マヤ・ファンタジー 二の巻

三坂淳一

マヤ・ファンタジー 二の巻

二の巻


竜王丸たちが出たところは闇の中であった。徐々に目が慣れて、竜王丸たちは立ち泳ぎをしながら周囲を見渡した。


「竜王丸さま。どうも洞窟のようでござりまするな」

傍らに浮かび上がった義清が驚いたように小声で囁いた。

「二箇所ほど、灯りが燈ってござるよ」

弥兵衛が呟いた。

弥平次も周囲を怪訝そうに見渡していた。

「しかし、洞窟にしては少し妙でござる」


「ともかく、水から出るのが先決であろう。あそこから上がることとしよう」

四人は静かに泳いで、岸辺に近づき、そろりと岸辺に這い上がった。

立ち上がり、周囲を見た。鍾乳洞とは異なっていた。未だ、見たことはなかったが、昔東郷金明から諸国話として聞いた金山の坑道と似ている、と竜王丸は思った。しかし、それにしては、壁に掘った痕跡は無く、つるつるとしていた。まるで、何かに溶かされたような滑らかな表面をしていた。


四人は茫然と立ち尽くし、奥へ続く洞窟の道を見詰めていた。壁に二箇所、灯りが燈されていた。四人は灯りに近づき、仔細を観察した。驚いたことには、油の臭いもしなければ、蝋燭の芯も無かった。炎が無く、ただ小さく光っていた。竜王丸はその光を触ってみた。熱いだろうと思っていたが、意外に熱くは無かった。ただ、球体があり、それが光っているだけであった。四人は黙って、その光るものを見詰めるばかりであった。


“お前たちには不思議であろうが、それは蝋燭でも無ければ、油も使ってはおらぬ”

どこからか、声がした。四人はお互いに顔を見詰め合った。四人の声ではなかった。

警戒しながら、周囲を見回した。


“それは、熱を持たぬ灯りである”

心を鷲掴みにするような厳かな声であった。


「何者! 姿を見せよ!」

竜王丸は油断無く身構えながら、鋭く言った。


“どこを見ておる。ここじゃ、洞窟の中じゃよ”

四人は洞窟の奥に目を凝らした。

やがて、白い影が見えた。その影は竜王丸たちに近づいてきた。


老人であった。

ゆったりとした白い服を着ていた。古代の貫頭衣のようにも思えた。

背が非常に高かった。竜王丸たちの中で一番背が高く、六尺近い大男の義清ですら、びっくりするような身長であった。七尺近い身長であった。細長く彫りの深い顔に口髭と長い顎鬚が目立った。


“私を見て、驚いている様子だな。しかし、驚くことはない。お前たちに危害を加えるつもりは毛頭ない。安心するように”

驚くべきことに、老人の口は動いてはいなかった。しかし、老人の言葉は不思議な響きで竜王丸たちの耳に響いてきた。まるで、耳の中で言葉が発せられているような思いがした。

これが噂に聞いたことのある腹話術であろうか。竜王丸はそう思った。

「そなたはこの洞窟の主か?それがしたちは沼に出没する怪しきものを追って、ここに参りし者でござる」

竜王丸がこの老人に正面から相対する形で語った。

“お前がこの者たちの主人か。なかなか立派な若者だ。私はこの洞窟の主で、人々からはククルカンと呼ばれている者だ”

「それがしは竜王丸と申す。では、ククルカン殿にお訊ねしたき儀がござる。この洞窟の中で怪しきものを見ざるやいなや?」

“お前たちが探しているものは、あれであろう”

ククルカンは微笑みながら、おもむろに洞窟の奥を指差した。

そこに、紛れも無く、竜王丸たちが見た巨大な大根のようなものがあった。

それは、白くつるつると輝いて見えた。

「あっ、あれこそ紛れも無く、それがしたちが探し求めていたものでござる」

“あれは私の乗り物である。決して、怪しいものではない”

「乗り物と申されたか。はて、合点がゆかぬ。一体、どのような乗り物か?」

竜王丸たちから見たら、乗り物と言えば、馬か輿か駕籠といった乗り物であったが、今目の前にあるものはそれらのいずれでも無かった。

“はて、説明するとなると難しい。竜王丸と申す若者よ。乗ってみるか? 乗ってみればすぐ分かるぞ”

「竜王丸さま。およしなされ。捕らえる計略かも知れませぬぞ」

義清が竜王丸の手を引いて、囁いた。

“心配することは無い。私はお前たちの敵ではない。この乗り物でお前たちを案内してやろうと思っているだけだ”

「義清、このククルカン殿はそれがしたちの考えていることが全て分かるようだ。無駄に、時を過ごしても仕方があるまい。乗り物とやらに、乗ってやろうではないか」

「竜王丸さま、いざとなれば、相手は一人、こちらは四人でござりまする。組み打ちでよもや後れを取るとは思いませぬ」

弥兵衛が言い、弥平次も大きく頷いた。

「あい分かった。ククルカン殿、それではご好意に甘えようと存ずる。その乗り物にそれがしたちを乗せて下され」

“竜王丸、そなたの名前は覚えた。姓は佐々木か京極であろう。他の者の姓名を教えて欲しい”

「それがしの右に居るのが、南部義清」

ククルカンはじっと南部義清を見詰めた。ふと、微笑んだ。

“剣に自信のある者とみた。ただ、惜しむらくは猪突猛進”

南部義清は驚き、且つ、むっとした顔でククルカンを睨んだ。

「南部義清の右に居るのが、北畠弥兵衛」

“槍に自信のある者とみた。ただ、惜しむらくは優柔不断”

北畠弥兵衛もあっけに取られ、苦笑いをするばかりだった。

「その右に居るのが、西田弥平次」

“忍びの達人と見た。ただ、惜しむらくは親の愛情を知らぬ”

西田弥平次は少し嫌な顔をした。


「乗り込む前に、ククルカン殿、それがしたちはこのように裸である。今一度、洞窟の外に出て、服なぞ持参致したいと存ずるが」

“それもそうであろう。しかし、今一度、潜るのは大儀であろう。地上に出る道を案内してやろう。”

こう言って、ククルカンは洞窟の壁に近づいた。何やら、呟いた。今度は、ククルカンの唇が動いて言葉が発せられた。呪文のような響きであった。

驚愕したことに、壁の一部が扉のように開いた。中は空洞で上に上る階段があった。

ククルカンを先頭に階段を上った。行き止まりとなった。また、ククルカンが何か呟いた。すると、突き当りの壁の一部が開き、外界の眩い光が洪水のように押し寄せ、竜王丸たちの眼を眩ませた。

一行は外に出た。

眼下に、龍神沼が神秘的な水を湛えて広がっていた。

“ここから、下に降りて、服を着替えたらどうか。荷物は全て、持参しても構わない。勿論、武器も含めて。私にはお前たちの武器は意味を持たないから。私はここで待っている”


四人は旅の姿に戻り、荷物を携えて、先ほどの場所に戻った。すると、岩の扉が開き、ククルカンが待っていた。

“おお、その姿がお前たちの本来の姿か。実に素晴らしい服だ”

ククルカンは暫く、竜王丸たちの直垂・袴姿を見ていた。

“竜王丸、お前は大望のある身だな。貴人の血が色濃く流れている。流浪の貴公子であるか”

ククルカンは少し感傷的な顔になった。

また、ククルカンを先頭にして階段を下りて、洞窟の中に入った。

“これから、洞窟の道を通って、私の館に案内しよう”


ククルカンはその巨大な大根のようなものに近づき、指を鳴らした。

戸が開いた。中に座席があった。座席は一列に二つ、四列で八人が座れるような造作となっていた。

“順番にお入りなされ”

ククルカンに促され、竜王丸たちは乗り込んだ。

「ひどく、柔らかい床机でござるな。座り心地はようござるわ」

弥兵衛が感心したように言った。

中は白一色で座席の他は何も無かった。窓も無かった。

最後に、ククルカンが乗り込んだ。

ククルカンが何やら呟いた。戸が閉まった。また、何か呟いた。その乗り物がそろそろと動いた。動いたと思った瞬間、凄い速さで洞窟の中を走り出した。体がすごい力で背もたれに押し付けられた。


“さて、ゆるりと語ることとしよう”

“私は先ほども申したように、これから行くところではククルカンという名で呼ばれている”

“しかし、他では別な名前でも呼ばれている。これから行くところは中央の地方であるが、北部の地方ではケツァルコアトルという名前で呼ばれている。ケツァルというのは綺麗な羽毛を持つ鳥の名前で、コアトルというのは蛇のことだ。つまり、羽毛のある蛇ということになろうか”

ククルカンは少し微笑みを浮かべた。


“そうそう、説明するのを忘れておった。ククルカンのククルはケツァル鳥のことで、カンは蛇のことよ。従って、ケツァルコアトルもククルカンも同じ意味で、羽毛のある蛇ということになる。地方によって、言葉が異なっているのだ”


“名前の由来となると、私にも実は分かっていないのだ。現地人の名前の付け方は独特だからな。ケツァル鳥はその地方の神話では神の子の化身とされている。罰を受けて鳥に姿を変えられた神の子の化身という伝説もある。私がほんの気紛れで行ったことが神の仕業とされたのかも知れない。また、蛇はおそらく私の高い身長が蛇のように長いということでそのような名前がつけられたのかも知れない。私自身はこの名前が気に入っている”


“また、南部の国ではビラコチャという名前でも呼ばれている。私も忙しい男でな、いろいろと昔は活躍していろいろな国を動き回ったものだ”


“もう気付いていることと思うが、私はお前たちの住む星とは別な星からやってきた者だ。異星人とでも言うのであろうか”

「別の星、と仰せられたか。別の星とは一体どのようなものでござる?」

弥兵衛が眼を丸くしてククルカンに訊ねた。

“平たく言えば、今私を含め、お前たちが住んでいるところとは別なところと言うことじゃ。夜になると、いろいろな星が見えるであろう。その星の一つから飛んできたということじゃ”

竜王丸以下、愕然とした思いでククルカンを見た。


“私の住んでいた星は高度な文明を誇っていたが、自分たちの作った武器で争いが始まり、滅びの道を辿った。私はその愚かさが嫌になり、その星を飛び出した。偶然、この星に降り立ち、ここが気に入って住んでいるということだ”


“私の寿命はお前たちの百倍はある。私はもう三千年以上、この星に暮らしておる”

“時々は地上に出て、私を探しに昔の星の敵が来ていないかどうか、見回りをすることにしている。たまたま、お前たちの住んでいる国の村人に見られてしまったが”

“恐怖を持たせ、村人が近寄らないように、沼から出没するという派手なことをしていたのであるが、あにはからんや、お前たちのような向こう見ずの無鉄砲な若者がいたとは、少し私の計算違いであった”

ククルカンはまた微笑んだ。


“とは言うものの、実際のところは、私はお前たちを気に入っている。竜王丸、汝は若い頃の私を思い出させる。私も若い頃はお前のように、大望のある身でありながら、命知らずで無鉄砲な若者であった。はや、故郷の星を捨てて、四千年が経つ。どうも、年齢を取ると感傷的になるものだ。今のお前に、私はどうも郷愁を感じているようだ”


“さて、それはともかく、話を進めよう”

“前にも話したように、この星に来たのは三千年前であった。それから、五百年の間、私は住むべき館の建築に没頭した。と同時に、今通っているような道もこの星のいたるところに館から直接繋がるように造った。”


“館造り、道造りも一段落した後で、私は地上に出て、現地人と交流を始めた。これは、無論私の気紛れによる。何も、現地人と交流する必要はなく、現地人の発展をただ見てれば良かったのであるが、少しでも速く発展させてやりたいという私の善意と退屈しのぎの暇潰しという二つの気持ちから私は時折現地人の営みに介入した”


“しかし、その内、私を激怒させるようなことが起こってしまった。”

“竜王丸たちは思いもよらないであろうが、宗教儀式の中で、生贄という恐るべきことが行われ始めたのだ”


“農業が始まると、これはどこの国でもそうであろうが、天候に対する関心が最重要の関心となってくる。種を蒔くべき時を知り、種を蒔いた後は、太陽はちゃんと明るく地上を照らし、雨はちゃんと降ってくれるという状態が一番農業には良いのだ”

“いつのまにか、太陽を確実に上がらせるためには人にとって一番大切なもの、つまり人間の命を捧げなければならない、という考え方を採るような馬鹿な神官、祭司が増えてきた。また、旱魃が続けば、雨の神にやはり人間の命を捧げるという馬鹿げた思想がでてきた”

“その結果、身の毛もよだつような生贄の殺人儀式がはびこるようになってしまった”


“生贄を得るてっとり早い手段として、部族間の戦争が常態となり、花の戦争と称して捕虜獲得のためだけの戦争が定期的に行われるようになってしまった”

“生贄は生きたまま、捕らえなければならない。殺す戦争ではなく、捕虜を得る戦争で狙うは相手の王か貴族か勇敢な戦士ということになる。高位の捕虜を獲得したところで戦争は終わる。一般の農民は捕虜としての値打ちは無いと見なされ、戦争の対象からは外された”


“捕らえた捕虜は、竜王丸たちの国でもそうであろうが、儀式の時に斬首される。或いは、生きながら、胸を切り裂かれ、心臓を抉り取られる。その後、皮を剥がれる時もあれば、人肉を儀式の中で食べてしまう、ということも頻繁に行われるようになった”

“私は、捕虜を殺した後、その皮を剥ぎ取り、神官が剥ぎ取った皮を被って狂ったように踊っているという光景を何度も見た。まさに、吐き気を催す光景だった。また、人肉喰いということも耐え難い慣習だ。生贄となった人体は神と通じ合った人体であり、聖なるもので、その肉を食べるということは神と通じ合う、という妙な理屈で食べるのだ。馬とか牛とかいった大型の家畜のいない国では人の肉が手っ取り早い蛋白質補給源となるのか。これも私には耐え難い慣習であった”

“止めさせようとしたが、出来なかった。私は絶望し、現地人とは接触を持たないことに決め、彼らの前から姿を消した。それから、今に至っておる”


竜王丸たちも、ククルカンの生贄の話には思わず背筋が凍る思いをした。

「それがしたちの国では生贄の風習はありませぬな。神代でのことはともかく、今の世では、そのような野蛮な風習はござらぬ。ただ、今は戦国の世でござれば、戦場での首取りは常のことでござるが」

竜王丸がククルカンに言った。


“おお、はや着いたようだ”

“始めに、断っておくが、お前たちはもうお前たちの国を離れ、この星で言えば丁度反対側のところに居る。お前たちは知らないであろうが、この星は丸い形をしており、お前たちの国と今居るところは丁度反対側なのだ”

竜王丸たちはきょとんとしていた。ククルカンの話は竜王丸たちの理解をはるかに越えていたのであった。ククルカンは竜王丸たちの心の内を読み、微笑みながら言った。

“まあ良い。後で説明してやろう”

“さあ、我が家に着いた。降りることとしよう”

ククルカンがまた呪文みたいな言葉を呟いた。

扉が静かに開いた。

竜王丸たちが降り、最期にククルカンが降り立ち、扉は閉まった。


竜王丸たちは周囲を眺めた。今まで見たこともない光景が広がっていた。岩の洞窟では無く、白一色のつるつるした壁に覆われた部屋に居た。広大な部屋であった。千畳敷もありそうな、と竜王丸は思った。壁に穴が何本か開いていた。その内の一本の穴を通って、ここに辿り着いたものと思われた。


「ククルカン殿。壁の穴は今の乗り物のための穴でござるか」

“その通りだ。今、お前たちが乗ってきた乗り物は八人乗りの高速飛行自動車であり、壁の穴は全部で十本あり、お前たちの国の他、この星のいろいろな国に繋がっている”


“そう、先ず、この星のことを教えてやろう”

ククルカンが何か呟いた。床の一部から箱のようなものがするすると上がってきた。

箱には小さなものが付いていた。小型の硯箱のようなものだった。ククルカンがそれを外し、指で表面を触った。箱の中央が光を発し、丸い球体が映し出された。

竜王丸たちは茫然とその映し出された球体を見詰めた。


“これがこの星の実際の姿であり、空に浮かんでいる。美しい星だ。お前たちの国はこの小さな島だ。そして、今お前たちは反対側のここに居るのだ”

その球体はゆっくりと回転し、ククルカンは指で示した。


“お前たちの国を拡大して見ることとしよう。この島の・・・、この地方の・・・、ここが龍神沼だ”

ククルカンの説明に合わせ、地図が拡大されていき、龍神沼がようやく視界に現われた。

竜王丸たちは茫然とした思いで、小さな島が大きく拡大され、龍神沼の全景がその画面に徐々に出現してくる様子を見詰めていた。竜王丸は信じられないという表情をして、ククルカンを見た。


“この星も他の星と比べたら、それほど大きな星ではないが、お前たちの島もこのように海に浮かぶ小さい島だ。まして、龍神沼なぞはこの縮尺では目にも見えないほどの大きさでしかない”


「ククルカン殿。今、それがしたちはこの星のここに居ると申されたが、俄かには信じがたい話でござる。乗り物にて、ほんの少しの間、乗ったばかりでこのようなところに居るとは、まことに信じがたい」

“龍神沼から出て、夜明けに戻ってくるまでに、あの高速自動車はこの星の空を十周ほど回っているのだ。それほど速い乗り物なのだ。驚くには値しない”

“そうだ、ここの外界の様子を見せてやろう。ここは暑いところだ”

ククルカンはまた硯箱をいじり始めた。画面が変わり、鬱蒼とした森が現われた。

“どうだ。お前たちの国の森とは大分違った森であろう。もう少し、拡大してやろう。どうだ、この紅い花は。お前たちの国には無い花だ。ほら、ここに動物が居る。この動物は肉食の大型動物だ。南部義清と言えども、剣でこの動物を退治するのはなかなか難しい”

黄色い肌に黒の斑紋を持つ動物が大きく拡大された。その獰猛そうな顔に、竜王丸一同は思わず身構えた。

“そう身構えずとも良い。ここから相当離れた場所の画面に過ぎない。この地方では、この動物が一番強い動物だ。その強さ故、現地人には尊敬されており、この動物を倒す者は勇者中の勇者としてさらに尊敬されるのだ”

「この動物はそれがしたちの国にはおりませぬ。まことに、今それがしたちは異国に居るということでござるなあ」

義清が感嘆したように呟いた。


竜王丸たちは穴堀りに使われたという自動人形も見せられた。竜王丸たちと同じような身長の自動人形であったが、全身が金属で作られていた。お前たちの剣よりも強い金属で出来ているとのククルカンの説明であった。また、奇妙な部屋も見せられた。線香一本が燃え尽きる程度の時間で全身の疲労が回復するとの説明であった。ククルカンの説明によれば、この部屋に毎日入ることによって、長い寿命が保たれるとのことであった。その他、ククルカンの武器も見せてもらった。握りの付いた筒状のもので、筒の中から光が出て、敵を貫通し倒すとの説明であった。

“この武器を使ったことはほとんど無い。千年過ごした中で数回といったところだ。現地人はこの武器のことをシウコアトルと名付けて恐れている。シウは火、コアトルは蛇のことであるから、まあ、火の蛇といった名前か”


“竜王丸、少しこの国で過ごしてみる気はないか。このまま、元の国に帰ったところで面白くもあるまい。少し、この国を体験してみるのも悪くはないだろう”

「もとより、それがしたちは諸国を行脚し、いろいろと修行をするつもりでござるによって、この国で修行するのもよかろうと存ずる」

竜王丸は義清たちを振り返って言った。

「そなたたちの考えはどうじゃ?」

義清たちはお互い顔を見合わせていたが、考えは同じと見えた。

「それがしたち三人は同じ考えでござる。竜王丸の行かれるところ、それがしたちも喜んで参りまする」


“よし、それならば、お前たちに旅の土産として、三つのものを進呈しよう”

“一つは防御服である。実は私も着用している”

ククルカンは膚を覆っている透明で薄い布のようなものをつまんで示した。

“これは極めて薄いが極めて丈夫な防御服である。これで、頭から足の指まで着用すれば刀はおろか、矢も通さない。頭部用、上半身用、下半身用、手袋、足袋と全身を覆うことが出来る。頭部用は呼吸も出来るように作られてある。着心地も良い”


“二つ目はお前たちの武器をより頑丈に強くしてやろう”

“刀、槍、矢といった武器に特殊な合金を蒸着してやろう。刀なら斬鉄剣となり、何でも斬れ、しかも折れない刀となる。槍、矢の場合も何でも射抜く強度を持つようになる。私が進呈する防御服が唯一この斬鉄剣に対抗しうるものである”


“三つ目は携帯用の食料である。”

“小さな粒であるが、一日に一粒服用するだけで十分である。空腹感は感じない。水だけ飲んでいればよい。便は出ないが心配することはない。まあ、一ヶ月ほどの滞在で十分であろうから、三十粒ほど進呈しよう”


“どれ、お前たちの武器を貸してごらん”

ククルカンは竜王丸たちの武器を取り上げ、刃を剥き出しにした上で、四角い箱の中に入れた。これも線香一本程度の時間で済んだ。刃は何の変化も無かったように感じられたが、よくよく見ると、微かに青みがかった色になっていた。


“そうそう、大事なものを忘れていた。これじゃ”

ククルカンは小さな粒を二つ見せた。

“これは耳に入れる。表面が柔らかくなっている。これを耳に入れておけば、相手の言葉が全て分かるようになる。また、こちらのものは服の首のところにでも、このように付けておく。こちらの言葉が相手の心に伝わるようになる”

「つまり、異国の者同士でも意思がお互い伝わるということでござろうか。はて、玄妙なからくりでござるなあ」

弥兵衛がひどく感心したような口振りで話した。


“さて、それでは、一人ずつ、あの疲労回復の部屋に入り、旅の疲れをきれいに落としてから、この国の見物に出かけることとせよ”

ククルカンが竜王丸たちに言った。


直垂、袴姿より行者姿の方が動きやすく良かろうということになり、竜王丸たちは全員防御服を着用した上で、白い筒袖、股引という姿になった。一応、頭部用の防御も行った。 

なるほど、ククルカンの言う通り、呼吸もしやすかった。驚いたことに、着心地も良く、暑苦しさは微塵も無く、むしろ清涼感さえ感じる防御服であった。

ククルカンが先頭に立ち、地上に出る穴の階段を上った。


出たところは密林の中であった。鬱蒼とした密林で、草の匂い、樹木の匂いが充満していた。木陰から洩れ来る太陽の光は眩いばかりで、相当暑いはずであったが、防御服のおかげで暑さは感じられなかった。汗もかかない。竜王丸たちはいっぺんにこの服が好きになった。


ククルカンと別れ、竜王丸一行は異国の地での冒険の旅に出た。

 遠くで、鳥の甲高い鳴き声がした。また、獣の唸り声も聞こえた。不気味な響きであった。

 「みなのもの、これからが修行の旅ぞ。油断することなく、おのれを磨こうぞ」

 竜王丸たちは慎重に密林の中を歩いた。

 ふと、弥平次が立ち止まり、地面に耳を押し付けた。

 「大勢の足音が聞こえまする。方々、ご用心あれ」

 その内、人の声が聞こえてきた。

 竜王丸たちは緊張しながら歩を進めた。



二の巻 終わり

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マヤ・ファンタジー 二の巻 三坂淳一 @masashis2003

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