第3話  トムズキャットエージェント

 昨日心音から、情報提供を受けるに当たって『自分がネタ元であることを明かさないで』とお願いされていたはず。しかし、それは既に優里によって、トムにばらされてしまっていた。

 心音の切なるお願いは、自身の『ユリ叔母さん』という不用意な失言によるどさくさのせいで、さほど処理能力が高いとは言えない優里の脳細胞にはメモリーされなかったようである。

 これらの事情を知らないトムは、結局唸ることしかできなかった。

 そして出した結論は、優里への無条件降伏だった。

「分かった……だから要求が何なのか言ってくれ」

「やけに物分かりがいいのね。私の要求は只一つ。私をトムズキャットのメンバーにしてって事」

「えっ、トムズキャットのメンバーにって?」

 トムが意外そうな顔をする。トムにとってこの要求は予想外だったのだろう。

 たしかにキャサリンとナンシーは大企業のCM出演や最大手のテレビ局からインタビューを受けて、それが全国ネットで放送されるなどの幸運があった。

 そして本人達の自覚はともかくとして、今やアイドル並みの知名度になってしまっている。

 そのことで『トムズキャットのメンバーになりたい』という女性達の要望が、日増しに高まってもきていた。

 優里はトムの創設した秘密結社トムズキャットがこのように有名になり人気を博したことで、自分もそのメンバーの一角に入り込みたくなったのだ。

 しかし、単にそれだけならここまで手の込んだことをしなくても、トムに正面からお願いすれば済むことなのに。多分、他にも何か複合的な理由があるのだろう。

 もしかすると昔、歳がはなれているという理由で相手にされなかったという憤懣をこの機会を通して晴らしたかったのか、それとも何かの理由を付けてトムに纏わりつきたかっただけなのか。

 いずれにしても、素直になれない複雑な乙女心のなせる業といえそうだ。

 このような屈折した思いが、脅迫という思い切った行動を起こさせたのだろう。

 しかし、トムズキャットのメンバーについてトムは一般公募で応募してきた人達の中から選抜する事をポリシーにしていた。優里の要求はそのポリシーに反することになる。

「でも、優里は美容師を辞めてドッグスのスタッフになるのかい?」

「う~ん……トムズキャットのメンバーには成りたいけど、美容師も辞めたくはないのよね」

「トムズキャットのメンバーになるには、ドッグスのスタッフになることが最低条件なんだけどな」

 トムは暫らく頭をひねりながら、何とか対応策を考えていた。

「今、トムズキャットの代理人となるエージェントを組織しようという構想があるのだが、その第一号になってみないか?」

「エージェントって?」

「そう、正式なメンバーはオフィスドッグスの正社員であることが条件であり、ホットドッグ店『ドッグス』のスタッフでなければならないんだ」

 優里はトムの説明を、疑り深い表情で聞いている。

「トムズキャットもキャサリンとナンシーのお蔭で漸く一般的に認知され、人気もでてきたので『トムズキャットのメンバーに成りたい』という女性からの要望も、日に日に高まってきていたところだ。そこで003以降のメンバーも考えていたのだが、それ以外にトムズキャットとして、世界平和を目指す団体として、働く若い女性達をターゲットに全国的にネットワークすることができないか? ということを思案していたんだ」

「全国的ネットワークって?」

「そう、優里のように、世界平和を目指すというトムズキャットの考え方には賛同しても、現実に自分の仕事を持っていて、その仕事も大切に考えている人は沢山いると思うんだ」

「うん、分る。私も折角技術を身に付けた美容師という仕事は続けたいのよ」

「だからトムズキャットの正式なメンバーではないが、それぞれの職業を代表して、又はそれぞれの地域を代表して世界平和のPRをしていただける、トムズキャットの代理人となるようなエージェント組織を立ち上げようと考えていたところなんだ」

「で、その第一号ってこと?」

「そう、これから組織していくことになるのだが、取り敢えずその第一号として……そうだなあ、エージェント(代理人)の総監督という肩書はどうだ?」

「えっ、それじゃあ自分の仕事はそのまま続けることができて、トムズキャットの世界平和のPRということにも貢献できる、トムズキャットエージェント第一号の総監督を私にさせてくれるってことなの?」

「そういうことさ。どうだ、それで手を打たないか?」

「う~ん……そうね。第一号とか総監督っていうのがいいよね。OK、それで手を打つわ」

 優里は自分の好きな美容師の仕事を続ける事ができて、それでいてトムズキャットのエージェントを統括することのできる総監督というポジションというのが、気に入ったようだ。

「じゃあ取り敢えずコードネームを決めておかなければならないが、何か希望はあるかい?」

「そうね……私『ベッキー』がいいわ」

「えっ、ベッキーって? でも、その名前はすでに有名タレントで居るんだけどな」

「知っているわよ。私もタレントのベッキーは好きよ。だけど私はタレントじゃなく、トムズキャットエージェント総監督のベッキーになるのよ」

 一度決めたら絶対に後には引かない性格である。仕方なくトムは引き下がることにした。

「分ったよ……取り敢えずキャサリンとナンシーには紹介しておくから、仲良くしてくれよ」

 そう言ってトムは追加のサンドウィッチを、さも満足そうに食する優里(ベッキー)を見守るのである。

 ベッキー(優里)のブレックファーストが済むのを待つ間に、トムはキャサリンとナンシーにメールを送った。

『緊急指令――――休みの所悪いが午前十一時に事務所に集合してもらいたい。埋め合わせに昼食は御馳走する』

 冷めたコーヒーを啜りながらトムは、今後の方策をいろいろと考えている。

 003以降のメンバーをどういう風に募集するのか? 又、図らずもベッキー(優里)に漏らしてしまったエージェント組織をどのように構築していくか? 

 考えが纏まらないままベッキーの食事が終わってしまい、ともかく事務所に向かう事にした。

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