第2話第6節 ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?

 

 オレは姉さんの言うとおりに、早朝の四時に起きた。

 姉さんの部屋にあるドアのすき間からもれた光が廊下を差す。

 ああ、起きているんだな、とわかっていながらも、オレは一応、姉さんの部屋をノックする。

「開いてる」

 姉さんは普段と変わらない声で返事する。

「おじゃまします」

 普段は言わない言葉を口にし、姉さんの部屋へと入っていた。

「おはよう」

「おはよう。準備ができるまで、ベッドの上に座って」

 オレは姉さんのベッドに座る。

 お尻から布団の熱が伝わらないことから、姉さんはホントに徹夜したようだ。


 姉さんはカチャカチャとマウスを動かすと、ゴゥゴゥと言う機械音が聞こえた。

 部屋の隅にあるプリンターからコピー用紙が顔を出した。

「ホントに台本書いたの?」

「ああ、勿論」

 姉さんはマグカップを手にし、中の飲み物をグイッと飲んだ。

「姉さんが書いた台本はどんなストーリー?」

「だからドキュメント、ドキュメント。いや、バーチャルユーチューバーだからモキュメントか?」

「モキュメント?」

「架空の登場人物がフィクション事件を基にしたドキュメンタリー的な作品。この場合、架空なのはバーチャルユーチューバーだけかな」

 よくわからないが、面白いことをするようだ。


 姉さんとたわいない会話をしていると、プリンターの作動音が止んだ。

 姉さんはコピー機から出てきた紙をホッチキスで止め、それをオレに渡す。

「台本」

「ありがとう」

 できたてホヤホヤの台本を手にする。

 台本のタイトルはこう書いてあった。


 ――仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?


 ……そういえば、今日は朝早かったから洗面所で顔を洗うの忘れたな。まだ眠気が取れていないな。

 オレは自分の顔をゴシゴシとしてから、もう一度台本を見る。


 ――ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?


 ……見間違いではなかった。

 ……見間違いであって欲しかった。

 台本のタイトルにはきちんと樹成ミノリは、仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバーって、書いてあった。

「……姉さんは夜なべして何をしていたの」

「姉さんは夜なべして舟を編んでいた」

 ――百科辞書を編纂へんさんしていた風に言わないでよ。

「いや、そうじゃなくて、夜更かししてまでこの台本を作る理由あるの?」

「一度思いついたアイデアが夜寝て消えたらイヤだろう?」

「それはわかるけど、ね」

 夜遅くまで起きて思いついたアイデアがこれだったというのはちょっと、ね。

「サムネイル画像もできている」

 姉さんは動画に使うサムネイル画像をディスプレイに映す。


 チャート線が見事にナイアガラの滝の如く落ちているグラフの横に、放心状態の樹成ミノリ。

 魂の抜かれたミノリちゃんの画像の左側には――

 仮想通貨の魔の手がバーチャルユーチューバーを襲った!?

 ――と、黄色い文字でデカデカとっていた。

 その動画のタイトルは『ミノリちゃんの黒歴史!? 樹成ミノリは仮想通貨ショック系バーチャルユーチューバー!?』と、台本と同じ題名が記載されていた。


「どんなタイトルだよ! これ!」

「こういうのはタイトルが大事なんだよ。みんなをバズらせるにはそれなりのモノが大事なんだ」

「と言っても、やりすぎだろう! みんなの前にオレのことをさらけだすなんて!」

「文句言うのは台本を読んでからにして」

 確かに、台本を下見してからじゃないとどんな動画かわからない。もしかすると、仮想通貨に手を出してお金を失いました! ハハハ! はぁ~、とかいう少々ギャグ入ったリアクションを取るだけの小芝居動画かもしれない。

 ――イメージだけで姉さんを悪く思うのはやめよう。

 オレはそう自分を言い聞かせて、台本を読み始めた。


「えっと、……ワタシ、樹成ミノリは……」

 次の文章を目にすると意気消沈した。

「ワタシがバーチャルユーチューバーになったワケは……、仮想通貨ショックで失ったお金を埋め合わせるための……、とてもお偉いヒトから……仕事を……紹介されたからです……」

 読んでいて情けなくなる。

 涙が出てくる。

「仮想通貨の怖さなんて……何一つ……知らずに……、ああ、ワタシでも簡単に儲けられるんだ……と気軽に思ったことが……きっかけで……」

 一つ一つの単語を口に出すのは崖を登るような感覚。

 一文読んだらまた息継ぎ、一文読んだらもう一度息継ぎ。

 文章を読むだけで過呼吸になるなんて始めてだ。

「仮想通貨にお金を入れたら……お金が仮想バーチャルになりました……。始めては上がりました上がりました。もっと上がるんじゃないかと全金入れました……。でも……、仮想通貨は……ワタシの願いを無視して……一気に下がりました」

 仮想通貨で全財産が失った時のことを思い出す。

 チャート線がギロチンの刃が如く落ちる姿がフラッシュバックする。

「仮想通貨は……、ワタシをいいようにもてあそんだ後……、紙クズになりました……。ワタシは……、気が動転して……、自分自身が仮想になれば……、そこから仮想通貨損失額が補填できるじゃないか……と思って……バーチャルユーチューバーに……なりました……」

 慣れていない早起きもあるせいか、頭が真っ白になる。

 ……いや、この文章がオレの思考をモヤモヤにさせている。

「今のワタシは……、ホントに……、どこにいるのでしょう? 現実ですか……、仮想ですか……? 身体はバーチャルユーチューバー……、心ももう……バーチャルユーチューバーに……移植済みかもしれません……」

 ――もうやめたい。

 ――この無間地獄から出ていきたい。

 台本を試し読みするだけでも終わりのないマラソンをしている気分だ……。

「……みなさんも、仮想通貨で……、自分のお金を失わないためにも……、甘い……甘い……話には……乗らないでください」

 台本のページが最後、やっと終わりが見えてきた。

 ここで一気に早口になる。

「仮想通貨ショックで気が気でないミノリちゃんが気になる方はキニナルチャンネルに登録。あなたが少しだけ気にしてくれるだけで、ミノリちゃんは救われます」


 ――何も救われねぇよ……


 台本を読み終えると、オレは頭を抱えた。


 ――イメージどおりじゃねぇか……


 最初見たタイトルどおりの内容が脳裏に浮かんだが、台本の中身もそのイメージのままだとは思わなかった。

「なんだよ……、この台本」

「いいだろう。フィクション的で」

「ノンフィクションだよ!!」

 何一つ間違ってねえぇよ!!

「なんでこんな台本を思いつくの! なんでこんなことがすぐ書けるの!?」

「オマエが仮想通貨で必死に言い訳したとき、そのときの声を録音していた」

 姉さんはスマホを手にし、音声を再生する。

「仮想通貨はこれから来る新しい貨幣なんだ! みんなが自由にやりとりできる素晴らしい歴史を作るものなんだよ!!」

 仮想通貨の口座を開設してもらおうと、姉さんにお願いしたときの声を耳にする。

 純粋無垢    むくな声。

 希望あふれる男っぽい口調の少女の声。

 ……ああ、黒歴史はノート以外にも声にも残るんだな。

「ホント、実君は歴史を作るな」

 染めあげたよ......真っ黒にな......


「スマホで録音したモノから面白い所をピックアップして、それを台本としてまとめた。いやー、持つべきものは弟だよ」

「友だちにして。……というか、なんでオレとの会話をスマホで録音していたの」

「姉さんは弟の弱みを握りたいものです」

 ……姉さんが握りつぶそうとしているのは、オレのメンツと心臓だよ。

「姉さん必死に書いたところゴメンだけど、こんなのがウケるの?」

「ウケるウケる。台本を書いている最中、キーボードを打つ手が何度か止まった。この言葉を言わせる時はこんな動きがいいなと妄想しながら、3Dモーションも一緒に作っていたよ」

 動画作成するのやめてくれと言ったら怒りそうだな、これは。

 どうやら姉さんは本気で、この台本を元に動画を作りたいようだ。

「そんなに面白いと思ったの? この台本」

「仮想動画配信主が仮想通貨の話をする。これって、すごく未来的!」

「オレにとっては現実的だよ!!」

「でも実、こういう動画あったら見たいだろう?」

 バーチャルユーチューバーが仮想通貨で現実を失ったというストーリー。

 ……確かに、すっごく見たい。

「仮想的な女のコがこのキャラじゃはありえないことを話している。でも、これは中のヒトにあったホントの日常。こういうギャップがすごく面白い」

「うん」

「中のヒトとキャラがこんなにシンクロしてるなんて思うと、ぶっと笑っちゃったから」

 ……それはオレ達だけの話だと思う。

「それに、世間が仮想通貨ショックを忘れないうちにこういう動画を投稿しないともったいないと思わない?」

 それは姉さんの言うとおりだ。

 時事ネタのある動画は早いうちに投稿すれば、それだけ多くのヒトに見てもらえる。

 ――うまく行けばこの動画だけで再生数1000万突破して、仮想通貨損失額を補填できる!

「わかった、やるよ!」

 姉さんが夜遅くまで起きて作ってくれた台本だ。

 少なくともオレは台本に口出しできる立場ではない。

 ――姉さんの期待に乗らないとな!


 台本をパラパラと流し読みをする。

 仮想通貨で全財産を失った時のことを思い出し、オレは一気に吐き気をもよおした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る