第2話第7節 ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?
昼休み、オレは学食でうどんを食べていた。
ほどよい温かさのうどん汁と芯が冷たいうどん。
――これまだ解凍しきっていないな、と、学食チェイスミスに
「みのる!」
萌菜は耳キーン声でオレを呼んだ。
「なんだよ」
オレは喉を押さながら低い男声に変えて返事する。
「ぼっち飯?」
「ぼっち飯、言うな」
萌菜はオレの了解を聞かず、オレの真向かいに座る。
萌菜が持ってきたトレイには大盛りのカツ丼が置いてあった。
「……ガッツリだな」
「ドンかつだよ、ドンかつ」
「オマエは100人で殺し合うゲームで1人だけ生き残ったのか」
「あのゲーム難しいみたいだね」
萌菜はオレとの話を興味なく、黙々とカツ丼を食べていく。
「こっちに居ましたか」
透きとおった女性の声を耳にする。河北さんだ。
河北さんは萌菜の隣に座った。
「何、買ってきたの?」
「ハムカツサンドです」
「カツー!! 気が合うね~」
萌菜は河北さんが持ってきたサンドイッチを見つめ、嬉しそうに言った。
「まったく」
うどん汁だけになったオレは二人の話す姿を見る。
カツ丼を勢い良く食べる萌菜と、ゆっくりと優雅にハムカツサンドを食べる河北さん。
この二人の波長がどうして合ったのか? 不思議で仕方がない。
「何、見てるの?」
「ヒマだから見てた」
「ふーん」
萌菜は箸を置く。
「よし! そんなにヒマならアタシが面白動画を紹介しよう!」
萌菜は嬉しそうにスカートのポケットからスマホを取り出す。
「別にいいから」
「いいからいいから、4時間目の授業が退屈だったから動画を漁っていたら面白いモノを見つけたからどうせならみんなで見ようと」
「24時間なんとか耐久ユーチューバーとかの動画だろう」
「ちがいます」
萌菜はスマホの電源をつけ、素早くタッチする。
「えっとえっと、これこれ」
萌菜はオレにスマホの画面を見せる。
――仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー
むせた。見たことあるサムネイル画像と文字を見て、オレはもだえだした。
「どうした? 実? 実らない恋に苦しんでる」
「苦しんでる苦しんでる」
萌菜の冗談を適当にあしらいながら、うどん汁をがぶ飲みする。
「うわぁ、ダイナミック行動。うどん汁でむせなおすヒト始めて見たよ」
――オレも始めてしたよ。というか、むせなおすという単語は何なんだよ。もう一度むせるのか。
オレはそんなバカなことを思っていると、萌菜はスマホを覗き見る。
「ミノリちゃん、黒歴史あったんだ。ま、ヒトには歴史あるから、バーチャルユーチューバーにも歴史ぐらいあるか」
その歴史、すごく日が浅いと思う。
「ちょっと見ませんか? 萌菜さんがイチオシみたいですし」
「あ、そういえば、見せてなかったね」
やめてくれ……、見ないでくれ。
「ミノリちゃんはどんな黒歴史があったんだろうね?」
萌菜は目を輝かせ、スマホをテーブルの上に置く。
「食べ終わってからにした方がいいと思うけど」
「カツのころもはすべて食べた」
……カツ丼食えよ。
萌菜とオレと河北さんは樹成ミノリの動画を視聴する。
オレは心の中では見るのをやめろと思いながら、心のどこかで動画の出来を評価してもらいたい自分。樹成ミノリをきちんと演じたワケではないが、面白い動画には仕上がったとは思う。
授業中でも先生に隠れて動画を見るくらいにネット動画中毒者の萌菜が相手だ。こいつが面白いと思わせれば、この動画は成功だ。
樹成ミノリは語りかける。仮想通貨ショックの実体験を
女子二人の顔からは徐々に楽しげな表情が消え、何も言わずに見続ける。
心のどこかで笑ってくれと願いつつも、動画は再生し続ける。
――仮想通貨はやっぱり遠い世界の話か。
高校生にはお金なんてわからない。
オレの
動画は終了した。二人は沈黙していた。
「ど、どうだった?」
この空気を変えるべく、オレは萌菜に話しかけた。
「……ミノリちゃん」
萌菜は悲しげな表情を浮かべた。
「ミノリちゃん、かわいそう!!」
意外にも感極まっていて、涙目になっていた。
「仮想通貨が原因で! バーチャルユーチューバーになるなんて!!」
どうやら彼女はミノリの動画でマジになっていた。
「お、おい。これは動画だぞ。落ち着けよ。ほら、河北さんも何か言ってあげて」
「……人間は仮想通貨でトラブるとバーチャルユーチューバーになってしまうんですね」
「なりません!!」
それ、どんなホラーだよ。
「みのる! バーチャルユーチューバーになったらお金取り戻せるの?」
……それはオレにもわからねぇ。
オレは二人を落ち着かせて、あれは動画だと一生懸命説明した。
二人も我を取り戻して、あの動画は樹成ミノリの作品ということを理解した。
「動画か。うんうん、動画ね」
萌菜はそれぐらい知ってましたと言わんばかりに何度か首を上下に動かす。
コイツ、自分の間違いとか認めないタイプだな、と、萌菜のことを呆れていた。
「アタシ、わかっていたよ。けど、普通のユーチューバーなら嬉しがってリアクションしていたのに、ミノリちゃんは違っていたからさ、うん」
「あの動画にそんなマジになったか?」
「いやさ、なんていうか、……飲み込まれたというか、ミノリちゃんの演技がうますぎて。ホントに仮想通貨ショックでバーチャルユーチューバーになったのかなって思ったし」
イエス。まったくもって、そのとおりでございます。
「わたしもです。中のヒト、すごいヒトですね」
「ええ、まあ」
河北さんからいい評価をもらえたが、少し複雑な気分である。
「面白いですね。バーチャルとバーチャルを組み合わせるなんて。マイナスとマイナス掛けたらプラスになるみたいで」
……リアルにならないで欲しかったです。
「なんて言えばいいんでしょうか。……たぶん、これはバーチャルユーチューバーでしかできない表現だと思います」
偶然の産物です。
「こんなウソっぽいタイトルに動画再生してマジ泣きするなんてアタシもまだまだ」
さっきまで信じていただろう、萌菜。いや、ホントなんだけど。
「こんな動画を作れるなんて、ミノリちゃん才能あるな」
「でもホントっぽい、リアクションとかしていませんでしたか? いくつかホントの事実があったりして」
「そんなことないって、まっちゃ。ユーチューバーはただ有名になりたいだけだよ。仮想通貨ショックで損失補填するなんて絶対ウソウソ」
だから、さっきまで信じていただろう。オマエ。
「どうして仮想通貨ショックをネタにしたんでしょうか」
「それしかネタがなかったとかじゃないの」
オレはそう事実を口にするが、萌菜は首を左右に振る。
「いや、違うねー」
「違うって、何が?」
萌菜は嬉しそうにこういった。
「樹成ミノリちゃんはキニナル系ユーチューバーなんだよ!」
オレはあ然と、何それ、という表情をする。
「キニナル系?」
「このコを一人にしちゃうと何やらかすかわからないコって、クラスの中に一人いるでしょう?」
目の前にいるよ、当事者よ。
「ミノリちゃんはそんなコ。みんな、このコのことが気になっちゃうバーチャルユーチューバーなんだよ」
「はぁー、……どんな理屈でそう思うんだ?」
「金は天下の回り物。バカは
「それはそうだけど、バカなことか?」
「よくあるじゃない。こどもの夢をかなえるためと言って、一人で食べきれない量のお菓子を買うユーチューバーって」
そういう動画はユーチューバーの登竜門的動画だな。
「この手のユーチューバーって、仮想通貨買ってみましたとか動画配信するじゃない? 大儲けしたらそれはそれでいいし、大損したらそれで再生数稼げる。どう転んでもオイシイ」
「確かに」
「でも、ミノリちゃんは違う。仮想動画配信者が仮想通貨を黙って買って、思いっきり損したと公表した。黙っていればいいのに、わざわざバーチャルユーチューバーの動画にしちゃった」
「それが何?」
「仮想と仮想を掛け合わしたんだよ、このコ。しかも、そこから動画でリアル感を出すことでとても面白い動画になった。これに気づいたミノリちゃんはすごく頭がいい」
いえ、バカです。すごくバカです。
「けれど、仮想通貨が買ったのは自己申告じゃありませんか? 口座とか見せないといけないと思いますけど」
河北さんはそういうと――、
「そこがミソなんですよ、奥さん」
――と返す。
「バーチャルなんだからホンモノを見せなくてもいいんですよ。中のヒトの口座を確認するとかそんな野暮ったいことはどうでもいいんですよ」
「けど、気になりませんか?」
「だからそこですよ、河北の奥さん。口座を確認したいとか、ホントに損失したのか、そうやって見たいと思わせる! ミノリちゃんが言っているのに、ミノリちゃんの中のヒトばかり気になってしまう! バーチャルなのに、中のヒトのリアルな生活感を覗きたくなる!」
不思議なことにバーチャルとバーチャルを掛け合わしたら妙なリアル感が出るとは。
「高等テク! ホント、高等テク! もしミノリちゃんがオトコなら、多くの異性を
今のオレこそオマエにとりこにされてるよ。何、言うかわからないからずっと見ているよ。
「いや、ズルいね! こんなズルさ、気になるじゃない! CGアニメに声を当てただけの動画なら見ないけど、こういう奇抜なネタを動画に持ってきたなら話は別! コレ以上の隠し玉とかあったら、アタシ、一生ファンになるよ!」
――その隠し玉の中身が目の前にいるよ。
仮想通貨ショック告白動画で樹成ミノリの方向性が決まった。
樹成ミノリはキニナル系バーチャルユーチューバー。
皆がカノジョのことを気になるような動画を作っていけばいい。
萌菜とのたわいない会話の中から動画作りの金脈を見つけた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます