第05話「黒雷の剣」

勝利コンカラー


 声と拳を合わせて宣言を行うと、視界には〈勝利コンカラー〉〈超過被害オーバーキルポイント獲得〉の表示が現れる。


 いつも感じる世界が収縮するような感覚とともに、三人はハンバーガーショップの席に戻って来ていた。


「……ふぅ、なんとか……勝てたな」

 食べかけのダブルバーガーをテーブルに置くと、達臣たつおみはコーラを一口飲んでソファーに背中をつけた。


「あの、僕……後半の記憶が無いんですけど……」

 達臣の置いてくれたナゲットを一つ摘むと、大雅たいがはチラリと撫子なでしこの方を見る。

 撫子はと言えば、両手を真っ直ぐ膝の上に乗せて固く拳を握り、少し唇を尖らせ頬をふくらませたまま俯いていた。


「あの……撫子?」

 大雅が声をかけると、撫子は黙って顔を背ける。完全に拒否する態勢だ。


「と……とりあえず〈ライガンド〉の戦闘受付をしばらく切ろうぜ。ちょっと色々話し合う必要がありそうだ」

 空気を呼んだ達臣が話をふり、三人は設定を変更した。

 しかし、動きがあったのはその時だけで、またすぐに張り詰めた空気が漂う。


「……あー、あのな、大雅の刀だけどよ、あれは危ないんじゃねぇか?」

 話を変えようか迷った末、回りくどい話の苦手な達臣は、ストレートに切り出した。


「確かに強力な武器なのは間違いねぇけどよ、今回みたいな事が度々あったら、大雅の生命が保たねぇぜ」

 記憶が無いと言う大雅に先ほどの戦闘の流れを説明した達臣は、サングラスをかけ、その奥から二人の顔を観察しながらそう言った。


「僕が……また……達臣さんを……」

 以前、達臣を刺し貫いた時の右手の感触がフラッシュバックし、大雅は左手で右手首を掴んで肩を震わせる。ハッと顔を上げると、未だに頬をふくらませている撫子の顔に目が止まった。


「まさか、僕……撫子にも?」

「いや、それは無ぇ」

 達臣は即座に否定する。


「逆だ。よく思い出してみれば、お前が襲いかかってきた時、俺ぁ撫子ちゃんに刀を向けてた。網を切断する為にな。それ以前はお前も俺のことを助けてくれていたんだ。お前の行動は、お前の戦う理由に何も反してないぜ」

 撫子もそっぽを向いたままコクリと頷く。

 大雅はほっと胸をなでおろした。


「……達臣さん、すみませんでした」

「まぁ俺ぁいい。でもな大雅。お前がもし〈ライガンド〉にコネクトしたまま死んじまったとしら……その時の撫子ちゃんの気持ちをよく考えるんだな」

 撫子は〈ライガンド〉によって兄を亡くしている。半分以上は自分の勝手な思い込みだとは言え『撫子のために』と〈ライガンド〉で戦う事を選んだ大雅が同じ道をたどれば、彼女の心に与える負担はいかばかりだろうか。

 大雅は撫子に向き直り、姿勢を正して頭を下げた。


「撫子、本当にごめん! 今度からはこんな事がないように気をつけるよ」

 撫子の目に、みるみるうちに涙がたまってゆく。涙を止めようと口をへの字に結びながら、撫子は戦闘から戻って以来初めて大雅の目を真っ直ぐに見た。


「……約束よ! 今度あんな事があったら絶対にゆるさないんだから! 大雅が居なくなっちゃったら私……私……」

 突然の大きな声に、店の客が一斉に振り返る。感極まったようにぶるっと身震いをすると、ぽろぽろと涙をこぼした撫子は、ハンカチで顔を隠しトイレに走っていった。



 可愛らしい中学生の女の子を泣かせた、高校生と強面の青年。しかも女の子のセリフから推測するに、痴話喧嘩の類。

 ハンバーガーショップのあちこちから注がれるそんな好奇に満ちた視線とささやきに、達臣は頭を抱えた。


「あのう、ちょっといいですかあ?」

 針の筵のような大雅たちに声をかけてきたのは、撫子よりも幼い顔をした、おっとりとした声の女の子だった。


「……おう? なんだお嬢ちゃん」

 抱えていた頭を上げて達臣が答える。ニッコリと笑うつもりだった達臣の顔は、しかし、少女の瞳に吸い込まれるようにして硬直した。


〈LIGAND-0012-菜花-05〉


 少女の瞳には、そう表示されていた。


「さっきマルチエンカウントしましたよね? ええと、薙刀ですう。あの、袴の……あのあの……あれ?」

 二人から全く反応がないのに焦った少女は、自分の人違いを疑い始めたのだろう、何度も大雅と達臣のECNコンタクトを見てその表示を確認する。


「ライガンド活性者ヴィタライザーですよね? あれ? あのあの、黒い刀の……」

「あ、うん。間違いないよ。もう一人もすぐ戻ってくると思うから、……座ったら?」

 大雅の言葉にほっとした様子の女の子は、まだ怖い顔をしている達臣の隣りに、躊躇なく座った。


「ああびっくりした。全然関係ない人に声をかけちゃったかと思いましたよう」

 少し赤くなった頬を両手で押さえながら、少女は屈託のない笑顔で笑った。その笑顔に、達臣もやっと笑顔を返す。


「おう、で? なのはなちゃん? でいいのかな? 俺らになんの用だい?」

 言葉も少し柔和になった龍臣が尋ねた。


「あ、紹介が遅れました。わたし空木うつぎ 菜花なのはって言います。よろしくおねがいしますう」

「あ、石動いするぎ 大雅です」

「俺ぁ不知火しらぬい 達臣だ。よろしくな」

 自己紹介を済ませると菜花は止めどなくおしゃべりを始めた。




「達臣さんてそんなに『祭太鼓の人間国宝』上手なんですかあ」

「うん、もう僕なんか見てて適当に叩いてるようにしか見えないんだけど、いつもパーフェクトなんだ」

「お前適当とか言うなよ。あれは弛まぬ努力と研鑽、そして俺の反射神経、リズム感の結晶だぜ?」

「わあ、すごいんですねえ」

「だろ?! ほれ大雅! 分かる人には分かるんだよ!」


 やっと気持ちの落ち着いた撫子がハンカチを握りしめながらテーブルに戻ると、そこでは見知らぬ女の子と楽しげに会話する仲間達が居た。


「……大雅」

 半眼で大雅を見下ろす撫子に向かって「あ、撫子おかえり」「おう、撫子ちゃん。こっちは菜花ちゃんだ」と、何事もなかった様に笑顔で話す二人を見て、撫子は大げさにため息をつくとハンカチをバッグにしまった。


「……はじめまして。双葉ふたば 撫子です」

「あ、はじめまして。空木 菜花です。よろしくお願いしますう」

 まだ険しい顔をしたまま、撫子は菜花のECNレンズを確認する。


「それで? 私たちよりレベルの高いヴィタライザーが何の御用かしら?」

「ふふふ、撫子ちゃんはせっかちさんですねえ」

 キッと睨む撫子を軽く往なして菜花は姿勢を正す。


「菜花は大雅くんにお話があってきたんですう」

「え? 僕に?」


「黒の武器のことですよう」

 笑顔を崩さず、菜花は小さなバッグからスマートフォンを取り出し、テーブルの中央に置く。そこには先ほどの戦闘時にキャプチャされた大雅の刀が表示されていた。


「今日会ったばかりの人とファイル交換もしたくないでしょうから、小さい画面ですけど我慢して下さいねえ」

 出逢ったその日にファイル交換も友だち登録もした三人に微妙な雰囲気が流れる。

 それに気付いているのかいないのか、菜花は笑顔のまま画像をフリックして画像を変える。次の画像にも別の黒い剣が映っていた。


 そして三枚目。

 撫子が驚きを隠せずに「あっ」と声を出す。その剣は撫子の探すあの黒い刀だった。


「真ん中の一本は、もう失われています。予言の剣リア・ファルは、最強の『黒の武器』だと言われてたんですけど、三年前に持ち主のヴィタライザーと一緒に居なくなっちゃいましたあ」

「あの、三本目の剣は――」

 撫子は質問の途中で言葉を続けられなくなる。

 菜花が少し真剣な顔になり、笑顔が陰っただけの事だったのだが、撫子は自分がとても失礼なことをしているような気持ちになり、椅子に座り直すしかなかった。

 

「三つ目は光の剣クラウ・ソラスですう」

 菜花はまた笑顔を取り戻し、話を続ける。


「不敗の剣とも言われてたんですけど、それを使っていたヴィタライザーは今年の始めに大きな戦いに敗れて、刀と生命フェイトを奪われました」

「え?! 黒の刀を奪われたの?!」

 撫子が大きな声を出して立ち上がり、周囲の目がまた集中する。

 しかし今度の言葉は先ほどと違い、周囲に「なんだゲームの話か」と思われたらしい。すぐに視線は感じなくなった。


「あ……あのあの、そう言う噂ですう」

 突然の大きな声に驚いた菜花が体を守るように縮まり、目にうっすら涙を貯める。

 大雅が撫子をなだめて座らせ、達臣が菜花を落ち着かせてから、ゆっくりと話しは続けられた。


「えっと……最初の黒い武器は……大雅くんの武器ですねえ。あれはたぶん黒雷の剣ブリューナクだと思いますう。今日は……名前を伝えたくて来ましたあ……それでは」

 ぴょこんと立ち上がって深々と頭を下げると、菜花は立ち去ろうとする。

 慌てて止めようと勢い良く立ち上がった撫子が、大きな音を立ててテーブルに激突する。大雅はその両方を横から支える格好になった。店員と目が合い、頭を下げる。

 怯えた菜花が首をすくめて後ずさるのを達臣が何とかもう一度座らせた。


「ごめんなさい。でもどうしても聞きたいことがあるの」

 今にも泣き出しそうな菜花に謝りながら、それでも撫子は引く気は無いようだ。


「僕も、聞きたいことがある」

 大雅も身を乗り出して加わる。すっかり保護者と化した達臣は「まぁまぁ落ち着け」と二人を制して菜花の様子を伺った。

 菜花が落ち着くのを待って、撫子に頷く。撫子は焦る気持ちを押さえながら、ついに見つけた兄の手がかりを持っているかもしれない菜花に、早口にならないように気をつけて質問した。


「三本目の……クラウ・ソラスについて、知っていることを教えて欲しいんです」

 菜花に倣ってスマートフォンを取り出し、くだんの黒い刀を持った男の画像を表示してテーブルに置く。


「今年の1月に他界した兄のスマートフォンからサルベージした画像です。この画像の人はクラウ・ソラスの今の持ち主ですか? それとも、生命を奪われた以前の持ち主ですか……?」


 まじまじと画像を見ていた菜花がゆっくりと目を上げる。笑顔は消え、真剣な表情になった菜花は「笑っていない」と言うそれだけで、三人を申し訳ない気持ちにさせた。


「この画像は……クラウ・ソラスに間違いないです。でもでも、すみません、新しい持ち主についての情報は何も持っていないんですう」

 撫子の表情に失望の色がにじむ。


「あのあの……でも、菜花は元の持ち主の名前は知ってますう。クラウ・ソラスを奪われ、フェイトを全て失ったのは……虎太郎こたろうと言うシングルナンバーのヴィタライザーですう」

 兄の名前を聞いた撫子が、ふらり、と傾いた。その肩を大雅がサッと支える。小さな肩はわずかに震え、顔からは血の気が引いていた。


「……もう一つ聞きたい。どうして僕にあの刀が……ブリューナクがもたらされたの? どうして君はその名前を知っていたの? ……どうしてその名前を伝えに来たの?」

 肩を支える大雅の手に自らの手を添え「大丈夫」と青白い顔で気丈に姿勢を正した撫子から離れ、大雅は菜花に視線を戻す。

 菜花も撫子を気遣わしげに見ていたが、大雅に向き直った。


「もう一つって言ったのに、大雅くんの質問は三つでしたよお」

 菜花は笑顔を崩さずに、自分の頬にぴんと立てた三本指をくっつける。


「じゃあ、一つずつ説明しちゃいますね」

 三本立てていた指を一本、左手で折る。


「一つ目。ブリューナクがどうして大雅くんの元に現れたのかですがあ。これはよく分からないです。大雅くんに適正があったんですかねえ」

 もう一本指を折る。


「二つ目。菜花がその名前を知っていたのは、預言者にして始まりのヴィタライザー、リア・ファルのあるじでもある水占みずうら 蒼紫あおしくんに教えてもらったからですう。……今は行方不明ですけど」

 三本目の指を折り、両手をぱっと開く。


「三つ目。大雅くんに名前を教えに来たのは、そうしないと危ないからですう。今日も大雅くんは黒の武器……ブリューナクに飲み込まれてましたよねえ?」

 菜花の言う「飲み込まれる」と言う表現があの状況を指し示すのかどうか、撫子も達臣も自信はなかったが、それでも二人は頷いた。言われてみれば確かに、それ以上の的確な表現は無いように思えたからだ。


 不安げな顔で三人の顔を見回す大雅に向かって、菜花は肩幅に脚を広げて立ち上がり両手で眉を吊り上げる。半眼で虚空を睨みつけるような表情になると、少し低い声で言葉を続けた。


『……黒の武器はその強大な力故に、振るう者が制御しなければならない。名を知り、その言霊ことだまによって支配下に置く事が支配の始まり。後に自らの精神こころにより我が手足と成すのが支配の終わりだ』


「……って蒼紫くんが言ってましたあ」

 自分のモノマネの出来栄えに満足気に笑顔を咲かせると、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「名前を知るだけで支配が出来るの?」

「違いますう。名前を呼んで武器を使役するんです。えっとえっと『抜刀も納刀も自らの意思の元に行う』だったかなあ」


 撫子も大雅も難しい顔で黙りこむ。

 達臣は菜花に向き直った。


「菜花ちゃん、初対面の俺らと連絡先の交換をするのは嫌だろうけど、出来れば連絡を取れるようにさせて欲しい。どうもコイツらは事情が特殊過ぎる。菜花ちゃんの知識が俺らには必要だ」


 大雅も頷き、その顔を横目で観察しつつ、撫子も「おねがい」と頭を下げる。

 少しの間俯いて悩んでいた菜花だったが、達臣の顔をチラッと覗くと「わかりましたあ」と顔を上げた。


 三人の視界にライガンドアプリからの〈友達フレンド申請 - 菜花〉の文字とSNSの友達申請が一斉に表示される。


「今度、菜花の組織ギルドのマスターに紹介しますう。準備ができたら連絡しますねえ」

 登録を済ませた菜花は笑顔で手を振りながら去っていった。


 同じくらいの笑顔で手を振り返す男二人を、撫子は手を振りながらも呆れた目で眺めていた。

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