第4話第5節 人生賭けた生配信! バーチャルユーチューバー! まさかの恋の告白!!

 

【母さん】――「今日は午後9時まで仕事だから二人は好きなモノ食べてね」

「うん、わかった」――【実】

 

 オレは母さんとスマホで連絡のやり取りを終えると、椅子にもたれかかる。

 ――本番って感じがしないな。

 今、オレは自分の部屋で一人でいる。

 姉さんの部屋からは物音が鳴っているがこっちの部屋はとても静かだ。

 ――こんな殺風景な部屋で生配信するとは誰が思うのだろうか。

 オレの机にあるのはネット生配信に使うウェブカメラと、その生配信を見るためのスマホ。後、台本と質問用紙にボールペン、そして樹成ミノリに関する資料ファイルだ。

 台本と質問を読み返す。

 頭の中には樹成ミノリのデータは詰め込まれているが、それでも不安は解消できない。少しでも樹成ミノリの情報を身体に飲み込ませることで、時間と不安を埋めていく。

 ふと、ヘッドホンマイクにマイクが入る音が聞こえる。

「実、フェイスキャプチャーソフトの最終チェックお願い」

「わかった」

 ヘッドホンマイクから聞こえた姉さんの声に返事すると、机に備えられたカメラと目を合わせる。

「もう少し右、もうちょっと上」

 オレは言われるがまま、顔を動かせる。

「ストップ。まばたき禁止……はい、オーケー」

 パソコンの画面が見えていないが、調整はうまくいったのだろう。

「ところで姉さん」

「何?」

「なんでオレの部屋なの? 姉さんの部屋でやった方がいいだろう?」

「一緒に配信して私達の声が聞こえたらマズイだろう。見ている方がそっちに集中する」

「それはわかるんだけど、……さびしいというか、何やればいいかわからなくなるというか」

 できれば、カンペみたいなものが欲しい。

「台本に書いてあることをただ読めばいい。終わった部分はペンで斜線引く。。今、自分が何やっているか把握するための作業だ」

「了解」

「もしオマエの動きが止まったら、カキPが指示する。その指示にちゃんと従え」

「……え、えっと、上村さん!!」

 河北さんは一際大きな声でオレを呼ぶ。

「わたしがしっかりーしじーします! だからあなたはあんしーんして、ください!!」

「ホントに大丈夫ですか?」

「だいじょーぶ!! なんだかー、まーい、あがっちゃぁぁああーって」

 河北さんのあがり症はホンモノのようだ。

 裏方に回るのも無理はない。

「……こっちはこんな感じで大丈夫だ」

 どう考えても大丈夫じゃないんだけど。

「あ、そうだ、実」

「何?」

「オマエは樹成ミノリのガワを着た架空の存在かもしれない。けどな、誰かを喜ばせたい気持ちは架空じゃない」

「姉さん……」

「バーチャルユーチューバーは架空じゃない。仮想がカタチとなって現実になって現れた。オマエはこの世界で自分のしたかった夢を誰かに届けられるんだ」

 ユーチューバーになりたい夢は一度挫折した。

 誰かの親切なやさしい言葉で負けて、それきりになっていた。

 でも、今、もう一度、バーチャルユーチューバーとして取り戻す!

「ユーチューバーになりたかった自分の夢。しっかりと果たしてこい」

「わかった」

 この生配信、絶対成功させる!

「樹成ミノリとして本番楽しめよ」

 そして、姉さんの声は途切れた。

「――これから、わたしがあなたのプロデューサーとして生配信の指示を担当します。ミノリさん、よろしくお願いします」

「はい」

 オレはカキPに樹成ミノリの声で返事した。


 午後7時、動画投稿サイトのライブ映像に一人の女のコが登場した。

 普段は動画でしか会えない二次元の女のコ。

 どんな言葉を送っても返事をしてくれない。

 ――けれど、今夜は生配信。

 今日だけはカノジョと交信できる。

「こんにちは! みんなが気になるバーチャルユーチューバーの樹成ミノリです!! いつもそっけない態度を取るあなたを今夜は振り向かせるね!!」

 樹成ミノリはそういうと画面の右からひょっこりと現れる。

「えっと、あらためましてみなさん、樹成ミノリです。今日はこうして生配信でできてホントに! 嬉しいです!!」 

 台本のあいさつの部分が終わると、オレは台本に斜線を引く。

「えっと、コメント来てるかな?」

 オレはそういうと動画の右にあるコメント欄をチェックする。


『はじまったはじまった』

『たのしみー』

『30分短い』


 コメント欄から文字が上から流れてくる。

 実感はないが、ホントに生配信が始まったようだ。

「ミノリちゃん、右上を見てる顔をしてください」

 カキPからの合図で右上を見る表情を作る。

 右上を向きながらその視線上にスマホを持っていく。

 すると配信用のマイクがぶつかり、ぶわっという爆音が入った。

「ああ!」

 いきなりのトラブルにオレは慌てる。

「だいじょうぶだいじょうぶ! みんな! 音大丈夫!?」

 オレは尋ねると、コメントが一気に流れてくる。


『生配信特有のアレですね』

『ホント、生やってる感じ』

『生感あるねー』


 どうやら、オレのマジトラブルがスパイスになって、視聴者に好感を与えているようだ。 

「ミノリちゃん。何があったかわかりませんが、落ち着いてくださいね」

 オレは無言でうなずく。

「えっと、これから生配信前に来た質問に対して答えますね」

 樹成ミノリは下を向いて、何かを待っている動作をする。

 すると、画面の右からテロップがやってきた。


【樹成ミノリちゃんの年齢は?】


「16才です! 高校生だよ! 現役だよ!」

 オレはニッコリと笑うと、樹成ミノリもニッコリと笑いながら両手をパラパラと振った。 


『こ・う・こ・う・せ・い?』

『ホントに現役なの?』

『設定設定』


 樹成ミノリの中のヒトが高校生ではないと思うヒトが大半。

 これでもオレは現役の高校生である。

「次の質問、質問」


【家族構成は?】


「ワタシと姉さん、両親は海外出張しています」

 樹成ミノリがそう言うと、コメントが来る。


『姉さんいるんだ』

『海外出張って、よくあるよね』

『姉さんと一緒にバーチャルユーチューバーするのかな』


 ――多分、姉さんはしないと思う。

 そんなことを思っていると、次の質問のテロップが流れる。


【ずばり体重は!】


 女のコに聞いちゃいけないタブーの質問がドーンと表示される。


『これ、聞くんだ』

『いくらバーチャルユーチューバーでもダメだろう、これ』

『中のヒトの体重、公開!』

『体重公表のバーチャルユーチューバーか』


 コメント欄の流れがものすごく速くなる。

「じゃあ、ワタシ答えるね!」

 一旦呼吸を整えて、発表する。

「恥ずかしいですけど、ワタシの体重、いえ、ワタシのデータ総量は――53.7メガバイトです!!」

 樹成ミノリはそう応えた後、コメント欄が止まる

 ――すべったか?

 オレは無意識に困ったという表情を浮かべる。樹成ミノリも同じようにこまったという表情になった。

 少しの間、待っているとコメントが来た。


『……メガバイト?』

『これ、どうなの?』

『意外と軽いね』

『いや、重くね?』

『というか、バーチャルユーチューバーの体重は容量なのか?』

『これムズカシイな、重かったらその分高性能なのか、軽かったらそれでいいのか』

『重い方がいいって』

『軽い方が最高だって』

『容量が多いと得だろう!?』

『それはゲームだぞ! キャラは軽い方がいいだろう!』

『容量ってことは、ボイス込みか!?』

『ボイス容量込みなら重たい方がいいかも……』

『軽い方がいいか、重い方がいいか。それが問題だ』

 

 コメント欄が増えていき、次第はそれにレスバトルと化す。


「ええっと」

 ――正直、ここまで盛り上がるとは想像していなかった。

「次に行きましょう!」

 カキPの指示で次の質問をすることにした。

「それじゃ、質問の連続回答していくよ!」

 コメント欄はまだバーチャルユーチューバーの体重についてのコメントがあったが、それはもう置いていくことにした


「【バーチャルユーチューバーになるにはどうすればいいんですか?】 ――CGに強くなってください」

「【ミノリちゃんは高校生ですが今何が大変ですか】――全部です!」

「【好きな偉人を教えてください】――ティム・バーナーズリー」

「【好きなアニメを教えてください】――電脳コイル」

「【好きなセリフを教えてください】――ネットは広大だわ」

 淡々と質問と回答を読み上げていく。

 コメント欄は『速い!』というコメントで埋め尽くされる。


【樹成ミノリさんに質問です!? ライバルは誰ですか!?】


 オレはすぐに応える。

「やっぱり港つなぐさんかな。いちばん有名なバーチャルユーチューバーですし、ワタシも勉強したいことが多いです。カノジョの背中を越えるように、ガンバっていきます!」

 山場と思える質問を読み終えると少しだけ安堵した。


『おお! ナンバーワンのバーチャルユーチューバー!』

『無名の若手が一番星に挑戦か!』

『オレも応援してるよ!』

 コメント欄は樹成ミノリの応援一色になった。 

 

「ここで樹成ミノリのいきなり動画! 皆さんにワタシからプレゼント! その動画のタイトルは――もしも樹成ミノリがあなたの妹だったら、です!」

 オレはそう言うと、スマホの画面上には昨日撮ったばかりの動画が生配信された。


「休憩入ります。ミノリちゃん、音声大丈夫です」

 ヘッドホンイヤホンからカキPの声が聞こえると、オレはどっとため息をついた。

「どうだった?」

 姉さんの声に、オレは小さく応える。

「スゲェアガった」

 オレしかいない部屋にも関わらず、数千単位の人間が、オレの声を聞いてる。

 それがふと頭によぎると、緊張がヤバい。

「台本はちゃんと斜線入れてる?」

 オレは台本をチェックする。

 台本はすでに演目が終わったにも関わらず、斜線のない所がある。

 それに気づいたオレは急いで斜線を入れた。

「大丈夫」

「今、入れたな、オマエ」

 姉さんは呆れながら言う。

「さて、そろそろ動画終わる。気を引き締めて」

「了解」

 オレは口を何度も動かし、樹成ミノリの声に戻す。

「ミノリちゃん、ガンバって!」

 カキPからの言葉に、オレは力強く頷いた。

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