第五章 バンドしようよ! 5

 普段ならばバレー部やらバスケ部やら体育系の生徒が走り回っている体育館には、楽な格好を施した生徒が敷き詰めるように入場していた。普段なら東から暖かい太陽が直に入り込むこの場所すべてに暗幕が引かれ、代わりに照明がつけられていた。

 時機、舞台を残し体育館内のすべての照明が消灯し、生徒会の言葉でクリスマスコンサートが開始される。

 最初のうちはいくらか固い雰囲気に包まれていた会場も、進行するにつれてどんどん盛り上がりを増して室内温度も高くなる。

 演劇部の創作劇も面白いし(クリスマスに森で迷ったお姫様が、プレゼントを届け中だった新米のサンタに助けられて恋に落ちるというコメディだった)、全員サンタクロースの服を着て歌を歌う合唱部もなかなか力が入っていた。ラメ入りサンタの服を着た十人の先生たちのミュージカルは完全に不意打ちだった。途中、サンタ役の大槻先生が台詞を忘れてあたふたしたり生徒会バンドの演奏中急にブレーカーが落ちて体育館が真っ暗になったりと色々なことが起こったのだけれど、一番のハプニングは三年生組の演奏中に突如みー君が乱入し、ボーガルの先輩とデュエットをしたことだ。流石の私達もこれは予想をしていなくて、三年生達も突如侵入をしてきた小柄な後輩に驚いていた。しかし、みー君と交流のあったらしい先輩方は快く強引な後輩を受け入れた。いつもいつも、みー君の顔を広さには驚かされる。

 そうして、笑ったり驚いたり喜んだりしているうちに各グループ十分間の制限時間はあっという間もなく過ぎて、私達の順番がやってくる。

 舞台裏から見る光景は、舞台下から見る光景とは気持ちとしても視界としても全然違う世界に見えた。私の知らない、全然現実感のないよその国。ぶら下げているギターも私が今来ている黄色いTシャツも何か大げさの冗談のような気がしてくる。すべてが冗談のような世界で、唯一私に現実感を与えたのがやはり紙一重の渋谷道彦。神ちゃんも綾香でさえも緊張をして口数が減ってしまっている中で、彼の過剰なパフォーマンスは私達に多大な勇気と希望を与えた。

 冬だというのに緊張をして汗を掻いて、背中も掌もびっしょりだった。喉はからからに乾いていたし、心臓は胸を叩くようにどんどんと音を立てていた。ごくり、と唾を飲み込んで、呼吸をする。普段とまったく表情の変わらない神ちゃんは意味もなく何度も唇を舐めてみたり噛んでみたり落ち着きなく動いていたし、逆に普段落ち着きのない綾香は舞台袖からじっと壇上を見つめながら瞬きも忘れて固まっていた。

「大丈夫かなぁ」

 皆が皆、色んな緊張だとか不安だとかを抱えてしまっている中で、それを言葉にしたのはやっぱり綾香。

「すごく頑張ったり練習したりしたけど、大丈夫かなぁ。失敗してみんなに笑われたりしないかなぁ」

 普段ポジティブな綾香が発した弱気な発言に、私は少し視線が落とす。普段だったら「そんなことないよ」と言えるのだけれど、流石の私も不安と緊張で文字通り胸が張り裂けそうだった。そして、それがいつも無駄にポジティブな綾香の口からでてきたものだから、なんだかやけに気分が落ちて自信がなくなり心配になる。先ほどから指先でずっとリズムを取り続けている神ちゃんをちらりと見ると、日焼けのしない白い顔を更にお化けのように白くしていた。

 みんな不安なんだ。どんなに努力をして頑張ってきたとそうしても、その実力が本番で発散できるとは限らない。

 これはまずい。どうにかしなくちゃとは思うのだけれど、残念ながら私には巨大岩のような重い空気を脱会できるほどの技量が存在をしていない。

 しかし、みー君は違っていた。

 オレンジと緑の配色眩しいタンバリンを持ったみー君は、うーんというようにして体全体を撓らせると

「失敗してもへーきじゃない?」

 とそういった。

「だってこれ、別にコンテストとかじゃないし。失敗とかそんなの、心配しなくてもへーきだって。ほらほらー、そんながちがちに固まってちゃあ、楽しめるものも楽しめないよー。楽しんでやろーよ楽しんでー」

 ね! なんて、太陽も顔負けの笑顔を見せる、みー君。

「失敗を恐れず、楽しんで行け」なんてありふれた言葉だけれど、その時の私達にはまるで、天使か仏様かもしくはニューヨークの自由の女神の言葉よりもありがたい言葉に感じられた。私達はひどく臆病で見栄っ張りだから、本当は失敗をすることも失敗をして人に笑われることだって嫌だし、失敗を恐れずに楽しむことだってできるはずはないのだけれど、みー君の言葉には不思議な魔力だとか魔法だとかが込められていて、実際それを可能にしてしまうくらいの力だとか信頼感が存在をしていた。

 みー君は、確かに強引で自己中心的で面倒なことばかりを運んでくる疫病神のような奴なのだけれど、いざというときついつい頼ってしまうような奇妙な魅力があったのだ。

 舞台が私達を呼んでいる。みー君は「よし!」と気合を入れるようにして胸を張り、笑った。

「さぁ、行こう!」

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