第二章 登校拒否の神崎くん 5

 神崎隆太のことを気に入ったらしい渋谷道彦は、暇を見ては神崎邸に遊びに行くようになった。

 神ちゃん自身も時々ふらっと来て愛犬の散歩をしたり愛犬と遊んだり愛犬と競ってフリスビーの奪い合いをする変なクラスメイトを受け入れたらしく、みー君の唐突で突飛で奇怪な行動に驚きつつも友好的な人間関係を築いている。

 私は例のごとく、犬に引きずられる飼い主のように神崎邸を訪れた。

 電気機械で有名なKANZAKIには色々な機械家電が置いてあった。車からパソコン、冷蔵庫に防犯機器まで隅から隅まで揃っていた。

 一人息子の隆太の部屋にも、あとキッチンと風呂とトイレがあればそこ一室で充分生活ができるところまで整えられていて、私達庶民との格差を知らされる。

「神ちゃん、これ、なんのキャラクター?」

 みー君が取り上げたのは、青い帽子の男の子が描かれた丸いピンバッジ。神ちゃんはああ、というようにして笑うと、

「アメリカのアニメ映画のキャラクターなんだけど、知らないかな」

「知らない」

「ブラックジョークがきついんだ」

「へぇ」

 どうやらピンバッジを気に入ったらしいみー君は、意気揚々とワイシャツの胸ポケットにそれをつけ、「似合う?」というようにポーズを取った。くいっ、と腰を捻りお尻と胸を強調するようなその姿勢に、私は恥ずかしくて目を逸らし、神ちゃんは何とも言えない笑みを作った。

「これね、実はすごい機能が付いてるんだ」

「どんな機能?」

「ここのところが発信機になってる」

「まじで!?」

 神ちゃんはみー君の胸ポケットからピンバッジを取り外すと、

「探偵アニメでさ、シール型発信機ってあるじゃない? 犯人にぺたっとシール着けて、眼鏡で追跡するってやつ。あれをヒントにして作ったんだ」

 内部に細工がしてあるらしいそのピンバッジは、どこからどうみてもただのおしゃれなピンバッジにしか見えなかった。

 しかもそれを作ったのはKANZAKIの社員でも開発部でもなくて、目の前でみー君と戯れている登校拒否のクラスメイト。背の高いイケメンはただ金持ちなだけではなく、名誉ある才能を天から授かって生まれていた。

「ちなみにこれは、発信機を追跡するやつ」

 といって取り出したのはやはり眼鏡。いわく、「他にいい案が浮かばなかったから」らしい。

「スカウターみたいな感じにしようかとも思ったんだけど、こっちのほうが簡単だったんだ」

 赤いおしゃれ眼鏡の縁には星の模様が付いていて、そこを押すと片面に現在位置と発信地が表示された。なんという才能。

 その他にも神崎隆太は素晴らしい才能を生かし、様々な発明に取り組んでいた。

「この腕時計にはブザーが仕込んであって、持ち主以外が手に取ると半径一キロ以内に鳴り響く」「このネックレスのこの部分が盗聴器になってて、このイヤリングから聞こえるようになっている」「この熊のぬいぐるみの目の所がカメラになっていて、盗撮機能が付いている」だの、この子なんて犯罪者? っていうくらいの知識と技術を垣間見せた。

 ふいにみー君が興味を示したのは、部屋の端に無造作に置いてあったモデルガン。一メートルくらいある大きいやつとか刑事ドラマで刑事さんが持つような小さいやつとかたくさんあった。

「すげー、サバイバルごっこできるじゃん」

 みー君は二丁拳銃で目を輝かせ大興奮だったんだけれど、神ちゃんは困ったような顔をした。

「これ、まだ完成してないんだ」

「こんなにかっこいいのに?」

「本当は、空気砲だけで人を気絶させるようにしたいんだけど設計が甘くて」

「へぇ」

「でも無駄に威力が強くて。ほら、ここのところから小石を入れて発射するんだ」

 とお手本を見せる神ちゃんにみー君は大層驚いて感動をして、大喜びで今ここで発射をしようとしたんだけれど、私と神ちゃんに大慌てで止められてちょっと不服そうだった。

 その代わりに、スケルトンモデルの水鉄砲を渡されて神崎邸の大きなお庭でサバイバルゲームが開始された。私も全身びちょびちょになり、みー君に「あいちゃん透けてる!」と大声で言われて大層恥ずかしい思いをする。

「いつも、こういうもの作って遊んでいるの?」

 と私が問うと、神ちゃんは

「うん。でもふつーにゲームしたり漫画読んだりもしてるよ」

 とそう言われた。そして、反対に

「あいちゃんと道彦も、こんなことばっかりしてるの?」

 と聞かれた。否定したかったけどなんだかできなくて恥ずかしかった。

 初めのうちは、どうして神ちゃんは学校へ来たくないんだろう、だとかどうしてお金持ちのイケメンがみー君なんかに心を開いているのだろう、だとか色々思っていたのだけれど、一緒に犬の散歩をしたりサバイバルゲームをしているうちに全く正反対だと思っていたはずの渋谷道彦と神崎隆太は意外と似た者同士なんじゃないかとかそんなことを思い出した。

 転校をしてきてまだ一か月くらいしか経っていない渋谷道彦は口に出して言うまでもなくマイペースだし強引だし、自己中心的に勝手に動く。そして金持ちのイケメンである神崎隆太は、みー君ほどの強引さはないのだが基本的にとてもゆるくてマイペースで、登校拒否をしているだけもあり人に合わせることが苦手で団体行動を好まない。人の三倍くらいによくしゃべり動きうるさいみー君と人の三分の一くらいしかしゃべらない静かな神ちゃんは、実の所よく似ていた。

 そして、神ちゃんがしゃべらないというのは周知の事実であったのだが、彼は動きが遅かった。

 先日のフリスビー争奪戦では愛犬のオールを追い抜いてトップの座に輝いたのだが、普段の彼はびっくりするほどゆるい。

 250mlのジュースを飲むのに二十分かかり、炭酸ジュースだと三十分かかる。猫舌で、ラーメンをいっぱい食べ終わる頃にはビロビロに伸び切っている。応答を求めると五秒後に答えが返ってくる。何かが遅い、というは常にワンテンポ遅れている感じだ。話す言葉ものんびりしていて、やはりいいところの坊ちゃんなんだと感じさせる。浮世離れしているというのはこういう人のことをいうのだなーなどと感心をしていると、高校生の渋谷道彦ががしゃんがしゃんと神ちゃんの作ったプラモをリモコンで動かして大喜びしていた。こいつもある意味浮世離れしているということに気が付いた。

 先日みー君と連絡先を交換したのは記憶に新しいが、一度も連絡をしたことはなかった。必要なかったのだ。私とみー君は同じ学校で同じクラスで毎日毎日会っていて必要なことはいつも直接伝えていたし、みー君の行動はいつも突然で突発的で、私の予想できないところから斜め上を飛んでやってきた。

 それでも私としてはみー君のLINEIDが私のスマホに登録をされているのが嬉しくて、ぜひとも使ってみたかったのだけれど、その機会は一向にやってこなかった。

 そして、その日は例のごとく突然やってきた。

 お父さんは裏庭でゴルフのスイングの練習をして、お母さんはリビングでお菓子を食べながら料理雑誌を捲っていた。その隣では妹の奈々子がマニキュアをつけたりペティキュアをつけたりしてお母さんにくさいくさいと嫌がられた。そして私はスウェットのままベッドに寝転び漫画を読んでいた。頭はぼさぼさで梳かしていないし、邪魔な前髪を額の上で一本に結わいていた。人には見せられないようなひどい恰好だった。それほど平和だったのだ。

 時計の針が十一時を示すころには寝転がるのも漫画を読むにも飽きてきて、ああ、一体どうしよう。綾香って今日いるかなぁ。誰か遊んでくれないかなぁとか思いながら意味もなくスマホを見るとタイミングを計ったかのようにピロピロピロと音が鳴って、私のことを驚かせた。びくんと全身を跳ねあがらせて表示を見ると「渋谷道彦」と表示をされていて、また違った意味で驚かせた。急いで通話ボタンを押そうとするんだけれど、緊張しすぎてなかなか押せない。ようやくのことボタンを押すと、「あっいちゃーん」という軽快な声が私の耳を劈いた。

 あまりの音量にくらくらとする耳を抑えながら、問う。

「み、みー君?」

『そーでーす。みー君でーす』

 電話の向こうから聞こえるみー君の声は、直で聞くよりちょっとだけ低くて、かすれている。

『あのさー、あいちゃん、今日暇ー?』

「え?」

『暇だったらさぁー、一緒に遊ばないー?』

 想定外の提案に、私はどきっと心臓を高鳴らせる。一緒に遊ぶ? 私とみー君が?一瞬で熱を帯びた顔に汗が滲んで、無意識のうちに携帯を握る手に力が入る。

「いっ……行くっ!」

 緊張で声が上ずったけれど、電話の向こうのみー君はそんなことは気にしない。

『ホントー。あのねー、神ちゃんも一緒なんだー』

 なんだ、神ちゃんも一緒なのか。二人きりじゃないのとか、安堵なのか残念なのかよく分かたない溜息を吐く。それから、意味もなく結んだ前髪を弄んで、問いかける。

「みー君、今どこー? 私、今家にいるの」

『今ー?いまねー』

 にへや、と声が見えなくともいい笑顔をしているであろう渋谷道彦が発した言葉は、私のことを凍らせた。

勅使河原市浅木てしがわらしあさぎ3-5-16』

 それうちだよ。

 大急ぎで下に降りて玄関を開けると、そこには出かける用意万全のみー君がとてもいい笑顔で立っていて、その後ろにはいくらか困った表情の神崎隆太も存在していた。

「来るんなら連絡してよ!」

「連絡したじゃん」

「遅い!」

 顔面から三センチの距離で怒ると、みー君はむー、と子供みたいに頬をぷっくり膨らませた。

 神ちゃんは整った眉を中央に寄せると、

「道彦、愛ちゃんに連絡してたんじゃなかったの?」

「違うよ。さっき思いついた」

 馬鹿みー君。恨みったらしい顔でみー君のことを睨み付けると、なぜか後ろの神ちゃんが申し訳なさそうに、

「道彦、うちにも朝行き成り来て“遊びに行こう”って言い出したんだ。それで歩いてたら、“あいちゃん家に寄る”っていうから」

 とかなぜか謝ってくれているのに、みー君は頭の後ろで腕を組んで、顔を反らして知らんぷりを決め込んでいる。軽快に口笛なんか吹いちゃって、腹立たしいことこの上ない。

「道彦、やっぱり行き成りはよくなかったよ」

 今度からは、ちゃんと連絡した方がいいよという神ちゃんに、私は激しく同意をする。さすが金持ちのイケメン。いくら登校拒否をしていても野山を駆け回り鶏小屋の中で昼寝をしてきた野生児とは育ちが違うのだ。 

 その野生児は不満げな顔を作る私のことも申し訳なさそうな神ちゃんのことも気にせず、お父さんが趣味で育てている家庭菜園に夢中になっている。「なにこれ、トマト!?」ピーマンだっつーの。

 半眼の私がフォローを求めて神ちゃんを見上げると、困ったように「今日、来れる?」と聞いてきた。そんな顔で言われたら、いかないわけにはいかない。それに私だってみー君と遊びたいんだ。

 着替えてくるからちょっと待っててと言い残し玄関の戸を閉めると、お母さんと奈々子と外でゴルフの素振りをしていたはずのお父さんが驚いた顔で私のことを見つめていた。

「すごーい、おねーちゃんが彼氏二人も連れてきた―!」

 とか奈々子がいうものだから、ただでさえちょっと強面のお父さんの顔に青筋が浮かんで握りしめているアイアンに罅が入る。

「愛……誰だそいつらは」

 愛用のアイアンがばきばきになる様子を眺めながら、「ただの友達!」と叫んで階段を駆け上がった。

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