話としてはそうも行くまい。今回の戦さで、アーキンマイ殿の気持ちも変わったやも知れぬ。メシーカがもはや襲ってこないということになれば、和睦も戦さも無いはずであろうから」

 

 その時、扉が静かに叩かれるのが聞こえた。

 弥平次が、ウツコレル殿ですよ、と竜王丸に告げた。

 竜王丸が扉を開けると、そこに何か荷物を持ったウツコレルが微笑んで立っていた。

 「皆さまの衣服が出来上がりましたので、持参致しました」

 竜王丸がウツコレルに頼んでおいた服が出来たとのことであった。

 服は当時の日本には到来していなかった柔らかい綿布で仕立てられていた。

 竜王丸がウツコレルから受け取り、弥平次に渡した。

 弥平次は受け取りながら、ウツコレルに言った。

 「ウツコレル殿。帰りの道は竜王丸さまに送って貰ったら如何でござる。竜王丸さま、明日の準備はそれがしたちが致しますゆえ」

 竜王丸はやれやれといった表情をして、ウツコレルと並んで歩き始めた。


 「竜王丸さま。明日の準備、というのは?」

 「ここを立ち去る時が来たのです。明日、ここを発って、ククルカン殿の館に帰ることとします」

 「・・・」

 「それでも、近い内にまた、ここに来ます。ウツコレル殿に会いに」

 「本当! なるべく早く、お戻りになって。お待ちしております」

 月は冴えて晴れ渡り、昼間の血なまぐさい戦闘の跡を清めるように輝いていた。

 二人は言葉も交わさずに、ゆっくりと歩いた。

 ウツコレルの家に着いた。

 ゆっくり歩いたのに、もう着いてしまった。

家がもう少し、離れていればいいのに、とウツコレルは恨めしく思った。


 「ウツコレル、お帰り。あらッ、竜王丸さまに、送って戴いたの」

 「家が近すぎる! もっと、遠いところに住みたかった!」

 ウツコレルが頬を膨らませた。イシュタブは穏やかに笑った。


 「イシュタブ殿。このたびは、それがしたちの衣服を仕立てて戴き、ありがとうござる」

 「いえ、竜王丸さま。この三日間のメシーカ族との闘い、本当にご苦労さまでございました。あの衣服は、私ども村人からのほんのささやかな贈り物として、お受け取り下さい。竜王丸さまたちがいらっしゃらなければ、今頃、私たちはメシーカの奴隷となっていたことでしょう。このことは、村人みんな、承知していることです。今後は、教えて戴いた全員で闘うという教えを忠実に守り、村を守っていくことが私たちの使命だと思っています」

 イシュタブの後ろで、ウツコレルが微笑んで竜王丸を見詰めていた。

 

 翌朝、新しく仕立てられた山伏姿で四人はアーキンマイを訪ねた。

 竜王丸がアーキンマイに別れの挨拶を告げた。

 アーキンマイは突然の出立に驚いた様子であったが、特に止めることはしなかった。

 心の中で、ようやく、竜王丸たちの威厳から解放されるという安堵感を覚えていた。


 その足で、ホルポルの館に向かった。

 「これはまた、突然の出立でございますな。未だ、お教えを乞うことがありましたのに、残念でございます」

 「そろそろ、ククルカン殿の館に戻らなければなりません。それがしたちが居なくなっても、メシーカ族はもう力攻めには、攻めては来ないでしょう。ただ、懸念されるのは、交易という名目での、和睦交渉でござる。本来強大な敵との和睦はありえないものと心得られよ。いつの間にか、呑み込まれるのがおちでござるゆえ。また、アーキンマイ殿、ナチンには十分気を付けられよ。ナチンの動きに関しては、ホルカッブ殿かホルカン殿に見張らせておかれた方が宜しかろう」

 「承知致しました。ただ、私は命を惜しむ者ではありません。死すべき時が来たら、端然と死ぬ。これが武人としての私の覚悟でございます」

 ホルポルはこう言って、竜王丸たちをまっすぐに見詰めた。

 「ホルポル殿。また、近い内にここに戻って来ます。それまで、ご息災に居て下さい」

 ホルポルは感謝の印として、ケツァルの羽根の頭飾りを竜王丸に献呈した。

 別れの挨拶をして、ホルポルの館を後にした。


 部落の入口には、ホルカッブ、ホルカンたち部落の戦士が待ち受けていた。

 サーシルエーク、イシュタブ、シュタバイといった村人たちもたくさん来ていた。

 部落を救ってくれた英雄との別れを惜しむ声に竜王丸たち四人は感無量であった。

 竜王丸はホルカッブ、ホルカンにホルポルに語った話を繰り返した。

 ナチンの動きも十分気をつけるよう話した。ホルカッブ、ホルカン共に眼に怒りを漲らせて、承知した、と約束してくれた。

 義清、弥兵衛、弥平次の周りにも一緒に戦った仲間との別れを惜しむ戦士の輪が出来た。

 

 入口を抜け、少し歩いて、ヤシュチェー(セイバ)の巨木にさしかかった時のことである。太陽は熱く草原を照らしていたが、ヤシュチェーの木陰は大層涼やかに見えた。

 一人の娘が佇んでいた。花のように美しい娘だった。

 ウツコレルだった。


 「竜王丸さま、これを受け取って下さい。私が一生懸命、織ったものです」


 それは、綿糸で織った五色の鉢巻と、戦士が着用する袖なしの上着だった。

 色は五色、使われていた。赤、白、黒、黄、緑というケツァル鳥の五色と同じであった。

 「竜王丸さま。今、ここでお召しなされ」

 弥平次が言った。

 義清、弥兵衛もにこにこしながら竜王丸、ウツコレルを見ていた。

 竜王丸は鉢巻を締め、戦士の上着を羽織った。

 そして、ウツコレルの手をそっと握った。細く、柔らかな手だった。



八の巻 終わり

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マヤ・ファンタジー 八の巻 三坂淳一 @masashis2003

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