第二章 登校拒否の神崎くん 4
リードを持ったみー君を先頭に歩く。
神崎くんはみ―君に半歩並んで歩いていて、私は更にその後ろを歩いていた。オールはとても躾のなっている行儀のいい犬で、でもとても元気で力が強い。一度私がリードを持たせてもらうと、はしゃぎ過ぎたオールに引きずられるような形になり結局みー君に引き渡した。
オールは神崎くんの親戚の人から三年前に貰った犬らしい。血統書付の高級犬。やけに慣れていると思ったらみー君の家にも犬が一匹いるらしく、名前は「モー」。白と黒のぶち模様なので、「モー」と名前を付けたらしい。
途中、リードを持つことに飽きたみー君がオールの首からリードを外してかけっこを始めた。ついた先は神崎邸から歩いて二十分くらい歩いたところにある河川敷。川を挟んだ正面は隣の町になっていて、線路が川を跨いで町と町を繋いでいた。みー君が神崎邸から無断にフリスビーを持ってきて、神崎隆太を驚かせた。フリスビーを投げたのは神崎くんで、みー君はどっちが早く取れるのかオールと競争を初めて私の頭を悩ませる。最終的に投げる役目は私になって、二人と一匹でフリスビーの争奪戦になった。ここで予想外な粘りを見せたのが神崎隆太で、長い足を生かして0.1秒の差でオールからフリスビーを奪い取る。ここで悔しがったのはオールではなく人間の男の子で高校生であるはずの渋谷道彦。それでみー君が再戦を申し込んで神崎隆太が体力を使い果たし、底なしの体力を持つみー君がまたオールとかけっこを始めて、それが「海に来て波打ち際で追いかけっこをするカップルごっこ」に変化をする。そのうち、みー君が神崎くんのことを「神ちゃん」と呼んで、私にそれが伝染する。神ちゃんがそれぞれ「道彦」「愛ちゃん」と呼び始めたころ、低いビルとビルの間に赤い太陽が沈み込んで、長めの散歩はお開きになる。
「帰ろうか」
そういってオールの首輪にリードをつける神ちゃんは、初めて見たときよりもずっとぼろぼろになっていた。細かい芝があちらこちらについていて、小さく息切れだってしている。
茶色のリュックにヘッドホンをぶら下げたみー君はそれよりもっとぼろぼろで、神ちゃんの足もとでハッハッと呼吸をしているオールよりもずっとどろどろになっていた。
真ん丸になっていたみー君のお腹はぺっこりと凹んで、ぐーぐーと情けない音を立てていた。
「おう。おれんち、今日カレーなんだ。今日かーさんがそういってた」
「へぇ」
「おれんちのカレーうまいんだ」
「そう。よかったね」
なんていうことない言葉に、みー君はうん! と満面の笑顔で同意をした。幸せな奴。それに続け、「でも、給料日前だから肉が少なくて安いやつなんだ。きっと今日はペラペラの奴だ」とか、自分の家の肉がいかに薄っぺらくて安っぽいかということを語り、金持ちの息子を苦笑させる。これらの発言に恥ずかしくなったのはなぜか私。「もうやめて!」とみー君の茶色いリュックを叩くと、「なんで」と逆に怒られる。神ちゃんは私達のやり取りを何とも言えない笑みを浮かべて眺めていた。
「じゃあね。神ちゃん」
「うん」
「また来るね」
「……うん」
夕日をバッグに浮かべたみー君が、だんだん遠くなる神ちゃんに向かって大きく叫んで手を振った。
「今度はうちに来てねー!」
神ちゃんはちょっと恥ずかしそうに眉を寄せて、それから同意をするようにして大きく手を振りかえした。
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