第2話 あの事
「心音ちゃ~ん」
昨日優里は、猫撫で声で心音を詰問していた。
「あんた、何かトムさんの弱点を知っているでしょう。何でもいいから『これを言えば絶対に逆らえない』って、いうのは無い?」
「う~ん……無い事もないけど……でも心音の口はダイヤモンドよりも硬いから、いくら訊いても無駄よ」
「心音ちゃ~ん。そんな事言っていていいの。私はあなたの弱点なら幾つか知っているんだけど」
「えっ、何の事かな? 心音、全然分かんない」
「そう。じゃあ、太一君にあの事を言っちゃおうかしら。それとも、あの事をママにばらしちゃおうかしら。それか一層の事トムさんに、あの事を教えちゃおうかしら」
優里は心音に山を掛けてそう言った。
「えっ、あの事って。もしかしてあの事なの?」
完全に優里の術中に嵌ってしまっている。
「そうよ。それが嫌なら、とっとと白状しなさい」
心音は『あの事』が正確には分らなくても、何か思い当たる事でもあるのか、それ以上の反論をする事が出来なかった。
「う~ん……仕方ないよね。いくらダイヤモンドより硬いと言っても、それより硬い素材には抵抗できないものね」
優里の口は、心音のダイヤモンドよりも硬い口を、研磨する事のできる超硬合金なのか?
なんのかんのと言いながらも、ダイヤモンドより硬い口は、未知の超硬合金によって、呆気なく研磨されてしまったのである。
「絶対にネタ元が私だと言わないでね。ユリ叔母さん」
「叔母さんって言わないで、叔母さんって。そんなに歳は離れていないんだから。お姉さんと言いなさい。それに私は『ユリ』じゃなくて『ユウリ』だから」
「だって……『ユウリ』なんて言いにくいんだもの、ユリねえ」
「だから、ユリじゃなくてユウリだから」
「わかりました、ユウリ姉さん。これでいいんでしょ」
二人はこんな風に、本質とは関係ない所で言い争っていた。
心音は優里に反発しながらも、結局トムを裏切って自分の秘密を守ることを優先してしまう。
「トムズキャットのメンバーのコードネームについて、もう知っている人は知っているとは思うんだけど、実は『キャサリン』と『ナンシー』というのは、家に居るヤモリにトム小父さんが、勝手に名前を付けていて、その名前をそのまま転用したみたいなの……だから、このことをキャサリンさんやナンシーさんが知ったら、それこそトムズキャットそのものが崩壊しかねない、最高レベルの機密事項なの……だから絶対に本人には、この事を暴露しないでね」
「心配しないで。私は何も、暴露する事が目的じゃないの。暴露しなくても、トムさんが私の要求を受け入れてくれれば、それでいいのよ」
到頭『あの事』としか言わずに、優里は自分の目的を果たしてしまったのである。優里、恐るべし。
優里の『あの事』と心音の『あの事』は、果たして一致していたのだろうか?
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