第四章 呪われろ! 2
結局五味くんは綾香の持ってきた「呪いのビデオ」を見ることなくクラスから除け者にされてしまったわけなのだけれど、私達がビデオを見ていた時間五味くんが何をしていたのかというと、決して意地悪な誰かによって本当に「除け者」にされてしまったわけではない。
その理由は、その日のホームルームに五味くんが提示をした内容により明らかとなった。
「そういうわけで、クリスマスコンサートで何かやりたい人は来週の火曜日までに考えておいてください」
うちの学校は私立校だから、他の高校とは違うところが沢山ある。というのも、系列校の短大が隣接していたり文化祭が夏休みに入る直前の七月だったり(これは創立際と併合しているためらしい)妙に校則が多かったりとか、そういうこと。クリスマスコンサートも『変わったこと』のひとつだけれど、簡単に言えばただのお祭り。毎年十二月の第二土曜日を使って、簡単な行事をするのだ。文化祭みたいに派手なものではないけれど、生徒会や演劇部、音楽部はそれぞれ劇をしたり歌を歌ったりと結構楽しい催物をしてくれるし、調理部やお菓子研究会はカップケーキとか唐揚げとか簡単な屋台を出してくれる。去年のクリスマスコンサートでは、理事長の気まぐれで一昔前に名の売れた(今でもそこそこ有名な)歌手が来てくれたりして、なかなか楽しい企画なのだ。希望によっては一般の生徒も一定の時間舞台を占領して、歌ったり踊ったりできる仕組みになっている。本来、受験で忙しい時期を迎えているはずの三年生だって、わざわざ時間を作っては遊びに来て本当に余裕のある人は企画側として参加をしたりもするのだ。
オレンジ色のパーカーにブレザーという明らかに校則違反をした服装のみー君は(その服装に関して五味くん以外誰も注意を施さないのは、それをすることの無意味さを誰もが感じ取っているためなのだろう)、黒い瞳を宝石みたいに輝かせて「はいっ!」と右手を上に掲げた。
「はい、道彦」
「それはどんなことをしてもいいんですか!」
「高校生らしい秩序と礼儀を含み、明らかに風紀の乱れたものでなければOKです」
「持ち時間は一人何分ですか!」
「持ち時間は一人十分です。時間厳守でお願いします」
「バナナはおやつに」
「入りません!」
「五味くんの初恋はどこの誰で」
「私語は慎んでください!」
だんだんと脱線をしていくみー君の質問に一喝をする、五味くん。それから、クリスマスコンサートの簡単な日程だとか決まり事だとかを説明をして、いつもより少し長めのホームルームは終了した。
五味くんに怒られてから私の隣のみー君は大人しくじっとしていたのだけれど、目はきらきらとしているし唇は弓型になっているし足元はじっとしきれていなくてばたばたと上下に動いているし、あからさまに「何か企んでいます」という表情になっている。なんとなく関わりたくなくて視線だけでクラスを見渡すと、たまたま目が合った神ちゃんもやっぱり微妙な笑みを零している。後ろからでも丸わかりなのだろう、渋谷道彦のうきうきっぷりは。
私は考える。
さて、みー君はなんて言い出すのだろうか。「歌を歌おう」「劇をやろう」もしくは、両方合わせて「ミュージカルをしよう」とか。ないわけではない。むしろ可能性がありすぎて誰かにわけてあげられるほどだ。
私の予想だとか想像だとかはノストラダムスの予言よりも確実で、ホームルームが終わると同時にみー君を避けるようにして教室を飛び出た私の腕を掴んだのは、キラキラと瞳を輝かせる渋谷道彦。その笑顔は、まるで世界にたった一つしかない宝石のように光輝いているはずなのに、今の私にはまるで玄関先に捨てられた嫌がらせの生ごみのようにしか思えなかった。
「あいちゃん」
にぃ、と弓型に吊り上った唇が紡いだ私の名前は、まるで悪魔の囁きみたいに聞こえた。
「バンドやろう」
なんでだっつーの。
私は、みー君が掴み取っていた腕を振り切ってそのまま前に進みだした。
「ねぇねぇ、やろうよ。バンド」
「いや」
「やろうってば! ねぇ、バンド! 楽しいよ!」
「嫌だ!」
つかつかつかと精一杯歩幅を伸ばして速足で歩く私に、しつこく食いついてくるみー君。私は、みー君がくるりと私の前に回り込んできたところで足を止めて、こう言った。
「バンドやるとかそんなこと言われても、嫌に決まっているじゃない! すっごく目立つし、恥ずかしいし! 大体、みー君そんなのやったことないでしょ!」
「ないよ」
「ほらみろ!」
さも当然のように口に出すみー君に、私は思わず憤慨する。
「経験もないのに、なんでいきなりそんなことしようとか思いつくのよ!」
「だっておれ、バンドとかやったことないんだもん」
「だから余計に駄目なの! メンバーは? 楽器は? 何にも考えてないでしょ」
「メンバーは決まってるよ」
「いってみなさいよ」
「おれとあいちゃんと綾パンと神ちゃん」
「だから私はやらないの!」
いーっ! と思い切り歯茎を見せたところで、ここが人通りの激しい放課後の廊下だということに気が付いた。突き刺さる視線に、思わず体を縮こめる私。
「でもさぁ、あいちゃん」
「とにかくっ!」
私は、まだ何かを言いたげなみー君と面白そうに私達のことを見つめる視線たちを振り切って、叫んだ。
「私は、絶対、ぜーったい! そんなのやらないからね!」
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