第07話「創造主」
圧縮された世界の中で、
訓練を開始してから三時間、とは言っても、ライガンド
瞬きすらも終わらないその時間の中で、大雅は黒の武器「
「そうよ、振るうも振るわないも、斬るものも斬らないものも、どこまで破壊するのかも、全てキミが自分の意志で決めるの。それが黒の武器を持つものの責務よ」
スラリとした、それでいて女性らしい美しい体を、まるで水着のように扇情的な鎧につつんださくらが、
数回ブリューナクを受け流した槍は、あっという間に傷だらけになった。
「すとーっぷ! 大雅くん! さくら! そろそろ休憩! 休憩ですよお!」
両手を真っ直ぐ上にあげて、
「そうよ大雅、根を詰めすぎてもいけないわ。もう休んで」
ハラハラしながらも声をかけることも憚られ、ただ見守っていることしか出来なかった
二人の静止に武器を引いたさくらは「そうね、今日はこれくらいにしましょう」と菜花の元へ戻った。
「はい! ありがとう……ございました!」
それだけ言葉を発すると、大雅は大の字になってその場に転がり、荒い息を吐きながら腕だけでブリューナクを持ち上げる。
「雷光とともに去れ。
呼吸を整えながら命じたその言葉に従い、ブリューナクは黒い稲妻となって四散した。
バタッと腕を落とし、苦しそうに荒い息を吐く大雅の元に、撫子が駆け寄る。
「おつかれさま。すごいね、大雅」
大雅の頭を自分の膝に乗せ、懐から出したハンカチで丁寧に汗を拭う。
二人は微笑み合い、手を握った。
「あらあら、やけちゃうわね」
「そうか? ……おままごとみてぇで微笑ましいとしか思わねぇけどな」
「うんうん、可愛いですねえ」
大雅たちが自分たちの世界を構築しているのを見て、さくらが肩をすくめるが、
「それよりさくらさん、ありがとな。俺たちじゃレベルが低すぎてあいつの相手は務まらねぇ。ほんと、助かる」
「ねえ『さくらさん』ってやめて欲しいわ。凄く自分が年上になった気分。『さくら』って呼んでいいのよ。私も『達臣』って呼ぶから」
ニッコリと微笑んださくらの目は少し怖かった。
「あのあの、私も! 同い年ですから『菜花ちゃん』じゃなくて『菜花』って呼んで欲しいですう」
「いや、同い年でも呼び捨てはおかしいだろ……ま、それが良いってんならそうするけどよ」
達臣は苦笑いをしつつそう答える。
さくらは微笑み、菜花は「やったあ」と掌をたたいた。
「……なんか達臣さんモテ期?」
撫子の膝の上から三人を見た大雅が、そう呟く。
「……うらやましいの?」
「え? ううん、僕のほうが羨ましがられてるよ。きっと」
二人は握った手にギュッと力を入れた。
――ピシッ
五人の居る場所から少し離れた壁際から、何かの弾けるような音が響いた。
全員の視界に〈WARNING〉の文字と〈システム
立ち上がった五人の前で、ノイズのよう裂けた空間から、黒い刀がニュッと現れた。
「やっと……見つけたよ……」
黒い剣に続き、大雅に似た黒い鎧と鬼の面頬をつけた男が身を乗り出す。
「
男は黒い刀をヒュッと振ると、大雅たちの知らないボイスコマンドを次々とつぶやきはじめた。
男の背後にあったノイズのような空間の裂け目が閉じ、5人の視界に浮かび上がっていたワーニング表示が静かに消える。
「うん……5番
男の目にはライガンド内では表示されないはずの〈LIGAND-0002-純-22〉のカーソルが表示されていた。
「22レベル!? それに……あの剣は……
さくらがトライデントを構える。
純と対峙しながら、達臣は大雅と撫子の前までゆっくりと移動した。
「大雅、撫子、気をつけろ……
頷く大雅の後から、呆然としていた撫子が一歩、脚を踏み出す。
「その……剣……お兄ちゃんの……」
背中のショートスピアを構えると、さらにもう一歩、足を進める。
「撫子!」
大雅が肩にかけた手を振り払って、撫子は真っ直ぐに走りだした。
「お兄ちゃんを! ……返せ!」
――
そう言っていた撫子が、叫び声を上げ、涙を流し、闇雲に槍を振るっていた。
しかし、武器の性能、本人のレベル共に雲泥の差があるのはいかんともしがたい。槍は細切れに切り刻まれ、撫子は簡単に討ち倒された。
「ううううっ! ああああああっ!」
絶叫。
普段の撫子からは想像もできないような叫び声を上げると、脇差しを抜き放ち体ごとぶつかってゆく。
余裕を持って待ち受けた純は、クラウ・ソラスを軽く突き出した。
「天を駆る黒き
一陣の黒い疾風となり、大雅は撫子に突き刺さる寸前のクラウ・ソラスを抑えこむ。
背中にぶつかった撫子を支え、ブリューナクでクラウ・ソラスを押し返しながら、ふり返りもせずに撫子に言葉をかけた。
「……撫子。落ち着いて。仇をうつんじゃないんだろう?」
撫子の持つ脇差しが大雅の脇腹を傷つけ、血がにじむ。
「復讐のための戦いじゃなかったはずだよ。撫子が怒りや憎しみで武器を振るう姿は……僕は見たくない」
脇差しを取り落とすと撫子はふらふらと後ずさり、駆け寄った菜花に支えられ、気を失った。
同じ黒の武器とは言え、実力の差はいかんともしがたい。
押し返され、そのまま押しつぶされそうになった所で、フッとクラウ・ソラスの刃が引かれた。
飛び退る純が一瞬前まで居たその場所に、ものすごい速さで二本の刀が打ち下ろされる。
片膝を付いた大雅をかばうように立ち上がったのは、二刀を構えた達臣だった。
「おいお前、俺のことザコだと思ってんだろ! 無視すんじゃねぇよ」
「そうですよおっ」
連続で黒の武器を使うことが出来ないさくらに撫子を預け、菜花も朱塗りの薙刀を構えて達臣の横に並ぶ。
「私もそんなに暇じゃないんだ。それに、あまり圧縮世界にいると
突然語られた知っている名前に、菜花が驚き、薙刀を下ろす。
「蒼紫くんを知ってるの!? 蒼紫くんは今どこにいるんですかあ!?」
「とりあえず、今は邪魔だよ」
無造作に、一歩を踏み出した純が次の一歩で菜花の隣に現れる。
クラウ・ソラスを素早く何度も突き出すと、菜花の袴はずたずたに裂け、体には無数の切り傷が現れた。
悲鳴を上げて自らの作った血の海に倒れた菜花をしゃがみこんで観察すると、純は「あと……五刺しくらいか」とつぶやき、同じように小刻みに菜花を突き刺す。
「てめぇ! 何やってやがんだああああ!」
薙ぎ払うように二刀を振り回す達臣の剣は、しかしクラウ・ソラスによって事も無げに受け流された。
ピクピクとのたうっていた菜花が光の粒子となって消える。
純は立ち上がり、クラウ・ソラスをゆっくりこちらに向けた。
「何って、
続けて繰り出された大雅のブリューナクの斬撃ですら、純は軽やかに躱す。
「石動くんには用があるんだ、大人しくしててくれないか」
チャキッと言う小さな音を立てて、クラウ・ソラスを逆手に持ち変える。目にも留まらぬ速さでそれを振り下ろすと、大雅の腕は考えられない方向に曲がっていた。
「大雅!」
振り返る達臣の目の前に現れた純の手元から、菜花の時と同じように素早い突きを繰り出される。
吹き飛ばされた達臣は二刀を地面に突き刺し、何とか倒れるのをこらえた。
「あれ? 確かに殺したと思ったんだけど……キミしぶといね」
心底驚いたとでも言うように、純は目を大きく見開く。
「馬鹿にすんなよ……二刀は元々防御の型だぜ」
口の中の血を吐き出し、達臣は立ち上がる。
震えながらも二刀を大きく構え、最後の突撃の構えをとった。
「少しオーバーキルが発生するけど……仕方がないな」
達臣の気迫に答えるように、純もこの戦いで初めて基本に忠実な中段の構えをとる。
両者の間に張り詰めた空気が流れた。
「……もうやめてぇぇ!」
さくらが叫ぶのと二人が交差したのは、ほぼ同時だった。
互いの位置を変え、残心する純の面頬のあご先から鮮血が滴り、真っ二つに割られた面頬が地面に落ちる。
額から流れる血をそのままに、純はクラウ・ソラスを鞘に収めた。
その背後で、ゆっくりと崩折れた達臣が、光の粒子となって消える。
気を失ったままの撫子を抱きかかえ、さくらは大雅のそばへと寄り添うと、片手でトライデントを構えた。
「さあ、二人共、黒の武器を渡してもらおうか。それは私が管理するのが一番理にかなっている」
「そうやって、お兄ちゃんからも
いつの間にか気がついた撫子が、さくらの腕の中から起き上がり、純を睨みつける。
純は初めて撫子に気付いたとでも言うようにその目を真っ直ぐ見返した。
「キミはさっきから何を……」
ハッとしたようにECNレンズを確認し、純の動きが止まる。
「……双葉撫子……双葉……だと?」
ふらりと後ずさり、鞘に収められたクラウ・ソラスに目を落とした。
突然、〈DANGER〉〈
次々と表示される〈
数秒のうちに一応の対応を終わると、クラウ・ソラスを抜き放った。
「今日はもう帰ったほうが良さそうだ。私としてもキミ達があいつらの手に渡ることは具合が悪い。黒の武器は危険だと言うことを忘れずに。では、いずれまた……圧縮された世界で会おう」
純がボイスコマンドを呟きながらクラウ・ソラスを振るう。
ピシッと言う亀裂が走る音とともに、全員の視界に〈WARNING〉の文字と〈システム
中空に現れたノイズまみれの亀裂に、純は身をおどらせる。
その瞬間、誰も〈
一瞬の目眩の後、大雅は両腕がしびれて動かないことに気づき、バランスを崩した。
同じく体を抑えて倒れかかってきた菜花と頭がぶつかり、「てっ」「みゃっ」と声を上げる。
テーブルの向こう側では、喉を抑えてよろめいた達臣をさくらが支えていた。
「あいつ……なにもんだ?」
まだ温かい紅茶を飲み下し、喉をさすりながら達臣が呟く。
「……実際に会ったことはないけれど、ライガンドのECN表示が偽装されていなければ、ライガンドの創造主とも呼ばれるライガンドアプリ開発者にして2番目の
「アプリ開発者? あいつがライガンドを作ったっていうのか?」
驚く達臣にさくらが頷く。
大雅とぶつかった頭を撫でていた菜花も一緒に頷いた。
「ECN
「まぁ眉唾よね」
圧縮世界から戻って来て、まだ一言も口を開いていない撫子を気遣わしげに見ながら、さくらは断言する。
「そもそもライガンドは一部の
部屋の中に静寂が訪れる。
腕のしびれが引いた大雅が、撫子の手を握った。
ハッとした撫子が大雅の手を握り返す。
「……とにかくあの人に会いましょう。撫子のお兄さんのことも、僕の
「でも危険よ」
さくらの言葉に、撫子も大雅を見つめて頷く。
しかし、大雅は首を横に振った。
「あの人のやってることはめちゃくちゃだけど、言っている事に一本筋が通っていました。話をすれば分かってくれると思うんです。それに……」
繋いだ手を見つめ、目を伏せる。
「あの人の目的は僕のブリューナクでしょう。撫子がお兄さんの事で納得できる為なら、僕は喜んでブリューナクをあの人に渡します。それで、撫子に危険はないでしょう」
大雅の言葉に全員が顔を見合わせ、それぞれに笑顔を浮かべた。
「あっ、大変だあ! 撫子ちゃん帰る時間ですよう!」
菜花がECNの時計ウィジェットを見て思い出す。
様々な引っ掛かりを覚えながらも、大雅たちは慌てて地下鉄へ乗り込み、現実世界の流れへと戻っていった。
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