第4話  ベッキーとキャサリンとナンシー

 喫茶『ビッグドリーム』から事務所までは徒歩十分位である。メールしてからまだ三十分位しかたっていないが、すでにキャサリンもナンシーも事務所に来ていた。

「何だ? 二人共、やけに早いな」

「久々の休日なので、キャサリンさんと二人でウィンドーショッピングをしようとしていたんですけど……」

「そうなんだけど、何か携帯カメラに追いまわされてしまって。どうしようかと思っていたところにトムさんのメールがきたので、すぐに事務所に避難したんです」

 ナンシーが説明しにくそうにしていたところを、すかさずキャサリンが補足する。

「それよりトムさん。お昼御馳走してくれるって本当?」

 キャサリンは何故招集されたかよりも、そっちの方が気に掛っているようだ。

「まあ、休みのところを急な呼び出しで悪いと思ったのでね」

 そう言いながらトムは、後ろに控えていたベッキーを二人の前に差招いた。

「実は、新たな構想に基づく人事を二人に説明しようと思ってな」

 二人は怪訝そうな表情をして、トムとベッキーを見る。

 トムは立ち話では落ち着かないと思ったのか、応接セットの三人掛けソファーの片側に座りながらベッキーをその隣に、キャサリンとナンシーには、その向かい側に座るようにと促した。

「先日来、『トムズキャットのメンバーになりたい』という要望が殺到しているので、003以降のメンバーをどうしようかと考えていたのだが、あまりにも希望者が多いので少し方向性を変更しようと思っているんだ」

「方向性って? どういう事ですか?」

「これだけ多数の希望者がいるのでは、一名や二名の募集をする訳にはいかないだろうと思うんだ。かといって現在のトムズキャットの実情からいって、そんなに多数のメンバーを一挙には受け入れすることはできないし」

「そうですね……言っている事は分りますが、それでどうするんですか?」

「そのことだが、正式メンバーについては必要な時に必要な人数を適時募集する事にして、それ以外にトムズキャットの代理人となる、外部エージェントを募集しようと思うんだ」

「外部エージェント?」

「そう……トムズキャットメンバーへの希望者の中には自分の仕事を持っている人も多数いるのだけれど、その人達にはその仕事を大切にしてもらいたいんだよ」

「そうですね……自分の仕事があるのに、それを辞めてトムズキャットのメンバーになるっていうのは何か違うような気もしますね」

 キャサリンはトムの意見にすぐに賛同した。

「そこでだ。そういう人達にはその仕事を頑張ってもらいながら『世界平和のPR』にも貢献していただけるように、外部エージェントを組織しようと思うんだ」

「自分の仕事を続けながら、トムズキャットのエージェントとして『世界平和のPR』をするってことですね?」

 控えめなナンシーはトムのいうことを理解しようとしている。

「そう……美容師や看護師、或いは婦人警官やCA(キャビンアテンダント)など、各種の職業を代表する、又はそれぞれの地域を代表するエージェントを全国的に組織しようと思うんだ」

「すご~い、トムさんの夢って限りなく広がっていくんですね」

 ナンシーはトムの発想の広がりに、尊敬の念と共に感心しきりである。

 そこでトムは、隣で珍しく静かに控えていたベッキーを二人に紹介した。

「実はその第一号として、そしてそのエージェントの総監督として、このベッキーに就任してもらうことにしたので、二人に紹介しておこうと思って招集したんだよ」

「ベッキーです。職業は美容師です。よろしくお願いします」

 ベッキーがキャサリンとナンシーに、神妙な態度で挨拶をする。

「キャサリンです。よろしくお願いします。トムズキャットって、不思議な秘密結社だけど、多分世の中の為になると思える『世界平和をPRする事』をテーマにして、とてもユニークで貴重で存在価値のある組織だと思うの。だから一緒に頑張りましょうね」

「ナンシーです。よろしくお願いします。私は細かい事は良く分らないのですが、トムズキャットは今の世の中、つまり世界的に平和という概念が大きく揺らいでいる時期に、その修正機能を持つとても大切な役割を持った組織だと思うんです」

 キャサリンもナンシーもいつのまにかトムズキャットの理念をしっかりと身につけ、そして自身の役割についてもそれぞれに自覚ができていた。

「何だか私トムズキャットの活動について、少し軽く考えていたように思います。今、キャサリンさんとナンシーさんにお会いして、そのお話を聞いて恥ずかしくなりました。私ももっと真剣に『世界平和』について考えてみます」

 ベッキーはある程度トムから話を聞いていたが、キャサリンやナンシーがここまで真摯な気持ちでいるとは予想していなかったようだ。

キャサリンやナンシーの健気で真面目な気持ちに感化され、自身の不純な動機を素直に反省している。

「ベッキーがそんなに謙虚になるなんて、まるで奇跡のようだな」

 トムは自分の目が(耳が)信じられない気持だった。あのベッキーがここまでキャサリンやナンシーに影響され、殊勝な気持ちになるとは思わなかったのである。

「ともかくベッキーには、キャサリンやナンシーとは別の角度から『世界平和』について、それぞれの職業や全国各地の地方を代表する『トムズキャットエージェント』の総監督というポジションで頑張ってもらいたい」

 トムはキャサリンとベッキーの性格がプラスとプラスで反発しあうのではないかと心配していたが、それが杞憂であった事に感謝していた。

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