第二章 登校拒否の神崎くん 11

 未だ目を回したまま完全に気絶をしている誘拐犯を二人まとめて縛り上げ、警察に連絡をする。みー君のゴルフバッグにはわけのわからないものがまだまだたくさん入っていて、ロープだとか小麦粉爆弾だとか、スタンガンだとかその他色々。結局犯人二人にトドメをさしたのは一体なんだったのかと問いかけると、

「これ、元々は防犯目的で作った奴で、引き金を引くと七十五万ボルトの電圧が一気に放出されるんだ」

 こう、水鉄砲みたいな感覚で、と身振り手振り説明をする神ちゃん。七十五万ボルトがどの程度なのかよくわからなかったので説明を求めると、

「大体普段家で使っている電気が、百ボルトくらいだから、それの……七百五十倍くらい? これだと威力が強すぎるから後で調整しようと思って放っておいたんだけど、役に立ってよかった」

 なんて爽やかに説明をする神ちゃんはやっぱりイケメンなんだけど、その口から出る言葉とか単語はどうしても物騒すぎて、これらが二度と役に立つことのないように私は願う。

 例の誘拐犯二人は神ちゃんの言った通り、数年前に倒産したLIFE TECHNICの元幹部。仕事を失い家族にも逃げられて路頭に迷った二人は、素性を隠して電気機器メーカーKANZAKIの警備員に就職をした。自分たちからすべてを奪い取ったKANZAKIに復讐をするために一人息子の隆太を誘拐したのだという。

 警察に二人を渡して、私達は事情を聞かれ、それぞれの親が呼ばれて私とみー君はひどく怒られる。「なんでこんな時間に出歩いているんだ」「どうしてこんな無茶をしたのか」「どうしてすぐに警察に届けを出そうとしなかったのか」確かにそうだ。一から十まで無謀すぎるし危険すぎる。みー君なんて頭に三つもコブを作り、アイス屋さんの三段アイスのようになっていた。更にみー君は、真夜中に私を連れ出してこんな危ないことに巻き込んだこととお姉さんのオートバイを勝手に持ち出して勝手に乗っていたことで更にお説教を受けていた。(あの時廃工場の近くに置いてきてしまったオートバイは、後日お姉さんによって無事に回収されたらしい)

「はい! ごめんなさい! もう二度とやりません! 神に誓います!」

 とか正座をして叫ぶみー君なんて、もう二度と見れないかもしれない。

 これだけの大騒ぎになっているというのに、いつまでたってもこの事件は、テレビや雑誌その他メディアで見かけることは一向になかった。

 それをふらっと口に出すと、

「もみ消したんだよ。KANZAKIにとっては、汚点でしかないから」

 結局、何事もなく無事だったしね。と笑う神ちゃん。そういう問題じゃないんじゃないのと私が言うと、

「僕、本物の母さんの子じゃないんだ」

 とか言い始める。

「今の母さんが元々、父さんの正妻だったんだけど、子供ができなくて。それで父さんが外で妾を作って、その子供」

 まるで「俺、カレーライスが好きなんだ」というような口調であっけらかんと暴露されたその内容。ごくごく普通の家庭で幸せに育ってきた私にとっては衝撃以外のなにものでもなかったのだけれど、それと同時に、あの時廃工場でぐるぐる巻きに縛られていた神ちゃんが松田さんに向けて吐いた言葉を理解する。お金のほうが大事。結局、KANZAKIの社長がお金を用意したのかしなかったのか、今となってはもうわからないけれど。

 ご主人がいない間、ずっと枯れた芒みたいに元気のなかったゴールデンレトリバーのオールは、神崎隆太の姿を見るなりあっという間に元気になった。水を得た魚という表現は、こういう時に使うのだろう。

 わふわふと嬉しそうに鼻を鳴らすオールの金毛は、高級な絹糸みたいにきらきらぴかぴか光っていて、指を通すとさらっ、と流れるようだった。

「僕さ、ほんとは、死んでもいいかなぁって思ってたんだ。生きてても別に楽しくないし。対して意味もないんだったら、このまま死んでもいいかなぁって思ってた。でも、道彦と愛ちゃんが来てくれたから、もう少し頑張ってみようかなぁって気になった」

 そういう話をする私たちの目の前では、みー君がオールとかけっこをして遊びまわっている。馬鹿みたい。まるで子供のようだった。

「ねぇ、愛ちゃん。道彦は、すごいやつだね」

 神ちゃんの言葉で、私はまた少し考える。確かにみー君はすごいやつなのかもしれない。普通の高校生なら、誘拐された友達を助けるためにわざわざ身の危険を冒したりなんかしないし、お姉さんのオートバイを借りて走り出したりしないだろう。すごいというには無茶苦茶すぎるし、危険も少々多すぎる。 

 オールと走っていたみー君がずるんとこけて、顔から落下する。それからがばっ、と立ち上がり、満面の笑みで手を振った。

「あいちゃーん、フリスビー投げてー」

 いらっとするくらい綺麗な笑みに、私は悟る。そうだ。みー君はやっぱりちょっと馬鹿なのだ。いっそのこと嫌いになれたら一体どれほど楽なのだろうと思うのだけれど、おそらくそれは無理だろう。

 そう考えたらなんだかすごく腹が立ってきてムカついてきて、そしてそれの解消方法が何もないことに気が付いて愕然とする。とりあえず私は、神ちゃんがふらふらと弄んでいたフリスビーを借りることに決める。それから、それをみー君の顔面に叩きつけるために構えを取った。


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