第3話 さあ出発だ


「この池は鏡になってるんだよ」

神様に案内されて花畑がある庭に連れていかれた。

池の中からは、さっきも聞こえていた赤ちゃんの産声が聞こえる。


男の子ですよ、とか

女の子だよー!

きっと病院の看護師の声だ。


母親が陣痛に耐えながら絶叫して叫ぶ声まで聞こえる。

がんばれ‼と励ます夫の声までも耳を澄ますと聞こえてきた。


神様が、金色の杖をポチャっと池の中に入れると

たちまち、メリメリっと鈍い音をたてて池の水が固まって鏡に変わった。


「ここを覗いて見てごらん。」

杖の先が差す場所はぼやけて、よく見えない。


「ほら、よーーく見て。」



笑顔で手を握って歩いているふたりの男女が見えた。


買い物帰りなのか、スーパーの袋から長いネギが、はみ出してみえた。


ハタチくらいの若い女性と結構歳上の男性。

夕方で西日の夕日が彼女の髪を赤く染めていた。

もしかして彼女が、生れ変わった旦那なのだろうか?


「その通り‼」


神様は声高らかに言った。


「心の声は死んでしまったら筒抜けなんだよ。」


そうだ、わたしは死んでいた。


「いいかね?」



急に怖くなった。

本当にこれでいいのか?

他にも選択肢はあるんじゃないか?


走馬灯のように、彼の顔が甦って

幸せだった前世を思い返していた。


どんな姿でも、また生まれ変わって

彼と一緒にいられるなら。




「はい。子供として、生まれ変わります。」


「よし。いい顔になった!

迷うことはもうしないことだな。弱さがまた顔を出してしまう前に君を生まれ変わらせよう。」


そう言うと、神様の目の前に

空中で紙とペン、大きくて重そうな判がピューっと飛んできて

神様がサインをサラサラっと書いた。神様はニヤッと一瞬笑って判を押したように見えた。


「君の魂には愛する心、そう刻んでおくよ。愛するとはどういうものか学んでくるといい。」


そう言うと、突然強い風が吹いて私の背中を押した。

そのうちだんだんと

立っていれなくなり、両手を地面について踏ん張ったがグングンと池の中に吸い押されて行く。


「きゃーーー」

ついには声まで出た。


「行ってらっしゃいませ。」

急に黒スーツのあの爽やかな笑顔の

男性が私の耳もとで呟いた。


途端に私は池の中に落ちていった。


鏡張りになっていたから、落ちると

バリンと鳴ってぶつかったが

体はどこも痛くない、出血もない。


そのまま

わたしは気を失っていった。



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