第3話第5節 樹成ミノリいきなりの身バレ! 気づいた相手はプロデューサー志望!!
昼休み、オレは弁当を食べ終えると――、
「実君」
――と河北さんから声をかけられた。
「ちょっと来てくれませんか?」
オレは河北さんに旧校舎の階段の踊り場へと連れてこられた。
ここはあまり生徒が来ない場所だ。
萌菜はここで恋の告白とかする場所だよ、とわかりやすいウソをついていたが、もしかすると、河北さんはそのウソをうのみにしているのかもしれない。
そう思うとなぜか背中がぞわぞわしてくる。
河北さんからの愛のアプローチを少しだけ期待する。
「何? ……何かな」
いつも意識している河北さんが人気のない場所へと呼んだんだ。絶対、何あるはず!!
「……今日の朝」
「朝?」
「スマホでゲーム動画、見てましたよね」
そういえば、河北さんはオレの近くの席で他のクラスメイトと話していたな。
「ああ、うるさかった? ゴメン、予習の邪魔だったね」
「いえ、それはいいんです。ただ――」
「ただ?」
「なんで動画消したんですか?」
河北さんはオレのとっさにした行動に疑問を持ったようだ。
「あのときうるさかったら、動画を消した方がいいかなって」
「普通、音量消しませんか?」
ごもっとも。それが普通の行動だ。
「でも、上村さんは音量を消さずに動画を消した。それはどうしてですか?」
「やっぱり、学校でそういう動画を見たらダメだと思ったから」
「それなら最初から動画を削除しておけばよかったんじゃないんですか?」
……困ったぞ。河北さんは妙にオレのプレイ動画に噛み付いてくる。
「でも、ヒマだったら動画ぐらい見るだろう? 周りがスマホでゲームするみたいに」
「ゲーム動画をイヤホンせずに視聴していましたが?」
「……音は消去することで、ゲーム画面に集中できるから」
「ゲーム実況動画だったのに?」
「内容はわかっていた。いちいち解説されるのはウンザリだから」
適当なウソで場をしのごうとする。
「学校の風紀を乱したのならみんなに謝る。今度からは気をつけるよ」
オレは早く教室に帰りたかった。
カノジョにだけには自分の正体をバラしたくなかった。
「待ってください」
河北さんはオレを足止めする。
「あの動画、樹成ミノリちゃんの動画じゃないんですか?」
オレは全身から冷や汗が出てきた。
「あのシットリとした女性の声。……あの声は間違いなく樹成ミノリちゃんの声です」
「そ、そうかな?」
萌菜が冗談で言っていた、河北さんの絶対声優聞き分け能力はホンモノだったのか?
いや、そんなことはない。デマカセだ。ただのデマカセ。オレを揺さぶるウソだ。
……ここはどうにかごまかさないと。
「ああ、そうだね! ミノリちゃん! ゲームすごくうまいよね」
オレはハハハと空笑いしだす。
「――樹成ミノリちゃんはまだゲーム実況動画を上げていません」
河北さんはオレのつまらないウソを一刀両断した。
「休み時間の間、わたしは樹成ミノリちゃんのキニナルチャンネルの動画をすべて見ました。あの動画チャンネルにはゲーム実況動画はありませんでした」
河北さんの言うとおり、樹成ミノリのチャンネルにはゲーム実況動画は投稿していない。
「けれど、あなたは樹成ミノリちゃんの声が入ったゲーム実況動画をスマホに保存していました。なぜ、上村さんのスマホの中に樹成ミノリちゃんの投稿していない動画が入っているのか……」
オレは生ツバをごくりとした。
「考えられるのはただ一つ、あなたは樹成ミノリちゃんの関係者じゃないんですか?」
オレは一度、ゆっくりと息を吐いた。どうやら、河北さんはオレが樹成ミノリだということには気づいていないようだ。
――これは助かるチャンス!
カノジョの勘違いを利用しよう。
「……そ、そうだよ。……オレ、樹成ミノリちゃんの動画を作っている中のヒトなんだ!」
もうデマカセでゴリ押せ!
「プロデューサーなんだ! オレ! みんなに面白動画を見てもらいたいから。アニメーションは姉さんが作って、それを親戚のコが声当てしてるんだ! あ、そうそう! この動画の声、樹成ミノリちゃんは親戚のコなんだ! あのコ、声優希望みたいでそれで、バーチャルユーチューバーになったら、お互い良い経験になると思って、オレが二人を引き合わせたんだ!」
「そうだったんですか」
……逃げ切れるか? このウソで。とっさのウソで逃げ切れるか?
オレはドクドクとわきあがる鼓動を抑えつける。
「……えっと、すいません、上村さん。スマホを出してくれませんか?」
「もういいだろう? 樹成ミノリちゃんの関係者ということを認めたんだから」
「気になるんです」
「気になる?」
「あの声。どこかで、ホントにどこかで聞いたことがある声で、その声が気になってしかたがなくて……」
「樹成ミノリちゃんの声だって」
「いえ、なんていうか、いつも聞いている声で……」
やっぱりこのコ……、絶対声優聞き分け能力がある。
「だから、その声だけ聞かせてくれれば、私はもうこれ以上追及しません。約束します」
河北さんは自分の後ろ髪を見せるぐらいに深く頭を下げる。
どうやら、カノジョのお願いは本気のようだ。
「で、でも、オレ、スマホの動画はもう削除したから」
「スマホは普通に削除しただけじゃ、完全には動画を削除できません」
「え?」
「あなたの持つ機種のスマホは動画を削除しても、パソコンのゴミ箱と同じようにファイルは残ります。つまり、スマホから動画は削除しても、完全に削除するまで数十日間残ります。ということは、そこから復元は可能なはずです」
そうだ。……忘れていた。確かに削除するだけじゃ、完全には削除していない。
「あなたが私を信じてくれるのでしたら、そのスマホを貸してください。動画を見る以外、何もしません」
……オレはポケットからスマホを取り出す。
「わ、わかった」
――動画を復元して、視聴する以外は何もしないはず。
オレは河北さんを信じ、スマホを渡した。
河北さんはオレのスマホを手にし、削除動画を復元する。
「……ゲー、ゲーム実況動画は好き?」
「はい、好きですよ」
そして、河北さんはオレのプレイ動画を視聴し始めた。
――まあ、ゲーム動画だ。声が入っていていたのは最後ぐらいで変なモノは入っていないはず。
変な奇声とかは上げていないはずだ。大丈夫大丈夫。
「大丈夫」
……あ、あれ? 樹成ミノリが大丈夫と言ったぞ。
「わかってるわかってる」
この動画、姉さんとの会話が入っているぞ。
「勿論」
さては姉さん、動画をきちんと編集しなかったな。
「姉さんがとやかく言うと思ったから激ムズゲームを用意した」
まあ、大丈夫か、変なことは言ってないつもりだ。
「そうそう。だから樹成ミノリがこのゲームを制覇すれば、港つなぐちゃんの再生数を越えることも可能となる!」
樹成ミノリちゃんの動画だってバレた!!
「やっぱり、樹成ミノリちゃんの動画だったんですね。ミノリちゃんは地声もこんな感じなんですね」
「そ、そうなんだろうね」
まだ、大丈夫だ。
まだ、オレが樹成ミノリとはバレていない。
いや……
確か……
あの後……
姉さんは……
「よしわかった。じゃあ樹成ちゃん、ゲーム始めて」
と言っていた。
!!
……まずい!!
あの後の会話の流れを思い出したオレは河北さんから取り上げようとカノジョに飛びかかる。
河北さんはオレが飛び込んできた姿を見て、身を交わす。
その瞬間、河北さんはスマホを地面に落としてしまう。
――階段にころがれ!!
――ころがって爆破しろ!!
オレはリチウム電池の不具合を願い、爆破しろと強く祈る!
スマホは階段に落ちず、壁に衝突した。
――壊れろ壊れろ壊れろ!!
――スマホが壊れろ!!
……だが、現実は無情だった。
「姉さん実だよ、上村実」
動画の中にいる樹成ミノリはホントの自分の名前をカミングアウトした。
……オレの名前を告げたのだ。
「え?」
河北さんもまさかオレがゲーム動画で自分の名前を口にするとは思わず、驚いていた。
「……え、えっと」
言葉を選ぶ河北さん、何、言えばいいか、困っている。
いや、オレの意識はそれどころじゃなかった。
脳がぐちゃぐちゃにごねり、神経細胞が分散されていく。
知恵熱で蒸発した細胞の残りカスがオレに笑えと指示する。
ハハハ。ハハハ!
笑うしかない笑うしかない。
こうなったら笑うしかない。
オレの正体がバレてしまった。
一番好きなコにオレがバーチャルユーチューバーだとバレてしまったのだ!!
「オレぇぇええええのバババ嗚呼ァァカカカカァァァああアアアァあああ!!」
……スマホから動画の音声が流れる。
「みなさん、こんにちは!! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです! みんな元気にしてたかな? ワタシはすごく元気です!!」
……オレ、元気じゃない。
もう二度と立ち直ることはできない……。
壁のそばにある丈夫なスマホを見つめ、こんなことを思う。
――なんで、オレは動画を飛ばした?
――なんで、オレは中途半端に削除した?
――なんで、オレは削除動画を復元を許した?
――なんで、オレは大丈夫だと思った?
――なんで、なんで……
――なんでなんでなんでなんで!?
――なんで好きな異性を目の前にして、自分がバーチャルユーチューバーとわかるマネをした!!
穴があったら入りたい!
地獄ならなおさらダイブインヘルしたい!
光なき奈落の底で未来永劫に眠り尽きたい!
「あらゆるユーチューバーの動画を配信停止へと追いやった悪魔のゲームにチャレンジします! もしかしてワタシもリタイアするかもしれません」
悪魔のゲームをプレイしたオレは自分の人生もゲームクリアし、このままリタイアするかもしれなかった。
「それじゃあ、ミノリちゃんゲームスタート!」
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