第3話第3節 樹成ミノリいきなりの身バレ! 気づいた相手はプロデューサー志望!!


 樹成ミノリの仮想通貨ショックカミングアウト動画は、動画投稿サイトの急上昇動画として注目され、多くのネットユーザーに認知された。

 そのおかげで樹成ミノリの動画は多くのヒトが視聴し、樹成ミノリのキニナルチャンネルの総再生数は150万を超えた。チャンネル登録者も1万近くにのぼり、樹成ミノリは名の知れたバーチャルユーチューバーとなった。

 とはいえ、樹成ミノリは動画配信者としての入り口に立ったに過ぎない。


 ――ユーチューバーは次々と動画を投稿しなければこの世界に生き残れない。


 最後の投稿から三日空いただけでも、ネット上から忘れられる過酷な世界。気づけばチャンネル登録者はボロボロに減り、再生数も底につく。油断はできない。

 しかしながら、ネタを作り続けるユーチューバーにも動画が作ることができないときが来る。動画素材の問題や環境の問題、純粋にネタ切れの問題などがある。そんなユーチューバーが次の動画を作る間に用意するのがゲーム実況動画である。

 勿論、バーチャルユーチューバー樹成ミノリも例外ではない。CGアニメーションはそう簡単には作れない。

 そこでオレたちは動画視聴者を引き止めるために、ゲーム実況動画をあげ、動画投稿の間隔を埋めることにした。


 オレはマイク付きヘッドホンを身につけて、コントローラーを手にする。ディスプレイ上には“wanna罠”というタイトルがデカデカと表示される。

「ゲーム実況は始めてだけど大丈夫?」

 姉さんの声がヘッドホン越しから聞こえる。

「大丈夫」

「ゲーム実況動画はユーチューバーの花形。普段、バーチャルユーチューバー動画を見ないヒトもゲーム実況を見に来ることがある。つまり、チャンネル登録者を増やすチャンス」

「わかってるわかってる」

「ホントにわかってるの?」

「勿論」

「それならいいんだけどね……」

 なぜか姉さんはオレのゲームプレイを不安を感じてる。

「姉さんがとやかく言うと思ったから激ムズゲームを用意した」

 オレが始めてゲーム実況動画で選んだのは激ムズゲームの“wanna罠”。製作者の意地悪い所がふんだんに盛り込まれた鬼難易度のアクションゲームで、多くのゲーム実況者がリタイアしたゲームでもある。

「実が持ってきたゲームはどんなのかわからなかったから、同じバーチャルユーチューバーの港つなぐちゃんのゲーム実況動画を見せてもらったよ。確かに噂通りの激ムズで、カノジョもリタイアを宣言したね」

「そうそう。だから樹成ミノリがこのゲームを制覇せいはすれば、港つなぐちゃんの再生数を越えることも可能となる!」

「トップのバーチャルユーチューバーがクリアできなかったゲームをクリアする実況動画か。ありと言えばありか」

 姉さんはしばらく考える。

「よしわかった。じゃあミノリちゃん、ゲーム始めて」

「姉さん実だよ、上村実」

「どっちでもいいから始めろ」

 オレは一度咳き込みし、樹成ミノリの声を出す。


「みなさん、こんにちは!! バーチャルユーチューバーの樹成ミノリです! みんな元気にしてたかな? ワタシはすごく元気です!!」

 言い間違いがないように台本をしっかり読む。

「あらゆるユーチューバーの動画を配信停止へと追いやった悪魔のゲームにチャレンジします! もしかしてワタシもリタイアするかもしれません」

 姉さんは「いいよいいよ」と小さくホメる。

「それじゃあ、ミノリちゃんゲームスタート!」

 オレはディスプレイ上に出ているSTARTを選び、ゲームを始めた。

 

 夢中だった。

 製作者の悪意と戦っていた。

 画面上に表示しているすべてのキャラクターが敵だった。

 1ドットのカケラでも触れたら即死となる。

 ――安全な場所などどこにもない。

 ――呼吸するヒマさえ与えない。

 しかし、オレはそれをすべてクリアする。

 製作者の仕掛けた罠を一つ一つ潰していく!


「これでクリアだぁああぁあ!!」

 

 ラスボスの頭上を踏み、ゴールフラッグを手にする。

 画面上にはcongratulations! と、製作者がお手上げというメッセージを目にした。

「やった!」

 “wanna罠”を制覇し、オレは胸が熱くなって、両手をあげる。

!!」

 見た画面だが、やっぱり嬉しい!

「ワンミスもなしでクリアしました!!」

 これは再生数50万、いや、100万は行く!

 それだけのスーパープレイをせたんだ!!


 ヘッドホンから声が聞こえる。

「はい、ストップ」

 姉さんは重い声でそういうと、オレはコントローラーを床に置いた。

「おつかれ」

 パソコンの前にいた姉さんはすぅーと立ちあがり、こっちへと来る。

 その足取りは鈍く、なんだか憔悴しょうすいしていた。

 ――収録時間もたった10分ぐらいしか経っていないのに。

 だからダメなプレイが目立ったかな。

 オレは自分のプレイを怒られるのを覚悟していた。


 姉さんはオレの前に立つとこう言った。

「オマエ、バカか」

「や、やっぱりだめ?」

「当たり前だ! あんなプレイ誰が見るんだ!」

「だ、だよね」

 オレは目線を動かし、ポリポリとこめかみをかく。

「でも、このゲームの世界記録は9分台だよ。……今のオレは10分ちょっとだからあと少し。もっと時間があったら、そこまでイケるはず――」

「は?」

 姉さんはあっけにとられた顔を見せる。

「だからオレ! もっと練習してスーパープレイでクリアする――」

「クリアしなくていいの!!」

 姉さんは大声で怒鳴り散らす。

「あのね! 実! オマエがやってるゲームは何!」

「激ムズゲーム」

「そうだ! ……で、オマエがやることは!」

「ゲームをクリアする」

「違う! ゲームを実況すること!!」

 姉さんはオレの肩をつかまえ、オレをパソコンの前へと連れて行く。

「見ろ! オマエのゲーム実況動画を!」

 姉さんは先ほど撮ったばかりのゲーム実況動画を途中から再生する。


 ゲームのBGMとピコピコ音だけが流れ、樹成ミノリの声が入ってこない。

 一方、オレが操縦していたキャラクターは初見殺しの罠を無視し、順調にクリアしていく。

「このゲーム激ムズなのに、すごく簡単に見えるね?」

 姉さんは皮肉たっぷりで尋ねる。

「ゲームをプレイしたヒトならマジで神!! と言うよ」

 姉さんは頭を抱えて、椅子に座る。

「……それじゃダメなんだよ」

 自分の考えがうまく伝わっていないと言わんばかりに、ガクッと肩を落とした。

「実が自信を持ってソフトを用意した時からイヤな気がしたんだよ。もしかしたら、ゲームを実況せずにクリアするんじゃないかと思って」

「ネット上にゲーム動画を配信するのなら、うまいゲームプレイの方がいいでしょう? しかもそれが激ムズゲームならみんな見てくれるでしょう?」

「だから! それが間違っている!」

 いつもは冷静沈着の姉さんがついに叫び出す。

「ユーチューバーとか有名動画配信者は! ゲームがほどよく下手な方がいいの!」

「そんなの見てられなくない? 初見ならまだしも」

「ああ、そうだねそうだね。実が自信持って用意したものなら、何度もプレイしたゲームだよね……」

 姉さんは自分の考えが足りなかったと反省する。

「私が期待していたのは、みんなよりもこのゲームが詳しいという実況が欲しかったの! みんなよりもゲームがうまい動画なんて別にいらない!」

「オレそういう動画ばかり見るよ。このゲームのプレイ動画も何度か見て、攻略法をモノにできたし」

 姉さんはオレを白い目でじっと見る。

「……バーチャルユーチューバーがスーパープレイ動画を投稿するっていうのも面白いと思うんだけど」

「樹成ミノリちゃんはそんなキャラじゃない」

 姉さんはそういうと椅子の背を前かがみにもたれた。


「実、クラスに気になる女のコぐらいいるだろう?」

 オレは視線を外し、耳を真っ赤にする。

「……ぁぁっ、まぁ」

 河北さんの顔が脳裏に浮かぶ。

「そんな女のコがメチャクチャゲームがうまかったら引くだろう?」

「まあ、……そうだね」

 河北さんがFPSとか人殺しゲームとか得意ならちょっとイヤだな。

「実、オマエ、言ったじゃない。樹成ミノリはみんなが気になってついつい見てしまうような女のコで、自分がいないとこのコ、ダメになるんじゃないと思う応援しがいのあるキャラクターだって」

「それは言ったけど」

「もし、このスーパープレイ動画を投稿してみ。……一人で無人島、生活できる気しない?」

 オレは無言に頷く。

「こんな動画上げたら動画配信者としての寿命を縮めることになる」

「それは困るな……」

「そういうこと。この動画は実のスマホに送っておく。同じゲームをしているユーチューバーと見比べて、どこがいけなかったか反省すること。いいね!」

「ぅ、うん、わかった」

 まさかゲームがうますぎて、ゲーム動画を配信停止することになるなんて夢にも思わなかった。


 ――しかしながら、姉さんの判断は正しい。

 次、配信するゲーム動画もスーパープレイじゃないといけない。次の次の動画もスーパープレイが求められるキャラとなる。

 バーチャルユーチューバーがメインなのに、ゲームがメインになる。これはマズイ。

 ゲーム実況は簡単そうに見えて、じつは難しい。

 動画作りはとかく難しい。それを強く実感した。


「ゲーム実況がダメなら他の動画を考えないといけないな」

 椅子に座った姉さんはくるくると椅子を回転させて、そんなことをつぶやく。

「ガチャ動画はどう?」

「ガチャ?」

 姉さんは椅子を止めた。

「スマホゲームの課金石でキャラクターを召喚するガチャ動画ならリアクション取れる」

「なるほど、それならすぐにできるね」

 姉さんは軽く頷く。

「……で」

 姉さんはガチャ動画を作成するに当たって、大きな問題点を指摘する。

「――課金石の準備はできてるだろうな? 100連ガチャできるぐらいの」


 オレは小さな声で――

「……人生リセマラします」

 ――と、ガチャ動画を作るのをやめることにした。

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