第06話「言霊」

菜花なのはちゃんから連絡来ませんね……」

 大雅たいがは、いつものようにゲームセンターの休憩室で缶コーヒーを飲みながら、ゲームを終えた達臣たつおみに漏らす。

 いくら「名前を知って言霊により支配下に置く」などと言葉で説明されても、今この状況で複数人戦闘マルチエンカウントを行う訳にも行かない。達臣の判断で、菜花のギルドマスターに会ってもっと詳しく説明を受けるまで、ライガンドの戦闘を行わない事に決まっていた。

 撫子なでしこにも中総体の実行委員で忙しいだとかでなかなか会えず、大雅は少々フラストレーションが溜まっていた。


「菜花ちゃんか? 連絡……来てるぜ?」

「え?」

 こともなげに答える達臣に大雅が食いつく。


「達臣さんそれマジで言ってんの!?」

「あぁ。紫陽花あじさいが咲いてただの新しい傘を買っただの、よくもまぁあんなに中身のねぇメッセージを送れるもんだと感心するくらい来てるぜ……」

 仕事中でも構わずに次々と送られてくるメッセージに、達臣は辟易していた。


組織ギルドの話は?」

「ねぇな」

 ガックリと肩を落とした大雅だったが、ゲンナリとした達臣の顔を見ると、意地の悪い笑いがこみ上げてきた。


「菜花ちゃん、達臣さんのこと好きなんじゃないの? ダメだよ、さすがに撫子より年下は犯罪だよ?」

 笑いをこらえながら、いつかの仇を取るように顔を覗きこむ。


「おう大雅、言うじゃねぇか! ははっ! そんな訳ねぇよ!」

 大雅の精一杯の軽口をいなして、達臣はいつもの様に飲み終えた空き缶をゴミ箱へ投げ込んだ。

 しかし、綺麗な弧を描いて部屋の反対側まで飛んだ空き缶は、珍しくゴミ箱の縁に当たって床の上を転がる。

 達臣は、舌打ちしながら空き缶を拾いゴミ箱に突っ込むと、尻のポケットからドラムスティックを取り出した。


「さて、もう一回ハイスコア更新したら今日は帰るわ」

 まるでライガンドの中の達臣のように、二刀流でスティックを構えると、『祭太鼓の人間国宝』の筐体へと歩き出す。

 二人の視界に菜花からのSNSメッセージが表示されたのは、まさにその時だった。




 その翌日、土曜日の午後。委員会で学校へ行っていた撫子と待ち合わせ、三人は地下鉄に揺られていた。

 制服姿の撫子にデレデレな大雅と、その横に嬉しそうに座る撫子を見て、無駄話でもしようかと思っていた達臣は「まぁ電車の中で話するのも何だし、音楽でも聴こうや」とECNレンズを通して音楽を共有する。

 視界に表示される「Points of Authority」と言う英語の曲名は大雅も撫子も知らなかったが、ヘッドセットから流れるノリの良い音楽は、時間を共有しているという気持ちが膨らんで心地よかった。


 25分ほどで到着したあおば市郊外の駅の前には、小さなバスプールと屋根の低い閑散とした商店街があり、その向こうには青葉ヶ岳あおばがたけの雄大な山々が広がっていた。

 駅前にある色あせた案内看板の前に立つ少女に、ECNのアイコンがポイントされている。


〈LIGAND-0012-菜花-05〉


「おーい、菜花ちゃん! 待たせたな!」

 達臣の大声に一瞬びくっと体を震わせた菜花は両手で胸にカバンを抱えて駆け寄ってきた。


「こんにちわあ。じゃあ早速行きましょうかあ」

 菜花と達臣、撫子と大雅が並んでゆっくりと街を歩く。菜花の話では10分ほどでギルドマスターの自宅に着くということだった。


「え? ご自宅なんですか?」

 いくら友達の紹介とは言え、いきなり自宅へ招かれるとは思っていなかった撫子は少し慌てる。


「ファミレスとか喫茶店とか、そういう所で会うんだと思って、手ぶらできちゃったわ」

「なんで? 何か持っていくものなの?」

「要らねぇだろ。ゲーム仲間に会いに行くだけだぜ?」

「大丈夫ですよお。気にしない子ですから」


 そう言う訳にはいかないと食い下がる撫子を皆でなだめて、きれいな住宅街にある沢山の同じような家々の中の一軒に、四人はすぐに辿り着いた。

 着く直前に菜花がSNSを送っていたのだろう、到着と同時にドアが開き、中から大人っぽいスラリとした女性が顔を出す。その瞳にカーソルがポイントされ、〈LIGAND-0005-さくら-11〉と言う文字が表示された。





 少女趣味と言うのだろうか。通された部屋は大きなぬいぐるみやクッションが並べられ、ポップな色に満ち溢れていた。


「お口に合えばいいけど」

 そう言ってテーブルに並べられたのは、手作りのアップルパイと紅茶。男二人は緊張して正座をしていた。

 その姿を見て小さくため息を付いた撫子が、姿勢を正して挨拶をする。


「はじめまして。双葉撫子と申します。この度はお招きいただきまして有難うございました」

 撫子の堅苦しい挨拶に、さくらは少し苦笑するとクッションを一つ抱えてベッドに腰を掛ける。


「同じライガンドゲームで遊んでいる友達よ? もう少し力を抜いてお話しをしましょう。ね? 撫子ちゃん」

「……はい」


「でも自己紹介は必要よね。順番に自己紹介をしましょう。まずは私から」

 クッションを脇に置いて立ち上がる。


「私は丹羽にわ さくら。21歳、保育士よ。ライガンドのレベルは11。よろしくね」

 さくらは簡単に自己紹介を済ませると、菜花に向かって頷く。

 勝手にアップルパイを食べ始めていた菜花は、慌てて紅茶でパイを流し込むと、口を抑えて立ち上がった。


空木うつぎ 菜花なのは6レベルです。あおば学院大学文学部日本文学科1年ですう」

「大学!?」

「うそっ!?」

 大雅も撫子も思わず声を上げる。達臣などは驚きのあまり声も出ず、ただ固まっていた。


「菜花は未だに小学生に間違えられるものね」

「これでも最近は中学生くらいには見られるようになったんですよう!」

 さくらの言葉通り、菜花を小6~中1だと思っていた三人はとりあえず謝る。「あのあの、仕方ないです。よくあることですから」と言う菜花の言葉に達臣以外は落ち着いた様子だった。

 自己紹介の順番は大雅に回る。


「えっと、僕は石動いするぎ 大雅たいが。16歳、高1、レベル2です」

「キミが黒雷の剣ブリューナクの持ち主ね?」

 さくらの瞳がスッと薄められる。大雅は頷き、自己紹介の順番は次へ回った。


「先程も言いましたが、双葉ふたば 撫子なでしこ、3レベルです。あおば東中学2年、14歳です」


「俺は不知火しらぬい 達臣たつおみ。レベルは3。20歳。運送屋やってる。よろしく頼む」

 達臣の自己紹介を聞いて、さくらと菜花は頷き合う。

 本棚から古い雑誌を取り出したさくらは、達臣へ向けてテーブルの上に開いて置いた。


「……大栄工業伝説の2番、あの不知火達臣くんよね?! 私たち大ファンだったのよ!」

 興奮気味のさくらに合わせて、菜花もぶんぶんと頷く。

 テーブルに開かれた雑誌には、高校生の達臣がカットインする写真が『ウィンターカップ2052ベスト5』のタイトルとともに見開きで掲載されていた。


「うわ……懐かしいの出してきたなぁおい」

「すげー! 達臣さん雑誌に載ってる!」

「言ったろ、そこそこ凄かったんだよ俺ぁ。……まぁ昔の話だけどよ」

「そこそこどころじゃないわ!」

 さくらが熱く語りだす。


「3Pもカットインも変幻自在、SGシューティングガードだけじゃなく、SFスモールフォワードPGポイントガードも難なくこなすオールラウンダーよ! バスケットIQに溢れたあのプレー、そして身体能力に裏打ちされたテクニック! ウィンターカップ県予選で決めた360スリーシックスティは未だにこの目に焼き付いてるわ!」

 バスケットボールを体育の授業でしか経験したことのない大雅には殆ど意味がわからなかったが、達臣がすごい選手で、さくらがバスケヲタであることは良くわかった。


「お、おう。サンキューな」

「あのあの、私も! あの大会は高体連に駆り出されて会場のお手伝いしてたんですけどお、達臣さんのトリプルダブル達成には震えました!」

「お、おう……でも結局本大会では2試合目でシード校にコテンパンにされたんだ。そんなもんなんだよ……もうやめねーか、この話題」


 結局その後も3時間以上もバスケット談義に花がさき、本題に入ったのは撫子が「今日はそろそろ帰らないと」と言い出した頃だった。


「そうね、そろそろ大雅くんに『黒の武器』のちゃんとした使い方を教えないといけないわね」

「あ、でも今日はもう撫子を送っていかないと……」

 さくらが軽くウィンクすると、全員の視界に〈会敵インターセプト複数人戦闘マルチエンカウントを開始しますか?〉の表示が点滅する。


「ライガンドの中の事はライガンドの中でしか教えられないわ。それに圧縮世界の中なら、1秒もかからずに教えられるでしょう?」


 次々と全員の名前が登録され、ライガンドはボイスコマンド待ちの状態になる。


「クオリア・コネクト」


 五人の声が重なる。

 空間がガラスのように砕け散り、破片が溶けるように消え去ると、五人は苔むした古城の中、板張りのガランとした部屋に立っていた。



「それでは、はじめましょうか」

 スラリとした体を惜しげも無く晒し、布の量が極端に少ない水着のような鎧を着たさくらが、そう告げた。


 横には袴姿に朱塗りの薙刀なぎなたを構えた菜花。白い鎧を着て弓を背負い、手にはショートスピアを持った撫子。そして軽装の鎧に大小の二本差しを納刀したままの達臣が並んでいる。


「大雅くん。ここで、武器を持っていないのは私とあなただけなの、わかるかしら?」

 確かに、見回してみれば言われた通りだった。大雅は黙って頷く。


「圧縮世界での武器は、自分のレベルアップとともに成長する初期装備と、生命フェイトを対価として購入できるものがあるわ」

 説明をしながら、さくらは仲間達から10歩ほど離れたところまでゆっくりと歩く。

 足を揃え、両手を真っ直ぐに横に伸ばすと、少し顔を上げて目を瞑った。


「……でも『黒の武器』はそれとは違う。ある条件を満たしたものだけが持つ、悲しい武器なの……大雅くん、よく見るのよ……根源を刈る無限のやいばよ! 仇なす者に死を与えよ! 死神の鎌ダグザ・ダーザ!」


 さくらの周囲に黒い霧のようなものが漂い、渦を巻いた霧が蛇のように体中を這いずりまわる。

 突然その霧は実体を持ち、さくらの体を戒める漆黒の鎖となった。

 鎖の先端はまっすぐ伸ばされた両手の先にスルスルと伸び、やがて凝縮された闇のようなそれは、白い模様と赤い模様の刻まれた巨大な2本の漆黒の鎌として実体化した。


 さくらは自分の身長ほどもある巨大な鎖鎌を軽々と振ってみせる。

 大雅の背後にあった壁が吹き飛び、寒々しい外の景色が目に入った。


「さくらさん! それは?!」

「ダグザ・ダーザは生と死を司る鎌。キミの持つブリューナクと同じ、人の悲しみと欲望、そして優しさが生み出した悲しい武器の一つよ」


――ギシ


 体を縦横に這う鎖が軋み、さくらはガクリと膝をつく。


「……地の底へと去れ。死神の鎌ダグザ・ダーザ

 さくらの言葉に抵抗するように脈動した鎖は、それでも弾けるように飛び散る。

 菜花がすぐに寄り添い、撫子も続く。二人に肩を支えられ、さくらは壁際に座り込んだ。


「……今の感じ、分かったかしら? ダグザ・ダーザは強くなりすぎて、私にも長時間の制御は難しいの。だから何度も実践してみせるわけには行かないけど、他人の言葉では説明できないものを感じて欲しかった。後は、あなたの言葉で黒の武器を従えて、使うのも使わないのも全てあなたが決めるのよ」


 大雅は自らの掌を見つめる。ブリューナクを従える自分の言葉。そんなものが自分の中にあるとはとても思えなかった。


「……大雅……ブリューナクを使わない……って言う選択肢もあるのよ? 今のさくらさんを見たでしょう? このまま戦い続けたら大雅も飲み込まれてしまう。……それは……嫌だよ……」

 落ち着いた様子のさくらを菜花にまかせて、撫子は大雅の元へ向かう。


「私は大丈夫。お兄ちゃんの手がかりは見つかり始めているわ。だから、ね? 手伝ってくれるなら、普通の武器を買ってそれで戦おう?」

 ゆっくりと近づく撫子の顔を見る。

 鋼線の網に絡め取られ、巨大な六尺棒で今にも潰されようとしていた撫子の姿がフラッシュバックした。


「……撫子。僕は大丈夫。僕の死で君が悲しむと言うのなら、そんなことは絶対にさせない。……僕は、君を守る為の力を恐れたりしない」


 大雅は頭上に真っ直ぐ右手を伸ばす。


「天を駆る黒きいかづちよ、全てを守るこぶしとなれ! 黒雷の剣ブリューナク!」

 大雅の右手を中心にした黒雷が縦横に空を切り裂き、黒雷を撚り合わせるように棘々おどろおどろしい闇が質量を持つ。

 迷いを断ち切るように振り下ろしたその黒い塊は、雷鳴を発しながら、ぬばたまの如く美しい漆黒の刀身を顕現させた。


「……そう、それでいいのよ」

 さくらの言葉に、自らの手の中の剣を見つめていた大雅は深く頷く。


「どこがどうとは説明できないけど、全然違っているのは分かります」

「そうね、後は実践でその感覚を身につけること」


 立ち上がったさくらは、立ち竦んでいる撫子の肩にぽんと手を載せる。


「後は自分の武器がどれだけの破壊力があるのかをよく把握して。超過被害オーバーキルはベットしていない生命フェイトをともすれば大量に奪ってしまうの。いたずらに人の余命を縮めないためにも、ダメージの抑制は絶対に必要よ」


 撫子の頭を撫でながら、さくらは言葉を続ける。


「この娘のために戦うと言うのなら、人の死の重圧をこの娘に背負わせないようにしてあげて」


 大雅は撫子の目を見つめると、大きく頷いた。

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