episode5

『月見れば 千々にものこそ 悲しけれ

我が身ひとつの 秋にはあらねど』


現代語訳:月を見ると様々なことが悲しく感じられる。私だけの秋ではないけれども。


小さい時から文学を愛す彼女は

大人になった今、突然百人一首にハマり始めたようだ。

そんな彼女のお気に入りの一句らしいのだが

正直言うと、

僕にはまだその魅力が理解出来ていない。

そりゃ、歴史に残るくらい優れた文学ってことくらいは分かる。

そんなにいいもんかね。と言ってはみたものの、

百人一首全首を残り10日で覚えると意気込む彼女に届くはずもなく。


月を見ると悲しい、か。

やっぱり昔の人は感性が豊かだな。

ぼんやりと何もすることがない昼下がり、

ベランダのサボテンを見つめて考えてこんでいた。

気がつくと、彼女はノートに突っ伏して眠っている。

肌寒くなってきたこの頃。

風邪を引かせないようにそっと布団をかぶせる。

そうか、秋が来るんだな。そろそろ。

今日くらい、古の貴族のように、

想い人と月を思って呑むのも悪くない。

早速、缶ビールを開ける。

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