第04話「マルチエンカウント」
「マジで? 中2ってお前、犯罪じゃん」
「犯罪じゃないですよ! ……そもそも付き合ってる訳でもないですから……」
「あ?」
「いえ、それで達臣さんとも
パーフェクトに叩ききった達臣は、筐体から聞こえる「フルコンボ~」の声に「ッシャッ!」と腕を上げると、スティックをポケットに突っ込んで向き直った。
「おう、俺は構わねぇけどよ。中2女子とか、大体俺は怖がられるぜ?」
確かに、大雅もライガンドでの出会いがなければ、達臣とこうして仲良く話をすることなど夢にも思わなかっただろう。
しかし、達臣が見た目と違って優しい人であることも、
「大丈夫です。撫子は年の割にすごくしっかりしてますから」
自信に溢れたその言葉に、缶コーヒーをグビグビ飲んでいた達臣がニヤリと笑い、少し腰をかがめるようにして大雅と肩を組む。
「ずいぶんと撫子ちゃんのこと信頼してんじゃん。いいねぇ、青い春しちゃってるねぇ、羨ましいねぇ」
「そ、そう言うんじゃないですよ」
「ばっか、お前、こう言う時はそう言うんでいいんだよ! 今そういう気持ちを持たねぇでいつ持つんだよ!」
「……はい」
達臣が大雅の頭を「ヨシッ!」とくしゃくしゃに撫でていると、大雅のSNSに撫子からのメッセージが表示された。
「あ、達臣さん、撫子が着きました。……校則でゲーセンに入れないから、外で待ってるみたいです」
「真面目かっ!」
「……真面目なんだと思います」
達臣のツッコミに苦笑いで答えながら、自動ドアを抜ける。表に出ると大雅はいつもの長い三つ編みをすぐに見つけた。
(
撫子も大雅をすぐに見つけ、輝くような笑顔を咲かせると、小さく手を振った。
「達臣さん、彼女が双葉撫子、僕のエンゲージメントパートナーです。撫子、この人が……えっと達臣さん……あれ? 苗字……」
「俺ぁ
「はい、不知火さん。よろしくお願いします」
「達臣さん、不知火って言うんだ……」
「俺ぁ苗字で呼ばれんの慣れてねぇからよ、撫子ちゃんも達臣って呼んでくれよ」
「あ、分かりました。達臣さん。あの、立ち話もなんですし、そこのコーヒーショップにでも入りませんか?」
撫子の誘いに達臣が「おう」と答え、そちらの方へ向かって歩き始めた三人だったが、「やっぱ俺コーヒーショップって柄じゃねぇわ」と言う達臣に強引に連れられ、横にあるハンバーガーショップで話をする事になった。
「わりぃな」
夕方だというのにダブルバーガー2個とポテトにナゲットまで買い込んだ達臣が最後に席につく。
「じゃあとりあえずフレンド登録頼むわ」
撫子の視界に〈
「はい、よろしくお願いします」
すぐに承認は終わり、今度は達臣の視界に撫子のSNS友達申請がポップアップする。そちらの承認も終わると、早速本題に入ることになった。
「達臣さん。今回はご協力頂けるというお話、本当に有難うございます」
「おう。だがな、ご協力ったって俺はライガンドで一緒に戦う事くらいしか出来ないぜ? 仕事もあるし、ライガンドの登録期間だって俺が一番短けぇ。それでもいいのか?」
ボテトとナゲットを紙ナプキンの上に広げ、テーブルの真ん中に置いた達臣は、ダブルバーガーを頬張りながら撫子に確認する。
「……はい。十分です。御存知の通り、ライガンドは目視可能なECN圏内の相手としか戦うことが出来ません。調べた限りライガンドのプレイヤーは、何故かここ『あおば市』周辺に集中していますが、それでも東西50km、南北20kmの街に住む人口150万人の中に、100人近いライガンド・
「……対戦相手の情報源は多いほど良いってことか」
1,000平方km弱の街の中から、たった一人を探し出すと言う目的を思い描き、達臣はため息を付いた。
目を合わせればヴィタライザー同士すぐに情報が分かるとは言え、戦ってみなければ黒い刀の男かどうかの判断はつかない。
ライガンドは
「それともう一つ」
撫子の言葉に呼応するように、大雅と撫子の視界に〈
「撫子!」
大雅が真剣な顔になり、撫子を見る。頷き合った二人は達臣に目を移す。
「マルチエンカウントでは基本的に5人対5人の戦闘が行われます」
すぐに達臣の視界に〈
「2人対5人では勝ち目は薄いです。だからと言ってマルチエンカウントを避けていては、いつまで経っても黒い刀には到達できません」
視界に列挙された対戦相手の人数は4人。対角線上に撫子、大雅、達臣の名前が並ぶと、ライガンドはボイスコマンド受付状態になった。
「クオリア・コネクト」
三人の声が重なる。
空間がガラスのように砕け散り、破片が溶けるように消え去ると、三人は深い森の中、静かな水面を湛えた湖のほとりに立っていた。
「――さて、どうする? 散開するか? 纏まって行動するか?」
達臣が大小2本の刀を同時に抜き放ち、周りに目を配る。撫子は矢筒から矢を引き抜くと、大きな弓につがえた。
「まだ範囲攻撃のような特別な技を使えないこのレベル帯では、纏まって行動するのがセオリーのはずです」
黙って撫子の前に歩み出た大雅は、中空に手を伸ばす。
ジジッ……と紫色の雷光が大雅の手の中に結実した。
「僕が……倒す。達臣さん、撫子を頼みます」
手首を中心に真円を描いた刀が真っ直ぐ上を向いて停止すると、大雅の足元に数本の断ち切られた矢が転がる。
矢の飛んできた方向を見定めると、大雅は短く息を吐き、立木の影に飛び込んだ。
「待って大雅! 一人じゃ危ないわ!」
撫子の静止を振り切り、大雅は小さな竹林に向かって黒い刀を切り上げる。
剣の勢いそのままに斜め上方へと飛び上がる大雅の足元を朱塗りの
「やあぁっ!」
たすきで袖を縛った袴姿の少女が、流れるような連続技で大雅の足元をなぎ払う。
片手で握った黒い刀で無理やり薙刀を捌くと、大雅は地面に伏せるように着地した。
薙刀の少女の頭上に、先ほど大雅が切り払った竹が一斉に倒れかかり、少女は飛び退く。
折り重なった竹の上に弓をつがえた格好のままの男が、血を吹き出して崩れ落ちた。
「え!? うそお! 竹やぶごと……!?」
光の粒子となって消えた男を呆然と見つめる少女。
その光の先に、暗闇が
八相に構えた大雅は血に濡れた竹を踏みしめ、少女への距離を詰めた。
「……おっと!」
大雅と黒い刀の強さを唖然として見ていた達臣が、撫子を突き飛ばすようにして身をかがめる。
一瞬前まで頭の有ったその場所を、六尺棒が唸りを上げて通り過ぎた。そのまま2回転した鋼鉄の塊が、達臣の頭上に振り下ろされる。地面に転がるように避けた達臣は返す刀で足元を薙ぎ払ったが、そのまま地面に突き刺された六尺棒に刀を弾かれた。
「達臣さんっ!」
突き飛ばされて転がった態勢から、六尺棒を持つ大男に向けて撫子が矢を放つ。矢は大男の首にタップリと巻かれたマントのような布に突き刺さったが、大きなダメージを与えることは出来なかった。
立ち上がろうとした撫子に、細い鋼線で作られた網が投げつけられ、足を取られた撫子は大男の足元に転がる。
大男は六尺棒を振りかぶり、手足の自由が効かない撫子に向けて、勢い良く振り下ろした。
「撫子っ!」
叫びざま、大雅は黒い刀を大男に向かって投げつける。
しかし、大雅の意思に反して刀はその手から離れず、大雅の体ごと一本の黒い槍と化すと、一直線に大男の体に突き刺さった。
脇腹から黒い刀を生やした大男はゆっくりと倒れる。大雅はその場に膝をつくと熱にうなされたような顔で振り返った。
「撫子……大丈……夫……?」
大雅の手足からブチブチという何かが千切れるような音が響き、受け身も取れないまま、顔から地面に崩れ落ちた。
その隙を逃さず、網に絡まったままの撫子を湖に蹴り落とそうと、もう一人の男が駆け寄る。達臣は撫子と男の間に滑り込み、二本の刀で斬りかかった。一合、二合……五度目の剣戟が男の腕に食い込もうとしたその瞬間、達臣の背中に薙刀が走った。
「ぐっ……くそがっ!」
何とか致命傷を避け、撫子の隣に転がる。嵩にかかって襲い来る忍者刀と薙刀を二刀を駆使して何とか受け流す達臣だったが、撫子は網に絡まれて動けず、大雅も死亡しては居ないものの救援を見込めないこの状況では、敗北も時間の問題と思われた。
キンッと澄んだ音が響くと、薙刀に絡め取られた達臣の脇差しが湖の中まで吹き飛ばされる。
一瞬目を奪われたその隙を逃さず忍者刀が打ち下ろされる。つばぜり合いの格好で受け止めたが、体重をかけて押し込む相手を両手で押さえた刀で何とか支える達臣のがら空きの胴に向かって、薙刀が大きく振りかぶられた。
――ザンッ
振り下ろされた刃で、肉と骨が断ち切られる音が響く。
しかし、振り下ろされたのは薙刀ではなく、禍々しく黒い刀だった。
「――――!」
声を上げる間もなく、袴姿の可愛らしい少女の首が体から離れる。振り下ろす途中で力を失った薙刀は、首の無い体ごと撫子の目の前にドサリと倒れた。
まるで重さなど無いように閃く黒い刀は、つばぜり合いをしていた達臣の目の前の男の首を通り過ぎ、吹き出す血飛沫で達臣の体を赤く染める。
ふらふらと揺れながら、まるで糸で吊られた人形のように、刀を手にした大雅がそこに立っていた。
「お……おう、大雅。すげーな、お前……」
死の淵から開放された達臣が、顔にかかった血を袖で拭いながら呟く。大雅は答えることもせず、ただその場に立ち尽くしていた。
「……大雅?」
網に絡まれながらも心配そうに大雅を見つめる撫子に気付いた達臣は、刀を手に撫子に近づく。
「撫子ちゃん、ちょっと待ってな、今網切るからよ」
硬い鋼線の網に刀をすべらせると、少しずつ網を切り取って行く。
「痛っ」
「おっ悪ぃ」
「いえ、大丈夫です」
少し刀がずれ、撫子の腕に小さな傷がつく。やっと上半身が自由になった撫子は、達臣の背後に迫る黒い影を認めた。
「え!? 達臣さん! 後ろ!」
咄嗟に身を躱した達臣の首筋を漆黒の刀が掠める。そのまま前方に突き抜けた大雅の腕を両手で抱え、一本背負いの要領で斜め前方へ投げ落とす。
そのまま腕関節を極めると、達臣は大雅の上にのしかかった。
「大雅! おい!」
「大雅?!」
二人の声にも大雅は全く反応を示さない。それどころか、黒い刀を振るって達臣を引き剥がそうともがいていた。
「なっ?! こいつ、力が……強ぇ! ヤバい……押さえきれねぇ」
普段なら力では全く敵わない達臣を大雅は少しずつ押し返していた。
「撫子ちゃん! すぐに
達臣の言葉に逆らい、撫子は大雅に覆いかぶさり、頭を押さえた。
「おい! 早くリフューズ……」
「嫌!」
小さな体で一生懸命大雅を抑えようとしながら、撫子は涙を流していた。
「私たちはリフューズすれば逃げられます。でも! 戦う相手の居なくなった大雅は!? 正気を失って
マルチエンカウントは
確かに、正気を失った大雅には戦闘を終わらせることは出来ないだろうと、達臣は思い当たった。
「マルチエンカウントを終わらせることが出来なければ、大雅はこの圧縮世界に取り残されることになります。そして、圧縮世界での約16時間……リフューズした私たちが、たった1秒を過ごした頃、大雅は脳に酷い損傷を受けて死んでしまうんです!」
「くっそ! でもどうするよ?! こいつ、二人でも押さえきれねぇぞ」
大雅の腕を必死に押さえつける達臣に、めちゃめちゃに動かした黒い刀が数多の傷を作る。その傷は達臣の体力を少しずつ削っていった。
「大雅! 大雅! 大雅!」
大雅の顔を抱え込み、体に覆いかぶさった撫子が何度も名前を呼ぶ。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を大雅の耳元にくっつけ、撫子は名前を呼びつづけた。
撫子の涙が大雅の顔にぽたぽたと落ち、暴れていた大雅の動きがピタリと止まる。
「……どうしたの? ねぇ……撫子……泣いてるの? ……達臣さん、腕、痛い」
いつも通りの小さめの声に、達臣は大きく息を吐くと、腕を離して大の字になって転がった。
「大雅……おかえり」
「え? あ……ただいま。……え?」
現状を把握しきれていない大雅を、撫子は思いきり抱きしめた。
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