第四章 呪われろ! 3
私とみー君がまだ幼稚園で、たった五歳のとき。園のお遊戯会で、シンデレラをやることになった。
そのとき王子様役になったのはヒロムくんていう女の子に一番人気のあった男の子なのだけれど、そのせいでシンデレラ役を巡り三人の女の子が対立をする羽目になった。一人の王子を巡って女が三人。幼稚園児が一体なにませたことをしているんだとこの年になってこそ思うのだが、いつの時代でも女の戦いは恐ろしい。五歳児にしてしっかりと女としての自覚を持ちつつあった三人の女の子たちは、女特有の争いを始めた。というのも、仲間を集め輪を作り、陰口をしたりうじうじと仲間外れにしたりとか、そういうこと。男の子同志に置ける肉体と肉体によるぶつかり合いのようなカラッとしたものとは違う、陰気な影の争い。
勿論先生たちだってそれに気が付いていたのだけれど、女の自覚を持ちつつあった幼児たちの会話に口を挟むことができず当時新米だったクラス担任はほとほと困り果てていた。もういっそのこと劇自体を変えてしまおうかという案が提出されたその時に、一気に解決を仕掛けたのは当時五歳の渋谷道彦だった。
「そんなにやりたいなら三人でシンデレラをやればいいよ。それで王子様も三人にすえばいい」
ヒロムくんを争ってこういう事態に発展をしたのにそんなことで解決するわけないだろうとか当時の教師陣は思ったらしいが、そこは道彦クオリティ。どう言いくるめたのか、三人の女の子も他の幼児も、あっさりとそれで納得をしてしまったのだ。そして、お遊戯会が終わることには女の子同士のわだかまりもヒロムくんを巡っての争いもまるで春先の蝶のようにどこかへ飛んで行ってしまったのには驚きだ。幼稚園児の気まぐれのせいか、もしくはみー君に置ける不思議な力が齎したものなのか。ちなみに、その劇で私は七人の小人Aをやったわけなのだけれど、みー君はリンゴの木の役だった。劇の最初から最後まで舞台の左端にずっと生えている、木。台詞も何もない立っているだけの役なのにみー君は思いの他その衣装が気に入ったらしく、お遊戯会が終わった後もたびたび「木」の衣装を着ているところを目撃した。
(そうだよ、みー君は昔から、ちょっと強引すぎるんだよ)
昔のことを思い出しながら、私は唇を尖らした。
(みー君はいつだって強引で、適当で、自分勝手で後のことなんて考えない。楽しそうだから、興味が湧いたからだとか思いつきとか本能でやるから、いつも大変なことになるんだ)
大体、みー君は人より好奇心が強すぎるし、色んなことに首を突っ込みすぎている。今となっては仲がいいけど、ただの不登校のクラスメイトの家に行くとか普通は考えられないし、普通の高校生は誘拐された友達を助けるためにモデルガンを改造して誘拐犯と争ってみたりはしないのだ。
なんてことを考えながら日の暮れかけた町を歩いていると、後ろから落ち着いた男の子の声で名前を呼ばれた。
「愛ちゃん」
茶色のベストにブレザーを着込んだ神ちゃんは、出会った時よりもずっとずっと柔らかくてとっつきやすくなった。
口数は決して多くないし、黙っているときも話しているようなみー君の三分の一も話してはいないわけなのだけれど、前よりずっと社交的で近づきやすい雰囲気に変わっていた。
とてもいい傾向のはずなのに、これもみー君のカリスマ性の成せる技なのだと思うと、どうしても腹が立つのはなぜだろう。
「愛ちゃん、道彦に言われた?」
何を? とわざわざ問いたださなくてもわかる。バンドのことだ。言われたけど断ったよ、と私が言うと、神ちゃんは何とも言えない笑みを浮かべた。
「やっぱりね」
「当然じゃない。突然すぎるし、そんな恥ずかしいことしたくないもん」
つん、と唇を尖らせて横を向く、私。
「愛ちゃんらしいや」
「神ちゃんはやるの?」
「断れると思う?」
「全然」
両手を振ってオーバーなリアクションで返す、私。神ちゃんはとても落ち着いているし大人っぽいから、綾香やみー君には話せないことだって話せるし、できないことだってできてしまう。
「綾香もやるのかな」
「むしろノリノリだったよ」
「やっぱりね」
「愛ちゃんは」
「うん」
「愛ちゃんは、やっぱりやらない?」
なんの感情も持たない神ちゃんの表情は、時に私のことを惑わせる。綾香や他の人とは違う、深いブラウンの瞳は色んなことを見ていて、私の知らない心の奥底まで映し出している気がして嫌なのだ。みー君とは違う、低くて深くて落ち着いた声は言葉少なに色んなことを物語っていて、私の知らないうちに私のことを追い詰めていて嫌なのだ。
私は少しだけ考えて、
「やるわけないじゃない、そんなこと」
意識的に素っ気なく返した言葉に、神ちゃんはただ一言「そう」といった。
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