第3話第6節 樹成ミノリいきなりの身バレ! 気づいた相手はプロデューサー志望!!
地下鉄の列車が揺れる。
オレと河北さんは向かい合うように真正面に座っている。
ゴゥーと鳴らす列車のノイズが心地よい。
できれば、もっと大きな雑音を鳴らして欲しい。
それなのに、河北さんはノイズよりも大きな声を口にした。
「いつから」
「いつから……?」
地下鉄の列車は小気味良いノイズを響かせる。
「……さんは、いつから樹成ミノリちゃんだった……ですか?」
オレは答える。
「……最初から」
消え入りそうな声で返事する。
「聞こえません」
地下鉄の列車だからというごまかしは効かない。
ちゃんと聞こえるように言わないと。
「最初からです」
河北さんはうなずく。
「あなたは自分から……、樹成ミノリになりたかったの?」
「い、いや。……なりたくて、というかならないといけなかったというか」
「話がよく見えません」
「そうだね……ハハハ」
オレは愛想笑いするが、河北さんは笑わない。
「わかりました。――やっぱり、上村さんを樹成ミノリちゃんにしたお偉いさんに会うしかないようですね。高校生がバーチャルユーチューバー動画を自分一人で作れるはずがないですし」
そういうとカノジョは口を閉じた。そして、列車は止まった。
自宅に帰ってきたオレは河北さんと共に家の中へと入る。
「ここに上村さんのお家ですか」
「ああ、散らかっているけど、どうぞ」
「おじゃまします」
オレを河北さんは連れて、姉さんの部屋へと向かう。
オレは姉さんの部屋のドアをノックする。
「開いてるよ」
姉さんの声が聞こえ、オレはドアを開ける。
「おかえり」
「ただいま」
姉さんはマウスを動かし、ディスプレイを見つめる。どうやら、何かを作業しているようだ。
「姉さん」
「何?」
「バレた」
姉さんはマウスを持つ手を止める。
「……マジか?」
「マジ」
姉さんはハァ~と大きなため息をついた。
「昔あげたユーチューバー動画がみんなにバレたか」
「それじゃねぇ!!」
オレが大声をあげると――、
「あるんですか?」
隣にいた河北さんが尋ねる。
――聞かないでください。せめて、ネット上にある黒歴史だけは眠らせてください。
「そのコは? 学校のコ?」
姉さんは河北さんに気づくと、河北さんは頭を下げた。
「はじめまして、上村さんのクラスメイトの河北真知と申します」
「はじめまして、実の姉の実来です。いつも弟がお世話になっています」
姉さんも同じように頭を下げる。
「……で、実。バレたってことはやっぱりあれか?」
「うん。樹成ミノリの件」
姉さんはゆっくりと顔を上下に上げた。
「何でバレた? 声か?」
「動画。姉さんが渡したゲーム動画から」
「……学校のみんなにはバレていないんだな」
「一応」
「それはよかった。学校にバレたらバイトの届け出とかめんどくさいことになるからね」
――バーチャルユーチューバーって、バイトの届け出とかいるのか?
そんな疑問が頭の中で浮かんだ。
姉さんは椅子から立ちあがり、ゆっくりと背を伸ばした。
「……河北さんだっけ?」
「はい」
「なぜ、ここに来たの? 樹成ミノリの正体が実だけじゃ物足りないの?」
「違います。樹成ミノリちゃんのことなら、家にいるヒトに聞いてほしいと言ったので」
「なるほど。実が説明しても変な誤解を
姉さんは身体を動かすのをやめると、河北さんの前に立つ。
「実はある目的のために、私が作ったバーチャルユーチューバー樹成ミノリをやってもらっている。実には無理強いとかしてもらってないよ」
「上村さん、そうですか?」
オレはコクリとうなずく。少なくともウソは言っていない。
「実は女のコになりたいとかそういうやましい気持ちで樹成ミノリを演じていない。まあ、ユーチューバーになりたい夢はあったから、彼の夢をかなえてあげている」
間違っているが、間違っていない。
「実。樹成ミノリは自分の意志でやってるよな?」
「ああ」
「そういうこと、河北さん。実は樹成ミノリ、いや、バーチャルユーチューバーになることを嫌がっていない――、好きでやっているんだ。だから、これ以上、変な
「それはわかります」
「わかる?」
「ええ。上村さん、いえ、樹成ミノリちゃんは動画の中だと楽しそうです。嫌がっている感じはしていません。中にはちょっと大丈夫かなと思う動画もありますけど」
「じゃあ、なんでキミはここに来たんだ?」
河北さんは姉さんに詰め寄る。
「
――オレの家に着いてきた理由は樹成ミノリのプロデューサー希望!?
まさかの事態にオレの思考は整理できていない。
「昔からアイドルに憧れていました。みんなに夢を与える仕事を見て、いいなと思っていました。でも、表に出るのは苦手で、なんていうかアガっちゃて……。だから、自分が裏方になって、アイドルを売り出す仕事がしたいと思って」
「変な夢だね」
「だから今まで隠してきました。けれど、ここで機会を逃したらもう二度と出会えないと思って」
「ふーん」
「自分の好きなモノを多くのヒトに知ってもらいたいという気持ちが人一倍大きいんです」
「樹成ミノリのその一人?」
「はい、そうです」
河北さんは笑顔でそう言った。
「現役JKがバーチャルユーチューバーDKをプロデュースか。――面白い」
姉さんの目が怪しく光る。
「いいだろう。今日からキミは樹成ミノリのプロデューサーだ!!」
「ありがとうございます!!」
河北さんはペコペコと頭を下げた。
「ちょ、ちょっと待て!!」
オレは二人の間に割り込むように入る!
「気持ち悪いと思わないの? 男が女を演じるキャラをプロデュースするなんて」
「少女マンガだって男が描いて女のヒトが編集しますよ?」
「それはそうだけど!」
「歌舞伎の
「座長は男だよ!!」
「……その理屈だとプロデューサーは男でいいってことになるぞ」
「うっ」
姉さんから図星をつかれた。
「……上村さんは声優になるために、
「へ?」
「男が演じる女のコの魅力を引き出すために、バーチャルユーチューバーでガンバっているんでしょう?」
まさか河北さん……オレがついたウソを本気にしてるの!?
「男が女のコになって演じるのはありだと思います。最近、そういうアニメもありますし」
「それはクソアニメだけだよ!!」
オレは床の上に座り、あぐらをかく。
「とかく、オレは認めない!」
クラスで一番気になる女のコがオレをバーチャルユーチューバーとしてプロデュースするなんて、絶対にイヤ!!
これ以上! 精神をズタボロにされたくない!
「まあ、そうだな。いきなり、クラスの女のコがプロデューサーをしたいと言われても、実も納得しないな」
「えぇ……」
河北さん残念そうな目でこっちを見ないで。
「じゃあ、こうしようか」
姉さんは思いついたことを口にする。
「河北さんプロデュースの動画を上げよう」
オレと河北さんは同時に驚いた。
「カノジョのプロデュースで再生数を稼げるとわかったらプロデューサー決定。ダメだったらそこで終わり。どっちにしろ、河北さんは一度だけ樹成ミノリをプロデュースできる。いいアイデアだろう?」
オレは静かにうなずいた。さすが姉さん、いいアイデアだ。
「わ、わかりました」
河北さんも了承のようだ。
「じゃあ、企画書を作ってからもう一度来てもらうかな」
「いえ、もうプロデュース予定の動画はあります」
河北さんはそういうとオレの方を見る。
「実さん、あなたのスマホにゲーム動画ありましたよね?」
「ワナワナのこと?」
「はい。あのゲームで出したクリアタイムよりも、もっといい記録を出してください」
え……?
「萌菜さんは、あのゲームはすごく難しいのにワールドレコードと同じぐらいの記録だったと言ってました」
「なるほど、激ムズゲームのスピードラン動画か。日本だとRTA動画だっけ?」
「オレに聞かないでよ、姉さん」
確かに、スピードラン動画なら見るか。
日本だと人気ある分野のゲーム動画だからな。
だが、そこには一つだけ問題がある。ゲームプレイヤーがオレということだ。
オレが手を抜けば、ワールドレコードでクリアなんてできない。
――そこそこのタイムでそこそこのプレイでクリアすればいい。
手を抜けば再生数はそんなに稼げない!
「でも、それだけじゃ面白くないね。仮プロデューサー」
「わかっています。だから!」
「だから?」
「もし今日一日で上村さんがワールドレコードを取ったらプロデューサー諦めます!」
それを耳にしたオレは――、
「やります!!」
――と叫んでいた。
オレはヘッドホンマイクを身につけ、コントローラーを握りしめる。
画面には“wanna罠”というタイトルが表示されている。
「すごいやる気が出たね。そんな女のコにプロデュースされるのイヤなの?」
「……もう精神が持たない」
――なんで好きなのコの前でバーチャルユーチューバーを
「何かあったんですか? 上村さん」
「まあ、色々ね」
ホント、色々ね。
「さて、実。いや、樹成ミノリちゃん。声の準備はいい?」
オレは喉を抑えるのをやめる。
「はい、姉さん」
「うわぁー。ホントに、上村さんは樹成ミノリなんだ。声質を女のコに変えられるなんて」
いや、今まで男の声に変えていたんだけどね。
「じゃあ、ゲーム実況スタート」
姉さんの声を耳にし、オレは台本を読む。
「みなさん、こんにちは!! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです! あらゆるユーチューバーの動画を配信停止へと追いやった悪魔のゲームの世界記録を目指していきます! それじゃあ、ミノリちゃん! ゲームスタート!」
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