第四章 呪われろ!
第四章 呪われろ! 1
フロンガスが撒かれオゾンが減ったせいで強くなった紫外線は、日焼け止めを塗っていたのにも関わらず十七歳の私の肌を焼き付けて、真っ黒にする。元が白い綾香だって、「愛ちゃーん、日に焼けちゃったよ痛いよー」なんて泣きながら電話をしてきて、日に当たることに慣れていないモヤシっ子の御曹司である神崎隆太は可愛そうなくらいに赤くなっていた。「焼けた」のではなく、何度も何度も力強く叩きつけたように真っ赤に腫れ上がってしまっていた。いわく、「焼き付けたぶっとい注射針で何度も何度も突き刺したみたいな痛さ」だということ。特に背中の皮がべろんべろんに向けていて、見ているこっちが涙が出そうになるほどだ。みー君に関してはそんな心配など一切なく、ただ髪の色と肌の色の境界線がわからないくらいに日焼けをしたという程度。
それからまた、プールに行ったりカブトムシを取りに行ったり神ちゃんの家に集まって一気に宿題を終わらせたりしているうちに楽しい楽しい夏休みが終了する。
学校に行ったり体育祭をしたりしているうちに真夏の太陽は秋の光に変化して、あれほど私たちのことを焼き付けていた日差しがどこかに消える。あれほど瑞々しく精力を放っていた緑色の葉が色褪せて、十枚目のカレンダーを捲り始めた頃のことだ。
その日綾香は、とあるビデオテープを持ってやってきた。DVDではなくビデオテープ。レンタルショップからもビデオテープが撤去しているこのご時世、新しいもの流行もの大好きな綾香が、なぜこのようなものを所持しているのか。本人いわく、「お兄ちゃんから廻ってきた呪いのビデオ」らしい。
「これね、すっごい流行ってるんだって。中学生も高校生も大学生もみんな見てて、見ないと乗り遅れちゃうんだって」
流行っているのか乗り遅れるのか知らないけれど、私が嫌だ、見たくないとひたすらそれを拒否していた。私は元々、幽霊だとか妖怪だとかの類が苦手だ。小さい頃は真夜中に一人でトイレに行けなかったし、どこの学校にもあるような七不思議や呪いの類をかなり本気で信じていた。今でこそ真夜中のトイレも一人で行けるようになったけれど、怖い話の類は避けて通るようにしてるのだ。
嫌だ、嫌だ見たくないとひたすら首を振り続ける私とは対照的に綾香はすごくノリノリで、それ以上にノリノリだったのが例の渋谷道彦だった。
「これ、本当に呪いのビデオ?」
「そうだよ。見ると呪われるんだって」
「見よう見よう!」
「嫌だ!」
なんて私が断固拒否をしても他のみんなはノリノリで、結果的にクラス中が参加をする上映会が開かれる。電気を消して暗幕も閉めて本格的。
デッキを入れて十秒くらいずっと砂嵐が続く。それからブランコ。誰も乗っていないのに揺れていて、それがまた十秒くらいずっと続く。それが真っ赤な空に切り替わり、早送りするみたいにして暗い空に変化する。そして雲。薄くて紅い気味の悪い雲が、右から左に流れて行った。右の端に「太陽の黒点」みたいな黒い点が現れて、最初は一つだったそれがアイスに群がる蟻みたいにどんどんどんどん増えていって、その「黒点」が蠅であることに気が付いたのは画面一面が真っ黒い点で多い尽くされた後だった。それから画面が遠ざかり、次に現れたのはアパートの一室。昔のドラマに出てくるみたいな、六畳一間の小さな部屋で、その真ん中には薄汚れた女の子の人形が置かれている。画面左からその人形を隠すようにして細長い影が伸びてきて、女の子が現れる。中学生くらいで、肩甲骨くらいまで無造作に髪を伸ばしきった、細身の子。ぼろぼろのカーテンみたいな白い服を着た裸足のその子は、人形を手に取り開け放たれた窓へゆっくりと近寄った。窓から見える景色がおかしい。血と夜を混ぜたみたいな、嫌な感じの紫色だ。女の子は、ぼろぼろの窓枠に手をかけて吸い込まれるようにして飛び降りた。画面もそれに続くかのようにして窓の奥へと引き込まれて、そこにあったのは井戸。どこまでも続いてしまっているかのような深い井戸。画面が水面につく瞬間、どろどろに濁った水の中からずぼっ! と白い手が飛び出てきた。水の底から2つの目玉が見つめている。その手が何かを掴みとる瞬間、ぎろっ、と動いてこういった。
『……ツギハアナタダ……』
「ひっ――」
「ひぃぃぎやぁぁぁぁぁっ!」
「……なにしてんの? みんな」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
クラス中に飛び交う、悲鳴、悲鳴、悲鳴。そしてそれは、教室のライトが突然ぱっと点灯したことと、予想外の言葉が飛び込んできたことで勢いを増す。混乱をする教室。腰が抜けた私は、行儀よく自分の席に座ったまま固まっていたのだけれど、ライトのボタンの辺りになんとも言えない表情の委員長が佇んでいることに気が付いいた。五味くん。
五味くんはぽちりとライトのボタンを押したままの姿勢で佇み、ぎゃーぎゃーと声の溢れる教室を見回した。それから、ぽつんと席に座り込んでいる私の所にやってきて、言った。
「なにしてんの? こんな、窓もカーテンもしっかり閉めて。部屋の中真っ暗にしちゃって」
他のみんなも電気を消したのが誰か時機に気が付き、騒がしい教室は徐々に落ち着きを戻していく。窓際の席の誰かが、締め切っていたカーテンをすべて明け、秋の光を差し込ませた。十月の始めはまだ明かりも強くて夕方もずっと明るくて、暗黒の世界にいた私の瞳を傷つける。
話しかけられた私がごしごしと瞼を擦り返事を返すその前に、私の隣に座っているみー君がそれに答えた。
「呪いのビデオ見てたんだ」
「ノロイノビデオぉ?」
「そう。見ると呪われる奴」
ねー。なんて顔を見合わせる、綾香とみー君。
五味くんは目一杯眉間に皺を寄せ、思い切り唇をへの字に曲げて、更にそれをタコのように尖らせた。
「そんなのクラス全員で見てたのかよ。もう、午後の授業始まってるんだぞ!」
「だってこれ、見ると呪われるんだぞ。やばいんだ。こわいんだ」
「中学生高校生大学生どころか小学生の間でも流行ってるって言ってたよ」
「そんなに沢山の人が見てるのか!?」
「そうだよ。だから見ないと流行遅れになっちゃうの」
「クラス全員で見たからね。五味くんはもう完璧に流行遅れ決定だね。爪弾きものだね」
強力なダッグを組み五味くんを追い詰める、綾香とみー君。嫌な方向に息の合ったコンビネーションに、五味くんがうっ、と一歩引き下がる。けれど、もう一歩踏み下がろうとする直前でなんとかぎりぎり踏み止まり、ふっ、と鼻で笑ってみせた。
「馬鹿だな、道彦。お前、高校生にもなってそんなもの信じてるのか? 幽霊とかノロイとか、そんなものあるわけないじゃないか。考えてみろよ、そんなに沢山の人が見て、みんな死ぬっていうのか?」
「五味くん以外クラス全員で見たから、みんな死んだら五味くんうちのクラスでたった一人ぼっちだね。寂しいね」
「お前俺のこと嫌いなのか!?」
予想外な斜め上から飛んできた発言に、思わず声を張り上げる五味くん。今にでも殴りかかっていきそうな委員長を止めたのは、いつの間にか教卓の前に佇んでいた先生だった。
「五味。午後の授業はとっくの昔に始まっているんだぞ」
でっぷりと突き出たお腹をふらふらと揺らしながらそういった先生の言葉に、握った拳を振りかざしたままの体勢で固まる、五味くん。みー君はぷぷぷと笑いを堪えると、真っ赤になった五味くんの耳元で
「ほら五味くん。午後の授業はとっくの昔に始まっているのよ」
「黙れ!」
五味くんの握った拳が、みー君のまぁるい頭の丁度中心に直下した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます