第4話第3節 人生賭けた生配信! バーチャルユーチューバー! まさかの恋の告白!!
「樹成ミノリちゃんはいくつですか?」
「16才の高校一年生です」
「樹成ミノリちゃんはどんな高校に通っていますか?」
「
「普段はどんなことしてますか?」
「ネット動画を見たり、ゲームとかしています」
「家族構成は?」
「大学生のお姉さんとワタシ。両親は海外出張してます」
「身長と体重は?」
オレは樹成ミノリの資料ファイルを探す。しかし、河北さんからの質問に関するデータが載っていない。
「姉さん、決めている?」
姉さんはオレが買ってきた柿ピーを勝手に食べながら応える。
「普通の女のコって、決めているよ」
「具体的な設定を教えてよ」
「わかったわかった、えっと……」
姉さんはマウスを動かし、樹成ミノリのデータを調べる。
「53.7――」
随分と平均的な女のコだな。
「――メガバイト」
――って、容量データ!?
「53.7メガバイト」
河北さんはそれをメモする。
「それでいいの! プロデューサー!?」
「バーチャルユーチューバーっぽくていいじゃないですか」
「うーん……」
なんか納得行かない。
「プロデューサー、次の質問」
姉さんは河北さんに急かせるように言う。
「えっと、樹成ミノリちゃんの好きなものは」
「柿ピー」
「嫌いなものは」
「キノコ」
河北さんはネット上から集まった樹成ミノリに関する質問を読み上げる。
オレは樹成ミノリになって、カノジョの資料ファイルを見ながら答える。
これをすることで樹成ミノリの情報を脳に染み込ませ、アドリブ力をレベルアップする。
生配信で一番問題なのはオレのアドリブ力である。それを解決する方法として河北さんが思いついたのが1000本ノックQ&Aである。
――河北さんがネット上にあった質問をランダムに口し、それをオレが解答していく。
大事なのはテンポがよく答えること。質問の内容は間違えてもいい。同じ質問されても同じ回答でなくてもいい。
ただし、質問の中には樹成ミノリの設定に関するものもあり、それだけは絶対に間違えてはいけない。いわゆる禁忌問題と呼ばれる絶対に間違えてはいけない質問である。
そのため、オレは姉さんから渡された樹成ミノリの資料ファイルを手に、間違えてはいけない部分だけはそのファイルから見つける。
――生配信でトチることなくアドリブ力を身に付けていく。
オレのアドリブ力が原因で樹成ミノリの生配信が失敗してはいけないのだ。
「樹成ミノリちゃんの誕生日は?」
「7月3日です」
「誕生日プレゼントに欲しいものは?」
「最新型のスマートフォン」
「夏休みでしたいことは?」
「海に行って泳ぎたい」
アドリブである。カノジョならこうしたいだろう。
「バーチャルユーチューバーになって良かったことは?」
「えっと……」
……あ、あれ?
……どうしよう。
なぜだか涙が出てくる。
――仮想通貨ショックでお金を失って、バーチャルユーチューバーになった。
――姉さんはバーチャルユーチューバーのネタのために、オレの部屋から黒歴史ノートを盗掘した。
――それで姉さんは黒歴史ノートを元にバーチャルユーチューバー動画を作成した。
――でも、仮想通貨ショックカミングアウトした動画の方が、ネット上にウケた。
――ゲーム実況動画が元で、クラスで一番好きなコにオレがバーチャルユーチューバーってことがバレた。
――しかも、そのコが樹成ミノリのプロデューサーになって、今、こうして樹成ミノリに質問をしている。
……好きな女のコが男のオレに架空の女のコの質問をしている。
……なんだこれ? なんだこれは?
ありえない……、こんなのありえない……。
「……姉さん」
「どうした? ここ、アドリブでいいんだぞ」
「……オレ、すごく泣きたい」
「本気で泣きそうな目でこっちを見るなって!」
「オレ! バーチャルユーチューバーになってから! 精神鍛錬の日々なんだよ!」
修行僧でもこんな
「――精神が鍛錬できるっと」
……河北さん、それがバーチャルユーチューバーになって良かったことじゃありません。
「質問はだいたいこれぐらいでいいかな?」
姉さんは椅子から立ちあがり、オレたちのそばへと近づく。
「まだ1000もいってませんが」
「120も行けば十分だろう」
――30分の生配信に、1000コは多いな。
姉さんは河北さんがメモを取った質問用紙を手に取る。
「キレイな文字だな。ちょっと書いている場所がズレてるのが気になるが」
「回答が多くなりそうだったので」
「で、思ったよりも少なかったからズレたと」
「はい」
「実。もっと、アドリブを膨らませなかったのか?」
「これが精いっぱいだよ」
「樹成ミノリを演じてからまだ一ヶ月も経ってないし、詳細な資料データを見るのは始めてだし、仕方ないか」
姉さんはパラパラと質問用紙に目を通す。
「それでプロデューサー、パソコン使えるか?」
「えっと、……ごめんなさい」
どうやら河北さんはイマドキの高校生らしく、パソコンが使えないようだ。
「実は、いや、オマエもパソコンは使えなかったな」
「プロ並みにはゲームはできる」
「ワープロソフトは?」
「……ゴメンなさい」
「やれやれ」
姉さんは質問用紙をオレの手元に置く。
「ワタシが打ち直すのも面倒だからこれを読め」
「これって?」
「プロデューサーがメモした部分を覚えろ」
「えっと、メモって、オレがアドリブで答えた所?」
「そうそう。オマエがアドリブで答えた所が解答例、困ったらそれを見ろ」
「生放送って、とっさのアドリブが大事じゃないの?」
「アドリブには下地がいるんだよ。芸人とかは経験や基礎があるから応用を利かしてアドリブをするだろう? それと同じ。バーチャルユーチューバーはこういうQ&Aノックを繰り返して、アドリブ力を高めるんだ」
「それはわかるけど、ホントに必要なのかな。視聴者は中のヒトの
「――もしかして、何も用意しないでアドリブすることをアドリブ力とか言うんじゃないだろうね?」
「……違うの?」
「……プロデューサー。コイツを叱ってくれ。」
「上村さん、メッ!」
河北さんはオレの目の前で人差し指を立てて、メッとした。
「メッってされても、オレ、リアクションな困るんだけど」
「メッが三枚集まったら目ン玉引っ抜かれます」
「姉さん、目ン玉引っこ抜くって、イマドキ、小学生でも怖がらないぞ。それ」
「……やっていいんですか?」
河北さんは手をグッパグッパする。
なんかやりそうだから怖いよ……。
「だけど、姉さん。これだけの質問に対する回答を覚えるのはキツイ」
「すべて覚える必要はない。本番でスラスラと応えられるように言えるようにすればいいんだ」
「けど、こんなこと覚えても、役に立たない」
「あのな、実。役に立たないとかじゃなくて、ミノリちゃんの
「それはわかるんだけど、なんていうか、そこまでなりきれないというか」
「なりきれないとかじゃない。なれ」
姉さんは随分と乱暴なことを仰せられる。
「いいか実! オマエは樹成ミノリと一つになれ!!」
「あのね! オレ男だよ! 女のコじゃないよ!」
「大丈夫! バーチャルユーチューバーは性別の壁なんて軽々と越えられる!」
「そんなメチャクチャな!」
「オマエはメチャクチャな生配信をするつもりか!?」
「それはそうだけど……」
「とかく、絶対間違えちゃいけない質問だけはちゃんと答えれるように」
「わかった」
しぶしぶながら返事する。
「あ、そうだ、間違えたらいけない所だけは音読しよう。ここだけは大事だって、自覚できるだろう」
「はいはい」
オレは質問用紙を手にし、河北さんがつけた二重丸の部分を読み上げていく。
「年齢は16才。身長、体重は秘密。容量は53.7メガバイト。キャラデザは本人の意向で非公開。キャラボイスはワタシ、樹成ミノリ。通っている高校は
絶対に間違えてはいけない項目を読み上げていく。
「……クラスに居るイケボ作りの男のコ、と、これが最低限覚えることか」
意外と多いぞ、これ。
「一つでも間違えるとみんなから総ツッコミされる。それがいい方向に傾けばいいんだけど、ほとんどの場合悪い方向に行く」
「まあね」
ネットは間違いに厳しく、減点方式。
……せめて、バーチャルユーチューバーぐらいは加点方式で点数つけてほしい。
「プロデューサーもこれぐらい覚える方がちょうどいいだろう?」
「ええ」
「どうした? なんか元気がないが」
「……その、プロデューサーって呼ぶのやめてもらません?」
「え?」
「なんていうか、プロデューサープロデューサーて呼ばれると、壁ができるというか。そこまで偉くなっていないのにいいのかなって」
「じゃあ、どんな呼ばれ方がいい?」
「えっと」
オレは姉さんと河北さんが話している隙を見て念願の柿ピーを口にする。
――醤油味の柿の種とピーナッツの深みある塩味が口の中で広がっていく。
――一つ一つ噛みしめることで硬さが柔らかくなり、歯ざわりが面白くなる。
そうそうこれが楽しい! 柿ピー最高!
「……柿ピー、そうだカキP!」
オレを見ていた河北さんが急に両手を叩いて、喜びをあらわにする。
「河北の“か”と“き”、それでプロデューサーのPを取って、カキP!」
「え? いいの」
生カキでぴーぴーする感じがするんですけど。
「なるほど。カキPならこっちとしても言いやすいね」
姉さんは満足そうにうなずく。
「いいの? カキPで?」
「はい!」
河北さんは気持ちのいい笑顔でそう応える。
オレたちが動画作りのとき、河北さんをカキPと呼ぶようになったのはこの一件からであった。
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