マヤ・ファンタジー 五の巻

三坂淳一

マヤ・ファンタジー 五の巻

五の巻


 村に着いた。


 竜王丸たちは部落総出で出迎えられた。

 メシーカの再襲撃に備え、物見に出ていた者が目敏く竜王丸たちを見かけ、部落に帰り、伝えていたものと思われた。

 娘たちは心配していた家族に迎えられ、共々嬉し涙にくれた。

 今まで、メシーカにさらわれて、このように無事に戻ってきた娘はいない、ということだった。

 さらわれた女は一様に慰みものにされて、その後は奴隷となる運命であった。

 竜王丸たちは村人の尊敬と驚きの眼差しのもと、部落中央の赤く染められたピラミッドの前の広場に案内された。

部落の首長のアーキンマイと呪術師スキアも頂上の神殿から降りて来て、竜王丸たちに丁重に挨拶と感謝の意を伝えた。


 「このたびは、さらわれた娘たちを連れ戻して戴き、部落の長として厚くお礼を申し上げる」

 アーキンマイが丁重にお礼を述べた。

 「私はアーキンマイ。こちらはまじない師のスキアと申す」

 「私は竜王丸、右から義清、弥兵衛、弥平次と申す」

 「ところで、あなた方はここらでは見慣れぬ服を着ておいでだが、どちらから来られた?」

 「私たちはククルカンの戦士です」

 「おお、何と、ククルカンが使わされた軍神とは」

 この言葉を聞いた広場の人々は大きくどよめいた。

 「最近、ククルカンの末裔と称する者もこの地に来ておるが」

 「その者たちはククルカンの末裔ではない。他国から来た侵略者である」

 「何と、侵略者とな。侵略者がククルカンの末裔のような顔をしていたのか」

 「ククルカンの末裔ではないのであるから、討ち果たしたところで、何のたたりもない」

 「して、ククルカンは元気で居られるのか」

 スキアが興味深そうな顔をして竜王丸に訊ねた。

 「おお、息災にして居られる。ククルカンは年齢(とし)を取らない。かくしゃくとして居られる」

 「軍神殿たちは暫くここにご滞在か」

 アーキンマイが訊ねた。

 「貴殿たちがご迷惑でなければ、暫くここに逗留致すつもりであるが」

 「おお、それはありがたいことだ。いつまででも、この村に居られよ」

 広場で固唾を呑んで見ていた村人が安堵の声を上げた。

メシーカの再襲撃を恐れている村人は本心から竜王丸たちの滞在を喜んでいたのであった。


 その夜は、村をあげての歓迎の宴会となった。


 神殿ピラミッドの前の広場で、竜王丸たちにご馳走がふるまわれた。

 鹿、七面鳥、土鳩といった肉、パパイヤ、マンゴーといった果物、マメ、トマトといった野菜がところ狭しと並べられた。

とうもろこしを挽いて粉状にしたものを軽く焼き、薄いが柔らかい煎餅にし、中に鹿の肉、鳥の肉を挟み、唐辛子をかけて食べるのが義清、弥兵衛には気に入ったものとみえて、何個も平らげていた。

 また、酒もふるまわれた。蜂蜜から作られたという酒はにおいがきつく飲めたものではなかったが、サボテンから作られた酒は飲みやすく、義清はぐいぐいと飲んだ。


 「義清さまはお酒がお強いな」

 スキアが感心したような口ぶりで言った。

 「これはいかがかな?」

 と、義清にタバコを差し出した。噛みタバコと葉巻タバコがあったが、スキアが義清に差し出したタバコは葉巻タバコであった。吸い方を教わり、義清も一口吸ってみた。

 「ああ、これはいかぬ。煙うて、煙うて、いかぬわ」

 義清はむせって、ごほごほと咳をしながら、スキアに返した。

 「慣れれば、美味しいものよ」

 スキアはさぞ美味そうに吸い始めた。


 「時に、皆さまが着ておいでになるその薄物は何かな?」

 ホルポルが弥平次に訊ねた。

 「ああ、これでござるか。これは、いわば、鎧でござる」

 「鎧とな。そんな薄いもので大丈夫なのか?」

 「まだ、経験したことはござらぬが、ククルカン殿の話に依れば、矢も刺さらないとか」

 「まことに。いや、驚いた」

 「ホルポル殿。その肩に居る猿はおとなしうござるな」

 「ナコンという名を付けています。今はおとなしくしていますが、敵が近くに居る時は私の耳を引っ張ったりして結構うるさくします」

 「はあ、それは便利な生き物でござるな」


 弥兵衛が汁椀を差し出しながら、ホルポルに訊いた。

 「ホルポル殿。ちと、訊ねるが。この肉は何じゃ? 少し、香りがきつうござるが」

 「どれ。ああ、その肉はあそこに居る動物の肉ですよ」

 ホルポルが近くを指で指した。

 「あの鶉(うずら)の肉でござるか?」

 「いや、その脇に居る動物の肉だよ」

 「えっ。まさか! 犬の肉?」

 「そうです。どこの家でも家畜として飼っており、このような宴会の時に、つぶして食べるのです」

 「知らなんだ。竜王丸さま、この汁の肉は犬とのことでござる。それがし、犬と知っておれば喰わざるものを」

 弥兵衛の顔は少し青くなった。ふいに、席を立って近くの野原に行った。急に、気分が悪くなったものとみえた。吐いたのかも知れない。

 「それがしも、犬は駄目でござる。まして、あのような可愛い犬を喰らうとは」

 義清も絶句してしまった。竜王丸も表情には出さなかったが、目の前の汁には未だ手をつけていなかったことを心中秘かに喜んだ。


 「竜王丸さまたちは、犬の肉は嫌いなの?」

 女の声がした。傍らを見ると、ウツコレルが微笑んで座っていた。ウツコレルの顔が間近にあり、息は芳しく甘かった。竜王丸は少しうろたえたように言った。

 「これは、これは、ウツコレル殿か。実は私も苦手なのだ。私の国では犬を食べる習慣があまり無いので」

 「私も嫌いなの。だって、あんなに可愛くて、なついている動物を殺して、食べるなんて出来ないの」

 こう言って、ウツコレルは可愛い眼差しで竜王丸を見上げた。


 そこに、一人の若者が現われた。

 頑健だが、しなやかな体躯の若者だった。


 「ククルカンの軍神殿。お初にお目にかかります。私は、ホルカッブと申します」

 「こちらこそ。私は竜王丸です」

 「このたびは、ここにいるウツコレルの姉のシュタバイを他の娘たち共々、メシーカよりお助け戴き、本当にありがとうございました」

 「ホルカッブ殿、あなたについてはシュタバイ殿からいろいろとお噂は聞いています。この部落の軍隊の長とか」

 「いや、長はあそこに居るホルポルで、私は分隊長に過ぎません」

 「たいそう、勇敢な勇士とか」

 「軍神殿からそう言われると、まことにお恥ずかしい。実は、あのメシーカ族の奇襲の時、私は分隊を率いて闘いました。メシーカを撃退し、部落に戻ってみたら、シュタバイたちがさらわれたということで村は悲嘆にくれていました。すぐ、私はメシーカの後を追いかけて行きましたが、どうしてもシュタバイたちには追いつけないで。ウツコレル、ごめんよ」

 「ホルカッブ殿。誰もあなたのことは責めていない。それでも、たまたま私たちが通りかかったから、未だ良かった」

 「ホルカッブ。竜王丸さまたちは凄いのよ。メシーカたちをあっという間に、やっつけちゃって」

 「その太刀という刀で、メシーカを真っ二つにしたとか。シュタバイから聞きました」


 「時に、その時の奇襲で、村の損害はどの程度でありましたか?」

 「戦士が十人近く、討ち死にしました。他、戦士以外の村人の死者が五人ほど、負傷した者が二十人ばかり、といったところです」

 「また、来ますか?」

 「おそらく、近い内に本隊が来ます。その時は、奇襲では無く、本隊同士の戦いになります。部落の戦士で防げれば良いが、戦士で防御出来なければ、敵は村にも侵入し、村人を殺すか、捕虜にして引き上げることとなります。捕虜は、貴族、戦士が生贄となり、他は奴隷とされます」

 「現在の戦士の数で防げますか?」

 「戦士の数は二百人ばかりしか居ません。メシーカは噂に依れば、駐屯しているところの戦士だけで、千人は居るとのことです。余程の僥倖が無ければ、勝てません」

 「村人が戦士になれば、勝てます」

 「はッはッ。数としては、そうですが。戦士と普通の村人は違います。戦士は神から選ばれた者で、闘いで不幸にして死んでも、天の国に行けます。村人は死んでも、天の国には行けず、地底の国に行き、そこでいろいろな試練を経て、ようやく天の国に行けるということになります。これは、メシーカも同じで、メシーカの戦士も強靭な精神と強靭な体躯をしています」

 「ホルカッブ殿。良ければ、明日にでも今後の闘いに関してお話をしたい。出来れば、首長にも同席戴きたいと思っているが」

 「承知しました。アーキンマイさまに話しておきます」

 ホルカッブが去って行った。ウツコレルがパパイヤを剥いて、竜王丸に差し出した。

 竜王丸は食べながら、何か策があるはずだと考えていた。


 朝になった。


 「アーキンマイ殿。昨夜、ここに居られるホルカッブ殿に聞いたところでは、この部落の戦士は二百人足らず、一方、メシーカは駐屯地だけでも千人は居るとのことです。奇襲では何とか凌げたものの、隊を整えて、メシーカが攻めてきたら、勝ち目は薄いのでは」

 アーキンマイは傍らに居るスキアの顔をちらりと見てから、呟くように言った。

 「我らには、昔からの神々が付いている。これは、神々同士の争いじゃ。向こうの神々が勝つか、我々の神々が勝つか。誰にも判らない」

 「アーキンマイ殿。確かに、宗教的にはそうであろうが、実際に闘うのは兵士自身であると存ずる。戦いで、五倍の敵に勝つのは容易ではない」


 「確かに、竜王丸殿の言う通りだと思う」

 マヤパンから帰ったばかりのホルカンが竜王丸に賛意を示した。

 「マヤパンの王に会って来ましたが、マヤパン王国も北西から襲来するククルカンの末裔と称する者の対応に追われ、とても我々の部落に応援の戦士を派遣出来る状態ではありませんでした。メシーカ族との戦はマヤパンの助けが期待出来ない以上は我々だけで何とかしなければなりません。五倍の敵にどうやって勝利するか、それを議論すべき時と思います。」


 「それで、竜王丸殿の策は? お聞かせ戴きたい」

 じっと、聴き入っていた戦士の長・ホルポルがおもむろに言った。

 竜王丸は静かに語った。

 「まともに、戦士だけで闘ったのでは勝てません。村人を戦士にすれば勝てます」

 「村人を戦士にするとは?」

 ホルポルが驚いたように、首を捻った。

 「村人を訓練して、戦士に仕立てるのです。勿論、体力、資質、共に劣る村人は一人前の戦士には到底なれません。しかし、有利な条件の下で、三人がかりならば、一人の敵の戦士に勝つことはたやすいことです。例えば、一人しか通れない道を作って、敵をおびき寄せ、三人がかりで一人の敵にあたるようにすれば、いかに屈強な戦士であっても、三人を倒すのは至難の業と心得るが」

 「なるほど、竜王丸殿のご意見はもっともと思われるが、具体的にはどのような仕掛けをするのか?」

 「案はあります。但し、これから、この村と周囲を隈なく見させて戴く。案はその後でお話することと致したく」

 「あい分かった。ホルカッブ、ホルカン、両名はこれから竜王丸殿たちを案内して、部落の中と周囲を見て戴くこととせよ。アーキンマイさま、それで宜しいですな。では、夜にでも、また集まることとしましょうぞ」


 竜王丸たちはホルカッブとホルカンに案内されて、いろいろと確認しながら、部落の内外を歩き回った。

 小高い丘がある程度で、周囲は密林に囲まれているとは言え、平原であった。このままでは、周囲から殺到して来る敵に対して到底守りきれるものではない、と竜王丸は思った。 

罠を仕掛けて、一人ずつしか入って来れなくするしか無い。ざっと、見て回った後で、竜王丸は義清たちを集めて、自分の考えを告げた。

 

 「敵が侵入して来る入口を数箇所に限定する。後は、柵を巡らし、たやすくは入れないようにする。侵入して来るであろう入口は広く、出口は狭く作る。外からは分からないようにしておく。出口からは一人ずつしか出て来れないようにする。出てきた敵は村人三人がかりで確実に仕留める。ざっと、このような考え方であるが、そなたたちの意見はどうか」

 「部落はかなり広うござるによって、柵を作るにしても時間がかかることと思われまする。明日からでも作るように段取りすべきでござろうか」

 「義清殿の申すこと、もっともでござる。柵にする木は密林故、いくらでも手に入りもうす。まして、それがしたちの刀の切れ味は抜群でござるによって、柵となる木は簡単に作ることが出来もうす」

 弥兵衛が義清の後を受けて、竜王丸に言った。

 「それと共に、敵方の情報も必要でござる」

 「それならば、この弥平次にお任せあれ。敵の戦士を一人捕らえてまいれば事は足りるかと存じ候」

 「うむ、それも大事なこと。弥平次の申し出をホルカッブ殿に諮ってみようぞ」


 昼間の照りつけた太陽もようやく西に傾き、赤い夕焼けが空いっぱいに広がった。

 少し、涼しい風が吹いていた。

 ピラミッドの前の広場に、朝に集まった者たちが再度全員集まった。

 焚き火に照らされて、赤く塗られたピラミッドは不気味さを増していた。

 竜王丸は今日観察した結果を簡単に述べた上で、義清たちと諮った防衛策を皆に説明した。ホルポルは大きく頷いて賛同を示した。

 「軍神殿のお助けを得て、早速明日より柵作りに取りかかることと致そう」

 「時に、部落の者に対する訓練は、どのようになさるおつもりか?」

 ホルカッブが訊ねた。

 「それがしたちにお任せあれ」

 義清が弥兵衛の顔を見ながら、断固とした口調で言った。

 「敵を一名、捕虜にする故、配下の戦士を二人ほどお貸し下されい」

 弥平次がホルカッブに言った。

 「承知しました。で、行動は?」

 「今夜、今からでござる。夜の内に敵の軍営に忍び込み、一人掻っ攫ってまいる」

 「おう、何と大胆な。後学のために、私とホルカンが同行することとします。ホルカン、いいな」

 「ホルカッブ。言うには及ばず。望むところよ」

 ホルカンが屈強な腕の筋肉を誇示しながら応じた。


 早速、弥平次、ホルカッブ、ホルカンの三人が部落を後にして、メシーカの駐屯地に向かった。残った者たちで、柵の造営、村人に対する訓練の仕方といった事柄を話し合った。


 部落の入口を出て、三人は早足でメシーカが駐屯していると目されているところに向かった。鳥の鳴き声と時折り密林に響く猛獣の唸り声を聞きながら、三人は歩いた。

 二里(約8キロ)ばかりも歩いたであろうか、密林の樹々の間から灯りが垣間見えて来た。その内、密林から草原に出た。遠くに、灯りが散在して見えていた。メシーカが野営している駐屯地の焚き火の灯りと見えた。

 夜の見張りが居るかも知れない。三人はそう思い、静かに歩いた。弥平次が不意に立ち止まった。そして、おもむろに身をかがめて前方を凝視した。ホルカッブとホルカンも弥平次に倣い、身をかがめた。弥平次と同じ目線で見ると、前方に人影が微かに見えた。

 「見張りでござる。一人しか見えぬ。あの者が良かろう。捕らえてまいる故、ここでお待ちあれ」

 そう言うなり、弥平次はするすると草叢を歩き始めた。ホルカッブ、ホルカンの二人は顔を見合わせた。今まで気付かなかったが、弥平次の足音は全く聞こえなかったのである。


 弥平次は音も無く、その見張りの者に近づいた。そして、左手で口を押さえ、右手を首に廻して締め落とした。ほんの数秒の間で、その見張りの者は失神した。弥平次は担いでホルカッブたちのところに戻ってきた。猿轡を噛ませ、用意してきた縄で手と足を縛り、棒を通して、ホルカッブとホルカンが前後で担いだ。


 明け方近くになって、弥平次たちは部落に辿り着いた。

捕虜は途中で蘇生し、暴れたが、弥平次に当て身を食らわされ気を失っていた。

 捕虜は周囲を見て、愕然とした。いつの間にか、マヤの部落に居るのだった。

目の前には赤い血の色をしたピラミッドが屹立していた。

 

「お前は昨夜、私の捕虜となって、ここに連れて来られた」

 頭の中で響く声を聞いて、捕虜は茫然とした。

 「ここは、お前たちが襲おうとしているマヤの部落の真ん中だ。とても、逃げられるものではない。諦めることだ」

 

捕虜は話しかけてくる男を見た。見慣れない白い服を着ていた。顔は薄い透明な皮のようなもので覆われていた。手に、白い外国人と同じような長い刀のようなものを持っていた。その男の傍らに、二人のマヤの戦士が控えていた。なるほど、俺は囚われていると思った。これから、生贄とされるのか。首を斧で斬られ、生皮を剥がれ、無残な姿をさらけ出すのか。その男の脳裏に皮を剥がれた自分の哀れな姿がよぎった。絶望した。

 

「お前の答え次第では、殺さない。分かったか?」

 捕虜の男は思わず大きく頷いた。マヤの二人の戦士がニヤリと笑った。

 「お前の名前は?」

 「アウイクック」

 「年齢は?」

 「二十歳」

 「お前の身分は? メシーカの戦士か?」

 「そうだ」

 「お前たちの野営地はあそこだけか? 他には、無いのか?」

 アウイクックは返答を躊躇った。

 「答えることだ。答えなければ、ここに居るマヤの勇士が、お前たちの流儀で、石でお前の指先を一つずつ、潰していくこととなる」

 アウイクックは少し考えていた様子だったが、やがて諦めたように重い口を開いた。

 「そうだ。今はあそこの駐屯地だけだ」

 「戦士の数は?」

 「千三百人ほどは居る」

 「ここに襲って来るのはいつだ?」

 「よく知らないが、矢の準備が出来次第、ここを襲うと聞いている」

 「矢の準備はいつごろ完了する」

 「なかなか、矢じりが入って来ないという話だ。一週間はかかるだろう」

 「よし、素直に話せば話すほど、お前の命は長く保証される。次は、・・・」

 捕虜から、あらかた必要なことを訊き出すことが出来た。

捕虜は訊問の後、捕虜第一号として部落の裏手にある洞窟の岩牢に閉じ込められた。


 「弥平次、お手柄であった。早速、ホルポル殿に話すことと致そう。弥平次は、昨夜は寝ていないであろうから、今日はゆるりと過ごせ」

 竜王丸から褒められ、弥平次は心底から嬉しそうな表情をした。

 「さて、義清、弥兵衛の両名はこれから、村人と共に、柵作りに行ってまいれ」


 竜王丸たちが出かけ、弥平次は木陰でうつらうつらしながら、時を過ごした。

 どこかで、自分を呼ぶ声がした。前に、ウツコレルが立っていた。

 ウツコレルは不思議な女性(にょしょう)だと、弥平次は思っていた。何故かは知らないが、息は甘く芳しく、体からは花の香りがするのであった。それに、見たことのない美しい顔立ちをしていた。


 「弥平次さん。教えて。竜王丸さまは私が近づくと迷惑そうな顔をするの。それまでの柔らかな態度が急に堅苦しい態度になるの。どうしてなの。ウツコレルが醜いからなの?」


 弥平次はびっくりした。ウツコレルは自分を醜いと思っているのだ。まじまじと、ウツコレルの顔を見詰めた。どうも、冗談では無さそうだ。そう言えば、マヤの美的感情は異なるとククルカンから聞いた。マヤには独特の美的感覚があり、後方に向かう扁平な額と斜視が貴いとされる、とか。その範疇から言えば、ウツコレルはマヤの美しさからは遠くかけ離れ、逸脱していた。しかし、弥平次の目から見たら、ウツコレルの容姿はまるで、子供の頃、絵草子で見た竜宮城の乙姫さまのように優雅で華麗であった。


 思わず、この男には似合わないことであったが、上ずった声でウツコレルに言った。

 「醜い、だなんて。ウツコレルさん、それは逆でござる。竜王丸さまは、ウツコレルさんがあまりに美しいので、つまり、その、・・・、男として照れているのでござるよ」


 ウツコレルもびっくりした。今まで、自分が美しいだなんて、誰にも言われたことは無かったのだ。部落の者は皆、自分をあたかも出来損ないのものを見るような、憐れみを持った目で見ていたからである。私が美しいだなんて、しかも、竜王丸さまは私が近づくと照れるだなんて、思いもよらなかった。

 

ウツコレルは混乱して何も言わず、弥平次のもとを慌てて去った。

 弥平次は苦笑いしていたが、またごろりと寝そべり、うつらうつらし始めた。


 部落周辺の密林の中では、義清と弥兵衛が樹木を斬っていた。


 日本では到底斬れそうもない太さの樹が簡単に切り倒すことが出来るのだった。

 これも、ククルカンのおかげか、と義清たちは思った。

いくら、斬っても刃先の刃こぼれは一切無かった。斬れ味も変わらないのだ。

 部落の者は皆、呆れたような表情をして二人の伐採を観ていた。


 義清と弥兵衛が切り倒した樹を村人が総出で枝を払った上で、部落に運び、周囲に柵を巡らすという段取りで進んだ。五千人による壮大な土木工事と言えた。


 竜王丸は柵の次は、門作りと考えていた。門と言っても、城門であり、三人は入れるが、段々と通路が狭められ、最後は一人ずつしか出られないという仕掛けの門である。奥が狭まっていくトンネルのような門である。警戒されないよう、入口は広くしておく必要がある。入口が狭くては、警戒される、と思ったのである。

 

また、夜は夜で、村人で屈強な者を選抜して、槍の訓練をさせることも考えていた。

 当時、槍は投槍であった。敵目掛けて、アトラトルといった槍投げ用の治具を用いて槍を投げつける、ということが槍を使う常識であった。

 

竜王丸たちは槍を投げずに、手で持って突き刺すということを村人たちに教えるつもりであった。槍を持っては達人である北畠弥兵衛が居る。

 そのためには、槍も作らねばならない。穂先には黒曜石とか火打石といった石器は付けず、鋭利に尖らすだけで良いと思っていた。槍になりそうな木の選定をホルポルに依頼しておいた。


 数日が過ぎた。


 部落の周囲は頑丈な柵で囲われた。柵は、木の枝で覆われ、中が覗けないようにされていた。柵では無く、塀のように見えていた。高さは十尺(3メートル)程度であったが、登れないように、外側に傾けてあった。


 部落の正面と裏と、要塞みたいな門が二箇所造られていた。高さは二十尺(約6メートル)程もある頑丈な石積みの門となっていた。入口は五、六人は楽に入れそうな広さだったが、中は暗く、歩くにつれて、道幅が狭くなっていた。一人しか通れない狭さとなった。

奥が突き当たりとなっており、左に曲がると右手が明るくなっている。


そこがようやくこのトンネルの出口であり、そこに三人の村人が槍を持って、待ち構えるという仕掛けだった。敵の戦士一人には必ず、三人の槍を持った村人が応戦することとした。槍の使い方に関しては、弥兵衛が手を取るようにして、じかに教えた。


「敵に、情けはかけない。下手な情けは後日の仇となる。三人の内、真ん中の者は敵の顔を突く。左右の二人は、敵の足を突く。先ず、倒してから、今度は三人の槍で敵の喉を突く。こうすれば、必ず勝てる」


弥平次は村人と協同して、弓と矢作りに励んだ。


竜王丸はまた、敵の矢が上から飛来することを想定し、屋根付きの兵士道を要所要所に設けた。この道を通って、兵士が村の中を移動する限り、頭上から飛来してくる矢は無力化されると考えたのである。


村の婦女子、年少者並びに老人に対しては、避難所を設けて、戦闘時は一箇所に集めておくように手配した。避難所の屋根には厚く土を盛り、火矢に備えることとした。


竜王丸の指揮下、模擬戦も行い、連携する動き等で齟齬ある場合は即座に修正した上で、全体の統制を徹底した。


このようにして、一週間が瞬く間に過ぎた。


斥候に出していた戦士の一人がメシーカの本隊が粛然と村に近づきつつあるという知らせを持って、ホルポルのところに現われた。



五の巻 終わり

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マヤ・ファンタジー 五の巻 三坂淳一 @masashis2003

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