第6話  新メンバー003,004,005

 翌日キャサリンは、募集する側としてハローワークへ行くのが初めてのナンシーとオブザーバーのベッキー、ジェニファー、アリスを引き連れて久しぶりのハローワーク神戸へと向かった。ベッキーは月二回ある公休をあてがって来ている。

 秋晴れの非常に良い天気の日であった。キャサリンは晴れ女なのか? 何故かキャサリンが外出する時は、いつも良い天気になってしまうのである。

 キャサリンは、ハローワーク神戸へ行くのにJRを利用することにした。

一人だったらこの良いお天気に誘われて、前と同じようにぶらぶらと散歩がてら歩いていくところだ。しかし今日は、四人を引き連れていかなければならないので、それは断念する。

 そして、文字通りぞろぞろと一行を引き連れて、ハローワーク神戸に入っていった。

 今回の求人募集の担当官は、前回と違って三十代の女性だった。

「最近御迷惑をお掛けしております、オフィスドッグスです。トムズキャットのメンバーになりたいという求職者のご要望にお応えする為、求人募集をすることになりました。どうかよろしくお願いいたします」

 キャサリンは先週のハローワークからの苦情を念頭に置いて、敢えてそう挨拶をした。

「えっ、トムズキャットって……もしかして、テレビに出ていたあのキャサリンさんとナンシーさんですか? 信じられない。本当に本当?」

 その担当官はテレビで見た、今や神戸の有名人であるキャサリンとナンシーを目の前にして、舞い上がってしまった。

「私達のせいで、こちらの業務に支障をきたしてしまっていると聞きました。改めてお詫びいたします」

「とんでもない。こちらこそ上司が見当違いな電話をして、申し訳ありません。応募の問い合わせが多い事は、逆にハローワークにとって喜ばしい事なのです」

「ありがとうございます。そう言っていただけると気持ちが楽になりました。今日は、三名の追加メンバーを募集しようと思ってまいりました」

「そうですか。これでやっと問い合わせに答えることができるのですね。本当にありがたい事です」

 そういうやり取りを経て、キャサリンはトムから預かった例のいい加減な求人票を差し出した。

「今回は三名募集したいのですが」

「そうですか……問い合わせの量から考えると百名近い応募が予想されますが」

「え、そんなに多いのですか?」

 キャサリンは、まだ半年以上前のナンシーを採用した時のイメージがあって、そんなに多くの応募があるとは認識できていなかったのである。

「ええ、今までの問い合わせ数から考えると、それぐらいにはなりそうです」

「でもそんなに大勢の面接なんて、できそうにないわ……どうしよう」

「それなら履歴書を先に郵送してもらって、書類選考をすることにしてはどうですか? 書類選考で人数を絞れば面接の人数を減らす事ができますよ」

 キャサリンはその担当官のアドバイスに成程と思い、そして素直に感謝した。

「ありがとうございます。ではその方向で求人募集の方、どうかよろしくお願いします」

 そう依頼と挨拶をして、キャサリン達一行はハローワークを後にしたのである。

「キャサリンさんはやっぱり凄いですね。私達何をどうして良いのやらさっぱり分りませんでした」

 ナンシーは興奮しながら、キャサリンのことを頼もしそうに見つめている。

「私も前回の経験があったので何とかできたの。みんなも今回の経験を活かせば、次回からちゃんとできるようになるわよ」

「そうですね……やっぱり今日は付いてきて良かった。本当に参考になりました」

 ベッキーも先程のキャサリンの対応の仕方をみて、エージェントを募集するときの手がかりにしようとしていた。

 求人を掛けてから二日後には早速応募の履歴書が二十通以上郵送されてきた。週末までには七・八十通にもなった。

 あまり時間もないので、キャサリンとナンシーはドッグス閉店後に二人で検討し、その中から一先ず三人を選んで、月曜日に面接することにした。それで決まらない場合は、残りから選んで火曜日に再度面接するつもりである。

 ドッグスの休日となる月曜日の朝、すでにトム以外の女子五人はオフィスドッグスの事務所に勢揃いしていた。

 キャサリンとナンシーは、トムズキャットの新メンバーの面接の為であり、ベッキーとジェニファーとアリスはそのオブザーバーとしてである。

 狭いオフィスドッグスの事務所なので、キャサリンはそれぞれの座る位置を予め指定することにした。

「ジェニファーは私の席で、アリスはナンシーの席について仕事をしている振りをしていてね。ベッキーさんは、トムさんの席で良いわね。私とナンシーは応接セットの方で面接対応しましょう」

「それでキャサリンさん。応募者の方はどういう風にします?」

 ナンシーが質問した。

「そうね……時間も無いことだし、少し狭いけどソファーの長椅子に三人一緒に座ってもらって、一度に面接を受けてもらいましょう」

 ベッキーはキャサリンのテキパキとした指示に感心しながら、とても参考になると思った。自分がエージェントを募集するときには、是非こうありたいと思うのである。

 そうこうしている内に応募者が一人、二人、三人と順次来社してきた。

 全員が揃った段階でキャサリンは面接を開始する。

「本日はオフィスドッグスの求人に御応募いただき、ありがとうございます」

 そう挨拶してから本題に入った。

「まず最初に申し上げなければならないのですが、皆さんがトムズキャットのメンバーとして応募されたのであれば、少し認識を改めていただきたいと思います」

 突然そう言いだしたのだが、いったいどういうことだろうか?

「今回はオフィスドッグスの正社員として募集しています。オフィスドッグスの正社員はトムズキャットのメンバーになることを前提とはしていますが、トムズキャットの活動自体はまだ始まったばかりであり、今後どのような事になるのかわかりません」

 三人の応募者は、よくわからないという表情でじっとキャサリンの顔を見ている。

「ですからメンバーにはなっても、今皆さんが考えているような華々しい活動ができるとは限りません。場合によってはそういう活動は一切できずに、単にオフィスドッグスの正社員としてホットドッグ店『ドッグス』の一スタッフにしかならないかも知れません」

 キャサリンは、応募者の表情を一人一人観察する。ここが一番応募者に理解してもらいたいところなのだろう。

「もちろんトムズキャットの『世界平和のPR』については、皆さんの考えているような華々しい活動ができなくても、草の根的に地味な活動を遂行していくことになります。ですから予めそういう認識に立っていただきたいのです」

 オブザーバーである三人は仕事をする振りをしながら聞耳を立てていたが、キャサリンの話を聞いて改めてその通りだと思った。

 テレビCMやテレビ局のインタビューという幸運は、そうそう続くものとは思えないのである。

 面接を受けている三人は、キャサリンの話を神妙な面持ちで聞いていた。

 キャサリンは応募者達の表情を確認しながら続ける。

「それにトムズキャットはトムさんの指令に基づいて活動するのが基本ですが、トムさんからはどんな突飛な指令が飛んでくるのか分りません。そのことも踏まえて考えていただきたいのです」

 ここでキャサリンは、長い前振りの説明を終えて一息ついた。そして少し間を取ってから応募者に質問をする。

「どうでしょうか? それでもオフィスドッグスに入社したいと思いますか?」

 このキャサリンの質問に対して、暫らくの間沈黙が流れた。それから少しして、応募者の一人が意を決して返答する。

「私、テレビで見たキャサリンさんとナンシーさんに憧れました。確かに今言われたような華々しいことを夢見ていたのも事実です。でもそれ以上に『世界平和を願う精神を広くPRしていく活動』ということに感銘を受けています。例えそれがどんなに地味なものであってもキャサリンさんやナンシーさんと一緒に活動していきたいと思っています」

「私も同じです。今認識を改めました。『世界平和の精神』をPRするのに浮かれた気持じゃいけないと思いました」

「私も最初は御指摘通りの認識でしたが、今キャサリンさんの話を聞いて間違っていたと気付きました。でも世界平和を願う気持ちとキャサリンさんやナンシーさんと一緒に働きたいという気持ちは本当です」

 三名の応募者達はそれぞれ自分の思いを申し述べた。

「ありがとう。トムズキャットの活動はまだ端緒についたばかりなので、私達も今後どうなるのかわからないの……だからそれはプラスアルファー位に思っていただきたいのです」

 さすがに書類選考ではあるが、多数の中から選びに選び抜いた三名である。キャサリンは三人の応答に満足だった。

 その後、通常の面接にありがちな質問と応答を繰返し、何とか面接を終えたのである。

 松井絵里、小川愛実、林智香。それぞれの熱い思いを、キャサリンはしっかりと受け止める事ができた。

「キャサリンさん。どうでした? 私は三人共OKだと思ったのですが」

 面接が終わると、早速ナンシーはキャサリンに確認する。

「そうね……私が最初に説明した認識について三人共良く理解してくれたので、私もそう思うわ」

「キャサリンさん。すごく参考になりました。面接ってされる方もする方も緊張するものですね」

 ベッキーもそう言いながら、ジェニファーとアリスと一緒に応接セットの方へ移動してきた。

「それで結局003、004、005は決まりですか?」

 アリスもやや興奮気味である。

「そうね……取り敢えずその方向でトムさんに報告しようと思うの」

 キャサリンは早速トムに携帯電話で連絡したところすぐに承認され、明日もう一度召集するようキャサリンに『指令』が出された。そして三名の新メンバー達への『初指令』として、それまでに各自が自分で自分のコードネームを決めておくようにとのことだった。

 翌日、オフィスドッグスの事務所は満員御礼状態になった。ただでさえ狭いのに総勢九人がそろったからである。

 ベッキーも先週言っていた通り、有給休暇を取って参加していた。

 結局、応接セットを使っても足りず、予備の椅子を用意しなければならなかった。

「それでは新メンバーを加えての『初会議』を開催する」

 簡単に全員の自己紹介を終えた後、トムが高らかに宣言した。わざわざ『初』と付けて仰々しくするのである。

「まず、新メンバーのコードネームを発表してもらおうか……松井絵里君」

 トムが三人の履歴書を見ながら順番に指名した。

「はい、私は『カレン』にしました」

「次は……小川愛実君」

「はい、『ジェーン』にしました」

「え~と……林智香君」

「はい、私は『ミッシェル』です」

 それぞれ昨夜、悩みに悩んで自分のコードネームを決めてきたのである。

「それでは今後、『オフィスドッグス』及び『トムズキャット』としては本名ではなく、そのコードネームを使用するように。いいね」

「はいっ」

 三人揃って元気よく返事をした。

「次にコードナンバーだが、『カレン』……『003』だ。『004』は『ジェーン』、君だ。『ミッシェル』……『005』だ……いいね」

「はいっ」

 これで『秘密結社トムズキャット』も、漸く組織らしい体制になってきたといえる。

「最初に、『オフィスドッグス』と『トムズキャット』について簡単に説明しておこう」

 トムは新メンバーの為に、『オフィスドッグス』と『トムズキャット』の関係やその目的・使命及び役割・活動について、簡単にと言いながらつい長々と熱弁してしまった。

 まあ、要約すれば、『トムズキャット』は世界平和を願いそのPRをする為の『秘密結社』であること。世界平和は、国家や人種・民族、宗教やイデオロギーの違いで簡単に破綻する恐れがあること。世界平和のPR方法として、各種団体、企業、個人からそれぞれの広告や宣伝と、世界平和のPRを兼ねたオファーをいただき活動していくこと。『オフィスドッグス』はその秘密結社をカモフラージュするための隠れ蓑であること。しかし、トムズキャットの活動資金を稼ぐという重要な役割を担っていること等である。

 三人はトムの長話を真剣に聞いていた。ベッキーも改めて聞いて、トムズキャットへの理解を深めている。

 トムは気持ちよく熱弁を終了してから、突然話を変えた。

「ところでナンシー……前回作成してもらった『トムズキャット』のホームページだが、追加や変更はできるかな?」

 ドッグスオープン時、コンサルタントの美由紀からホームページの必要性を指摘され、ナンシーに『オフィスドッグス』とホットドッグ店『ドッグス』と『トムズキャット』のホームページ作成を、それぞれがリンクできるように指令していたのである。

 ナンシーは『全然得意じゃないです』と言いながらも、何とかホームページを立ち上げていた。

「小規模な追加や変更なら、一から立ち上げるよりは楽にできると思いますが」

「今、『トムズキャット』のメンバー紹介欄には、001のキャサリンと002のナンシーだけだと思うが、その下に新メンバー三人の紹介を追加してくれるかな」

「それぐらいの追加ならすぐにできると思います」

「それにまだあるのだが、新たに『トムズキャットエージェント(代理人)』に関するページを作成してほしいんだ。その中にエージェントの説明メッセージとエージェント紹介欄を設けて、その最初の紹介にコードナンバー100のベッキーを『エージェント総監督』という肩書きで載せてほしいのだが」

「えっ、トムさん。私も載せてくれるの? ありがとう、ちゃんとエージェントのことも考えてくれていたのですね」

 ベッキーは突然の成行きに驚きながらも、今日一番の笑顔をトムに向ける。

「あのう……トムさん。追加そのものは可能なんですが、説明メッセージとなるとどういう文章にすれば良いのか……」

「それについては、キャサリンとベッキー。一緒に考えてやってくれ」

「了解」

 真っ先にベッキーが返事した。まだ構想だけでしかなかったエージェント組織が具体的になり、嬉しくてしょうがないのである。

「あと、ジェニファーとアリス……候補生も紹介ページを作るかい?」

「えっ、私達候補生のページも作ってくれるのですか?]

「まあことのついでと言ってはなんだが、もし君達が卒業後エージェントなり正規メンバーなりになるのだったら、候補生としての地位も明確にしておいた方がいいのかなと思ってね」

「そうですね……候補生のページに候補生の特典として、エージェントか正規メンバーにスライドする可能性のあることを明確にしておいた方が、後々の事を考えたら無難かもしれませんね」

 キャサリンもトムの言わんとするところを理解して賛成した。

「よし、じゃあナンシー。追加項目が多くなってしまったが頑張って作成してくれたまえ」

「わかりました……でも、みんな手伝ってね」

 ナンシーは一人でするのが心細かったのだ。

「当たり前じゃないですか。ねっ、キャサリンさん」

 ベッキーが逸早くそう言うと、全員が賛成して頷くのだった。

「それではホームページの追加変更はみんなが協力してナンシーにしてもらうということで、一旦会議は終了しよう」

 トムはそう言った後、自分の席を立って三人の新メンバーのところに移動する。

「新メンバーへの次の指令だが、明日から三日間だけコンサルタントの先生方に応援期間を延長してもらったので、先生方からOJT研修を受けて、その三日間で『ドッグス』の業務をしっかりと身に付けてくれ」

 トムは一見何も考えていないようで、結構先のことを見越して準備していたのである。

 翌日から003のカレン、004のジェーン、005のミッシェルは美由紀の他、二名の先生から、徹底的に業務を仕込まれる。

 最終日、美由紀はトムに宣言した。

「トムさん、もう私達がいなくても大丈夫ですよ。キャサリンやナンシー、それにジェニファーもアリスも、もうとっくに一人前になっているし、後カレンやジェーンやミッシェルも良くこの短期間で頑張ってオペレーションを身につけてくれたわ」

「ありがとう、美由紀さん。トムズキャットのメンバーがここまで頑張ってこれたのも、すべて貴女のおかげですよ」

 トムは自分達だけでは出来なかったことを美由紀が成し遂げてくれて大いに感謝するのであった。

 三人の先生方がいなくなっても客数が落ち着いてきたことと、カレンやジェーン、それにミッシェルが戦力に成長したことで、ドッグスの運営も順調であった。 トムズキャットも漸く本来の力を発揮し出したのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る