第四章 呪われろ! 4

 どうやら渋谷道彦は本気でバンドをやる気らしい。

 家からギターを持ち込んで休み時間に弾き語りをしているところも見かけるし、なぜか神ちゃんがハーモニカを引いているところも目撃した。綾香の鞄の中には「カーペンターズ」の楽譜は入っていて、いわく「お兄ちゃんの友達から借りてきた」らしい。

 五味くんへの通達もすでに済んでいるらしく

「道彦がやりたいって言ってくれてよかったよ。今年、一般生徒の希望が少なくてクリスマス委員会が困ってたんだ」

 とほっとしていた。

 けれど、チーム渋谷の人員は不足をしているらしく、「俺も声をかけられた」と困っていた。頭がよくて頼りがいのある五味くんだけど音感のないことでも有名なのだ。

 実際みー君は上級生から下級生まで色々な人に声をかけていた。

「ねぇねぇ君―。音楽好きー? ハーモニカとカスタネットどっちがいいー?」

 一見すると下手なナンパの台詞みたいなのだけれど、これを学校の正門でギター片手に行っていたというのだから笑えない。普通だったらこんなことされたらドン引き違いはないのだけれど、仲良くなってしまうのは彼の仁徳というべきか。

「渋谷ん、クリスマスコンサートでバンドやるのー?」

「やるよー。めっちゃかっこよく決めるから楽しみにしててー」

「ほんとー? バンドやる男の子って、女の子にモテるよー」

「今だったら、なんと無料で渋谷バントにご入会がー」

「それはやめとくー」

 ぽろんぽろんと下手くそにギターを弾くみー君の所には私の知らない色んな人が現れた。可愛い後輩から強面の先輩、厳しいと評判の先生まで色んな人。なんでこんなにも人脈は幅広いのか本当に不思議で仕方がない。みー君に話しかける人は至る所に沢山存在をしていたけれど、必要としている「四人目」はどうやらなかなか現れないようだ。

「ボーカルとドラムとキーボードと、あともう一人欲しいんだー」

「あと一人何やらせるん? ハーモニカ?」

「違う。トライアングル」

「だせぇー」

 げらげらげら。

 それが本当か嘘かわからないけれど、最後の一人を探していることは本当らしい。「らしい」というのは、私がみー君や綾香からその事実を聞いていないためだ。皆で呪いのビデオを見た、私がみー君と神ちゃんの誘いを徹底的に拒否したあの日以来、私は彼らときちんと会話をしていないのだ。

 みー君や神ちゃんが私のことを避けていたわけではない。私が意図的に話す機会を失わせていた。みー君と綾香はバンドのことで一生懸命になっていたし、神ちゃんは元々言葉数の少ない人間だったので避けようと思えば避けられた。

 私だって元々口数は多くないし友達だって多いわけではなかったから、ひとりの時間も自然と多くなってきて、ちょっぴり寂しい思いをする羽目になる。

 みー君と神ちゃんが来る前は綾香以外特に親しい友達もいなくて、綾香自体ちょっとミーハーだし私と違っておしゃべりで顔が広いから、友達だって沢山いた。だから一人でいることなんて全然珍しくなんかないし大したことはなかったんだけれど、ここにきて「寂しい」という気持ちを感じていることに、自分自身で少し驚く。一人ぼっちだとか、そんなの慣れ切っていたと思ったのに。

 なんでそんなことを今更感じているのだろうと私は少し考えて、それから驚くべき結論に行き着いた。

 みー君はうるさいしご飯のときも寝ているときもしゃべっている。みー君は無駄に人脈が広いからただみー君の傍にいるだけでも色々な人が寄ってくるし、話すことだって困らない。そのせいで、私もただ廊下を歩いているだけなのに知らない先輩から「あー。こないだ道彦と一緒に居た子でしょー? 元気―?」とか話しかけられるようになっていた。神ちゃんとは口下手同志言葉を交わさなくともなんとなく意思疎通できるような場面があって、特に会話をしなくともなんとなく話しているような気分になることもあった。

 私は、自分でも気が付かないうちに予想以上に、“渋谷道彦”に感化を受けていたらしい。

 それに今、突然気が付いてしまった私はとても恥ずかしくなって居た堪れなくなって、どうしたらいいのかわからなくなった。どうするもなにもないわけなんだけれど、あまりに一人でいることに慣れ過ぎていたために“寂しい”という感情をどういう風に処理をするべきかわからなかったのだ。私は不器用な人間だった。そうして頑固で見栄っ張りな人間でさえもあったのだ。

 今まで気が付かなかった自分の意外な一面に気が付いてしまった私はどうしようもなく焦ってテンパって、帰るために持ち上げた鞄の中身をそのまま逆さにひっくり返してばら撒いた。床に散らばったそれらを大急ぎでかき集めて立ち上がると、楽しげにハーモニカを吹いてるみー君と目が合い、右手を振られた。その隣で「カーペンターズ」の楽譜を見ていた神ちゃんがこちらを向いて意味ありげに笑っていたのだけれど、無視することに決めた。

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