第四章 呪われろ! 6

 みー君の後に続いて夜の道を歩く。

 先ほどまで真っ暗だった夜の空は星が光り、お月様がにこにこ笑っていた。

「みー君て、柔道かなにかやってたの?」

「うん。元々はゆうちゃんが市民体育館で剣道やってて、それについてってたんだ。その剣道場の隣に柔道場があって、いつのまにかやるようになってた」

「中学校ではやってたの?」

「中学校の柔道部は、ちょっと見たけど厳しそうだったから入らなかった」

「高校は?」

「入りたくないから柔道部のないとこ選んだんだ」

 そこで苦笑。

 みー君はじっとしていられないくせに、縛られたり強要されたりすることが嫌いで実は結構面倒くさがりだったりする。ひとの話を聞かないし命令も無視すると評判の男なのだ。 

 暫くの間、私達には穏やかで和やかな空気が流れていたのだが、渋谷道彦の空気を読まない一言が一気に緊張を走らせる。

「あいちゃんてさ。もしかして、おれのこと嫌いだったりする?」

 私はぴたりと足を止め、強張った表情でみー君のことをじっと見据えた。

「……なんでそんなこというのよ」

「だって、あいちゃん最近、おれのこと避けてるから。五味くんに言ったら、“お前、面倒ばっかりかけてるからそろそろ愛想尽かされたんじゃないか”って」

 五味くん。

 私ははぁ、とため息をついて、首を振る。

「避けてないよ。普通だよ」

「じゃあ、なんでおれと話してくれないの」

「話してるよ」

 ふん、と口を閉じて顔を反らす私。

 みー君がなんとも納得が行ってないという表情で、唇を微妙に尖らせている。

 みー君は悪くない。悪いのは、私の意地っ張りとプライドの高さ。

「おれ、五味くんにそういわれたとき、ちょっとショックだったんだ」

「ショック? みー君てショック受けたりするの?」

 私の問いかけに、みー君が「受けるよー。失礼だなー」と眉を潜める。ショックを受けるとか落ちこむだとか悩むとか、お気楽極楽能天気なみー君とは全く縁のない単語だと思ってた。

「ふぅん。みー君て落ち込まないんだと思ってた。どうしてそんなことで落ち込んだの?」

「あいちゃんに嫌われたと思ったから」

「……はぁ?」

「あいちゃんに本当に嫌われたんじゃないかと思ったら、なんかすごく悲しくなった。だからショック受けて、落ち込んだんだと思う」

 何気ない口調でそういうみー君。私は、みー君の口から飛び出てきた意外な言葉に罪悪感を覚え、それから少し期待して、「嫌いじゃないよ」と言う。するとみー君はほっ、と息をついて胸に手を当て大げさに肩を撫でおろした。

「よかった。おれ、あいちゃんに嫌われたら生きていけないもんな」

 みー君ははーっ、と胸を張って大きく空気を吸い込んだ。

 嫌いなはずがない。本当は、十年間初恋を思って育てるほどに好きなのだ。

 それから、瞳をきらきらと輝かせ、なにか期待をするようにしてだんまりとしている私の顔を覗き込んだ。

「あいちゃんさ、やっぱりバンドやる気ない?」

 期待に満ちたみー君の声。私は少しだけ視線を逸らしたまま、何も言わない。

「やっぱ、もうひとり欲しいんだ。色んな人に声をかけてくれたけど、みんな駄目だったんだ。どうしても一緒にやってくれる人を探してるんだ」

 私はまだ何も言わない。むっつりと黙り込んでいると、みー君があせあせと色んな条件を出してくる。

「あっ、ほら、神ちゃんと綾パンも一緒だし。おれも、あいちゃんに面倒かけないようにがんばるし。だから、もしよかったら、一緒にやってくれないかなー……なんて……」

 マシンガンみたいに勢いのある言葉が、徐々に徐々に小さくなる。両手の人差し指をもじもじ合わせ、気まずそうに、でも期待の膨らんだ目で私を見た。

「それに、俺もあいちゃんが一緒にやってくれたら、うれしいなー……とか」

 光り輝くお日様みたいなお日様みたいな黒い目が、私のことを覗いている。

「わたしとやりたいの?」

「うん」

「わたしが一緒にやってもいいの?」

「あいちゃんがやってくれるなら」 

 私はじっ、と考えて、それからこういった。

「……やる」

「え」

「一緒にやって、あいつら全員ぶっとばしてやる」

 私の不穏な一言に、みー君が「え」というようにして動きを止めた。とても不安そうな表情をしているので、「みー君たちのことじゃないよ」と答えると、「よかった」というようにしてほっとした笑みを見せた。

「がんばろうね。あいちゃん」

「うん」

 わたしは頑張る。意地だとかプライドだとか色んなことをひっくるめて、もっと頑張らなければならないんだ。

「あいちゃんてさ、ほんとは怖いの苦手でしょ?」

 ぎゅ、と一人で拳を握り表情を固くする私のことをほぐすような口調で、みー君はいった。

「幼稚園のとき、こわい話の本読んで、ひとりでトイレ行けなくなったの。おれがつきそってあげたの、覚えてる?」

「ちょっ……やめてよ、馬鹿!」

 そんな昔の恥ずかしい話、私だって覚えていないのに。思わず突き出た私の右手がみー君の頭を殴りつけた。いい音がする。

「痛いなー、もう」

 なんていいながらできたたんこぶを片手で押さえ、笑うみー君。

「だからもしかして、ひとりでいるの怖いのかなー。とか。ほら、この間呪いのビデオみたじゃない」

 みー君の一言で、私は思い出してしまう。綾香の持ってきた、見た人が死ぬ呪いのビデオ。先ほどの吉住の一件で折角忘れていたのに。思い出したら急に怖くなってきた。どうしよう、今日の夜は怖い夢を見るかもしれない。

 両手で自分の体を抱えて、ひとりでぶるりと震える私。

 みー君はなぜか少しだけ驚いたように瞬きをして、それから考え込むように天を見上げた。先ほど学校に行くときはお星さまもお月様も出ていなくて地獄みたいに真っ暗な世界だったのに、薄暗い雲が晴れ、群青の空にはお月様もお星さまも顔を出しきらきらと地表を照らしていた。

 みー君はそうだ、というようにして手を差し出すと、

「右手」

「え」

「おれの右手は、いつでもどこでも二十四時間空いてるよ」

 みー君の右手。

 私は、この時このタイミングで右手が差し出された意味がわからないで、みー君の顔と差し出された手を見比べる。それから少し躊躇して、引ったくりをするようにして差し出された手を奪い取った。

「あいちゃんひでー」

 なんてみー君はいうけれど、私はそれを無視することに決めた。だってみー君が悪いのだ。もし今日の夜怖い夢を見たらみー君のことを恨んでやるし、もしあのビデオを見たことで呪い殺されてしまったのなら、一生背中に付きまとって、化けて出てやるんだから。

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