第4話第4節 人生賭けた生配信! バーチャルユーチューバー! まさかの恋の告白!!

 

 ――もしも樹成ミノリがあなたの妹だったら

 

「お兄ちゃん、朝だよ。起きて起きて、眠っちゃ嫌だよ。

 あ、動いたー、元気? 

 ミノリだよ。ミノリ。ほら、いつもお兄ちゃんと遊んでくれるミノリだよ。

 ああ、そうか。って、寝るの禁止ー。

 ほらほら起きて起きて、二度目はダメだよ。

 ムズムズしないで起きて、ワタシが見えないでしょう?

 ほら、眠気まなこなその目をパッと開いて。

 起きたね。もう昨日、いつまで起きてたの?

 夜遅くまでスマホをイジクッてるから早起きできないんだぞ。

 ――って、ダメ! 今度は寝たら千枚通しで起こすから!

 起きたよね起きたよね? じゃあ、身体起こして! 背筋ピン!

 って、寝た! もう!! アイスピックも付けるよ!

 千枚通しとアイスピックで三半規管をビタってするよ!!

 って、うわぁ! 布団からいきなり出ないでよ!

 え? 鼓膜破れるって? 知らない!!

 マジでやるなって? もぉー、冗談だって。

 やるわけないって!

 だって、お兄ちゃんはワタシだけのお兄ちゃんなんだからね!」


 オレは台本を読み上げると、急に無言になる。

「……これでいい?」

「オッケ」

 姉さんはしっかりとサムズアップした。

「……はぁ」

 オレは画面の中にいる樹成ミノリと一緒に深刻なため息を吐くのであった。


 生配信の前日、オレはフェイスキャプチャーソフトで表情を作りながら、よくわからない台本を読んでいた。

 オレの表情がパソコンの画面上にいる樹成ミノリの顔にトレースされ、ついでに録音を行う。一度で顔の動きと声が収録でき、動画が完成される。背景や身体の動きはさすがに姉さんがやらないといけないが、今までより労力が減るため、姉さんの負担も減る。

 そして何よりも、このフェイスキャプチャーソフトを使うことで樹成ミノリの生配信をすることができる。

「カメラ、マイクとフェイスキャプチャーソフトの準備も兼ねた動画だったけど、どう?」

 姉さんはうつむき加減のオレに尋ねてくる。

「使い方はわかった。オレの目と樹成ミノリの目を合わるのが大変だったけど」

「調整は上々のようだね。声のズレもない。これなら本番も大丈夫かな」

「姉さんはこのソフトを使って、動画を撮ろうと思ったの?」

「機材がトラブったら、その間を埋めるための動画。もしくは生配信の途中で小休憩を挟むためのもの」

「小休憩?」

「30分もフルで生配信ができないと思ったからね。生配信の途中でオマエがトチると思うから」

 ホント、勝手なことばかり言うな。

「この動画を生配信の間で入れること、オマエは少しだけだが休むことができる。オマエの気分をリフレッシュさせてから、生配信を再開する」

「途中で止めることはできないの?」

「残念ながら生配信は停止ボタンを押したらそこで終わる。再開はない。もし、そうなったら失敗だ」

 生配信は強制中断したらそこで終わりってことか。

「後、このソフトを使うことで、実の表情の動きと一緒に録音できる。これが主流になれば、ワタシの労力は減り、動画を毎日バンバン投稿できる」

 バーチャルユーチューバーの動画を毎日投稿できるのはいいことだと思う。再生数も伸びるし、多くのヒトに見てもらえる。

「……けどね」

 オレは一番の疑問を口にする。

「なんで! オレ! 恋愛シミュレーションゲームのヒロインになっているの!!」

 オレが感じていた一番の疑問。それは――もしも樹成ミノリがあなたの妹だったら、というタイトルの動画を録画していたことであった。

「声や表情を作るにはこういうシーンの方がいいだろう? 演技の幅が広がって」

「オレは役者じゃない! アイドルでもなければ芸人でもない! というか、この台本! 誰が作ったの!!」

「ごめんなさい。わたしが考えた台本です」

 ずっと後ろにいた河北さんが謝った。

「え、え?」

 オレはあわふたする。

「動画を見てるみなさんを引き止めるのならこういうのがいいと思いまして」

「私がお願いしたんだ。樹成ミノリがゲームキャラになった台本を書いてって、お願いした。私としては勇者モノと思っていたんだけど、まさか、ギャルゲーのヒロインとは。これはまったくの予想外」

 姉さんはぽかっと自分の頭を叩く。

 ――ウソつけ、その目はよくぞやってくれました! と喜んでるぞ。

「やっぱり、ダメでしたか?」

「い、いや。う、うん。いい台本だよ、カキP! ホント! 良い台本!」

 好きな女のコが書いたものがこういう台本というのはなんか嬉しい。

 ……読むのがオレっていう点を除けば。

「見る側はこういう動画が生配信中にあれば、嬉しいだろう? 生配信でこういう動画が見れるというのがみんなに知ってもらうだけでも、登録者が増える」

「ちゃっかりしているな。ホント」

「本番の良し悪しは準備で決まる。これ、勝負の鉄則」

「はいはい」

 オレはこう返事するが姉さんの言うとおりだ。

 ちゃんとした準備をしているから安心感が生まれている。

「あ、そうだ。実。質問用紙はちゃんと読んでる」

「読んでる読んでる」

「そうか。コピー取りたいから持ってきて。本番でも同じことを言っているのか確認したいから」

「わかった」

 オレは姉さんの部屋から出ていき、オレの部屋へと向かった。



 質問用紙をすぐ見つけたオレはそれを手に、姉さんの部屋へと戻った。

 すると、そこから姉さんと河北さんの話し声が聞こえてきた。

「樹成ミノリはどんな想いでつけられた名前なんですか?」

「あ、あれね。私じゃないよ」

「え?」

じつはあれ、実がつけたヤツなんだ」

 姉さんの部屋からキーボードを叩く音が止まった。

「あいつカッコつけるといつも失敗するんだ。自分はなんでダメなのかって、言ってよく悔やむ。まあ、まだ高校生だし焦るのはわかるけど、結果ばかり求めてしまう」

「そうなんですか?」

「ああ。結果がなかなか出ない自分に怖がっているんだろうね。小さなことにこだわって大きな存在になれない自分に」

「それ、なんだかわかります」

「そんな小さな自分とは違う存在になってほしくないと、この女のコには、樹成ミノリと名付けたんだ。――大きな樹と成って実って欲しいって」

「それが樹成ミノリ」

「そう。このコはしっかりと芽が出てほしい。小鳥や蝶が足を止める木であって欲しい。そして花粉や木の実は持っていて、それをみんなに広めて欲しい」

「いい名前ですね」

「こんな考えがあって名前をつけたのなら他の名前をつけるわけにはいかないだろう? 自分で自分をつけた名前だ、きっと本気で自分を演じてくれるよ」

 姉さんはそういうとキーボードを叩き始める。

 物音がそれだけのこの部屋にはしばらく入りづらかった。


「そういえば、ゲームキャラの台本が欲しいと言ってましたが、なんでゲームキャラだったんですか? マンガ、アニメの台本と違って」

「ああ、それね。アイツのじゆうちょうから拝借した」

「じゆうちょう?」

「あ、そうか、知らないか。カキPならあいつのことを知らないといけないなー」

 机の引き出しから何かが取り出された音がする。

「アルバムですか?」

「いや、実が昔書いたユーチューバーになったらやりたいことを書き留めた自由すぎるじゆうちょうだ! ここに、ゲームキャラになりたいっていう夢が書いていたんだ」

 オレは勇者になるつもりで書いたんだ! ギャルゲーのヒロインになるつもりで書いてない!

「……あの、ダメだと思います」

 河北さんは姉さんの悪魔的な行動に対して注意する。

「ダメ?」

「小さい頃に書いたノートを勝手に読むなんてヒドイと思います。幾ら家族と言ってもやっていいことと悪いことがあると思います」

 だよね。それが普通だ。

「それは一理ある。でも、これを見てほしい」

「……みのるのユーチューバーノート?」

「そうだ! これは黒歴史ノートじゃない、アイツの夢の羽が詰まったドリーミーノートだ」

 今の姉さんの背中は悪魔の羽が生えてるよね!?

「こどもの頃、なりたかったユーチューバーの夢をこのノートに書き留めて、今、それを叶えている」

「夢を叶えているノート」

「そう。このノートはこどもが叶えたかった夢が眠るノート。なら、こどもが見る動画の製作者として読まないとだめだろう?」

「それでも、上村さんがかわいそう……」

「キミはプロデューサーだろう?」

「はい」

「こどもの夢、かなえたいと思わないか?」

「……そうですね」

 河北さんの言動がおかしい。

「夢はここにある」

「夢はここにある」

「プロデューサーはこどもの夢を見ることは許される」

「プロデューサーはこどもの夢を見ることは許される」

 なんか流れがおかしいぞ。

「……そうですよね。わたし、プロデューサーなんだから、バーチャルユーチューバーの夢ノートを読むことは許されますよね?」

 洗脳された!? ブレインがウォッシュされた!?

「そうそう。これは樹成ミノリのバイブルなんだ。バーチャルユーチューバーのプロデューサーなら避けては通れない」

「はい」

「さあ、手にとって! これを読んでいい動画を作ろう!」

「はい!」

 オレはドアを蹴っ飛ばすように勢いよく入る。

「姉さん! それだけはやめて!!」

 

 夜、オレは河北さんと一緒に最寄りの駅へと向かっていた。

「まったく、姉さんは」

 弟が好きな女のコに黒歴史ノートを見せる姉がいるか。

「でも、姉さんはいいヒトだと思いますよ」

 鬼畜外道を極めた姉鬼アネキだよ!

「わたしもお姉さんなんですが」

「そうなんですか?」

「ええ、ここまで妹と仲良くできなくて……」

 河北さんは顔を下にし、そう答える。

「妹と動画作れば仲良くなれるかな」

「……なれると思う」

「そ、そうかな」

 河北さんは恥ずかしそうに言う。

「生配信が終わったら一緒に動画を作るように誘ってみようと思います」

 河北さんはオレの手をつかむ。

「生配信ガンバリましょう!」

 ――これはガンバるしかないな。

 明日が来るのが怖がっていたが、河北さんの温かさがそれを拭った気がした。

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